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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
終 章 「 悲壮 」




崩れ行く洞窟を、私はもう一人の子に肩を貸して走っている。
人間に言われた通りに洞窟の通路に身を隠していたのだが、もはやそれは叶わない。
先ほどまで繰り広げていた人間を含めたスピリット4人のシージスとの激闘は、洞窟の倒壊を引き起こした。
洞窟内に眩い閃光が走ったと思ったら激震が起きて壁に亀裂が次々と走り、天井からも岩の雨が降り注ぎ出した。

頭上に降ってくる岩を空いている片手に持った神剣で吹き飛ばしているので如何にか先に進む事が出来ている。
だが流石に岩で通路を塞がれ、それを吹き飛ばす力を出せば二次災害で生き埋めに成りかねない状況であった。
現に、頭上の岩や前方の大きな岩を吹き飛ばすたびにこの区間の降り注ぐ岩の量が増えている。

シージスが居た空間への道は最初の閃光の振動で塞がれ、彼ら人間とスピリットたちの安否を確認できなかった。
初めは神剣で封鎖している岩を吹き飛ばそうと考えたのだが、激震が辺りに亀裂を猛烈な勢いで走らせているを見て断念して脱出する事にした。

徐々に通路に先が明るみに帯び出し、もう少しで出口に着く事を感じてさらに急いだ。
肩を貸している子もそれがわかっていたので、彼女も足を速めてくれている。
通路の先が光で帯びているため、あまりの眩しさにその先が見えない。私たちはその光の中へと身を投げ出した。


―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


後ろで大きな音とともに粉塵が私たちに吹き荒れた。
徐々に外の明かりに慣れ、辺りを見回す。此処は私たちが突入した洞窟に入口に間違いなかった。

「――あ……入口が」

未だに振動が止まない背後を見た私は、洞窟の入口が落石で塞がれているのを見た。
少ししてその振動も小さなモノとなった事から、かなりの量が入口付近内部で落石したのだろう。
もうこの入口が完全に塞がれ、他の出口を探す以外に中に残っている人間たちが助かる道はない。

「――! 早く、この山脈から出た方が良い様ね…」

腰を着いている為にわかったのだが、今の山脈の奥深くから響いてくる振動が徐々に大きくなってきている。
もしかしたら、この山脈そのものが陥没しかねない。あれだけの広大な洞窟であるのだ。可能性が無いわけではない。

「まだ、いける?」

「うん…」

私は隣の子に確認を取り、再び肩を貸して走り出す。
まずはキャンプして夜を過ごした場所へと戻り、幾つかの水筒に他の水筒の水で満たして腰の下げる。
そして人間たちが休んでいた岩場で、外套と変な形をした靴などの物を子袋に詰めて足早に山脈を下っていく――。


……………


『――ゥォォォオオオオオオオオオオ……』

崩れ行く洞窟の広大な空間で、シージスは静かな咆哮をしていた。
無理なブレスのマナ供給を行ったために両翼は完全にただれ落ちてしまっており、片腕も完全にもぎ取られて金色のマナが漏れ出している。
崩れ行く自身の住処の中で、シージスは片目となった金の瞳で上を見詰めて咆哮している。それは自身の終わりか、それとも自身を打破した人間やスピリットへの訓辞か。

シージスが最後に放ったブレスは確実にスピリットたちを捉えていたが、レッドスピリットが放った空間爆発で相殺された。
そして眩い閃光。シージス自身の巨体ですら吹き飛ばした衝撃波に身を焦がした熱量。
シージス自身の意識が回復した時には既にスピリットたちと人間に姿は無く、あるのは天井から降って来た山脈の岩盤の山であった。

『――ォォォオオオオオオオオオオオオォォォン……』


「あら、私はさっきまでの絶叫の声が好みだったのに…残念ねぇ」

咆哮をしているシージスの傍から聞えた女性の声と共に、シージスの残りの片腕が切り裂かれた。
裂かれた切り口は金色のマナが溢れ出し、止まる事無く切り口からシージスの身体を蝕むようにして切り口が拡大していく。
シージスは切られた苦痛と、傷口の広がりから来る体が消えていく苦しみに悲鳴の咆哮を上げた。

天井から降り注ぐ岩盤の粉塵の中から女性が現れる。
その女性は淡い緑色のショートの髪に黒い帯のような物で目を隠している。
まるで真夏の海岸に行くために履いたような黒い短パンにニーソ、そして同じく黒い水着状の物を胸に巻いている。
その上に毛皮のついた緑のコートを羽織って、その手には先端が4つに長く分かれた鞭を持っていた。

「うふふ…そう、それよ。もっといい声を聞かせておくれ」

粉塵はその女性を避けるように舞い、その手に持っている鞭を悲鳴を上げているシージスへと振った。
すると4つの鞭の先端から4つの衝撃波上のモノが放たれ、お互いを干渉し合いながら一つの大きな衝撃波上のモノとなってシージスへと衝突。
纏まった攻撃によってシージスが纏っていた炎が消し去られ、4つの衝撃波状のモノがシージスの身体を切り裂いていった。


『ギャァアアアアアアアアアアアア!!!』

シージスの身体から吹き上がる炎は既に灯火の様に小さくなり、切り裂かれた身体からは金色のマナが吹き上がっている。
切り裂かれたシージスの身体も無くなったもう片腕と同じく吹き出るマナが一行に止まる気配が無い。
シージスはさらなる激痛と苦痛に咆哮を超えた声を上げさせ、それを行った女性の口元を愉快気に歪ませた。

「いい声ね…でも、それを楽しむ時間はもうお終い。残念ね…」

そう言って女性は軽く跳躍すると、シージスの目の前へと踊り出た。

「今までアンタが壊してきた人形の叫び声も少しは気持ちよかったけど…もう時間なの。最後にこの『不浄』と…アンタの声でお・わ・か・れ」

そして『不浄』という名の鞭で、絶叫するシージスの身体へと――。


……………


遠くからも判る轟音と遅れながらも届いてくる激震。
先ほどまでいたミライド山脈が今まさに崩れ落ちようとしている。

一際大きな山の頂が地面に近づきながら傾斜してゆき、近くの崩れていく山にぶつかって欠けて行く。
お互いがお互いにぶつかりながら原形を崩していき、地面から砂塵と粉塵を盛大に巻き上げて広がっていく。

「――っ! 隠れて!!」

私は即座に砂丘の影に座らせた子を抱えて転がるように隠れ、そして羽織っていた外套で自分と隣の子を完全に覆って伏せた。
次第に山脈の倒壊に震えていた空気と地面が、新た振動に震えている。
私と抱えている子はお互いにしっかりと抱き合ってその時に備えて歯を食いしばった。


――ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!!

砂丘の小さな小山を簡単に吹き飛ばすほどの激風。
山脈の陥没によって発生した周りの地面の隆起と相まって回りの砂地を吹き飛ばし、猛烈な勢いで周囲へと撒き散らしていた。
それは火山の噴火の時に発生する火山流のように高速で周囲を砂塵で飲み込んでいく。

「「―――――っ!」」

刺すような風が荒れ狂う中で、私とこの子はうずくまってひたすら堪えた。
身体の半分以上が砂で埋もれた為に感じる痛みは背中のみだったが、それでも衝突してくる砂塵は突き刺さるようで激痛が走る。
それを下にした子を強く抱きしめる事で堪える。抱きしめられた子もそれがわかっているので、抱きしめ返す事でその痛みの堪えてくれる。

吹き荒れる風が徐々に弱まって行き、私の背中に当たる風も撫でるぐらいになった所で身体を起こそうとする。
が、背中全体に掛かる何かの圧力で動かせない。少し力を入れても起き上がれなかったので、神剣の力を少し使って背中に力を込めた。

――もこっ

圧力は瞬時に無くなり、身体を起き上がらせることに成功して被っていたフードを脱いだ。

「けほけほ――もごもごもご…」

脱いだ瞬間、辺りに漂っている砂塵を思いっきり吸い込んでしまったため、咳き込んだ私は直ぐに外套を口に寄せて幾分か呼吸を整えた。
それでも口に中に入り込む砂塵に少し眉を寄せながら、周囲を見渡す。
どうやら私の体の半分以上が砂に埋もれ、そのお陰で直ぐに身体を起こす事ができなかった様である。

ほんの少し先が空中に舞っている砂塵のより、全く見ることが出来ない。
真横にあった砂丘は、吹き荒れた激風によって跡形も無く消され、真っ平らになっている。
これではしばらくの間動けない。私は目だけ露出させて周囲を観察して感じた。

「――――!?―――!―――!!」

――バタバタバタバタ!!

「んっ?――――――あ゛…」

何か私の下で暴れている事を感じ、見てみるとそこには両手だけを砂の中から出して悶えているモノがあった。
傍から見ればそれは、地面から伸び出てくる幽霊の手に見えなくもなかった。が、私はそれが下にした子の手だと直ぐに思い至った。
私に覆い被さっていた砂を退ければ、それが下に居る子にそのまま降りかかるのは当然の結果である。

しかも彼女は上向きだったために顔へとモロに掛かってしまい、呼吸が出来ないで居るのだ。
私は直ぐに暴れている両手を掴み、一気に身体を起こしてあげる。
砂を伴って起き上がった彼女は、顔に付着している砂をバタバタを叩いて落とし、深呼吸をして今度は辺りに舞う砂塵をモロに吸って咳き込んだ。

「けほこほこほ!?」

「ああ! ほら水っ!それと呼吸は口に布を沿えて、なるべく砂を吸い込まないようにして――」

私は彼女の背中をさすり、水筒の水を軽く飲まして落ち着かせ、そして彼女の外套の裾を口に当てさせて深呼吸させる。
少しして彼女は落ち着きを取り戻すと、恨めしそうに私を睨んできた。私は何度も謝るも、彼女は頬を膨らまして怒っていた。
辺りを舞う砂塵のお陰で移動する術が無い私たちは、こんなやり取りで時間を過ごすハメとなっている。

「(ぶす)――…?」

「何度も謝ってるでしょ。だから――――あら…?」

私たちは空から降ってくる小粒な何かに気がつき、空を見上げた。
辺りは相変わらず砂塵が舞って見えないが、空から透明な粒が幾つも振ってきていた。
私の顔や外套に辺り、顔に付着したそれを手で拭って見ると、それは水滴―――つまり雨だった。

空が薄暗くなり、次第に振り注ぐ雨粒の量が増えてきた。
それに伴って舞っている砂塵も収まっていき、周囲の光景もはっきりと見えるようになっていく。
そして見た。山脈の半分が完全に無くなっているのを。

シージスがいた洞窟を中心に陥没したため、手前側であるミライド山脈がその広大な洞窟の穴を埋めるために完全に沈み込んだ。
さらに、その陥没した山脈から上空へと金色の光が立ち上り、それが雨雲の中へと吸い込まれていっている。

「シージスは――居なくなったんだ…」

山脈が纏っていたマナが消え去っており、今立ち昇っているマナからは膨大なマナの一部である事を私は感じた。
今、降っている雨はその余波のようなモノで、しばらくすれば止み上がるだろう。

(何か……嫌な感じがする)

私はウェーブの掛かった青髪が雨で肌の張り付くのを感じながら、そう思った。
空間そのものへマナが溢れてきている事は確かにこの大地は豊かになるかも知れない。
でも、何か。具体的にこうとは言えないが、何か良くない事が起こると私は思ってしまう。

「………」

隣の子も何か感じる事とあったのか、私の外套の裾を掴んで震えていた。

「行きましょ?」

「―――(こくり)」

私はそんな彼女を抱きしめ、ミライド山脈に背中を向けて歩き出す。
雨雲が空を覆っているお陰で、昼間でありながらも涼しい環境で移動する事が出来る。
一刻も早くこの場から立ち去りたい一心で、私たちは足早に去って行く。

そしてダーツィは、今回の件を下記で完全に終わらせた。

[ 今回において討伐は成功し、スピリット2体以外は全員死亡。
同行していた訓練士も討伐の折、戦闘に巻き込まれて死亡。

――以上で、魔龍討伐に関する件は終了となる ]



……………
…………………


静寂の空間。周囲は岩で覆われ、マナを含んだ岩石が淡くその空間を照らしている。
天井の岩盤から染み出てくる小さな雫が、自身の重みで滴り落ちる。

――ピチャァアアン……

それが下の岩にぶつかって弾け、静寂の空間に音を生み出す。
空間内の岩に反射し続け、長い間雫が落ちた音がこの空間で木霊し続けた。
新たな雫が再び天井の岩盤から滴り落ち、地面の岩へと落ちていく。

――シュワァアア…

が、今度は地面の岩から出現した一筋の光によって蒸発させられた。
光を出している場所も、その光を受けて過熱されて赤く溶解していく。

――ドゴバァアアアアアアアアアア!!!

次瞬。その岩は爆発し、青白い閃光を放って吹き飛んだ。その眩い光でその空間は眩く照らされ、轟音によって振動する。
そして、粉砕した岩場跡からは膨大な水が吹き出て来た。その水の量は直ぐにその空間の半分を水没させた時点で、やっとその勢いを弱め出していた。
そんな中で、小さな物体が水の流れと共にこの空間へと流れ出て来た。

その物体は岸となった岩場へと辿り着き、顔を出して岸へと移動し出す。
物体の一つは白い衣を纏ったレイヴン。そしてもう一つの物体はフィリスとリアナであった。
彼らは水から離れ、近くの岩の壁に腰を下ろす。水に漬かっていた為、全身がずぶ濡れである。

「フィリス、大丈夫か?」

「む〜…平気〜」

「リアナは―――気絶中か」

「うみっ」

シージスのブレスをレイナが防いだ事で洞窟内部で大爆発を起こし、彼女たちの足場が崩れ落ちた。
そこは丁度地下水が流れている頭上に位置していたためにその流れに乗り、山脈そのものが崩れ落ちる前に離脱したのである。
が、当然地下水となると激流と終わりの見えない道のりだった為、こうしてレイヴンが地下水道に穴を開けなければ、半永久的に流され続けてしまう。

流れに乗った時は幸いな事に、地質的にマナを含んだ発光する空間だったためにレイヴンとフィリスたちを見ることは出来、呼吸も出来たのでこうして生きている。
それでも長い時間、水にその身をを浸していた為に体温は極度に下がっており、早めに身体を温め直す必要があった。

「―――んっ……フィリス?」

「うみっ!」

「起きたか」

「――レイヴン?」

フィリスに抱かれ様に座らせていたリアナが目を覚ました。
初めにフィリスの顔が映り、次に横に座っているレイヴンが目に入った。
そして、その視線は彼の一張羅に包まれるように抱かれている――

「――レイ、ナ…?」

彼の一張羅の中で半分の顔を出してグッタリしているレイナが見えた。
それを見た私は何か、胸騒ぎがした。とてつもなく不安になる怖気が這い上がってくるように。
そんな私の声が聞えたのか、覗かせているレイナの片目が薄っすらと開かれる。

「…リアナ―――フィリスも、無事…ね。良かった――」

リアナとフィリスを見て、レイナは薄く笑って安堵している。
私は疲れている身体でありながら、フィリスから離れてレイナの元へと近づいていく。
薄暗い場所だったため近づいて初めて気がついたのだが、レイナの顔色がとても青かった。

「レイナ…? 大丈夫、なの――?」

「良かった…本当に―――」

「――レイナ…?」

「――良かった…」

私が声をかけてもレイナは呟き続けて、おぼろげな瞳で私を見詰めて濡れている顔に一筋の涙を流した。
レイナの瞳の焦点が上手くリアナに合わされておらず、ましてやそのエメラルドグリーンの瞳には光が宿っていない。
私はそこで、レイナの視力が極端に落ちている事に気がついた。

「レイナ、目が…見えないの?」

「――ええ…」

レイナは弱々しく頷き、その動作によって顔に被さっていた一張羅が少しずれた。
露出したその顔は――

「?!――レイナ!!?」

私は顔に被さっている残りの一張羅を剥ぎ取ろうとしたが、レイヴンがその手を掴んで止めさせられた。
レイヴンの顔を見上げると彼は真っ直ぐ私を見詰め、ゆっくりと顔を横に振っている。
そして、レイナの顔からずれた一張羅を再びレイナの顔の半分を覆わせ、レイナは少し上を見上げえて軽く微笑む。

「ありがとう、ございます―――最後くらい…綺麗な顔で――別れたいから」

「女の顔は命、という確言もあったからな」

「――ふふふっ」

相変わらずの憮然とした表情で言うレイヴンの言葉に、レイナは少し愉快気に微笑んだ。
私はレイヴンとレイナのそのやり取りの内容に、理解が追い着かないでいる。

「――レイナ、何の話? “最後”って……“お別れ”って――どういう意味よ、ねぇ…?」

私は震えた。理解は出来ない訳ではなかった。今までも見てきたのだから。でも、それを――認めたくない私は理解したくなかった。
私はレイナにかけられている一張羅の端を掴んでレイナの片目を見詰めて問い掛ける。
レイナはそんなリアナの表情を見ながら、悲しみと自愛に満ちた笑みを向けてきた。

「ごめんなさい、リアナ。私は……ここでお別れする事になるの――」

「レイナ、だから何を言って――「シージスの最後のブレスの時」」

私がなおもレイナの問いかけようとすると、レイヴンが頭上からそれを遮って語り出す。

「レイナは全てのエーテルを――文字通り、身体に纏わせているオーラフォトンすらもブレスを防ぐために空間爆発に回した。
その結果、シージスのブレスは爆裂によって完全に相殺した。が、その余波は洞窟全体に及び、膨大な熱量が辺りを包んだ。
オーラフォトンを纏っていれば、それは身体を焦がす程度で済む事だった」

そう。あの爆発自体は洞窟を崩すほどの衝撃波を発生させてはいたが、熱量のそれ自体はオーラフォトンで如何にかなった。
でも、レイナは――

“身体に纏っているオーラフォトンまで全てのエーテルを”ブレスの相殺に回していた。

「オーラフォトンを展開していないレイナの生身の身体にはその熱が直撃した。
初めは開いている瞳を焦がし、視力を大幅に奪い、顔の半分を焼いた。他にも熱が服と上着の金属プレートを溶解させて身体に完全に張り付かせた。
金属プレート自体がエーテル加工を施していたために、ある程度の皮膚への損傷は低い。が、それでも全身に浴びた熱は深刻だ」

私はその話を聞いて行くうちに、認めていた私自身を肯定していっている事に震えが増していく。
遠目に見ていたフィリスは心配になって近寄ってくる程に私は震えが大きくなっていた。

「俺が保護した事でその場で炭化しきる事は無かったが、もはやそれも時間の問題だ。
今こうして居られのは、レイナ自身の精神力で繋ぎ止めていると言っても過言ではない」

「………」

「――リアナ…」

私は黙り込み、俯いて震えるしか出来ないでいると小さな声でレイナが私を呼んだ。
顔を上げた私は目の前のレイナが歪んで見えるのは、涙が瞳に溢れているためである。
レイナはハッキリと見えていない瞳で、しっかりと私を捉えていた。

「リアナ――ごめんね。…そして今までありがとう。レイヴンとフィリス、それにエステルと出会ってからは――楽しかった…。
出会う前までは私――良く世界が見えてなかったの、ずっと一緒にいたリアナの事も。でも出会ってからは…とても世界が綺麗で、楽しかった」

「―――レイ、ナ…」

「それを知ってから、どうしてもっと早くそれに気がつかなかったのか…後悔していたの。今も…どうしてもっと楽しんでおかなかったのか悔やんでる。
でも、それはちゃんと楽しんだからだって事もわかってるの。わかっているから――もっと楽しみたかった、て思っているの」

私はレイナの身体に抱きついた。あるはずの片腕の感触が全く無く、足も――触れる感触が無かった。
それでも私は構わずに抱きつき、瞳に溢れていた涙を頬を伝って滴り落ちていく。
レイナは震える私の身体を感じて微笑んだまま、レイナも頬を伝う涙の量を増やして私の頭を撫でてくる。
その手は細かく、硬い感触をしたのを感じながら私は泣いた。

「レイナぁあああ!!嫌だよ!!行っちゃ嫌だよぉおお!!」

「――レイナ…」

「私が治して上げるから!!だから――「手遅れだ」」

私が腰の差している『彼方』の手を掛けようとした所で、レイヴンはその手に持った折れた剣を取り出して言った。
その折れた剣の先からは金色の粒子が細々と立ち昇っており、少しちゃんと見ればそれはレイナの神剣『悲壮』だと判る。

「深刻なダメージの際には回復には神剣そのものの補助が必要だ。無くともある程度ならば可能だが、レイナの身体は既に限界寸前。
神剣がこの状態では無駄に延命するだけで――レイナ自身はそれを望んではいない。そして、リアナ。お前にそれが出来るだけの力は残ってはいないのだ」

「そんなの…やってみなくちゃわからないじゃないですか…!!」

そう言って私は『彼方』をレイナの手に添えて詠唱を開始し出す。
周囲のマナがエーテルとなってレイナの手へと集束していくも、レイナの手はなかなか再生しようとはしない。
直ぐに息切れをし出した私は、それに構わず更にエーテルをレイナへと送り込んでいく。

「――リアナ…ありがとう。もう、いいの…」

「レイ、ナ…」

「ありがとう、リアナ」

レイナは手にかざされていた『彼方』を弱々しく押しのけ、リアナの回復魔法を拒否をして自然の結果を望んだ。
私は『彼方』を手から落とし、その手を抱きしめた。レイナの手から金色の粒子が立ち昇り出す。
私は直ぐにレイナの顔を見上げ、レイナの全身からマナが立ち昇り出している事に気がつく。

「レ…イナ――」

「お別れ、だ…ね」

徐々に立ち昇っていくマナの量が増えていき、レイナの全身が金色の輝き出している。
私は涙がさらに溢れてくるの感じながら、レイナの手を更に強く抱きしめた。

「レイナぁあああ……!!!」

「リアナ――少し、手を空けて貰える…?」

私は泣きじゃくりながら、言われた通りにレイナの手を胸から離す。
レイナは指先がマナに還って小さくなりながらも、頭につけている白いカーシェを外した。
長い前の髪が顔を少し覆い、外したカーシェをリアナへと差し出す。

「なんというかね――リアナを守ってくれるお守り」

「おま――も、り…?」

「そう――私が居なくなっても、それがリアナの事を守ってくれるの」

差し出されたカーシェを私は受け取り、カーシェと微笑むレイナを見比べた。
私はそれを抱きしめ、そしてとても胸を締め付けられる想いに駆られてさらに泣き出す。

「ズルイよ…レイナ。そんなのってズルイ」

「ふふっ…そうね――レイヴン」

「…何だ」

レイナはレイヴンの顔を見上げ、そして少し不安そうに微笑んだ。

「どうでした…? 私の戦い方は――」

「最後のブレスを防いだのは悪くは無かった。が、自滅していては意味が無い。要努力、と言った所だ」

最後だというのに容赦の無い、それでいて相変わらずの厳しさにレイナは安心した笑みを浮かべる。
彼はもう役に立たないスピリットである私を庇い、こうして最後にリアナとフィリスに会わせてくれている。
そして、今ならわかる。彼のその漆黒の瞳の先にある深い悲しみと無限に繰り広げられる別れの輪廻を…。

「最高の誉め言葉です――こういうのは失礼かもしれませんが、リアナの事…お願い、します」

「………」

彼は答えない。でもその瞳を見れば、聞かなくても私にはわかった。
ゆえに笑みを深め、預けられるのもあと少しの身体をさらに彼の身体に預けた。
そして近くでよくわかっていないながらも、気配を察して少し泣きそうであるフィリスへと目を向けて微笑む。

「フィリス――私が居なくなっても、頑張ってたくさん楽しんで…目一杯生きて」

「――うみぃ…」

「私たちはスピリットだけど、それだけじゃない事もレイヴンが知っているから」

「――うみぅ…」

「いい子ね…」

フィリスの小さな頷きに満足して再びリアナへと私はエメラルドグリーンの瞳を向ける。既に私の身体は半分透けており、もう時間は残されていない。
リアナはカーシェを抱きしめ、泣きじゃくって私を見ている。そんなリアナに、私は微笑んで返す。

「ずっと一緒に居てくれてありがとう、リアナ」

微笑んで涙が一筋、最後に頬を伝う。
身体が眩く金色に輝き出し、身体が透明になっていく。


――そして、


「――大好きだよ」


――微笑みと共に、







「―――さようなら」






―――弾けた。





……………


…………………



レイナの身体が完全にマナの霧へと還り、そして少し立ち昇っていって空間に霧散した。
レイヴンの片手に持っている『悲壮』もその後を追うように、溶け込むようにして空間上にマナへと還っていく。
この空間一体が一時的にマナが溢れ、リアナの『彼方』とフィリス『雪影』はそれを察してマナを吸収しだす。

神剣はマナをその身で構成しているために当然の行為であるが、『彼方』だけはあまり積極的に吸収をしていない。
契約者であるリアナがそれを望んでいなかったため、神剣もある程度はそれに従っているのだろう。
彼女自身、居なくなったレイナの場所を眺め、琥珀色の瞳を大きく見開いている。

「―――ぁあ――あ、あア」

そして自身の手に残されたカーシェを眺め、レイヴンの胸元へとゆっくりと近づき、先ほどまでレイナが居た一張羅の中を開かせた。
中にはレイナが着ていた、大部分が焼きただれた服と鞘が残っているのみ。
レイヴンが作った服はエーテルをあまり含んでいなかったので服の殆どが残される形となり、レイナが居なくなった事をさらに現実のモノとした。

「――レイナぁ…」

リアナは残されたその服をカーシェと共に抱きしめ、涙を零す。
それでもまだ何処か、認めていない自分がいるために溜まっているものが出せないでいる。

「レイナは死んだ。笑って死ねた」

「―――」

「大好きな人に見送られて死ねた」

「―――ぁ…」

「思いっきり泣いてやる事は、その人を想っていた事に等しい」

レイヴンは一張羅をリアナへと被せ、そのまま胸元に抱き寄せる。
リアナは何の抵抗もなく彼の胸へと抱き寄せられ、一際大きく身体を震えさせた。

「泣く事自体は弱さではない。想いは泣く事でもあるのだから――」

抱き寄せた彼は濡れていながらも、リアナの柔らかい緑髪を撫でた。

「っ!――ぁあぁあああ…!!」



それが引き金となった。




「うわぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!」




レイナが残したカーシェとボロボロの服を自身の胸に出き絞めて、リアナは大声で泣いた。
そのリアナをレイヴンがさらに抱きしめ、その胸元に頭を擦りつけるリアナ。
くぐもった声が閉鎖されたこの空間に木霊し、開けられた穴から溢れ出てくる水流の音で掻き消される。

「リアナお姉ちゃんが泣いている――レイナお姉ちゃんは…?」

「レイナは死んだ。もう居ない」

「――居ない…? もう会えないの?遊べないの?」

「そうだ。居なくなって、もうレイナと何もする事が出来ない」

居なくなったレイナの事が、スピリットの死が未だに理解出来ないでいるフィリスにレイヴンは答える。
それでも会えない寂しさと悲しみはリアナの様子からか、わかるモノがあってレイヴンに抱きついてフィリスも泣き始めた。
レイヴンはもう片方の手でフィリスを抱き絞めた。そして虚空に未だに残留している金色のマナの粒子を眺めて呟く。

「暖かく、清らかな、母なる光。全ては再生の剣より生まれ、マナへと帰る。

たとえどんな暗い道を歩むとしても、精霊光は必ず彼女たちの足元を照らしてくれる。

――清らかなる水。

――温かな大地。


――命の炎。


――闇夜を照らす月。


全ては再生の剣より生まれ、マナへと帰る。

どうか彼女たちを導きますよう――

マナの光が彼女たちを導きますよう」


スピリットに間に伝わっているという祈り。何時、何処で発祥したのか全くわかっていない詩。
わかることは、スピリットである悲しみと生きる希望がこの歌詞には込められているという事だけである。
そして歌詞の中にある不可思議な単語。

――“再生の剣”

歌詞からはスピリットは『再生の剣』のよって生産される戦闘人形。
そして死ねば再び『再生の剣』によって再利用されるというニュアンスが含まれている。
それでいて、人としての意志を持っていながらも人形として使われるがゆえの生きるという深い願い。

レイナはマナへと還り、再び戦う存在へと魂であるマナを転生させるという事を意味している。
レイヴンはフィリスとリアナを抱いている両の手に『月奏』と『凶悪』、そして漆黒のダガーの『月奏』の鞘を持った。
そしてそれらを四方へと投擲し、真っ直ぐ壁や天井へと向かっていく。

「解放されるかどうか、俺はそれを見極めよう」

突き立った剣と棒に鞘は、各々の色合いに輝いてお互いに光で繋げ合う。
それはまるで十字架のようにクロスし、周囲に残留している金色のマナを交差した中心へと集束していく。
さらに、空間へと還ったマナも集束してゆき、交差地点で神々しく金色の輝いていった―――


……………


眩い光。漆黒の闇に閉ざされた空間からの脱出は、吹き荒ぶ風と冷たい雨に出迎えられた。
レイヴンはその腕にリアナを抱き、傍らでは金糸雀色の毛並みに優雅な曲線を描いた大きな狼がフィリスを背負っている。
彼女たちはレイヴンの腕の中で泣き疲れて眠ってしまった為、こうしてそれぞれで運んでいる。

薄暗い穴の中では何が起こるか判らないために安全を規したが特に何事もなく、吹き入る風と先行させた狼の嗅覚で出口へと辿り着いた。
そして穴を出た先は山の中腹の洞窟の入口であり、麓には大きな外壁に囲まれた街が存在していた。
見覚えのあるその街並みに、空から舞い降りてきた蒼銀の鳥を緋色の瞳を見詰めて核心に至る。

「キロノキロ…か」

ダーツィの首都。
ミライド山脈からかなりの距離があったはずだが、地下水の流れの速さと流されている時間がかなり長かったためであろう。
そう考えつつ、降っている雨を眺めて目を細める。

「やはりシージスはそういう存在であったか…」

雨にしてはあまりにも純粋すぎる水素と酸素の結合分子、そして湿度と気温とそぐわない雨足。
それがダーツィという国の滅亡への時間を短くしていく事に、一体どれほどの人間が気がつくだろうか?
そしてシージスが居なくなった事で、この国は極端な軍事強化に走る。それはどんな結果を生むのだろうか?

「滑稽なまでに進むのだろな、この国は」

そう言って、腕の中で眠っているリアナの涙の跡を拭う。
そして真っ直ぐ北の彼方を眺め、視線の先へと歩き出す。新たな地へと――


「     どれくらいの時間を 歩いて来たんだろう
      まだ少し痛んだ… 胸をおさえてても

      サヨナラの意味を知らずに選んでいた別れだったから

      今、何かがひとつ心の中で幕を閉じて行く 
      それは秘かに 次のステージへと続く階段
      登りはじめる約束だった
      だから ありがとうって言える日まで少し

      I just say good-bye...      」



肩へと止まった蒼銀の鳥を見て軽く目を細める。
紡いだ詩は“彼女”への鎮魂歌なのか、それとも自身と眠っている妖精たちへの慰めか…。


雨雲の隙間から差し込んでくる光が彼らを照らす。
それは彼の両の耳のつけられたエメラルドグリーンの小さな玉を中心とした赤いクリスタル上のイヤリングを輝やかせる――。






Now, END Of PHASE-Duchy. Go To Next PHASE Of ――

『 Barnlait 』



劇場版アキハバラ電脳組 〜2011年の夏休み〜 挿入歌
ラストシーン
 Lyrics:Masami Okui
 Music & Arrange:Toshiro Yabuki
 Vocal:Masami Okuiあ


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