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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第五話 「 相対する結果 」



――カッカッカッ…

バーンライト首都サモドアの中心地の城内の廊下に響く複数の足音。
そんな彼らの男二人は歩きながら会話をしていた。

「今回の議題となる大陸中央部の混乱に乗じたラセリオ侵攻は傍観した方が良さそうだぞ、ジェイムズ」

「それはわかっている…しかし、メノシアス。イースペリアとダーツィはそれほどまでの天災が起こっているのか?」

いつもの白の服に青い上着を羽織っているジェイムズ。そんな彼は隣を歩くレイヴンへと目を向ける。
レイヴンは以前まで着ていた黒一色の服ではなく白の上に黒の下、そしてジェイムズと同じく青い上着を羽織っていた。
彼はジェイムズの下へと就くにあたり、ジェイムズの傍らに立っていても違和感の無い服に替えたのである。

「いや、今はまだその前兆に過ぎない。これからが本番になる。
ダーツィ国内のみならずイースペリア南部で降り続いた雨は止んだが雲行きが常に怪しく日照時間が極端に少ない。
お陰で作物の不作が各地で相次いでいる。今は備蓄と貿易で保っているためにあまり分かり辛いだろうが僅かずつ影響は出ている」

「この国へのその影響は?」

「無い。ダーツィとバーンライトの国境にサモドア山脈が高々とそびえ立っていたのが幸いしたな。
シージスが居なくなった当初で、山道付近まで小雨が降っていたがそれはその時の勢いで少し山を越えただけだ。
後の無事な要因はエーテル変換領域が完全に分断し、シージスのマナがこちらまで流入しなかった事だろう」

「シージス――やはり魔龍が討伐された事が原因か…」

嘆息をするジェイムズ。その内で考えている事はダーツィがシージスを討伐した事である。
突如として国内に膨大なマナを手に入れたダーツィはすぐさまこの国にも知られていた。
元々ダーツィ領のミライド山脈には魔龍が居たと言う話は知られており、それからダーツィがマナを得たのではという憶測はされたのだ。
それを裏付けたのは他でもないダーツィであり、隠す事無く龍を討伐したその力を誇示する為でもあったのだろう。

「それもあるだろうが、かなりの確率で人間によるものだろう」

「…何故そう思う?」

「ラクロック限界。聞いた事はあるだろう?」

レイヴンのその言葉にジェイムズは眉を寄せる。
ラクロック限界とは、『マナは有限であり、エーテルからマナへ戻す過程で微量ながら減っていく』という話である。
現在においてその前者が起因して各国がマナを巡って奪い合いをし、後者は都合が悪い為に隠匿されている極秘事項となっている。

レイヴンはここに来てから内密に調べ上げていたため、後者の話を知っていった。
ジェイムズも現在の職階級に就く過程で確かに頭の隅には知っていた。
だがそれが何故天災へと繋がるか、ジェイムズにはわからないでいる。

「確かに知っている。だがそれが何の関係がある?」

「有限だからとか減っているという話は時間的に省く。イースペリアとダーツィは大陸中央に位置し、複数の国に囲まれた国家。
それゆえにエーテル変換領域は当然限られてくる。それはつまり、マナが得られる範囲が完全に決まっている事になる」

「そうだな。マナは空間そのものに存在しているからな…」

マナはこの世界そのものを構築し、あらゆる場所に存在している。
それゆえに有限と知れば自ずと自国の領地を増やせば得られるマナが多くなるのだ。

「そしてこの話の根幹になるのは――ある範囲内のマナ総量によってその範囲内の気候・濃緑が決まってくる事にある。
マナが豊富な場所は安定した気候に豊かな大地が約束される。逆に希薄となれば気候は荒れ、大地は荒れ果ててしまう――ダスカトロン大砂漠の様に。
そして今、ダーツィとイースペリアは国内のマナを軍事に昇華――空間のマナを削っている。では、国内のマナが薄くなっていく両国はどうなる…?」

問われるジェイムズ。直ぐに答えは出て、目を細める。
マナが無いほど荒廃した気候と大地となるのならば、その環境へと向かう両国の行く末も同じ。
つまり国土の干上がり。国そのものの崩壊への序曲に他ならない。それはつまり――

「……両国が戦争に入る前に自国が破滅する」

ジェイムズが呟くように答える。

「破滅は行き過ぎだが…概ね正解だ。この国がダーツィとの同盟で軍事物資を輸出した際にスピリットも国境まで連れて行って確認した。
感じられる空気中のエーテル及び空間のマナがかなり薄く感じたと言っていた。領域的には国境付近は同等の量だったはずがマナを摂取し過ぎている決定的な証拠だ。
草原の規模も減衰の一途辿っている上、他にも人間への影響も出始めている事も確認した」

辺り一面に広がっている草原は痩せていき、以前の健やかな風景はもはやダーツィとの国境付近にはなかった。
フィリスたちも急激とは言わないものの、少し体調が不調となっていたのだ。

「人への影響もあるのか?」

「それについては――メラニス」

人に対しても影響があると聞き、驚きの表情を向けてくるジェイムズ。
それをに対してレイヴンはジェイムズの背後の2歩ほど後ろをついて来ている褐色の肌を薄く持った黒髪の少女へと声をかけた。

「はい――こちらがそれ関する詳細です。主に健康や精神的な影響が出始めているという結果がわかります」

丁寧な物腰で資料を手渡し、説明をするメラニス・ハイジェ。
元々ジェイムズの身の回りのお世話をする家政婦のような仕事をしていたがレイヴンの目に止まり、ジェイムズの秘書に抜擢された。
彼女は実際仕事でかなり有能であり、ジェイムズも世話をされる傍らでレイヴンと同じ考えを持っていたため、即座に転職させたのだ。

ジェイムズの秘書となって一ヶ月もしない内に、メラニスはジェイムズの雑務の大半をこなせるまでに至っている。
メラニスが今ジェイムズに渡した資料もレイヴンの報告書に基づき、要点に詳細な捕捉を適度の捕捉させた物。
彼女は貴族の出であるがそんなには高い位でもなく、その肌の色も相まってあまり存在を認知されていなかった。

――まさに隠れた逸材、である。

「日光不足による体内時計の狂い。マナの減少に伴う環境の変化による体調の変調。
戦争への備蓄による食事の制限。前者と不作に伴う飢餓の軽度発生。前述に全てを総合した妊婦への影響による流産の発生率の増加。

――今後も被害の拡大の兆候有り……ひどいものだ」

「いっそ戦争になればスピリットのマナがある程度空間へと還り、事態が露見する前に全てが丸く収まる事も無くも無い。
だが緊張状態がこのまま続けば、あと半年もせずに大地からマナを吸い過ぎたしわ寄せが一気に来るだろうな」

「我々はあくまでもダーツィの同盟国側。戦争の進言や戦前調停要請など出来るはずも無い」

「ああ、わかっている。これは胸の中に納めてくれ。
――それで本題だが、ジェイムズの部屋でも話したが今の話もあってイースペリアも同じ現象が起きていている。
ラセリオは配置上イースペリア側の突出したエーテル変換範囲にギリギリの位置にあり、影響は無い。
だが、ラセリオのエーテル変換施設の機能が止まりでもすれば、即座にイースペリア国土内のエーテル変換領域がこちらに入る。そうなれば――」

「こちらにも被害の影響が出る、か」

レイヴンが手を出し、ジェイムズはそれに従って手の書類を渡す。
この資料は決して他に露見してはならない記述。この世界の常識的な考えにおいて、受け入れ辛いもの。
ジェイムズの様に事実を受け入れられる者や、メラニスの様に特殊環境で育った者だからこそ話せるものであった。

ましてや他国へと渡り、勝手に調査されるなど越権行為に他ならない。
レイヴンは元々そのためのジェイムズの下に就き、ジェイムズもそのための雇用させた。
それらの資料はレイヴンの手によって処分され、現在必要な資料だけが残される。

「この国はラキオスのエーテル技術そのものを得るために侵攻するからマナが得られない事自体に問題は無い。
だが、ラセリオのエーテル変換施設は特殊であるため、施設の機能を止められるのは不味い」

「具体的には?」

「それに関しましては私の方から――」

メラニスがジェイムズの傍らに寄り、再び資料を渡す。
それはレイヴンの報告と今回の会議において必要なモノをまとめたモノである。

「現在、ラキオスはイースペリアとの貿易が停滞した事でラセリオでは小さいながらも混乱が生じています。
エーテル関連施設においても、国土となっているエーテル供給領域の不安定化に一部設備が麻痺している状態です」

「さきほどメノシアスはギリギリ問題ないと言っていたが?」

それに対してレイヴンが返答する。

「それはあくまでも空間上のマナの減少によるその大地への影響についてだ。
人間への影響は無いものの、やはり変換領域ギリギリにおけるマナの有無の差の境界では供給し難くなっている」

レイヴンが話し終え、再びメラニスが口を開く。

「それにより、ラセリオではラキオス首都から派遣された技術者たちが集い、機能回復に尽力しています。
それに合わせて護衛の戦力、スピリットもラセリオへと集結し、エーテル技術を求める我が国に奪取されない様にかなりの警戒態勢を敷いています。
現状における我が国の戦力がラセリオへ総攻撃を仕掛けたとしても、かなりの長期戦になる見込みが濃厚でしょう」

「もしラセリオに侵攻した際の採算はどれほどか?」

「損失:利益の比率は7:3が最高でしょう。これもラセリオからエーテル技術の資料等が丸々残されている事が前提条件となっています。
エーテル変換施設の機能を停止させられたとなれば、完全なる損失が利益を飲み込むと思われます」

「……そうか」

ため息をつくジェイムズ。
高官の中には今こそラセリオを攻めるべきだと言う者が多く、ごり押しが強いシグルもその一人。
メラニスの報告と渡された資料で再確認し、攻める事による損失の大きさに頭を抱えたくなる。

「ラセリオの現状を鑑みれば、攻めたくなる事もわからないでもない。
だが、今後起こると思われるイースペリアとダーツィの天災の混乱を考えると、今の国土内の混乱を治めるのが手一杯だろう。
下手に人員をラセリオのために割くのはあまりお勧めできる動きではない」

「わかっている。それも考慮に入れて会議に臨むとしよう」

立ち止まる一同。直ぐ目の前には廊下の角があり、そこを曲がればほど直ぐに会議室への扉へと到着する。
ジェイムズは当然の事ながら秘書であるメラニスも同行していくも、レイヴンは別であった。
彼はジェイムズの部下であるも、正式な高官関係者ではない。

元より彼は出席をするつもりはなく、あくまでもジェイムズとの最終確認のためにここまでついて来ていた。
以前のスピリット処刑の件で高官の半数以上が彼に対して恐れを抱き、それが会議に支障をきたす恐れが十分にあるためでもある。
レイヴンは全てを自身の掌、という事をしたいわけではないために、そういった事態を避けるための対処であった。

「では行こうか、メラニスよ」

「はい――それではまた後ほどに、メノシアス様」

歩きながらの報告に暗くさせていた顔を、下手に出させない凛とした表情へとジェイムズは瞬間的に変えた。
メラニスはレイヴンに会釈し、歩き出すジェイムズの後ろをついて行く。
彼女は元家政婦の仕事をしていたため、その動きは滑らかで無駄が無かった。

角を曲がり、完全に見えなくなった二人は直ぐに誰かと鉢合わせたのか、話し声が聞えてくる。
現在の役割を終えたレイヴンは直ぐに元来た道を引き返し、今日やる事をしに向かう。
基本的にレイヴンのする事は単独であり、ゆえに誰もその行動を知る者はいないのである。

……………

レイヴンはジェイムズと別れて少しした後、エーテル変換施設へと出向いていた。
本来ならば、技術者などの極僅かの限られた人のみが施設への出入りを許可されるのみである。
しかし、彼がそのまま入口へと入ると、門番をしていた兵士たちはレイヴンを視認するや否や敬礼をして通していた。

門番の彼ら兵士の中にはレイヴンの所業を知る者も少なくなく、かつレイヴンの根回しの結果でもあった。
レイヴンはそのまま目的の場所へと向かい、途中でも厳戒に警備していた兵士たちに何度も鉢合わせするも素通りする。
そしてそのまま、太古の石造りの遺跡を思わせる廊下へと足を踏み入れ、直ぐに広い空間へと出た。

楕円の球体に近い非常に広大なこの空間は、先ほどのこの場所の入口と同じ造りとなっている紋様が刻まれた石で建築されていた。
その中央には大きな機材が山積みに置かれ、その周囲で数人の技術者たちが作業をしている。
レイヴンはそんな中で設計図と睨めっこしている眼鏡の青年への傍へと近づき、声をかけた。

「ラジャオン」

「あ、メノシアス様! よく来てくださいました」

ラジャオンと呼ばれた青年は顔を上げ、眼鏡を角度を直してレイヴンを視認すると驚きの声を上げた。
彼はバーンライトのマナ・エーテル研究技術者であり、専門課程を終えて正式な技術者へとなったばかりの卵である。

「建設の状況はその程度まで進行している?」

レイヴンは目の前で広げられている設計図を眺めながら尋ねると、ラジャオンは少し顔を顰める。

「機材そのものは全てこの場に揃ってはいます。
ですがやはり建設そのものに移るとなりますと、各配線の調整に若干の不安要素がありまして……」

そう言って図面のある一部分を指す。
その場所には細かく色々と書き込まれており、試行錯誤している事を如実に表していた。

「…ふむ。奴の見解は聞いたのか?」

レイヴンは書き込まれている不安要素を眺めながらラジャオンに尋ねると、ラジャオンかなり難しい顔をさせた。

「はい…聞いたのは聞いたのですが、その、よくわからなくて――」


「まぁだ、んな事でうだうだ悩んでんのかお前は!!」


部屋中に響く図太くデカイ男の声とともにラジャオンの首に回される太い腕。
ラジャオンの顔脇から出て来たのはデカイ漢の顔であった。

「し、師匠! 止めてください、暑苦しいです!」

「何言ってんだオメェは。そこはさっき俺が説明してやっただろが」

いきなり首を絞められ、それから逃れようとするラジャオンはジタバタと暴れる。
ラジャオンを羽交い絞めしている彼の名はセムディアン。ラジャオンの師であり、この設備建設の責任者でもある。
そんな太い腕で首を絞めているセムディアンはラジャオンの暴れに物ともせず、先ほどラジャオンがレイヴンに指摘した箇所を空いているもう一方の腕で指差していた。

「そんな事言われましても『この配線をぶっこ抜いて周りの機器をその空いた場所に纏めてエーテル流動管を嵌め込め』なんて言われて設計上かなり無理があ――」

「いや、それで全く問題ないぞ」

「ええ?!」

レイヴンの肯定の返事にラジャオンは驚愕の声を上げる。
生真面目なラジャオンは、セムディアンの大胆と言えるも大雑把とも言える今の説明で理解出来た事が理解出来ないでいる。
対するセムディアンは勝ち誇った笑みをラジャオンに向ける。

「ほら見ろ。俺の言った通りじゃねぇか」

「ど、何処を如何すればいいんですか!?」

「元々この配線は供給されるエーテルの流れを補助する機器への緊急回避装置の配線だ。つまり暴走でもしない限り必要とはならない。
これを要らない物として配線を無くし、他の機器をこの空いた場所に使う。するとそれでさらに空いた場所に―――」

レイヴンは置かれていた鉛筆で図面の配線を消して機器の配置と新たな配線を書き加え、順を追ってラジャオンに説明していく。
ふむふむとラジャオンはしきりに頷き、徐々にわかってきたため表情がパァと明るくなっていく。
最後の説明が終わるとラジャオンは直ぐに図面に飛びつき、自身の頭の中で新たに構成した設計を書き加えていった。

「すまねぇな。またアンタの手を煩わしちまって」

ラジャオンが離れた後すぐにセムディアンがその大きな身体で寄ってきた。
身長的にはレイヴンより少し高めであるが、その大きな身体のお陰で見た目以上に見える。

「なに、この程度は問題ではない。それよりもう少し解かり易く説明してやったらどうだ、セムディアン」

「これでも解かり易くしているのだがなぁ…」

頭をボリボリと掻くセムディアン。彼自身この国では有数の技術力を誇り、この建設の責任者を務めるほどであった。
ラジャオンもレイヴンの指摘がわかっており、彼の元で色々と勉強しようとしてるのだが彼自身教えるのがあまり上手くはない。
さっきの様に大雑把な説明を生真面目なラジャオンは理解するのに必死なのである。

「奴も柔軟な思考が持てればもっと成長するだろうが、それが問題だな」

レイヴンは黙々と設計図に書き込んでいくラジャオンを見据えてセムディアンに言う。

「ああ、アンタの言う通りだ。アイツの物覚えは良いんだがねぇ…」

セムディアンの言う通り、彼は筋自体はかなり優秀であった。技術を教え込めばしっかりと覚え、忘れないという記憶力を持つ。
その反面、彼は少し捻った言い方をすると途端に理解できなくなるという困った思考をしている。
特にセムディアンのようなバッサリとした言い方は彼は理解するのに一苦労してしまっているのだ。

「貴様は教える術をしっかり覚えなくてはな」

「耳が痛い限りで…」

セムディアン自身も一応教える立場として考えているのだが、如何せん彼の性格上難しい。
元々マナやエーテル技術は身体で覚えたという実験派であったのである。

「しっかし何でエーテル技術がわかるアンタが文官の部下なんかの役所に就いているだ?
アンタなら俺が推薦して俺の部下に――いや、直ぐに上司になれるってのによ」

「俺には俺のやる事がある。それが今は此処では無いだけだ」

「…まぁ、そんならこっちは諦めるしかないけどな」

はっきりしっかりとした明言にセムディアンがこれ以上誘う術は無い。しかし、レイヴンを誘いたいほどの力量は彼のお墨付きと言っても良い。
この部屋で行われるのは、バーンライトのエーテル変換装置本体の大規模改修である。
これはレイヴンがラセリオへと潜入した際に得たエーテル技術を元に行われており、得られた技術からは更なるエーテル変換効率化を行うには新たなる本体の建設・再運用が早いと判断された。

セムディアンを率先に数多くのバーンライトの技術者が取り組むも、やはり技術者たちの力量不足で設計図の段階で混迷した。
建設そのものはセムディアンが手掛けてもいいのだが、建設後の調整や運用が彼しかわからないのでは問題がある。
ゆえに必ず複数の技術者たちによる統合した施設でなければならなかった。ゆえに力量不足の者たちが足を引っ張っている。

ラジャオンは建てられた物の図面さえわかれば後は任せられるものの、やはりもっと多くの技術者がわかるものでなければならない。
そこに何時の間にかレイヴンが顔を出し、ヒントや構造の簡易化の術をボソリと伝授していった。
お陰で皆の技術力の向上や設計図の完成にこぎ付ける事が出来たのである。

以後も時たま訪れ、今のラジャオンの様に色々と補助をしてくれている。
はっきりとした事を言ってこないが、彼の口から出される技術はかなりのモノだとセムディアンは感じたのだ。

「予定ではどれほどの効率化になる?」

「今稼動している変換装置を100%にするとぉ…大体115%って所だな。
他の地方での接続効率や増設効率も上がるから全体として倍近い性能をだしやがるだろうな、こいつは」

近くの機材をバンバン叩き、ラジャオンが即座に顔を上げて小言を言ってくる。
相槌を打って聞き流すセムディアンにラジャオンが今度は懇願する。ラジャオンの肩を叩き、豪快に笑いながら了承するセムディアン。
そんなセムディアンにラジャオンは嘆息する。その一通りのやり取りからも、ラジャオンがセムディアンに技術指導以外でも苦労している事が覗える。

「では、以後もよろしく頼む」

予定を確認しに来ただけなので、レイヴンは早々に去ろうと動く。

「はい。お任せ下さい」

「おう、任しときな」

「師匠はまず機材の扱い方を覚えてくださいっ!」

再びラジャオンの小言。それを聞き流すセムディアン。
建設は順調であり、その他も全くの問題がない事を確認してレイヴンは施設を後にした。

……………

レイヴンは足をスピリット訓練所へと向けた。
途中でスピリット訓練士とすれ違うも、彼らは目を逸らしてそそくさと小走りに去って行く。
彼らはシグルの直轄の人間であり、レイヴンとの関わりは今後に関わってくる問題なために避けている。
レイヴンは気にせずに訓練所施設の中の訓練棟へと足を向けた――。

「バッカじゃないの?」

棟内に入って始めにかけられた最初の一言でこれであった。
そんな少女は現在空気椅子をしており、足をぷるぷる震わせている。

「スピリットにこんな訓練をさせるなんて正気なわけ?」

ジロリと睨みつけてくるも、今の体勢を維持するのに必至であまりうまく睨めていない。
声も微妙に震えているため、絵的には非常に滑稽である。文章なのが惜しい。
そんな彼女はレイヴンの譲渡されたスピリットである。

「愚痴を言いたいのなら、まずはあれぐらい出来る様になってから聞こうか、シルス」

シルスティーナ・ブラックスピリット。
彼女がレイヴンへと譲渡されたスピリットであった。

「ぜっっっったいにおかしいわよ、あれは!!」

「それも出来てから聞くとしよう」

シルスが示しているのは現在居る訓練棟の中を縦横無尽に動き回っているフィリスとリアナ。
無論二人は訓練中なため“空気椅子の姿勢のまま”である。もちろん神剣の加護は無しで。
フィリスは片足を上げ下げするいわゆるヒゲダンスをし、リアナは歩くとしか見えない動きで後退するムーンウォークをしている。

シルスはレイヴンの下へと着たその日から彼の指揮の元に訓練を受け、そして苦難の日々となった。
始めは軽く模擬戦をさせていたが、それも早々に終わらせ、基礎訓練と称する拷問をし出した。
その一つがこの空気椅子である。それも朝から昼までという非常に長い時間姿勢を維持し、我慢するという過酷さである。

それに耐えているシルスの目の前で空気椅子の姿勢のまま動けるフィリスとリアナがあまりにも異常に見えて仕方が無い。
スピリットは戦うための力を身につけるために訓練をするのであり、こんな遊びのような訓練など論外だとシルスは言っていた。

「大体これに何の意味があるのよ!?」

「重石が欲しいのか?」

「違うわよ!!」

「ではそのスカートをめくって欲しいのか?」

「〜〜〜…っ!」

少し赤くなって口を閉ざすシルス。全く取り合わないこの人間にシルスは本当の意味で頭を抱えたくなっていた。
だがそうしてしまえば、今の姿勢が崩れて尻を地面に着いてしまう。なんやかんや言うシルスだが、訓練そのものはしっかりとこなしているのであった。

「………」

そっぽを向き、少し赤い顔で姿勢を維持するシルス。
レイヴンはそんな少女の震えている足を少し眺め、そして片足のつま先をゆっくり近づけていく。
シルスはレイヴンの反対側を見ており、こちらの行動に気付いていない。

――チョン。

「きゃっ!?」

可愛い悲鳴を上げて尻餅をつくシルス。レイヴンのつま先が震えていたシルスの足を軽くつっついたのである。
外部からの刺激は限界間近な彼女の足に一際大きく反応させ、足の力そのものが抜け落ちてしまったのだ。

長時間同じ姿勢を維持するという全く慣れていない事を足は疲れて今の刺激で完全にヘタってしまう。
お陰でシルスは尻餅をついた姿勢のままお尻をさすり、涙目でレイヴンを睨み上げる。

「うぅ〜〜…」

「今ので姿勢を崩すのはまだまだ足腰が弱いからだ。少しはフィリスとリアナのように移動を加えた方がいいぞ」

「はぁ……何でブラックスピリットのあたしが譲渡されるかなぁ…」

「譲渡そのものは決まっていた。その対象がお前だったに過ぎない――まぁ。ブラックスピリットを寄越したのは予想外ではあったがな」

ブラックスピリットはスピリットの中でも数は少なく、またその属性を調べる上でも貴重である。
そのブラックスピリットであるシルスティーナを譲渡に――それも訓練士の総意で――決まったのだ。
レイヴンはスピリットなら何でも良く、ただ単に自分の存在の意味を知らしめるための行為に他ならなかった。

「お前が寄越された理由はお前自身がよく知っているのではないのか? シルスティーナ・ブラックスピリット」

「………」

俯いて沈黙をするシルス。
おそらく――いや、確実に厄介払いされたのだとシルスは悟っていた。
俯いたままシルスは独白する。

「やっぱり足が遅いから――」

「ノロマ…?」

「…素早く懐に潜り込めないから――」

「グズ…?」

「………訓練しても全然成長しないから――」

「意気地なし…?」

「………」

シルスは顔を上げる。目の前にはしゃがみ込んで顔を覗き込んでいるフィリスが居る。
鬱になりだしているシルスのフィリスは可愛らしく小首を傾げて一言。

「シルスお姉ちゃんは役立たず?」


――ズッッキューーーーーーーーーーーーン!!!!


言葉にされたその一言は見事にシルスの心に突き刺さった。
可愛い顔して相手の気にしている本質を突く最高の一撃。
シルスは皆に背を向け、地面にいじいじと弄り出す。

「そうですよそうですよあたしなんてグズでノロマで意気地なしで役立たずですよスピリットのくせにブラックスピリットのくせに全然強くならないし速くならないし訓練する人間にすら呆れられるしがんばって減量もして痩せてはやくなるかなぁ〜て期待したけど全然かわらないし知識ばかり詰め込んで体じゃなくて頭ばかり鍛えてるから自分より幼いスピリットにそれも自分より速い子にも教えるから余計に自分のダメダメさを実感させられるし皆口では言わないけど人間と同じであたしのことなんかまったくの役立たずとしかみてなかったんだそうなんだうん絶対そうに違いないそうじゃなきゃ―――ブツブツブツ…」

物凄くネガティブな思考でブツブツといかに自分が駄目なスピリットかを呟きだすシルス。
リアナはそんなシルスの肩を叩いて同情し、フィリスは自身がその原因である事をあまり理解していない。
レイヴンは落ち込んだシルスに見てため息を吐き、フィリスの背後へと歩み寄る。

フィリスはこちらを見上げ、レイヴンもフィリスを見下ろした。
上から見下ろして見上げるフィリスのその顔を愛らしかったが、レイヴンは何の感慨も無く行動に移す。
レイヴンはそのまま両拳をフィリスのコメカミに挟み込み(中指の第2関節で。ココ重要)押し込み、そして一気に回転を加える。

「タイミングも悪く、余計な事を言うな」


――ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりっ


「う゛に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」


絶叫して悶絶をするフィリス。悶絶して暴れるも、レイヴンの手は外れず止まらない。
挟まれたまま宙にぶら下げられてもいるため、想像を絶する痛みをフィリスは味わっているのだろう。
痛そうだ。とても痛そうだ。かなり痛そうだ。某おバカ幼稚園児が尻でかオババにぐりぐりされて「おうおうおう〜」と言うぐらいに!

しばらく続いたそれも終わりを迎え、降ろされて解放されたフィリスはぐでんぐでんになって最後は力尽きてパタリと倒れた。
レイヴンはそんなフィリスを放置して今もいじけているシルスと彼女を慰めるリアナを見る。
先ほどシルスが言っていた事は当たっている。だが、それはあくまでも人間がそう判断しただけである。

人間の評価によってスピリットの良し悪しは決まり、それはこの世界での絶対なる価値観とされている。
スピリットは人間よりもあらゆる面で上回る能力を有するも、人間はスピリットが裏切る可能性を示唆していない。
虐げら続けられれば強大な力を有する知能体はいずれ攻勢に出る。だが、それはまだ先の未来であるだけ。

――少なくとも今、この世界の“修正されゆく事象”の中では難しいだろうが…。

「シルス。神剣を抜いて、立て」

「―――(いじいじ)」

レイヴンが声をかけても反応せずにいじけ続けているシルス。
リアナはそっと静かにシルスから離れ、倒れ伏しているフィリスを回収して二人から距離を取った。
静まる訓練棟内。耳を澄ませば、シルスの呟きの内容が聞えてくる程である。

「(いじいじ――)―っ!」

シルスは左首筋に風を感じ、同時に背後からの強烈な殺意に瞬時に反応。
自身のしゃがんでいる身体を右へとスライドさせつつ、鞘に納まったままの『連環』を左手で腰から抜き取る。
右手は抜けた鞘の根元を掴んで左からの飛来物を受け止める体勢を整えた――直後。

――ガキィン!

シルスの腕に迸る衝撃。重みのあるその一撃はスピリットの中でも細い部類に入る彼女の腕には少し酷で、少々苦悶の表情を出した。
見えるは受け止めたのは鋭利な切っ先をした青白い剣。その持ち手を見上げれば、それを振るったのは人間――レイヴン。
彼は腰の鞘から『月奏』を抜き、そのままシルスの首をはね飛ばそうとした。シルスが反応しなければ確実にそうなっていたであろう。

「――何のつもり…?」

自分を殺そうとした相手をシルスは睨む。
さすがにいきなり殺そうとした相手に、人間とはいえシルスは警戒を露わにする。
その相手は至って平然としており、殺意を軽く放ったまま見下ろしていた。

「神剣を抜け。相手をしてやる」

「使えないあたしを遊んで殺そうとでも思ったわけ…?」

シルスは『連環』と交差している『月奏』を弾く。

「俺に遅れを取ればそうなるな――何をしても構わん。生き残って見せろ」

弾かれた『月奏』の切っ先をシルスの鼻先に突きつける。
レイヴンはその動作をするだけであった。それはつまり、シルスが『連環』を抜刀するのを待っているという事。

「………」

スピリットが人間に剣の矛先を向ける。
シルスはそれに少し躊躇うも、目の前の注ぎ込まれる突き刺すような殺意にはそれは不要だと感じた。
シルスは鞘から『連環』を抜き、鞘を腰の所定の位置へと戻す。
『連環』は一般的なブラックスピリットの弧を描いた刀身の太刀であるも、その刀身はかなり細い。

――ザッ…

『月奏』を下ろし、シルスに背を向けて距離を取ろうとするレイヴン。
だがその二歩目の右足は前ではなく、軽く後ろに引いて軸足となって動いていた。
『月奏』を持った手を引き、背中を見せた事による遠心力を擁した一振りをシルスの右側から繰り出す。

不意を突きそうなレイヴンの一撃をシルスは『連環』を振り上げて迎撃する。
刀身同士が衝突し、交わる二つの剣は抜刀の勢いのついているレイヴンに少し分があり、剣の重みにシルスの『連環』は押し戻されていく。
元々力技は得意ではないシルスは舌打ちをする時間を省いて受け流し、右から左へと『月奏』を流した。

――ィィイイィイィィィ……

擦れ合った剣同士から鳴り響いた残滓が木霊す。受け流された事でお互いに対面するレイヴンとシルス。
漆黒と藍色の瞳が交差するも、お互いに向ける瞳は先は切り裂く相手。お互いの瞳の鏡に映される戦う自身の姿。
唐突に始められた戦いの第二撃は、シルスの『連環』からであった――。




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