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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第三話 「 捕虜 」



あたしはシルスティーナ・ブラックスピリット。
バーンライト首都サモドアに駐屯している幼い部類に入るスピリットかな。
かと言って決して一番弱いわけではないのよ。あたしより訓練でまだまだな子もいっぱいいるし。

だけど最近ではあたしより強い年上やまだふつうの勉強がこれから子たちがよく訓練をしている。
今までは他に残ったあたしたちが訓練の回数が減るなんてことはなかった。
それも訓練をしているからってちゃんと戦えるのかどうかもわからないあたしたちに街の見回りを任せてくるなんて…。

まだまだ子供なあたしだけども、これでも結構頭はいい方だと思っていたりして。
教養がまだな子を集中的に何かするのは――まぁ、いいとしても。
訓練を受けてちゃんとした力を持っている人たち(スピリットだけど、色々お世話になっているし『人』で)までするのは理解できないな。

街の見回りをあたしまでさせるほど数が足りなくなっているのは見れば一目瞭然だし。
あたしは他の子より戦う力は無いクズだって言われているの。
別に同じ仲間からそう言われているわけじゃないのよ?

ほら、あたしたちを戦わせるために色々と訓練する人間が言っていたわけよ。
あたしはブラックスピリットで細身の神剣――『連環(れんかん)』って名前で位は七位ね――だから素早く相手の懐に入ってズババッ!っで相手を倒すのが得意なはずなの。
だけどあたしがやってもあまり速くないの。あたしより“ほゆうエーテルりょう?”ってやつが少ない子たちの方が速かったりするの。
これには少し傷ついたなぁ、あたし。なんせ後から一緒に訓練するようになった子に初っ端から追い抜かれたこともあったし…はぁ。

だからあたしは色々と頑張ったわ。訓練させる人間のほうも使えないスピリットを出すわけにもいかないからって色々無茶するわけよ。
そりゃあ、もう大変だったんだから。朝から晩まで素振りやウイングハイロゥでの走り込み。
もっと体重を軽くすればどうかって食事を減らしたり、って子供のあたしをこれ以上軽くしてどうするっていうのよっ!とか。
お陰でけっこう我慢強くなったり身体が他の子たちより細かったり軽かったりしてるけど、結局変化なしなわけ。

体重が落ちたからウイングハイロゥでよりちょこまか動けたりしたけど、結局のところスピードはあんま変わらなかったの――ショックだったなぁ…。
こんな訓練させた人間はやる気無くして他の子たちの訓練に回ったし、あたしは結局のところ他の子たちに雑じって訓練するだけに。
やることなすことは素振りや模擬戦の相手をするのばっか。専門的なことなんてありゃしない。

戦闘訓練があんま上手くいかなかったからってわけじゃないけど、色々な本を読んだりして知識を溜め込んでいるの。
訓練の最中に抜け出しても全っ然気づかれないから――というよりもどうでもよかったんだろうけど、あたしのことは――勝手の人間の資料室なんかによく行っているのよ。
いくらスピードが無いからって言ってもあたしはブラックスピリットなんだから、人間に気づかれる前に隠れるなんて簡単簡単♪

まぁ、流石に城の中まで行っちゃうと気づかれた時には大変だから、その周りの建物の中の図書館なんかに潜り込んだりしてるの。
今では訓練より他のスピリットたちに勉強を教えるのを押し付けられるまでに知識が豊富になっているの、えっへん。
…だからかな、戦いに使えないあたしが処刑されなかったのは。今までもあまり伸びない子たちが処刑されるなんてよくあるし。

処刑されたらマナが得られるからって理由らしいけど…その場を見れたわけじゃないからよくわからない。
あたしたちスピリットに人間のすることなんかいちいち教えてくれるわけもないしさ。あたし自身が資料室で見つけた知識なわけ、これは。
逆にあたしが人間からいかに使えないスピリットで教師係にしか使えないかってのも知ったわけだけど……。

別に期待していたわけじゃないけど、人間なんてどれも同じ奴ばっかなんかなぁ〜…って感じたのよ。
そんなあたしを街の見回りなんかに回してきたんだから、いかに数合わせで回しているかわかったわけよ。わかる?
そんでもって何回目かの街の外側の見回りで起こったのよ、サモドア山道からの神剣の気配が。

ウイングハイロゥのある人たちがババッ!って飛んでいってあたしは大体中ぐらいの集団で飛んでいったの。
これじゃあたしの出番はないかなって思ったんだけど、先行していた皆は戦っていなかったのには少し驚いた。
あたしが着いた時には神剣の気配がある人たちを囲んで神剣を構えていたのよ。

そんで二度目の驚き。神剣の気配が一つしかなかったけど、近くに寄って初めて気がついたの。スピリットの子が二人居たのに。
ふつう気配は消し難いし、消せるのはある程度熟練してなきゃ出来ないって本にあった。
つまり気配がある蒼い髪の子より緑髪の子が要注意ってわけで皆囲んで躊躇っていたわけが一つ。

あと一つが、そこに人間が一人居たことである。
それも二人のスピリットを傍らに寄せている親密さ。蒼い髪の子なんて一張羅を掴んでるし。
お陰で先行していた皆が迂闊に攻撃すれば人間に当たるかも、ってわけで動けなかったのよ。

スピリットを一緒に連れている人間なんてどう対処すればいいかなんて教わってないし。
しかも傍に居る2人の神剣をこっちに投げてスピリットの能力を自分から封じたんだから尚更わかんないじゃない!?
結局は街まで連れて行くことにしたんだけど、この人間に少しだけ興味が湧いたわけよ。

だって人間なんてスピリットを傍に居させるだけで露骨に嫌がるじゃない?
でもこの人間はスピリットにくっつかれても平然としてる。妖精趣味かな?とも思ったんだけどどうも違うっぽい。
何と言うかなぁ〜……うまく言えないんだけど、スピリットがどうとかを気にしないタイプ?って言うのが一番しっくりくる表現かも。

うーん…何かがちょっと違うなぁ、って人間(まぁ、男だけど)見ながら考えてたら気がつかれて見返された。
んで声をかけられたんだけど、人間だから後で色々面倒にならない程度に答えてちょっとばかし質問したのよ、あたし。
その結果としては…勝手に幻滅したかなぁ。期待したあたしがバカだったな感じ、『スピリットが人間の…』って結局こいつも同じかってね。

あっさり見限って反対の方に顔を向けたら、人間が連れていた蒼い髪の子が顔をドアップにして目の前にいたからもうビックリしたわ。
しかも無言で見つめてくるからこっちはたじろいじゃったけど、人間が首根っこ引っ掴んで退けてくれたから一安心。
かと思ったら突き出してきて自己紹介させるもんだから、つい返して名前言っちゃった。

それも、それもよ!あたしのこと『シルスお姉ちゃん』なんて言ってきたんだから!!
今まで年下の仲間からそんな風に言われたこと無いし、あたし自身年上の皆に言ったこと無いし(心の中でちょこっとだけ)…。
思わず何度も呟いて確かめちゃったし。しかも“シルス”なんて言われたの初めてだなぁ…ちょっと感激。

そんなことしてたら街まで着いて、人間の方が兵士に連れられて行ったの。
残されたスピリット2人は詰め所に置いとけって。要するに監視しとけってこと。
神剣の無いスピリット2人にここの人間の兵士が関心を寄せるわけないっか。どうせ処刑してマナを得ることしか頭になさそうだし。


……………
…………………

――で。

「…何やってんのかしら、あたし」

「? 何が〜?」

「何でもないわよ。はい、上がり」

「うにゃあ?!」

目の前に居るフィリス(後で聞いた愛称)って子にトドメをあたしは刺してやった。
別に殺(や)ったわけじゃないわよ? ただ手に持っていた紙切れをフィリスとあたしの間に置かれてる同じ紙切れの上に放ってやっただけ。
フィリスは目の前で面白いぐらいに悶絶してるし、隣ではリアナ(これも後で聞いた)がクスクス笑ってる。

何かこの紙切れを『カード』って言うんだって。マークの違う4つ(色が赤と黒の二種類に分かれてた)が各々13+1枚あるわけ。人の絵柄もあったかな?
それを使って同じ絵柄を捨てていって先に手持ちが無くなった人の勝ち、っていう理屈としては簡単な遊び。
でもやってみて案外難しかったりした。カードの形と裏側の絵が全部同じでごちゃごちゃに渡されるからこの時点で中身が判らない。

相手のカードは裏側を見せるから全然判んないし、グルグル回りでカードを取るので運試し。
それもババとかいう同じ柄の無いカードも混ざっているからこれを手にし続けると負けるから侮れない。
まぁ、フィリスが持ってると直ぐに顔に出てババの存在を知らせてくれるから間違っても取らないけど♪

その逆で手強いのがリアナ。この子はホントに読めない。
ジッとこっちを見つめて悟らせないし、声をかけてもニコリと笑って流すその器量。強敵だと悟ったのよ、その時に。
あたしから取られる時にババを持ってると何故かあっさり避けられた。

顔には出していないはずなのに何故っ!?って思ってリアナに聞いてもまたニコリと流される。少し悔しいかなぁ…。
ん? 何でバーンライトのスピリットのあたしがフィリスとリアナに交じってカードで遊んでるかって?
それはね、あたしがこの子たちの面倒を…要するに監視を押し付けられたのよ。

人間が連れて行かれた後、街の兵士に詰め所に連れて行くように言われたの。
スピリットを生きたまま連れて帰るものだから人間様も想定外だったんでしょうね。
こっちはこっちで殺さずに連れて帰るなんてしたことないから判らなかったわよ。

で、詰め所に連れて行ったはいいものの、フィリスとリアナを取り囲んで厳重警備。
神剣を取られてるスピリットがこの人数相手じゃ何も出来ないのは当たり前だけど、これはちょっと過剰じゃ…と思ったわ。
フィリスとリアナは諦めてるのか神剣が図太いのか、座ってる椅子に腰掛けて寝てたし。

何かバカらしくなるようなこの空間にやっと兵士が来て命令したのよ。
んでもって、そこであたしがフィリスとリアナを見張るように言われたの。
それから自分でもあんましよくわからないうちに遊んでいたのよ。今思うと不思議だわぁ…。

「シルスティーナ」

「ん?」

あたしの名前を呼んだ声の方を見ると、仲間のスピリットがこの部屋の入口に居た。
この部屋自体、あたしたちスピリットの住まいの空き部屋を使っただけで監獄じゃないの。
フィリスとリアナの神剣はどこか別の場所に保管しているから、あたしのが『連環』を持ってるだけで十分監視出来るわけ。

お陰で見張ってるあたしが楽を出来るから良かったんだけどね。
丁度カード遊びが区切ったタイミングだったから直ぐに呼んだ子に近づいたわ。
これが遊んでる最中だったら待たせてたけどね。

「その子たちを連れて訓練所まで来るようにってさっき命令が下ったわ」

「訓練所に連れてくの? 捕虜みたいな扱いなんじゃ、一応」

「私たちが知る事ではないわ。命令だから早く連れていった方がいいわよ」

あたしは少し眉を寄せる。この子って、こんな無愛想だったっけ?
今やってる何かの訓練前はもう少し子供っぽい喋り方をしていたはずだけど…

「わかった。それと…ねぇ、あなたの性格変わってない?」

「? それが何か?」

「んん〜…えっと、別にちょっとだけ、ね。直ぐあの子たち連れてくから」

疑問を疑問で返されて困ったものだから彼女の背中を押して退出させたわ。
あたしの勘違いだったのかな? 見知ってた子だと思ってたんだけどなぁ……。
今それを考えても仕方が無いし、フィリスとリアナを訓練所へ連れて行かないと人間がケチつけてくる。

「うーん、と。今の話聞えてた? フィリスとリアナにはついて来てもらうことになったんだけど」

「――私たちに選択肢はないですね」

「は〜〜いっ!」

リアナのもの凄く冷静な声にフィリスのわかってるのかわかってないのか判断し辛い元気な声が返ってきた。
とりえず、面倒な手間がかからにのはいいことだったわ。
あたしが先頭になってその横をフィリスが並んでリアナが後ろを着いて来ると構図で訓練所へと向かったわ――。


……………


「これはどういう事か説明願おうか」

「何の事をでしょうか?」

「この街に厳戒態勢を敷かせたメノシアスという男が連れていた例のスピリットの事を聞いている」

ジェイムズは目の前に座っている人物を軽く睨みつける。
睨まれた相手は少しその視線に怯むも、直ぐに目を逸らして咳払いをして避ける。
ジェイムズと目の前の男。そしてその男と並んで座っている数人の人間。

彼らはレイヴンが連れてこられた同じ部屋で会議中であった。
しかし、その内容は会議ではなく査問と言った方が正しいかもしれない。
ジェイムズが目の前の男――バーンライト軍スピリット統括顧問シグル=ネルラ=オウヌを糾弾しているのである。

「ああ、あの訓練に使えているブルーとグリーンスピリットの事ですか」

「何故あのような勝手な事をさせる?」

「――何故? 何故かですって? 偶然手に入れたスピリットを使ってるだけですが?」

男はジェイムズに嘲笑し、さもそれをして当然である様に言いのける。
そんな男にジェイムズは心の中で歯軋りさせた。

「彼女らは我が国が所有しているスピリットではないのは先日説明したはずだ」

「ええ、そうですね。ですがあれは担保として例の賊が置いていったのでありませんか。それをこちらが自由に使って何が悪いのですか?」

「こうも伝えたはずだぞ――『期限が過ぎるまでは決して彼のスピリットたちに手出ししてはならない』とな!」

普段から威厳のある風体をしているジェイムズが怒鳴る。
スピリット統括顧問の男も含め、この場にいる全ての人間が彼の見た事の無いその変化に驚いていた。
そんなジェイムズが激昂する理由が、フィリスとリアナのスピリットの待遇についてであった。

ジェイムズがレイヴン――メノシアスとの話し合いを済ませた直後、すぐさま高官たちを招集させて会議を開いた。
そこで先の街への厳戒態勢の理由とメノシアスという人物の待遇についての話し合いである。
開始当初からジェイムズの意見は混迷を極め、かなりの無理難題を彼の押し付けるカタチの交換条件となってしまったのだ。

それでも連れていたスピリットに関してどうにか安全と取り付けえう事には成功していた。
ジェイムズは彼があの交換条件をあっさり同意し、時間が無いからと即座に行動を開始したのにはジェイムズ自身が驚愕したのは否めない。
だがこれで彼との約束は果たせ、上手くすればこちら側に彼がついて貰えるチャンスだと感じていた。

しかし、その考えがはすぐさま覆されてしまったのである。
シグルがフィリスとリアナを自国のスピリット訓練の練習台に投入させたのだ。
それも明らかに実戦訓練の相手役としてである。

彼女たちに神剣を持たせてはさすがにどのような危険があるかもわからないため、模擬刀による訓練ではあった。
だが、その内容は実戦形式であるために神剣無しとは言えほとんど実戦である。
彼女たちからすればサバイバルであっただろう。一対一を休憩無しにやらされ、多人数からのなぶり殺しの実験体にされたとも聞く。

それを捕虜にした次の日(当日からかもしれない)から毎日、最低限の回復魔法で済まさせてジェイムズの耳に入るまでの3日間も続いたのである。
彼が直々にスピリットの詰め所に訪れると、彼女たちは傷こそは神剣魔法で完全に癒されてはいるもののその様相は非常に見るに耐えない。
神剣の無い彼女たちは体調そのものの管理が厳しい。彼女たちにその惨状を目の当たりにして現在の会議に至った。

「問題はありません。メノシアスという男があの条件を完璧にこなして戻ってくるなどと本気で思っていらっしゃるのですか?」

「あの者ならばやってのけるだろう」

シグルは小馬鹿にしたようにため息を吐いた。

「ですが仮にですよ? 仮にやってのけたとしても、返す時にグリーンスピリットに完全に回復させてしまえば証拠はありません。
もし告げ口して迫られたとしても白を切れば良いだけの事でしょう?」

「彼女たちが言わずとも彼ならば感づき、契約違反で報復してくるぞ!」

「たかだか一人の賊に何が出来ると言うのですか? ですよね、諸君?」

シグルは横に座っている人たち――彼の部下である訓練士や雇用している一般からの訓練士がそれの同意して頷いた。
彼らは今回の件で直接フィリスとリアナを訓練相手として使った面々であり、それで同席させられているのである。

「貴方ほどの人物が何を恐れているのですか。たかだか一人の賊に」

「直接面識のが無いからの、貴公は。致し方の無い事だが……即刻、彼女らを訓練に組み込むのは止めて貰おう」

シグルを射抜くジェイムズの絶対なる視線。彼が何故そこまで徹底する理由がわからない。
だがシグルにとって、この人物をこの場で敵にするには得策ではないのは確かである。

「――やれやれ、ですね。わかりました……あのスピリット2体を訓練に組み込むには止める事にしましょう」

「傷の完全治癒と生活面での詰め所のスピリットらと同等にも、だ」

「重々承知しております。では、私達はこれで失礼致します」

ニヤリと笑ってお辞儀をして退出していくシグル。
その後ろを此方を小馬鹿にしたようにジェイムズを見つめて出て行く他の面々。
彼らがが退出し、部屋に一人座ったままのジェイムズが残った。

彼は両手を強く握り締め、怒りに合わせた彼の拳は震えていた。
それをした事による末路をシグルらは軽んじている。そして手を出した事によって違えた約束。
彼は、メノシアスは今何をしているのだろうか? 彼は既にこの事を知っているのだろうか?

「―――」

あの時に感じたあの感覚。あの時見せたあれが彼の全てではない。彼を敵に回してはいけない、絶対に。
ジェイムズは、あの種類の人間を見た事はあるものの、彼は次元が違う。
彼は生粋の“傭兵”。彼にその言葉を当てはめても全く遜色は無く、むしろそれがピッタリである。

傭兵は金で雇われ、契約に沿って仕事をこなす。
契約の不備による責任は雇われた時点でその傭兵自身の不備なので、自身で負うべき事である。
だが、依頼主そのものが妨害及び契約違反となればどうなるだろうか?

傭兵は依頼主との絶対の信用を元に取引をするものである。
契約を傭兵側から破れば、それはその傭兵自身の信用を失うだけで、理由が無い限り決してしてはならない行為。
では依頼主側からであったのならば、それは雇われた傭兵自身の能力を軽んじられた事に他ならない。

傭兵は常に自身の力を誇示しなければ仕事は得られない。
ゆえに依頼主の契約違反には、傭兵自身が力を誇示するために実力を持って抗議するのだ。
やり方は個々の能力を象徴させる事に意味があり、メノシアスの場合それは――


――絶対なる情報と暴力による報復。


「国王が不在なのが痛手であるな…」

くしゃりと自身の硬質な髪を握るように頭を抱えるジェイムズ。
このような事態になった最大の原因、それは国王の不在であった。
スピリット専門の機関に属しているシグルでも、国王の命であれば流石に手を出す事もなかったのだ。

メノシアスによる先の一件の前日に、国王はダーツィへ訪問しているのである。
現在のダーツィとイースペリアの緊張で幾ら友好的な関係がダーツィとあっても、今回の規模からは使者では済まない自体だと判断したためであった。
ゆえにメノシアスの件は我々の上層部による総意で決定した事であり、絶対的な決定には成り得なかった。

むしろ今回の件に関してはスピリット専門機関であるシグルに分があり、ジェイムズ自身の今回の話をまともに聞き入れたかは甚だ疑問であった。
彼は常時、ジェイムズと敵対するような行動を取っているので不安要素は尽きない。
予定通りならば国王は明日にでもサモドアへと帰国する。ならば早急にメノシアスの事を報告し、助言するして命を仰ぐしか残された術は無い。

「――手は確実に打たねば完全に手遅れになってしまう」

重く感じる自身の身体を引きずる思いで椅子から立ち上がり、ジェイムズは会議室を後にする。
その背中は焦燥がかかっており、同時に決意も漲っていた――。


……………


「――なんと言うか…タフよね、あんたたちって」

「そうですか?(ほくほく)」

「まむなま〜〜?(訳:そうかな〜〜?)」

「とりあえず、フィリスは口の中の物を食べきってから喋ろうね…」

「もあっあ〜(訳:わかった〜)」

一応、フィリスとリアナの監視部屋となっている部屋で、シルスが持ってきたご飯を2人はほくほく食べている最中。
そんな見ているだけでお腹一杯になりそうなフィリスの食べっぷりに、リアナの手早く静かに食すその様子に呆れ半分感心半分にシルスは眺めていた。

「あんな事があった次の日だっていうのに、どうやったそんな風に元気になれるわけ?」

「いつものことー」

「いつもの――って、いつも!?」

スープを飲もうとする直前のフィリスの『当たり前』だと聞える発言にシルスはビックリする。

「あのぶっ倒れても血反吐を吐いても周りに罵られて先輩に苛められ(?)ても許されない昨日まで3日間が?!」

「やっていた事自体、簡単でしたよ?」

「簡単? あれが!!?」

リアナの肯定の頷き。昨日まで焦燥とさせられていた本人からの言葉にシルスは二度目のビックリ。
昨日なんか食事をするのにアザや切り傷だらけで食べる行為自体が痛々しかったフィリスとリアナである。
それが何故か今日は何にも訓練命令が下らず、むしろ彼女たちの身体の完全治癒をしろと言ってきた。

この詰め所に居るグリーンスピリットが何人か集まってゆっくりと神剣魔法で治癒させた。
フィリスとリアナの神剣がこの場には無く、神剣の加護がないので治癒そのものがし難かったためである。
時間をかけて治癒魔法をすれば効果が大きいのもあるが、今回は前者であった。

そんなで治癒をされている途中から寝込んだ2人は今日の昼過ぎまで半日以上昏睡状態であった。
シルス自身、彼女たちがここまで持っているのが不思議なくらい消耗していると考えていたのだ。
まぁ、起きたら起きたでこっちの心配を余所にフィリスはお腹を豪快に鳴らしてはいたが…。

そんな風にされても『何時もの事』『簡単』と言える彼女たちにはシルスは唖然ものである。

「あんたたちって今までどんな訓練を――いや、いいわ」

一体どんな訓練をしてきたのか訊こうとしたシルスだが、即座に止めた。
訊かない方が自分の為だと感じた。訊いてはならない、頭が警報を鳴らしている。

「フィリスとリアナを鍛えてるのって、やっぱりあの人間なわけ?」

「レイヴンの事ですか?」

「あの人間、レイヴンって言うんだ?」

「はい。彼が私たちの訓練士です」

「ふ〜ん…」

「皆で神剣なしの
エヒグゥ跳びの山越えをしたよ〜〜」

シルスが食事を終えたリアナと会話してる間にフィリスが口を挟んできた。
エヒグゥとは、四足歩行の小動物で、ピョンピョン跳ねる様に移動をする。
つまりエヒグゥ跳びとは、しゃがんだ姿勢で跳ねる様に……

が、シルスはそこまで想像するも即座に脳内から完全亡却消去思考に移行――何も思わない聞えない知らないあたしはああああ〜〜…
それでもスピリットゆえの身体能力は聴覚も良い為にしっかりと耳にしてたのである。ひどい…。

「ああ〜〜…皆、って事は他にも居たの、仲間?」

「うん! レイナお姉ちゃんと他の皆が居たよっ」

「――っ」

リアナがフィリスの『レイナ』という言葉にビクリと肩を跳ね上げる。
フィリスはシルスに気を向けているために気がつかなかったようだが、真正面のシルスはしっかりとそれを見た。

「へぇ、レイナって子と仲が良かったんだ。その子は今どうしてるの?」

「――消えちゃった…ピカピカひかる光になって…」

「そう……マナの導きがあるといいわね」

シュン…とさせて悲しむフィリスを軽く抱き寄せてシルスをあやす。
シルスはリアナに目を向けると、彼女は目を伏せて小さい身体を小刻みに震わせている。
何となく予想はしていたシルスだったが、さすがにこれ以上『レイナ』に関して話すのは良くなさそうであった。

――コンコンッ…

「? 誰?」

背後の部屋の扉が開く音が聞え、シルスはフィリスを抱いたまま振り返った。
しかし返事は無く、数秒経っても返事が返ってこない。シルスは腰の『連環』に手を掛けて少し警戒する。

――ガチャ…

そして扉が開かれ、中に入ってきたのは――


……………


――先を越された。

ジェイムズはエーテル変換施設に最も隣接している施設内の一室で、始めにそう思った。
この場所はエーテル変換を行う上でもっとも重要な機材の一つ、エーテルコアである巨大な結晶体の一部を削った(分離させた)物が中央に設置されている。
地方のエーテル変換施設は首都であるサモドアのエーテルコアを削り、その結晶を利用する事で各地域と連結し、広大な地域のマナを効率よく広範囲のマナをエーテル変換する事が出来る。

そしてこの部屋で用いられているエーテルコアを削って造られた設備は外部からのマナを直接溜め込む施設である。
エーテル変換出来る量は施設の規模と技術によって異なるが、空間から集めて変換させる量には限度がある。
マナ結晶を砕いて空間中に散布させて通常と同じくエーテル変換させると時間がかかるため、こうして直接コアにエーテル変換させれば短い時間で変換が可能なのだ。

そしてジェイムズが何故、このような場所に居るのかと言うと――

――フィリスとリアナの処刑が決行されるからである。

国王がサモドアへと帰国したという知らせを聞いたジェイムズは直ぐに国王との謁見を申し出たが――先客がいた。
シグルである。彼は事前に情報部と取引をし、サモドアに戻る直前に謁見の申し出をしていたのである。
そこでシグルはメノシアスの一件で捕虜としてではなく“手に入れた”と報告し、処刑を進言したのであった。

しかも、シグルは情報部の顧問も手の内に入れて並んで謁見した。
情報部は当然、最新の情報の真偽を計る機関であるために国王が信じて当たり前なのである。
ゆえに国王はシグルの提案を承認し、命を受けた今日の日にさっさと済ませようとしていた。

「後ニ日だというのに…」

メノシアスとの約束の期間。彼ならばもしかすれば、明日には成果を持参してくるやもしれない。
それを見越してか、シグルは元々こうするつもりで事前にこの施設の準備をさせていた節もある。
しかし、国王の命であっては幾ら上層部の一人であるジェイムズとはいえ反対する事も叶わない。

「――さてさて。それでは、始めるとしましょうか、ジェイムズ殿?」

「――っ」

「どこかご気分でも悪いのでしょうか? ご自身の屋敷に戻りまして養成なさっては?」

「…問題ない」

シグルの一欠けらも気遣っていない声。明らかにジェイムズの上を行ったという優越感から来る笑みを見せつける。
彼はジェイムズに見せ付け、自身の新たなる功績のために多くの高官たちもこの場に招待していた。
そんな中の中央設備の前には、5人の少女――スピリットが居る。

処刑対象であるフィリスとリアナ、そして同行したシルスである。
シルスの手には『雪影』と『彼方』があり、残りのブルーとグリーンスピリットの2人はフィリスとリアナが変な事をしない様に彼女たちの背後についている。
フィリスはリアナにくっついて少し不安そうな表情で、リアナは不安げながらもフィリスを抱いて冷静そのものであった。

「それでは皆さん、バーンライトの新たな糧となる瞬間をご覧下さい」

シグルが大げさに宣言をすると、傍に控えていたもう一人の男がシルスに合図した。
シルスはそれをチラリと見、『雪影』と『彼方』をその手にエーテルコアへと近づいていく。
スピリットの処刑方法は至ってシンプルで、神剣をエーテルコアに突き立てるだけでいいのである。

神剣とスピリットは契約によって繋がっており、片方が壊れれば一方も壊れるものである。
スピリットが消えれば神剣は担い手を失ってマナへと帰還するが、神剣を破壊されたスピリットは戦いではそのまま殺されるために実際どうなのかは不明。
何はともあれ、それを利用して神剣をエーテルコアに吸収させれば、自動的に契約者であるスピリットもエーテルコアへと吸収されるのである。

「………」

シルスが『雪影』と『彼方』の切っ先をエーテルコアへと向けた。
ジェイムズは見る事しか出来なかった自分を悔やみ、シグルは勝利の笑みを濃くさせる。
フィリスとリアナは後ろに2体のスピリットが居るために動けない。そして――

――ツツー……

シルスは『雪影』と『彼方』の刃をエーテルコアに突き刺すも、その様相はまるで飲み込まれるかのような刺さり方であった。
そして神剣からは光が迸り、吸収が始まっていく。

――ビクンっ!!

「「――かはっ?!」」


フィリスとリアナが同時に痙攣する。彼女たちの身体からは金色の光は立ち昇っていく。

「「かっ!?うくぁっ!!??」」

そしてその身体から立ち昇る光は全身を覆い、身体を透けさしていく。
エーテルコアに刺さっている神剣も眩い金色の輝きを放っている。

そして――

「「ぁああああぁ―――ぁぁ……」」

フィリスとリアナの身体は完全に消滅し、ジェイムズたちに金色の光――マナが空気中に完全に溶け込んでいった。
それは二人のスピリットが、この国のマナへと返還された瞬間であった――。




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