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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第二話 「 交渉 」



バーンライトのスピリットたちの囲まれてレイヴンたちがサモドアの城壁内部に入った所で、レイヴンとフィリスたちは人間の兵士によって即座に離された。
フィリスとリアナには抵抗をしないようにと言い置いたので、少なくとも直ぐに殺される事はない。
なにしろ彼女たちの神剣はバーンライトのスピリットの手に握られ、反抗する要素を寸断されているのだ。

そして、レイヴンは一張羅から見えている鞘の納まった『月奏』に警戒されて数人の兵士に剣を突きつけられる。
武装解除を命じられてそのままゆったりとした動作で、見えるように『月奏』と腰に差しているダガーを引き抜いて地面に落とした。
そのまま両手を頭の後ろにやって目を瞑り、動かないレイヴンに兵士の一人が恐る恐る近づいて『月奏』とダガーを掻っ攫うように取って下がった。

その後は両手を頭の後ろにしたまま背中を剣の切っ先をつつかれて連行。
連行された先は留置所のような狭い一室ではなくて比較的に広く、長いテーブルのある簡素な一室へと連れて来られた。
歩かされた距離から言えば、おそらく軍関係の施設内部であろう。

レイヴンは奥の席に座らされ、その背後には剣を携えた兵士2人が控えるカタチで待たされた。
詳しい事を彼らに聞くのは今のレイヴンの立場上好ましくないため、黙って椅子に腰を掛けている。
座らされた際に「貴様にはあらいざらい吐いて貰う。可笑しな真似をしない事だ」と言われた。

要するにレイヴンを尋問しようとしているという事。スピリットからの報告での『旅人』と連れていたスピリット。
信じていると言えわずとも、全く信じていない事もないと言った所であろう。
尋問ならば痛めつけて吐かせれば良いが突然の事であり、判断の優劣が定まっていないのだろう。それゆえのこの待遇。

時間にしては半刻ほどが過ぎた頃。
後ろの兵士の一人が立ったまま居眠りをし、もう一人が欠伸をしている所でようやく真正面の出入り口の扉が開かれた。
その音に気がついた欠伸をかいていた兵士がビクリと反応し、もう一人の兵士の頭をガンッと叩いて起こした。

半開きの扉に先立って入ってきたのは、後ろの兵士と同じ格好の一人の兵士。
その兵士に背後の兵士2人は敬礼し、入ってきた兵士がレイヴンと兵士のその様子に頷いて扉を完全に開けて後ろの人物に入室を促した。
この行動は、レイヴンが中で何かをしでかしていないかという確認。この行動をする際は大抵、身分の高い者に対して行われる行為。

そうして入ってきたのは白を基調に青の上着を着た中年男性が入ってきた。
服そのものはピッチリとした印象があるものの、着物のようなゆったりとした作りとなっている。
その男性の顎には髪と同じく豊かな黒い髭をはやし、穏やかそうなその目に凛とした印象を与える。

男性は兵士を自身の後ろにし、レイヴンの対面――扉に一番近い席に腰を下ろした。
両手を合わせ、その茶色を少し含ませた黒い瞳で対面にいるレイヴンを観察していくる。
レイヴンも同じく正面に居る男性を眺め、相互に腹を探り合うようにしていた。

「私はバーンライト軍総司令部戦術顧問、ジェイムズ・ステイス・アスノアという者だ」

「メノシアス・レーヴェン。スピリットを連れた、しがない旅人だ」

お互いの視線を交えたまま、名乗りあった。

「しがない旅人、というのは嘘だな?」

「ああ、嘘だ」

両者が名乗って一呼吸入れただけの合間の言葉、そして肯定の返答。
レイヴンの背後にいる2人の兵士が剣の柄に手をかける。殺気をを含んだその気配に気がついていない風にレイヴンは平然と椅子に背もたれ、両腕を組む。
対面に座るジェイムズという男性はその兵士たちを制し、再びレイヴンに視線を向ける。

「だがラキオスの者ではない」

「そうだ」

「それを示す証拠はあるか?」

「自身の国の力を知らしめるための戦うスピリットに固有の服を着せていない事」

「確かに。スピリットは国が違わんとすればそれぞれ統一されたモノだ。その点に置いては貴公のスピリットの服は見たことは無いな」

スピリット同士の戦いにおいて服装などは神剣の波長から敵味方を識別できるため、そんなには重要視しない。
が、それはスピリット間の話であり、人間が自身のスピリットを識別するのには外見に差異が必要。
ましてや自国のスピリットが敵と同じ服を着ているなどとは気分を害する以外の何者でもない。

それが古くからの因縁のある国同士であるのならば、おのずとその傾向が大きくなる。
その点において、フィリスとリアナの服はシージスとの戦いでかなり破け焦げていたのをヒエムナで調達した生地で補完した物。
レイヴン独自のどの国のとも似か寄らないその服からでは、所属国家を判別する事は出来ないのは当然であった。

「――しかし、だ」

ジェイムズの目が少し細まる。

「スピリットの服が見たことが無いだけでラキオスの者ではない、という確かな証拠には成らない」

「そうだな。元よりそのつもりは無い、が」

「では再度問おう。貴公がラキオスの差し金ではないという証拠はおありか?」

「確かな物は何ひとつ無い」

場の沈黙。兵士たちはレイヴンに対する警戒を強めるも、席に座る両者は静かに視線を交じ合わせている。
声を発する者の無いこの空間では、外から聞えてくる号令や命令の声が聞えてくる。

「――質問を変えるとしよう…メノシアス・レーヴェンよ、貴公は何者だ?」

ジェイムズがこの沈黙を破り、再度レイヴンに問い掛けてきた。
初めと変わらずの落ち着いた声色。周りの兵士との格の違い、実力の違いがその声にはあった。
そんなジェイムズの質問に、レイヴンは初めて視線をジェイムズから外して思案する。

「そうだな、やる事からすれば“傭兵”と言って差し支えない」

「ほう…傭兵、とな――それはどんな事をする?」

「基本的には何でもする。護送・運搬・密偵・強奪、その他もろもろ」

「では『殺し』を依頼されればそれを遂行する、と」

「提供される情報と報酬次第、だがな」

目を少し細め、口元に小さな笑みをレイヴンは浮かべる。
対面する兵士はその表情に少し慄くも、ジェイムズは静かな表情のままにそれを見ている。

「なれば貴公がラキオスに依頼されて此処に潜入しているとしても可笑しくは無いな」

「確かに。そうとも考えられるな」

兵士たちが鞘から剣を抜く。ジェイムズとレイヴンは兵士たちのその行動に微動だにしない。
そしてレイヴンは両肘をテーブルにつかせ、組んでいる両手甲の上に顎の乗せる。

「安心しろ。何かの依頼で此処に来た訳ではない」

「それで貴様を信じろとでも言うつもりか!?」

「言葉を信じてもらう以外に信じてもらう要素がないものでね」

「ふざけるな!!」

「ふざけてなど毛頭無い」

ジェイムズの傍らに控えていた兵士がレイヴンの怒鳴り散らし、背後の二人からは首筋に剣の刃が添えられてヒンヤリとした感触が伝わる。
素性の知れないレイヴンに対し、此処に来て『殺し』が出来るという言葉に兵士たちの枷が外れたのだ。
ジェイムズは兵士たちのその行動を諌める事無く事の成り行きを眺め、レイヴンはジェイムズに視線を向けたままである。

「傭兵をしていると色々とトラブルが絶えない。ましてやスピリットを連れているとなると国が彼女たちを欲しがる」

「当然だ。スピリットは戦いの道具。個人で独占しようなどとは勿体無いのだからな」

「そう。ゆえに、常にその対策を取る必要があるのでな。必然的に対抗手段を持ち合わせている」

「貴様のこの状況でもか?」

レイヴンと話している背後の内の一人が剣の刃を更に首に押し付けるも、彼は微動だにしない。
そんなレイヴンの首筋の皮膚が軽く裂け、血が薄く滲み出てくる。それでも彼は動かないでいる。

「そう。この状況も想定内だ」

「――っ!」

「そこまでにしておけ。兵よ、剣を引け」

これ以上の傍観は危険と判断したジェイムズが声を挟むも、もはや遅かった。

「ならば見せてみるのだな!!」

話をしていた兵が率先してそのまま剣を手前へと引き、突きつけていたもう一人の兵士も少し遅れて手前へと剣を引く。
西洋風のその剣は、押し付けて強引に削ぎ取る方式で相手を切り裂く特性上、レイヴンの首へとお互いに挟み込む様に引いている。
初めからレイヴンの首筋に添えられていた2つの剣であるため、剣が首へとめり込むまでのタイムラグはほとんど無いに等しかった。

―― ガキィィ!

『!!?』

あまり力の篭らず引いた剣ではあるものの、軽く頚動脈まで達するだけの力を2人の兵士ともに剣に注いでいた。
レイヴンの首筋から大量の血が噴き出すはずだったが、それは起こらなかった。
剣が引かれる数瞬の前、レイヴン自身から頭を後方へと引き、剣によって裂かれるのを最小限に防ぎ、そのまま椅子にずり落ちるように椅子の底に首筋まで退避させた。
結果、レイヴンの首を切り裂けなかった兵士の剣同士が擦り合い、甲高い音が部屋中に鳴り響いた。

「貴様ぁっ!!」
「はぁああ!!」

レイヴンのその体捌きに驚いていた一同であったが、剣を持っている2人の兵士がいち早く正気に戻り、椅子の底に頭を置いているレイヴンに剣を突き立てる。
椅子に突き刺さり、底から下に少しはみ出すほどの力を込めたそれには当てるまでの溜めが大きかったため、容易く避けられる。
テーブルの下へと逃げたと思った兵士2人は即座にしゃがみ込んで姿を確認しようとするもそこには何もなく、向こう側のジェイムズと兵士の足しか見えなかった。

「ハズレだ」

――ドガッ!

しゃがみ込んでいた兵士2人の首筋に足裏で地面へと叩き伏せて着地するレイヴン。
踏みつけられる格好になった兵士2人は悲鳴を上げる間も与えられなかった。
彼はテーブルの下へと逃げ込まず、剣が彼に突き刺さる前に中空へと退避したのであった。

人間に限らずに陸上肉食動物全般の目は、焦点を合わせる対象が真正面から迫る時や縦の移動を正確に視認出来難いのである。
これは物体が対比的に大きくなるだけや、地上というある程度の左右視界のみの視認ゆえの生き物特有の性質。
彼の宙への移動は剣を持つ兵士たちにほぼ真正面から近づきつつも、兵士視点では縦の動きで動いたために認識し辛くさせたのだった。

そして即座にしゃがみ込んだ兵士2人の上へと軽く縦回転を加えた蹴りに近い着地をしたのである。
踏まれた兵士当人たちは何が起こったのかわからずにいるも、距離が離れていたジェイムズとその傍らに居たもう一人の兵士はレイヴンのその動きを見ることが出来ていた。
見えていたがゆえに彼のその動きに圧倒され、目を見開いて驚愕の表情をしている。

「これが対抗手段の一つだ」

ジェイムズに視線を向けてレイヴンはそう言い放った。そんな彼の首筋からは二筋の裂かれた皮膚から血が肌に沿って垂れ流れていく。
彼らの添えられていた剣を完全に避ける事は出来ず、重要な組織に触れる前に避けるという効率的な、最少の被害に収める手段を用いていた。
絶対的な不利とされる状況からの生還。彼の足元の兵士はうめいているも、彼の自重によって首を踏みつけられているため動けない。

「ふむ、なるほどな。メノシアスよ、彼らを解放してはくれぬか? 貴公と二人で話がしたい」

「…いいだろう」

驚愕の表情をしていたジェイムズは直ぐに表情を冷静なそれに戻して提案をしてきた。
レイヴン自身もジェイムズのその対応を評価して足を地面に戻した。
解放された兵士2人は手の剣を離し、痛めた首に両手を添えて咳き込む。
ジェイムズの傍らにいた兵士は上官のその発言に驚き、抗議し出す。

「ジェイムズ様!? それは危険です!ご覧になりましたでしょう、彼の者は――」

「お主は彼らを医務へと連れて行ってやれ。負傷の理由は『不慮の事故でお互いが首を強く痛めた』とな」

「何故です!? 彼らの負傷はあの得体の知れない人物による意図的な反抗です!」

「彼の者は正当防衛をしたまでだ。それよりも彼らは私の静止を無視し、勝手に攻撃を加えた事はどう弁解させるつもりだ?」

「………了解しました。彼らは事故による負傷として医務室へ搬送いたします」

未だに納得のいかない表情をする兵士であったが、上官の命令無視は比較的重罪に当たるために無理やり納得した。
レイヴンは窓際へと移り、その兵士が咳き込んでいる2人の兵士を連れて行くのを眺め待つ。
そしてそんな彼らを両肩に担いだ兵士は開けた扉の前で軽く敬礼の代わりに軽く会釈して扉を閉め、去って行く。

「さて、それでは話を再会しよう。メノシアス殿、もっと近くに来られよ」

請われるままに一番近いジェイムズの斜め前の椅子にレイヴンは腰をかける。

「貴公の連れていたスピリット2人、何処で手に入れた?」

「ほう…スピリットを戦う駒とする軍人がスピリットを人と同じ数え方をしてもいいのか?」

「その程度の事を気にしている輩は放っておけばいい。それよりも、質問の答えてもらおう」

「なに、どこの国も見つけていなかった所で手に入れただけだ」

ジェイムズのスピリットに対する対応の柔軟性にレイヴンが少し感嘆しつつも返答した。
しかし、レイヴンのその答えにジェイムズは難色を示す。

「手に入れた、だけのスピリットがこちらのスピリットたちの哨戒に引っ掛からないスピリットを1人でも鍛え上げられるはずなかろう」

「………」

「スピリットは常時、他のスピリットが発する気配を感知できる。それはかなりの広範囲であり、みすみすサモドア近郊まで侵入されるはずもない。
今回の件を報告したスピリットから聞いたのは『突如“単体”の神剣反応を感知し、接触したら“2人”居た』とな」

「連れていたのは2人なのだから当然ではあるな」

「そう、確かに貴公が連れていたのは2人。だが、感知した段階では“単体”しかスピリットたちは感知できなかった」

ジェイムズは相手の突く様に、目を細めて鋭い視線をレイヴンに向ける。

「片方は特に変哲の無いスピリットかもしれん。だが、もう片方は少なくとも熟練している。一介の傭兵が出来る所業ではない」

「先にも言ったはずだ。スピリットを連れているがゆえに対策には万全を期している、と」

「………もしや、2人ともに気配を消させなかったのは――」

何か感づくものがあったジェイムズは、驚嘆の表情を軽く見せる。
対するレイヴンは変わらず淡々と話を進める。

「スピリットを連れてこの街へと入るには必要なスキルであっただけの事」

「では、サモドア近郊までスピリットの片割れにも気配を消さしていた、と?」

「スピリットの気配探知を過信しすぎているぞ。山という障害の前ではその能力は低下する」

レイヴンが狙っていた事。それはスピリットを連れてサモドアの街へと入る事である。
当然、スピリットを連れて街に近づけば巡回しているスピリットたちにあっさり気づかれる。
ならばスピリットに気配を消させ、潜入すればいいというワケではない。

下手をすれば潜入工作として即座に切り捨てられ、かといって気配丸腰で近づけば街に近づく所かかなり離れた所で迎撃を受ける事になる。
そうなれば遠近ともに、レイヴンはまともに取り合う機会を失う結果にしかならない。
ゆえにその中間となる街の至近距離ほどで発見させるのが得策である。

神剣の気配は常時、マナを探しているためにその探索に気配を丸出しにしている。
並みのスピリットでは神剣のその本能とも言える意志を一旦止めさせる事は出来ないが、少しコツを掴めばそうそう難しくは無い。
気配を消すとは神剣のマナ捕食探索を中止させる事。お互いが探り合えば当然範囲に入れば合致して見つかってしまう。

スピリットのエーテル反応も微々たるモノであり、オーラフォトンを展開さえしなければ人間の気配と差しては変わらない。
サモドア山脈という物理的な障害も相まって神剣の探索能力も当然低下し、気配を消していなかったフィリスに山道に出て少ししてやっと気がついた次第だ。
そして仕上げとしてリアナに気配を消させ、相手スピリットにある程度の警戒をさせた事で状況は完成した。

迎撃に出てきたスピリットは咄嗟に攻撃に入ったもののレイヴンが割り込んだことで不発、一旦状況を確認させる事でスピリットが2人居た事を気づかせる。
単体の反応しか確認できなかったのが、実際には2人だった事で相手方に未知の実力に警戒させ、攻撃対象ではないレイヴンが話し掛ける事で全ては成功。
こうしてジェイムズと顔を合わせた事は、レイヴンが未知の実力のスピリットを聞きたがった軍部に話場を設けさせたに過ぎなかったのである。

ジェイムズはそれを悟り、この人物に畏怖を覚えさせられた。
全ては彼――メノシアス・レーヴェンの手の平で起こったこの一連の騒動であった、と……。

「――貴公は何を望んで此処へ来た…?」

全てを己の頭で結びつき、この結果にメノシアスという人物が何をしにサモドアに現れた事をジェイムズは問う。
一方のレイヴンは、ジェイムズのその頭の回転の早さを賞賛し、薄く笑って答える。

「俺と連れのスピリットを雇う、もしくは一時的な駐留を認める事」

「私個人の判断だけならば、今回の件からしても貴公らを雇いたいものだ。が、上は認めてもらえないだろう」

「俺を殺してでもスピリットを手にしたと考えるだろうな」

「そうだ。貴公の実力など興味の無い話だと一蹴され、スピリットだけを欲しがる」

ラキオスとの現在の戦力差は五分五分。
そんな現状に懐へと迷い込んだスピリットを見逃すほど人間の欲が浅くは無い。
ましてやスピリットを雇うなどという事自体、この世界の権力を握った人間が認めるはずもない。

「ならばその上の者が納得するような成果をやってのければいいだけの事。スピリットに出来ない事を、な」

無機質な瞳。生物としての動きと輝きがあるものの、感情が全く見えない。
そんなレイヴンにジェイムズは悪寒を感じた。

「――何を考えている、メノシアスよ」

「ただの交換条件だ。俺たちを受け入れる代わりにその対価として命令を一つ聞いていてやる」

「そんな条件では無理難題を突き付けられても文句は言えんのだぞ?」

「その辺はジェイムズに任せる――むしろその方が好都合。成功すれば上の口を封じられるだろう?」

ジェイムズは戦慄にも似た畏怖の念を覚える。彼は重々承知の上での提案をしてきている。
そしてどんな事でも成功させられるという自信――いや、自信というには物足りない。
言うならば、出来るという確信に近い実力が言葉の端々にジェイムズには感じられた。

こうも言いのける人間が存在するのだろうか?
イースペリアのマリア女王のような人民を統率するカリスマ性やサーギオスの新皇帝のような独裁性ではない個人の力。
彼が自身の事を“傭兵”と言っていたが、その真実味が確信へとジェイムズに中で確固となっていく。

「………いいだろう。私から交渉し、上手く事が進むように助言する。
だが、スピリットに関しては事が終わるまでこちらで預かる事になるぞ?」

「承知の上だ。元々動かせるとは考えていない――だが、手を出せば此方も黙っていない事は上に念を押しておけ」

「わかっている。上にはその事にしっかりとした返事を聞いておく」

冷や汗がジェイムズの背を伝う。先ほど兵士を沈黙させたあの技量が彼の全ての実力ではないのは明々白々。
もし彼女たちに危害を加えたとなり、この男に知れたのならばどうなるのだろうか?……考えたくもない。

「それと、話が決まるまでは貴公には申し訳ないが牢獄で待機してもらう事になる」

「此方は一応スピリットを連れた侵入者でもあるのだからな。異論は無い」

「そう言ってもらえると助かる」


こうしてレイヴンは一時拘束され、言い渡されたのがラセリオのエーテル技術の奪取と防衛体制の偵察であった。
そしてフィリスとリアナはこの任務とも交換条件とも言える仕事に成功しなければバーンライトのマナにされる。
つまるところ、成功すればラキオスに攻め入るための情報が得られ、失敗したとしてもレイヴンの事など白を切ってマナを得る。

どちらに転んでもバーンライト側は利益を被る為、どちらでもいいのである。
対するレイヴンは、成功すればバーンライト側に保険として預けているフィリスとリアナの返還と共に滞在の猶予が与えられる。
雇うか一時滞在にするかは未だに決定はされておらず、とりあえず保留というカタチになっている。

この決定はジェイムズの口添えによって大分緩和されたものらしく、彼が居なければあまり良い条件にならなかっただろう。
そして失敗――これには色々な意味合いがあるものの、エーテル技術と防衛体制の情報をバーンライト側が満足いく結果でなければならないのが絶対条件。
生半可な情報では納得させられず、足蹴にされてしまう。かといって、あまりにも過多な情報は逆に勘ぐられてしまうため、程度の問題もある。

バーンライトの情報部が手に入れていない最新情報であり、過不足のない情報収集をする。
これを実行するのは極めて難しく、かつ危険である。
ラセリオの防衛体制に関しては外目であってもある程度情報収集出来るものの、エーテル技術となるとそうはいかない。

この世界のエネルギー源であるマナ。そしてそれを多岐に渡るエネルギーとなるエーテルに変換するエーテル技術。
当然の事ながら国家機密に該当するモノであるため、潜入するのは極めて困難である事は容易に想像できる。
ダーツィのケムセラウトに滞在していた時に、彼が民間のエーテル施設へと入る事は厳重な警備が敷かれていた。

夜な夜な許可なしで入らしてもらった時に確認した警備体制は、小さな街の割にはかなり厳重であった。
あの街でさえ厳重となれば、バーンライトからエーテル技術を奪取される危険性が最も高いとされるラセリオでは更なる警備体制となろう。
バーンライト側がレイヴンに要求したこの交換条件。ある程度知識がある者ならば無謀とも言える条件だと言い切れる。

――ガタッ…ゴトッ…

潜入する際に安全性を図り、イースペリアのミネアからラセリオへと向かう荷馬車にレイヴンは紛れ込んだ。
警戒が強い未知な場所へと向かう場合は必要以上の安全性を考慮している。
出る場合はある程度把握している段階であるためにそうそう苦にならない。

――ガタン…

「………」

荷馬車が停止した。ラセリオの関所に到着したのである。
ケムセラウトは貿易の中継点である特性上、情報伝達がスムーズにいくように街の外壁と同じ位置にある。
ラセリオの場合、防衛のために街から幾分か距離を放した場所に位置している。

関所の高台にはスピリットが配備され、常時警戒に当たっている。
人間の兵士がまず、荷馬車の持ち主に目的と積荷の確認を取り、他の兵士が荷台の積荷を確認する。
この荷馬車には食材関係のみ積み込まれており、それを確認した兵士は次に関税関係者に積荷を調べさせる。

この世界では、こういった経済関係では主に直接販売が主流であり、国境を越える場合は検問所・関所などで一括払い。
通行税・滞在税・商品の量と価値に対する税金などであり、これに関してはどの国でも同じ方針である。
関所を通らずに密入国する人もおり、レイヴンも監視の目が届かない場所から潜入すればいいのだが、今回の必要な調査対象である。

バーンライトがラセリオへと攻め入る際にはかならずサモドア山道先の関所を通る事になる。
その際には街までまだ距離があるために足止めを食らう事のなり、奇襲とならずに二度手間となって責めあぐねてしまう。
これがバーンライトがラセリオへと積極的に攻め入らない理由である。

ゆえにバーンライトがレイヴンに要求した調査にこの関所も含まれている。
調べるのはサモドア山道側であるも、同じ関所である事からその差異を調べる基準として必要である。
積荷を調べていた調査員が荷馬車を降り、荷馬車は再度動き出してある建物の近くへと停泊した。

見た限りではその周囲にも多くの荷馬車が停泊しており、手続きで一時的に集合している。
レイヴンの乗る――正確には現在、荷馬車の底に逆さまになって張り付いている場所からは、建物内部へと向かうこの荷馬車の持ち主しか確認できない。
兵士やここの関係者も見当たらず、高台のスピリットもイースペリア方面を見ている。

「―――」

――スッ…

荷馬車の底から地面へと這い、荷馬車の側面へと出て立ち上がる。
近くの建物の開いている扉からは停泊している者たちの声が盛んに聞えてきている。
レイヴンはそこへと向かわず、その近くにある別の建物へと走っていく。

「………」

――トンッ

そのまま建物の壁を蹴り、二階の開いている窓へと蹴り上がって手を掛けてぶら下がる。
その窓の傍を通り過ぎる金属が擦れ合う音と2つの気配。十数秒すると気配は完全に遠のき、そのまま一気に建物内部へと侵入した。
入った場所は日の当たる建物の二階通路。目の前には横にズラリと並ぶ複数の扉が列挙している。

(――時間はそう無い。軽く観察程度が限界かもしれん)

さきの段階で、外には多くの荷馬車があるという事は今後隠れるタイミングが取り辛くなる可能性が高い。
下手に長引かせれば、隠れて移動する術の荷馬車が全て去ってしまう。そして何より、期限自体もそうそう長くないのであった。
今回の交換条件に付加されている追加条件。それは調査期間が一週間である事。

この移動において既にラセリオまで2日と換算し、帰還の日にちを加えてラセリオでの調査は3日しかないのである。
この関所での調査はあくまでも参考にするまでの要件なので、手早く済ませる。
足音を立てずに体勢を低くしてレイヴンは廊下を疾走する。

途中で遭遇する人は天井などを蹴ってやり過ごし、目ぼしい部屋には気配を確認の後に侵入、資料を漁る。
一通り今居る建物内部を調べたら荷馬車の持ち主たちが手続きをしている建物へと移動し、裏側から関係資料を軽く目を通す。
この関所は防衛体制はスピリットに周辺監視させるという最小限にし、ほぼ完全にただの国境通過手続きのみの場所の様であった。
さすがにバーンライトもイースペリアの国境を侵犯し、ラキオスを攻め入る事は危険すぎる賭けであるため関係はない場所である。

レイヴンが張り付いていた荷馬車の持ち主が外へ出てきた。
その手には通行許可書――ラセリオの街へと入る際に必要となる物を携えて荷馬車へと戻って来ている。
周囲にも他の荷馬車の持ち主たちがたむろしているも、レイヴンは誰にも気づかれずに再び元の荷馬車の底へと張り付いた。

――ガタンッ

使い込まれて微妙に削れて歪んだ車輪が回り出し、荷馬車は動き出す。
検問所を通り過ぎ、今度こそラセリオの街へと向かっていく。
レイヴンは時折大きく揺れる荷馬車の底でジッとして待つ。ラセリオの街へと入るのを。

残り時間は五日。

早く終わるかどうかも知れないこの調査という密偵にはフィリスとリアナの命が掛かっている。
自身も失敗すればどうなるかもわからない。ましてやラセリオで捕まるとも知れない。
それでもレイヴンはジッと荷馬車の底に張り付いて動き出す時まで待ち続けるのであった――。




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