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Before Act
-Aselia The Eternal-

第ニ章 バーンライト
第一話 「 放浪者 」



シージスの討伐を成功させ、膨大なマナのその手中に収めたダーツィ大公国。
イースペリア国への侵攻の足がかりとして大々的にスピリットの強化に入った。
対するイースペリアも流石と言うべきか、即座にランサに対して防衛体制を強化している。

シージスのマナの拡散はダーツィの考えていた以上の広がりを見せ、イースペリアのエーテル供変換領域までにも渡った事で両者ともに極端な軍事強化に走った。
そして両国南部に降りしきる雨はダスカトロン大砂漠に洪水を生み出し、そのマナ消失境界線から大量の砂が流れ込んできた。
特に被害が酷いのがダーツィ南部の街イノヤソキマ。この街は流砂とも言える洪水が街中まで浸水させ、草木をことごとく枯らさせたことによってマナ消失ラインの中へと追いやられてしまう。

そして雨雲を停滞させる山脈の麓に位置するダーツィ首都のキロノキロにダーツィの侵攻先であるイースペリアのランサでは、土砂崩れや山から流れ込む大量の雨水の対応に人々は追われている。
この状況下であってもダーツィはランサ侵攻の準備に奔走し、イースペリアでは防衛スピリットの戦力を少なからず割いて天災に当てつつも警戒を怠っていない。
イースペリアの手際の良さはダーツィとって――むしろ為政者からはより疎ませる結果となってしまっている。

これによってダーツィの軍事強化に拍車を駆け、イースペリアもそれに合わせて防衛体制の強化にマナを割り当てると言うエンドレスループに陥っていた。
両国間の緊張は日増しに増え、今までに例の無いほどに大規模な戦闘が勃発するのではないかと言う噂すらあちこちで飛び交う。
イースペリアのマリア女王はアズマリア王女を出産されて未だに完全ではない状態での国交に尽力している。

龍の魂同盟は事実上、不可侵同盟のようなもの。
ラキオスは隣国であるバーンライトの対応で拒否される事は目に見え、サルドバルトは戦力そのものが乏しいために期待は出来ない。
他国は帝国派に完全中立派としているために頼れるは自国のみであるため、残るは話し合いか戦うのみ。

ダーツィはイースペリアに対して一方的な要求をしてくるばかり。
イースペリアがどれだけ妥協しようともダーツィは譲らず、戦力そのものに今まで以上の自信が覗える。
もはや戦う以外に両国の現状を変える術は無いとされつつあった――。


……………


「………」

そしてレイヴンはフィリスとリアナを連れてダーツィを北上。
フィリスたちスピリットが街へと近づけば、否応なしに警戒されてしまうためにヒエムナではレイヴン一人が買出しに出る。
ミライド大砂漠から比較的距離のあるこの街でも雨は降っており、住まう人々の間では少し不安な雰囲気に包まれていた。

この異常気象の上に国のランサ侵攻の足掛かりとなるこの街。
下手をすればこの街自体がイースペリアから攻め込まれる可能性も今回の度合いから見ても在り得ない話ではない。
ましてや、異常気象による南方の街で多大な被害が出ている事は、この雨自体に不吉な印象を与えている事も不安にさせる材料となっている。

レイヴンが街道を歩いている中で露店などの店はほとんど出ておらず、路地隅の店も客足も悪くて開店休業の有り様であった。
街を歩くは国の兵士ばかりという有り様。兵士の人数に比例して戦いの度合いや開戦の時期などもある程度予測は出来る。
戦いをスピリットに任せ、占領出来たとなれば即座の動くという空いた餌に飛びつくハイエナ如き存在――それが人間。

「――おやじ。大根とチクワ、それとガンモドキ」

「――あいよ」

街の外れに位置した場所で人知れず開店し、荷車の如き屋台の付いている煙突から水蒸気を上げている店。
暖簾には『おでん屋』と日本語で描かれている下を潜った先には注文したものを頬張っているレイヴン、そしてこの屋台の亭主。

亭主は典型的な屋台親父でありながらも、その顔は濃い。非常に濃い。
ザラザラとした無精ヒゲは大根をおろせそうな程のであり、首にはタオルを巻いている。
肌の色も浅黒いながらも備え付けられている煮込みを捌くその腕は熟年の味を出していた。

「酒は?」

「――あるよ」

出されるは『神殺し改 轟(とどろき)』とこれもラベルに日本語で描かれた大きな酒瓶。
それを出されたコップ一杯の注がれ、レイヴンは一気にそれを煽る。

口の中に広がる灼熱の劫火。
食道を通るは剣の切っ先。
胃に流れ込むは産声を上げる龍の咆哮。
お酒は20歳になってから。
自分の体質は知っておこう。


「………もう一杯。それと、ハンペンとコンニャクを追加」

「――あいよ」

今度は数回に分け、追加注文をしたおでんを頬張りつつ飲んだ。
アルコールは腸から血中へと浸透し、即座に問答無用に肝臓で全て分解させる。
少し赤みを差していたレイヴンの顔色は通常に戻り、出されたおでんの最後の一欠けらを頬張って席を立つ。

「ごちそうさん。お代は――」

「――ツケとくよ」

「そうか」

暖簾を潜り、外へと顔を出したレイヴンの顔に雨の雫が降って来る。
後ろでオヤヂが「またのご来店を」という声を聞き、そしてその姿を消した――。


……………
…………………


ヒエムナの直ぐ北にある大きな山脈――サモドア山脈は高低差の激しい切り立った山々が連なって出来ている。
この山脈は陸地内部の基盤となる地下深くのプレート同士が衝突し合い、それらが隆起した大地と見て間違いはない。
レイヴンはフィリスにリアナを任せ、自身も腰から一対の真紅の翼を羽ばたかせえて低空で飛行して山中を進んでいく。

「………」

「んん〜〜…!」

フィリスは自身の腕の中に居るリアナという加重に耐えつつウイングハイロゥを展開して飛行している。
レイヴン自身がリアナを抱えれば良いだけであるも、訓練の一環としてでもフィリスに任せている。

切り立った山々には草木は少なく、水っ気のない高い場所でも生きられる植物が所々に見られるのみ。
山肌そのものは岩盤らし強固な表面をしており、長い年月をかけて風化した後が見られる。
が、こういったモノはより大きな力が加わった際には連鎖的に一気に崩れるという性質を持っている。

ダイヤモンドという最硬度を持った炭素の単結合体でさえ、ハンマーで一気に叩き、加重を一点に加えると粉々に砕け散る。
この山々の切り立った表面も一気に裂けた岩盤ゆえの鋭利さである。

「………」

――バサッ

真紅の翼を軽く羽ばたかせ、並んで飛行していたフィリスの前に出て開ける右の視界を先行して確かめる。
そこでレイヴンは翼を大きく広げて滞空、フィリスは危うくレイヴンにぶつかりそうになりながらも静止。
そのまま地上へと降り立ち、レイヴンは真紅の翼を消し、フィリスはハイロゥの展開を解除した。

フィリスの腕の中に居たリアナも自身の足で地面に立つも、その動作は緩慢であった。
レイナを失ったショックを未だに引きずり、リアナは依然として立ち直っていない。
何処か上の空であり、フィリスがあの時以来頻繁に話し掛けるも、話に答えるその姿には無理をしている事が如実に現れている。

「リアナ」

「……はい」

少し濁らせた琥珀色の瞳がレイヴンを見つめる。
それはレイヴンが初めてリアナと出会った時に戻ったようでありながらも、その瞳には希望ではなく失望の色が含まれていた。

「気配は抑えられるな」

「出来ます…」

「わたしも出来「出来ないな」――あぅ」

勢い良く手を上げて横から入り込んできたフィリスを一蹴。
フィリスは成長はしているものの、まだ成長初期段階であるためにエーテル操作はまだまだである。
リアナは気落ちし、エーテル操作自体に綻びが出るかもしれないが、それでも彼女自身は経験があるために幾分か大丈夫であった。

「リアナは気配を落とし、フィリスはそのままの状態で構わない。むしろ、そうしていろ」

「むぅ〜…」

「行くぞ」

断言され、少しふくれるフィリスを尻目にレイヴンは歩き出す。リアナは静かに、フィリスは不満な表情のまま後を追っていく。
切り立った山の比較的なだらかな岩場を少し歩き、丁度先ほど彼が見た山の右側が開ける。
開けた先には雨雲に包まれた広大な空が広がり、雨が小降りとなったために雲の隙間から光が所々で地上へと降り注いでいる。

光の先には大きな街があり、ダーツィの首都であるキロノキロよりも格段に広い。
外壁そのものはキロノキロと同程度の高さと厚さを持っているようだが、警備体制が比較にならない。
一望する限りでは外壁の周囲を複数のスピリットが巡回をしている。









確認できた部隊数は四つ。かなり偏った編成であり、この編成の最悪の部隊で来られれば早々にやられかねない。
が、逆に言えば他の偏った部隊に対しては分の悪い組み合わせとなり、バランスのとれた部隊では即座の撃破は出来ずに後手に回る。
単体の部隊を犠牲にしつつも、他の部隊がそれをカバーすれば一気に潰せるという防衛体制。

そして外壁の各所にある監視塔では人間の兵が多数。人間がスピリットと平行して監視に当たるという事は、この世界では通常在り得ない。
彼らの視力自体、スピリットには叶わないのは当たり前であり、全てをスピリットの任せた方が得策である。
それをこれほど大きな街で人間が監視に当たるという事は、当然の事ながら事情は存在している。

ヒエムナをそのまま北上し、山脈を直接抜けた先にある街。

ダーツィの隣国であり、国の中枢――バーンライト王国首都、サモドアである。

バーンライトは古くから西方の隣国であるラキオス王国と因縁関係にあった。
ラキオスはロードザリア血族としての血筋を主とした国を維持し、バーンライトはその血筋によって被害を被った貴族たちによって建国された国である。
建国当時からラキオスの事を敵視していたが、所詮戦うはスピリット。年月が経った今ではその目的は変わってしまっている。

世代が代わればその意志も薄れ、今ではラキオスは敵対国として認識されているのみ。
帝国からスピリットを提供され、マナがあるのにそれを有効活用出来るエーテル技術に乏しいバーンライト。
イースペリアと同盟関係であるがゆえに、エーテル技術は高めであるも得られるマナ地域が少ないラキオス。

お互いに対称的なモノを持ち合わせ、敵対関係ゆえにスピリットを用いた侵略のし合いが絶えないでいる。
サモドア山脈はその切り立った山々が連なっているために道作りは難しく、ラキオスへと繋がる道は古くから存在するサムドア山道の一本道しか開通していない。
ラキオスへ繋がるは、ラキオス最南端の街であるラセリオへと繋がっている。

元々、イースペリアの最北端の街であるミネアへと山道の途中で分岐させるはずであった。
しかし、ミネアから北西のサモドア山道への開通作業の際、モジノセラ湿地帯で地面が陥没するという現象を目の当たりにする。
その穴自体が深く巨大であり、今後もこのような事が起こりえるとして断念した道の痕跡が地図上には残されている。

そんな歴史のあるサモドア山道の、ラキオスからバーンライトに攻め入る先。
そこはバーンライトの首都であるサモドアへ直接繋がっているという悪い構図であった。
ゆえにサモドアは常にラキオスに対しての警備体制を高くさせているのである。

(近いうちに、大きな動きはあるな)

近年では、両国とも水面下での小競り合いを続けていたとレイヴンは聞いてはいた。
しかし、目の前に映る光景からは物々しい厳戒態勢がサモドアに敷かれている事が覗える。
その最たる理由が監視塔にいる人間の兵である。

人間は出張るほどにスピリットを内側に隠す理由。
それは戦力の外部への隠蔽か、それともスピリットを強化するために訓練に集中させているかの二つに一つと思われる。
どちらにしろ、戦力を強化していると見て間違いはないだろう。

外から軽く観察するだけで、これほどまでに国の戦力を看破できる国も珍しいものである。
よほど自信があるのか、それとも戦いはスピリットの強さで全てが決まる世界であるためか、なのであろう。

「……少なくとも、こちらの動きを今になって気がつく防衛体制しか敷いていない事はわかった」

「?」

「気にするな――それと、神剣は抜くな。何もする必要は無い」

レイヴンの独り言に反応したフィリスに返し、リアナが背中にある『彼方』を手にしようとしたのを声で制した。
こちらがサモドアを視認してからしばらくして、サモドア山道の道に沿ってサモドアの外壁がほとんど真正面になるぐらいの標高までに下がった段階で、街の外壁を巡回していたスピリットたちがやっとこちらに気がついた。
他のスピリットたちを召集し、一気にこちらへと迫って来ている。

サモドア山道からスピリットが来るとなれば当然の事ながら、ラキオスのスピリットが攻めてきたと考えられるのが妥当である。
が、たったスピリット2人――今は一人の反応にこれほど多くのスピリットが一斉に向かってくるのはどうかとはレイヴンは思った。
首都である街の規模から言って、おおよそ巡回の半数近いとおもしき量のスピリットが向かってきているのである。

先行するはウイングハイロゥで飛行できるブルーとブラックスピリット。
その後続として、レッドにグリーンスピリットが遅れて高速で走ってきている。
レイヴンはその光景を眺めつつ、サモドアに向けて山道を下っていく。
フィリスはその光景に少し不安を覚えてレイヴンの一張羅の端を掴み、リアナはこの状況下で平静としている彼をチラチラ見つつ、後ろをついて行く。


……………


「………」

『『『―――――』』』

レイヴンとフィリスたちは大勢のスピリットたちに囲まれつつ、サモドアの街へと連行されている。
フィリスとリアナは各々の神剣である『雪影』と『彼方』は後ろのスピリットに没収され、丸腰状態であった。
レイヴンに関しては、腰の『月奏』やダガーは放置。スピリットは人間には手を出せない、というよりも何も出来ないと言った理由からであろう。

山道を下って行けば、当然の事ながら前方から迫り来るバーンライトのスピリット勢と接触。
剣を振り被った先頭のブルースピリットがレイヴンの後方にいる構えていないフィリスたちに迫る。
その直線上にレイヴンが割り込み、そのブルースピリットの初撃を不発にさせて後方へと流させた。

リアナには傍に寄らせ、次々に飛来するスピリットたちは通り過ぎるか、直ぐ目の前で着地をしていた。
遅れて地上を走ってきたスピリットたちを含め、周囲を完全に固められた状態にレイヴンたちは置かれる。
人間であるレイヴンに近づき過ぎるているフィリスとリアナに、スピリットたちは巻き込みかねないと攻めあぐねていた。

「ラキオスとは無縁の、スピリットを連れたしがない旅人なのだがな」

その段階になった時点でレイヴンはそう言った。
取り囲んでいたスピリットたちの幾人かは少し動揺を見せ、自身が失態を犯したのでは?と思い始める。
とは言っても、ラキオス方面から来たスピリットを違うと判断するには少ない判断材料である。

「信じられないか?」

『『『『……………』』』』

「――ならば、一旦こうしよう」

レイヴンは後ろ手で傍に居るフィリスたちの『雪影』と『彼方』を鞘から取り出し、そのまま目の前に地面に投げて突き立てる。
フィリスとリアナは自身の神剣を手放された事に驚愕し、周りのスピリットたちもレイヴンのこの行動には全員が驚きを隠せないでいた。

「神剣を一応はそちらの手に預ける。その代わり、このままサモドアへ連れて行くというのはどうだ?」


――この後、少し躊躇していた彼女たちだったが、結局はこうして連行というカタチで収まった。
スピリットは神剣の加護を受けることでオーラフォトンやその他の戦闘行動を可能としているため、神剣さえなければ人間より強い力を持っているだけ。
神剣が無いスピリットが神剣を持ったスピリットに勝つことはまずあり得ない。

ただスピリット同士の戦闘のためだけに教育されている彼女たちが、人間であるレイヴンの言葉の真偽を測る術を持ち合わせていない。
というよりも、人間に手を出す事――人間の個人所有物とされるスピリットに対しての対処法などこの世界には皆無に近い。
スピリットは戦駒であり、どの国も率先してスピリットの確保に当たり、スピリットを献上した人間には多額の報奨を受ける。
事実、レイヴンがフィリスを発見し、フェリクスに引き渡すというカタチを取ったため、この世界では多額の報奨金を受け取っていた。

国保有の例外としては、ダスカトロン大砂漠中央近くに位置するデオドガン商業組合自治区。
そこは国家ではなくキャラバンを生業とした商業の徒党の集まり場であり、スピリットはあくまでも防衛用とスピリット同士の闘技の賭け事の対象である。
が、それで個人所有があっても、決してスピリットを連れて出歩く事などはない。

スピリットそのものは忌嫌う対象とされ、または金の実でもあるためにその所有している人間そのものに嫌悪と危害が付き纏う。
ましてや、今や戦争手前まで来ているダーツィとイースペリア。そして小競り合いが続いているここバーンライトとラキオス。
この両国へとスピリットを連れて行けばまず間違いなく初っ端から敵として認識され、連れたスピリット共々に巻き込まれて殺されかねない。

先ほどまでがまさにその状況であり、レイヴン自身がフィリスとリアナの前に出ていなければフィリスたちに間違いなく神剣の刃は振り切られていた。
その後でもフィリスとリアナが神剣を構えず、オーラフォトンすらも展開しないという無防備状態だったために、何時もとは違う状況にバーンライトのスピリットたちは困惑。
そこにレイヴンという人間の言葉を聞かせる状況を作り上げた。

基本的に人間の言葉には従順とされるスピリットたちは、得体の知れない人間であるレイヴンの言葉を一旦実行するしかなかった。
連れであるスピリットの神剣をこちらの手に置く事で、特に自分たちに不備も無いと言える状況と言える有利な立場となっている。
レイヴンたちはサモドアへ、バーンライトのスピリットたちは無力化したスピリットを連行。双方に悪くはない条件である。

「………」

周りをバーンライトのスピリットたちに囲まれている中、レイヴンは視線を感じる。
向けられる視線は真横からであり、そちらに目を向けるとそこには並行している幼い黒髪のスピリットの藍色の瞳と視線を交えた。
スピリットの服はどこも色事に区分しているため、その少女の黒いラインの入った服からもブラックスピリットである事がわかる。

「ブラックスピリットか」

「――そう」

横目でそのブラックスピリットの少女は答えた。

「その幼さでもう実戦配備か」

「――そう」

「実力はあるのだな」

「――――うん、そう…だけど」

幼いらしく少し高めの声で答えた声色。
将来の理知的な要素と気高さを覗かせるも、どこか抑え目であった。
それでもその瞳にはスピリットにしては人間らしい光がある。

「あなたは、何なの?」

「旅人だと言ったはずだが」

「ただの旅人がスピリットを連れてるの?」

スピリットにしては珍しく、人間に突っかかってくるこの少女。
周囲のバーンライトのスピリットたちは、そんな少女を止めようともせずに歩いている。
ただ単に言い出し辛いだけなのだろうが。

「訳ありではあるがな」

「どんな訳ありなわけ?」

「スピリットが人間の事情を聞きたいのか?」

「―――」

無言となって交差させてくる少女の視線。
少女を目は据わっており、侮蔑にも似た失望の色が滲み出ていた。

「どうした?」

「別に。人間のやることなんか知りたくもない」

こちらに向けていた視線を反対方向に少女は向ける。
すると、そこには顔をドアップに近づけているフィリスの金色の瞳があった。
少女はビックリして後ずさり、フィリスはそんな少女の動きに小首を傾げる。

「(じーっ…)」

「な、なによ…?」

「(じじーっ…)」

「ううっ…」

歩きながらであるが、それでもこの空間内では少女が後ずさり、フィリスが距離を詰めて覗き込んでいく。
問いかけに答えずに近づいてくるフィリスに、少女は戦いとは違う微妙な危険な香りを感じていた。

―― むんずっ

「にゃっ」

少女に迫っていたフィリスの襟首をレイヴンは摘み上げた。
フィリスは首裏を掴まれて宙ぶらりんとなっている。

「大人しくしていろ。今は捕まっている身の上だ」

「うにゃー…はい〜」

首を掴まれた事であまり力の篭っていない気の抜けた返事をするフィリス。
そんな二人のやり取りを瞬時に解放された少女はポカンとさせ、レイヴンはその状態の少女の目の前にフィリスを突き出した。
フィリスは首を掴まれたまま急に動かされたために「に゛ゃ」と苦い声を漏らす。

「言いたい事があるのならば早く言う事だ」

「は〜い」

フィリスは目の前にいる少女へと宙ぶらりんのまま片手を上げ、笑顔で言う。

「わたしはフィリス。フィリスティア・ブルースピリットですっ」

「え、ええ。あたしはシルスティーナ・ブラックスピリットだけど…フィ、フィリス?」

フィリスのいきなりの自己紹介に反射的に自分も自己紹介してしまっているシルスティーナという少女。
シルスティーナに自分の名を呼ばれたフィリスはニッコリ笑顔。

「うん、そうっ! よろしくー…シルスお姉ちゃんっ!」

「あ、え、その――シルスお姉ちゃんってあたしの事…?」

「他に誰がいる」

フィリスが言っている意味に少しわかっていないシルスティーナにレイヴンが指摘した。
シルスお姉ちゃんと呼ばれた彼女はフィリスよりは上と言うにはまだ幼いものの、彼女自身が哨戒に参加しているぐらいなのだからフィリスより年は上である。
丁度フィリスとリアナの中間辺りが妥当かと思われる。

スピリットが誕生する時、この世界ではどのように生まれるか見た者はいないとされている。
レイヴン自身はこの世界に来た当初にその瞬間を観測し、外見上は10歳前後の少女といった所である。
成長そのものも訓練によるマナ供給による身体能力の向上と共に肉体の成長促進も多少起こるため、外見による年齢の判別はし辛い。

スピリット自身の年齢を推し量るのに一番なのが、どの程度までそのスピリットが実戦配備されているか、である。
フィリスは単体での戦闘力はたかが知れており、比較的速度重視の戦闘スタイルというブラックスピリット寄りなのが現状。
言ってしまえば反撃をされるとまだ対応がしきれないのである。部隊を組むにも仲間を選ぶのである。

そしてこのシルスティーナは厳戒時には他のスピリットと共同で戦闘に当たることが出来る立場にある。
少なくとも、フィリスにはまだ出来ない事がシルスティーナには出来るのだから、年は上と見て間違いない。

「――あたしがお姉ちゃん……お姉ちゃん………」

シルスティーナはフィリスに言われた「お姉ちゃん」を少し俯いて復唱している。
まだ幼い自分にお姉ちゃんと言われた事がなくて珍しいのか、自分で確かめるような呟きであった。

「フィリス。自己紹介出来たのだから後は大人しくしてろ」

「う〜〜〜…はいっ」

「リアナ。フィリスがうろちょろしないように見ててくれ」

「わかりました」

首根っこを掴んだままの話し足りなくて少し不満気なフィリスを後ろのリアナに任せ、レイヴンは再び前を向いて歩く。
シルスティーナは依然として呟いており、フィリスはリアナに頭を撫でられてご機嫌斜めな表情を柔らげている。
そんなフィリスたちの周りのバーンライトのスピリットたちは少し警戒気味。

それはフィリスの先ほどの行動によるもの。
フィリスが勝手にバーンライトのスピリットであるシルスティーナに不用意に接近したので、何か仕掛けてくるのではと思われてしまった。
レイヴンがフィリスを摘み上げなかったら、フィリスに神剣を向けていたスピリットがいたであろう。

リアナはある程度空気を察して行動を控えているも、フィリスはまだまだ空気を読むには幼い。
この後の事はリアナに任せられので問題は起こらないだろうが、問題があるとすればこれからの事である。
今のレイヴンはラキオス方面から来た人間、それもスピリットを連れていたというオマケつき。

周囲を囲んでいるスピリットたちだけで判断が出来なかった事で今は無事であるが、サモドアに入った後の事は別である。
街に入れば人間を相手する事になり、その時はレイヴンの言動が今後を左右するのは必至。
徐々に近づきつつあるサモドア。城壁内部を走り、開いている窓から見える人間の姿をレイヴンははっきりとその目に映している――。


……………
…………………


ラキオス王国最南端に位置する街、ラセリオ。丁度イースペリアとバーンライトの国境となるマナ供給区域ギリギリに位置している。
この街でのエーテル変換施設の増設は、他国のマナ供給ラインを侵すし易い為にそうそう行われていない。
それでも敵対国であるバーンライトがサモドア山道を抜けて攻め入る事があるため、中規模な街であるも防衛体制は高め。

ラキオス王国の首都であり、かつての聖ヨト王国の首都でもあった首都ラキオス。
リクディウスの森と言われる、かつて龍が住まう深緑の森のほぼ中央脇を直接開通し、ラセリオからは真っ直ぐ北上すればそのまま首都へと繋がっている。
バーンライトのスピリットがラせりオに攻め入ろうとし、ラキオス首都から直接増援のスピリットを送るとなれば一日もかからないという好条件。


――ガタン……ゴトン………


「………」

そんな街であるラセリオにレイヴンは単身、イースペリア領のミネアからの荷馬車の隅に座って揺られている。
サモドア山道からの道はラセリオでは人間でも少しばかり手続きなどで時間がかかってしまうため、山道の途中からモジノラ湿地帯にある中途街道へ道を変更。
単身で渡るには問題はなく、それでもあの天坑の存在は厄介ではあるだろう。

天坑とは地下水が岩盤を削り、長い年月をかけて大きな穴を空けた所に上方にある岩盤が自重で陥没した穴の事である。
年月をかける事でその穴の規模は大きくなり、穴一杯に満たされていた水が完全に引いて水自体の圧力が無くなり、岩盤自体が脆くなった段階で発生する。
そのために地表からの発見は難しく、ましてや岩盤そのものの耐久力次第で何時如何なる時に陥没するかわからないのが厄介なのである。

しかも山道を開通作業時に目と鼻の先で起こった自然現象に、その現象を知らない人間は山神の祟りとでも思われても不思議ではない。
だとしても、天坑は発生した付近でまた新たな天坑が出来るかわからない場所に道を作る事は危険であるため、中止した事は幸いと言えよう。
それはレイヴンが人目に触れずにイースペリア領へと一旦無断で侵し、そのまま北上するには好条件でだったのだ。

そして何故、レイヴンが単身でラセリオへ向かっているのか?
それはバーンライトとのレイヴン及びフィリスとリアナのスピリット2体受け入れさせるための取引条件のためであった。
バーンライトは当然レイヴンが連れたスピリットを欲し、レイヴンはそれを拒否。

話し合いとも言えない交渉により、レイヴンが単身でラセリオのエーテル技術資料の奪取及び防衛体制の視察を要求。
成功すればフィリスたちの身柄はレイヴン直属のバーンライトの管轄に入る。
そして失敗すれば、レイヴンの身柄そのものは国外へと追放、そして――

フィリスとリアナは処刑され、バーンライトの軍事強化のマナの一部として当てられる事になっているのである―――。




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