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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第十話 「 砂漠 」



真っ黒な空に浮かぶ眩しさを際立たせる星々。
星々をバックにサンサンと輝く青白い光を、大地というにはきめ細かい砂で埋まっている以外に何も存在しない大地を色鮮やかに照らす。
赤茶色で覆われているこの大地も、月の光で今は真っ青な幻想的な風景を醸し出している。

そんな世界を今現在、レイヴンを含むフィリスたちは闇夜に横断している。
レイヴンが先頭に、リアナ・フィリス・レイナの順に後を付いて行っていっており、その様子は子ガモを引き連れた親ガモの図である。


討伐決行日。各々の訓練士がイノヤソキマに集結していた。
訓練士たちは自身が訓練したスピリットに外套や水筒など最低限というには少なすぎる装備をさせて送り出そうとしていた所、レイヴンは出発を日が暮れにする様に呼びかけ、聞かない者は裏庭や便所に呼び出して納得させた。
砂漠ではマナの異常過疎で過酷なものとなっている。そしてさらに追い討ちをかけている日射光。これは人間にも当てはまる事だが、砂漠の40度を超える砂漠の炎天下で動かずに日陰でジッとしていても、一時間に1gは汗となって流れ出てしまう。
砂漠という異常高熱・無水分の環境は人の活動体温維持のための発汗作用による冷却量を過多にし、極度の肌荒れを引き起こして水分補給意識をかき立てる。

ミライド遺跡まで歩いていて約一日。炎天下に歩き始め、炎天下で到着する。暑い状況を二度も味わう羽目になる。
日中の砂漠を渡るというだけでも様々な危険因子が存在しているのに、無知な訓練士たちは自らスピリットの能力低下を促していた。
夜の砂漠ならば日射光を気にすることも無く、水分補給もかなり節約できる。夜に歩き始めて夜に到着し、炎天下を一度だけで済ます事が出来る。
とは言え、流石に夜には夜の危険因子は存在しているが、それでも炎天下よりは確実で安全である。

出発をしないスピリットに訝しげに思った街の軍は、スピリットの存在を早く追い出したくて捲くし立ててきた。
レイヴンはそれを、銀のコインを何枚か隊長に渡す事で黙認させる。
『人間、時には金がモノを言う』、誰が言ったか知らないが、何処でも通用する言葉である。

そして日が砂漠の地平線に半分沈んだ頃になって漸く出発。
砂漠に足を踏み入れたスピリットたちは皆、苦悶の表情をするも、それは炎天下に比べればマシである。
熱がまだ冷めていない砂漠に少しずつ汗をかき、それでも冷えていく砂漠の涼しさに皆が幾ばくかの安心感を抱く。

レイヴン、フィリスたちを連れて出発。それは既に日が沈んで空が黒で殆ど染まった時であった。つまり、他のスピリットたちから出遅れていた。
が、実際はレイヴンたちの方が適度であり、それは夜の砂漠を歩く上で大切な頃合だったのである。
他のスピリットたちは、遅延の処罰を恐れた他の訓練士たちの独断でレイヴンに告げずに行かせたのであった……。


――ヒューーー……

「「「(ガクガクガク)」」」

吹いてくる夜風。冷え切ったそれは、フィリスたちに襲い掛かってきている。
砂漠は砂地の世界であり、砂は保湿性が皆無である。そのため熱されればそのまま熱くなり、冷やせばどこまでも冷たくなっていく。
そのため、夜の砂漠は日が昇っている時の炎天下の真逆の世界、南極のような暖かさの欠片の無い冷却の世界となる。

特にマナの有無で地域の気候が決まっているこの世界で、マナが軽薄であるこの砂漠は温度の平均化が出来ていない。
砂漠という環境だけでもその傾向を持っている上にマナという属性を持ち合わせているため、その傾向がより極端になってしまっている。
そのため、夜は暑さなどの余波を残さずに乾いた刺すような冷たい風がフィリスたちに浴びせ掛けている。

フィリスたちは厚めの布の外套を羽織り、付いているフードで包まって歩いている。
その下にはレイヴンは作った砂漠横断用の緩やかな服を着るという比較的に温かそうな服装をしているが、それでも吹いてくる冷風は寒かった。
彼女たちが足に履いている靴は、足底には地面を大きく抉るような面が取り付けられていた。

それは足で砂地を踏むと、砂を囲って踏みつけるような仕組みとなっている。
これによって砂地を踏んだ際の足場のめり込みをなるべく少なくして歩きやすくしている。
これは雪国などで雪に足を取られないようにするためのその地の知恵である。

砂漠を渡る際の危険因子の一つがこの足場の悪さである。
普段から固まってしっかりしている足場を歩いていると、足を漬けた際の柔らかさに無駄な力を消費してしまう。
今までの経験から来る、地面のある場所に足が着けて踏ん張れば歩けるという無意識がどうしても働いてしまう。
しかし、砂地では足を着けても表面付近の砂が形を崩して踏み込んでいき、底に行くほど周りの砂からの圧力で足場が固着してくる。
そこでやっと踏み込めるようになり、歩く事が出来る様になる。が、少しでも足場が崩したりズラしたりすると直ぐに新たな足場を固着させる必要が発生する。

無意識で制御してきた歩くという動作そのものだけでは不完全となり、新たに自らの意識化で歩くという動作を模索する必要が出てくる。
そのために足にかける力加減が安定せず、無駄な力を消費してしまう。
故にその足場の砂を意図的に拡散を防いで踏み込む面積を少なくし、足への負担も軽減させているのがフィリスたちが今履いている砂漠横断用の靴なのである。

「………」

レイヴンはフィリスたちにその靴を与えるも、自身の分は用意せずに何時もの靴で歩いている。
彼の靴は元々柔軟性に富み、それでいて底は程よい固さを持っている。そして彼自身が砂漠を知っているために歩行に支障は無かった。

砂漠を歩いていれば常時見える砂漠の小山である砂丘。彼はそれを避けるようにうねうねと蛇行して進み、フィリスたちもその後をつけて行っている。
こういって高低差のある場所をなるべく避ける事で、足にかける負担の量をなるべく安定させている。
緩急のある運動をするのは、肉体的にも大きな消費となるためになるべく同じ高さの場所を歩き、直線距離的に長くなったとしても総合的に負担は少なくさせているのである。

「――誰か先行しているスピリットたちの気配を察知出来たか?」

「いえ、全く(はふ〜…)」

「何にも感じない〜――っ((ガクブル))」

「――同じく、です(ぶるる)」

後ろを振り返らずにレイヴンはフィリスたちに尋ねているのは、なるべく歩きに変化を持たせないために身体の動きを最小限にするためである。
そしてフィリスたちは吹いてくる寒い風に耐えながら答える。

レイヴンたちの進行方向には先走った訓練士によって討伐に向かわされているスピリットたちが必ず居る。
出発の段階で大きく距離が開いてはいたが、ほとんど知識の無い彼女が早く横断しきるとは思えない。
出発してからもうかなりの時間が経っており、レイヴンとしてはもうそろそろ追い着いてもいい頃合だと考えていた。

どんなに空間のマナが安定しない地域だったとしても、スピリットから発せられる体内エーテルの波長は感知できる事は確認済みである。
その為にフィリスたちに最小限ながらも時折神剣を介して確認作業に当たらせていたが、今の進行速度で追い着けないという事は彼女たちはかなりの速度で進んでいる事になる。
月が昇り、寒い風が吹く夜という時間帯はまだいい。だが次第に地平線が白みだし、冷たかった風も温まり出した風。気温も上昇し出した事で水分の少ない砂漠の朝方では、森の中のように濃霧が膨大に短時間発生する。

乾いて寒かった所にこの冷たく水っ気のある空気は人の心に一時の安らぎをくれる。
後ろをチラッと見るも、この心地良い冷たさに少し弛ませた顔をしていたフィリスたちはレイヴンが見ている事に気がついて気を引き締めた。
再び前を向きなおすと濃かった霧が晴れ出し、日も完全に顔を出して来る。

――これからが、本番である。



サンサン、というには生易しい――
ギンギンに照射してくる日の光。
朝方の霧の涼しさなど簡単に吹き飛ばす灼熱の空気。降り注ぐ光が砂漠の大地を眩しく照らす。
足を砂地に着ける度に靴越しでも感じられる鉄板に熱されたような熱さ。

乾いた空気は呼吸のたびに、肺が焼けるような錯覚に見舞われる。
熱さで身体中から汗を大量にかき、乾燥した空気と汗をかく事で水を欲する。

「うう〜〜みz「駄目だ」――あぅ〜……」

フィリスが「水が飲みたい」と言い切る前にレイヴンが否決し、外套に中で手に取っていた水筒をフィリスは腰にぶら下げ直す。
レイヴンも流石に直接、日光を浴びるわけにもいかないために一張羅のフードを被っている。
日が昇り、今はやっと炎天下になり出した時間であり、まだ頻繁に水分補給をする頃合でないために水分補給を制限させている。

朝の涼しさ自体が急激な気温変化の証。マナが常時希薄であるこの地域で、霧が発生するということはマナが空気中に少なからずとも集まっている事を示唆している。
マナが集まればある程度安定した気候が発生していたのだが、そんな事が起これば当然急激な拡散が発生してしまう。
昇った日の光で水分は蒸発させられ、その合わせてマナも拡散。マナが希薄な周囲へと急激に拡散するために今度はより希薄な区間が発生する。

涼しく水ッ気のある空気は即座に乾いた熱しやすい空気へと変貌し、日の光で熱された砂の熱を空気が補充して熱い世界を形成。
これが砂漠のあらゆる場所で発生するためにより熱く、そしてマナが希薄な世界となっている。

「「「………」」」

後ろを追従しているフィリスたちが終始無言。夜の時点ではレイヴンの指示で余計な消費をしないためにも会話は最小限にしたために静かではあったが、今は喋る事も億劫なため無言になっている。
砂塵を含んだ風がフィリスたちを通り過ぎると汗をかいた顔や、汗で濡れた外套の下の服に張り付いてくる。
熱い砂が靴の中に入り、ザラザラとした感触にむず痒さと嫌悪感を感じる。極めつけは外套の下の汗ばんだために肌に張り付く外套の中の服であった。

汗をかいて張り付いてくる下着や上着にスカート。服の中に入ったザラザラとした砂の感触をより鮮明に感じさせられ、不快感を増大させてくる。
外套の中で溜まった蒸し暑さと、被っているフードの中で髪の毛が肌に張り付いてくる。今すぐにでも全てを脱ぎ去って清々しさを感じたい衝動に駆られる。
だが、それはレイヴンに禁止され、その理由もちゃんと説明されていたのでどうにかその衝動を抑えるフィリスたち。

服を脱げば確かに炎天下の中でも清々しいを感じられるが、それは一時だけである。
汗は体内の熱くなりすぎた体温を発散させるために肌から水分を出して冷却をしてくれている。
そしてまた、それは肌の乾燥を防ぐと共に保湿の役割をしてくれているのである。

服に張り付く不快感は確かに堪えがたいモノもあるが、それ以上にかいた汗を服が吸い込んで保湿の補助をしてくれる。
服を着ている事で、肌への直接日光を防いでいるために余計な体温発熱による発汗の促進、肌の留まって保湿をしている水分の肌のからの直接蒸発を抑えてくれている。
もし脱いでしまえば服の溜まった水分はアッサリ蒸発し、また脱いだ人は発汗作用のフル活動でも追い着かずに体温が上昇、直接日光で日射病となる。
そしてフル活動している発汗作用は体内の水分を大量に使うために脱水症状にもなり易いのである。

服を脱ぐ事は体温・発汗に著しい影響を与えるために、水分が限られた中での砂漠を通過するためにはしてはいけない。
というよりも、すればミイラになったとしても文句は言えないのである。言っても自身の責任である。

「――少し、休むぞ」

「「「――はい……」」」

大き目の砂丘に出来てる影の下へと入り込み、尻餅をつくように腰を下ろすフィリスたち。それに対し、レイヴンは砂丘のなだらかな斜面に身体を預けるように腰を掛けた。
フィリスたちは外套の下から皮の水筒を取り出し、皮を持ち上げて水が口からしっかりと出るように持ち上げて口にする。

「最初は少しずつだぞ」

「「「んっ(こくこく…)」」」

軽く頭を上下に動かして答えつつも、そのまま口にした水筒からゆっくりと飲み始める。
しばらく水を飲んでおらず、汗を大量にかいた事で喉や胃の水分は極端に不足しているため仕方のない事であるも、急激に水を飲んでしまうと胃が急な水分の補給に反応できなくて吐いてしまう。
喉もカラカラだった所に水を勢い良く飲んでしまえば、必要以上に水を要求し出して限られた水の中で我慢がし難くなってしまうで水分補給は程々が適量なのである。

そして今はまだ昼前。日にまだ傾斜があるためこうして砂丘の陰で休憩は出来ている。
が、日が真上に来てしまえばその影は何処にも無くなってしまい、腰を下ろせる場所が無くなってしまう。
今はこれからの本番に向けての熱さと環境に慣らし、足を止めずに日が沈むまで歩き続ける事になる。

「………(こくこく…)」

レイヴンは自身の水筒に軽く口をつけて水を少量で口と喉、胃を洗うぐらいの水分を口に含みながら砂漠を眺める。
日が大分昇ってきたために、赤茶にの砂漠が白くなり、空気がかなり熱されたために光を屈折させて遠くが少し歪んで見える。

彼らは夜の段階でおよそ砂漠の6割は横断の為にハイペースで歩いてきていた。熱さの中よりかは幾分か冷たい方をとり、体内水分の消費を抑える手段を用いたのである。
その分、日が昇った炎天下ではペースを落として進み、夜に差し掛かる時点でミライド山脈に着かせる予定である。今の時点では特に問題が無く、砂漠の中を進んでいた。

レイヴンは視線をフィリスたちに向ける。彼女たちは影に入った事で被っていたフードを脱ぎ、顔に張り付いた髪の毛を払い除けている。
マナが希薄な砂漠であるためにどのスピリットもかなりの疲労を見せるも、各々のスピリットの色ごとに疲労の度合いが如実に出ている。
レイナは比較的運動をした後の疲れた表情であり、レイナは少しグッタリとした観がある。そして何処かのボクサーが真っ白に燃え尽きた様にグッタリしているフィリス。

砂漠という熱い環境では、常時熱を攻撃に用いて操るレッドスピリットであるレイナは、熱さ自体に耐性がある。
緑を司ると言われているグリーンスピリットであるリアナは実際、マナで形作る構成を司っており、砂漠の熱さ自体は人間と同じ程度。
しかし、構成を司っているが故に自身の身体からエーテルが抜けていく感覚。そして空気中の希薄なマナを感じ取ってしまうために息苦しさを感じ、熱さに気を滅入らせてしまっている。

そして、砂漠の熱さに水分の希薄さという最も相性が悪いブルースピリットであるフィリス。
俗説でブルースピリットは『水の妖精』とも言われるる程に水と深い関係を持ったエーテルで身体を構成されているため、水ッ気がないこの砂漠でリアナ以上に気を滅入らせている。
更に言えば、自身の身体からも水分が汗となって排出されているのを感じ取っているため余計に気を滅入らせている。

少し雑学を言わせて貰えば、スピリットから発汗される水分はマナへは還らない。
スピリットの身体はエーテルで構成されている言っているが実際、人の肉体と大差はない。
エーテルは主に身体構成の維持、つまり人で言えば遺伝子の役割でスピリットの体内に存在している。

スピリットは食事をし、水分の補給をする。そして不要となった栄養は便となって体外へと排出される。
そして今、熱さを和らげる為に体内に摂取された水分が汗となって身体中に吹き出ている。
基本が人間と同じなので、マナやエーテルがあるだけで存在していないのはその為なのである。

「レイナ。神剣の気配はあるか?」

「――いえ、ありません」

疲労が少ないレイナに気配を探らせるも、答えは依然として同じであった。
レイヴンたちのペースは比較的に早く、既に先行しているスピリット達と接触していても可笑しくない。
だが、実際は出会っていない。つまりそれはどちらかが道を誤っているか、それとも両者が。
そして他の可能性では、レイヴンたちを上回る進行スピードで向かっているか、である。

前者に関してはそうであったならば如何し様もないが、後者では悲惨な状況が彼女たちを襲っていると思われる。
レイヴンの傍らで休んでいるフィリスたちを見る限り、今のペースでもかなりの疲労を要しているだから。
それを上回るペースとなれば、今のフィリスたち以上の疲労が襲い掛かっているはず。ましてや、彼女たちは砂漠の訓練を何一つ受けていないはずである。

「………」

神剣の気配がなく、目視も出来ないのでは判断のしようもない。レイヴンは体温で温まった背中の砂丘から離れ、フィリスたちを一弁する。
フィリスたちはそれが休憩の終わりであり、出発の合図である事を察して少し重そうに立ち上がる。

再びフードを被り、砂丘から炎天下の砂漠へと身を出す。砂丘で風除けとなっていたのが無くなり、再び砂の含んだ熱風がレイヴンたちを向かい入れた。
日の光が纏っている衣を照射し、直ぐに熱していく。そしてそれは直ぐに内部を暖めて発汗を促していく。

――これから昼となり、そして夕暮れになるまで続く。


……………


日が暮れる頃になり、ついに視認出来る大きな山が見えてくる。それはレイヴンの書物などの知識から予測した距離よりも大幅に短かった。
書物自体がかなり古く、ましてやダーツィからミライド山脈へ行ったのが一回きりという参考にするには資料は少なかった事もある。
また、マナ消失境界線が微小ながら年々拡大しているため、過去の横断からかなりの年月が経っているのでそれも考慮してしてのだが意外に拡大範囲は少なかった事もあった。

「………」

レイヴンは砂丘の上で立ち止まり、その山脈を眺める。フィリスたちはその傍らで立ってはいるものの、やはり熱さとマナの希薄さで顔色が悪い。
更に言えば、気温と風の熱さが無くなって来ているため、汗を多分に含んだ服がその外気によって今度は冷やされてきている。
冷やされた服は着ている者の体温を奪い、身体に必要な常温を下回らせて体調を壊させる。

彼が日が暮れてからと進言したのはこの為である。熱さだけならば汗をかいても水を補給すればどうにでもなるが、寒さとなればそうはいかない。
水分を含んだ服を乾かさなければならず、それは日が暮れた寒い砂漠では自然に乾かすには寒く、火を起こして乾かすには風が強すぎるのである。
そしてそのための機材を持ち歩く事は、歩く時の重量を増やす事となって逆に負担となってしまうので逆効果となる。

そのために着替えを一回分だけ持たせ、夜に出発する事で着替えを一回行うだけで済ませる様にした。
そして帰還の事も考え、討伐に成功した際には一旦ミライド遺跡で一日ほど休み、次の夕暮れを待って帰還することも視野に入れていた。
彼はあくまでも任務を完遂し、そして生きて帰る事を前提にしているのである。

「――神剣の気配は?」

「………あります。あの、山の麓辺りに…複数」

かいた汗が冷えてきた事による不快。そして横断による消耗で言葉を発するのも億劫な感じでレイナが答える。
リアナは被っているフードの下から荒い息遣いをしている。そしてフィリスはリアナより深刻で、『雪影』を杖代わりにして立っている程。

「…そうか。まずは持っているタオルで身体をしっかり拭いて、ここで着替えておけ」

「「「はい…」」」

弱々しいながらも、3人はしっかりと返事をして砂丘の影へと移動していく。
そして風を受けない場所に移動すると外套を脱いで顔を振って張り付いている髪の毛を払う。
その後に特製の靴、そして履いているニーソックスを脱いで足に張り付いている砂を払う。

髪の毛に付着している大量の砂をお互いに払った後、他の着ている服や下着を全て脱ぎ去った。
冷たくなった風の心地良さを感じつつ、身体の汗で寒さも同時に感じながらも素っ裸になった3人は各々小袋に詰めていたタオルと下着、そしてレイヴンが模擬戦の折に改修した戦闘服を取り出す。
服は地面に置いて自分の身体を拭き始め、届かない背中などはお互いに拭き合う。

冷たくなった風のお陰で特に寒さを感じる場所に汗が残っているのが分かるために作業ははかどった。
拭き終わると下着を上下ともに着て、スパッツを履く。そしてより滑らかに薄そうでありながらもしっかりとした生地を肌に感じながら服を着込む。
上着に仕込まれた金属プレートも、訓練所の壁の技術を応用したエーテルを仕込んだフィリスたち個人の身体に合わせた曲線を描かせている。

レイヴンはそんなフィリスたちの着替える服が擦れる音を耳にしながら、砂丘の上でずっと山脈を眺めている。
山脈の全体からマナが、というよりも、山脈一体を囲うようにマナが密集しており、山には点々としてはいるも緑が存在していている。
これは山脈の箇所ごとにマナが集束している事による大地の肥えが原因だと推察できる。しかし、観えている光景は自然にしては不自然すぎる。
これは何かの力によってマナがその場に圧し留められていると考えた方が納得がいくのだが……。

いや、むしろマナの拡散を意図的に操っている様にも見える。
その証拠に、局所的にマナが集束している場所があるという規則性のない集まり方をしているのに対して、拡散の仕方が安定しているのである。
それは希薄となったマナの地域を食い止めるようにわざとそうしているかのように…。

「レイヴン」

かけられた声に後ろを軽く振り向くと、そこには外套を羽織りながらも開いている前から戦闘服を覗かせているリアナたちがいた。
各々の表情は汗を拭きとり、汗を含んだ服を変えたことで幾分か和らいでいるも顔色はあまり優れず、フィリスに関しては特に酷い。
レイヴンはそんなフィリスに近づき、フィリスの背中を向けてしゃがみ込んだ。

「乗れ」

「――はい…」

ノロノロと彼の首に腕を回したフィリスはそのまま身体を預ける。そしてレイヴンはフィリスの太股に腕を回してしっかりと背中に乗せた。
フィリスは身体の力を抜かした事で、如何にか開けていた瞳を段々と伏せていき、完全に閉じた時には彼の首に回していた腕の力が無くなっている。

「―――Zzz…」

「………」

彼はフィリスを落とさない様に背負い直し、肩にフィリスの顔を乗せる。フィリスは顔には疲労の色が濃く、それでいて安心した表情をしている。
砂がまだ含んで入るものの、そのサラサラした蒼い髪の毛がレイヴンの首を擽っていた。

「目視は出来る。後少しだ」

「「はいっ」」

彼はフィリスを背負いながらもペースを落とさずに歩き出す。
日も既に落ちているとはいえ、金色の光が半球に纏って目指す山脈を照らしているためにリアナとレイナも山脈が見えているので、レイヴンと並んで歩いていく。
その光景はまるで秘郷であり、何人たりとも踏み入れてはいけないような輝きを放っている。だがその輝きは拒みつつも、魅了する光でもあった――。


……………
…………………


山脈の麓へ辿り着くとそこは金色の幻想世界。辺り一面には金色に輝く粒子が漂い、それらが夜を明るく照らしていた。
目も前で浮遊していた金色の微小な粒子を試しに手で握り込んでみるも、開いた手の中には何もなくなっている。
それらはこの辺りの不安定なマナ空間によって絶えず集束と拡散を繰り返しているためのマナの発光現象である。

それらは不安定ながらも緑がある周辺ではよく輝き、緑自体が金色に発光しているかのようにも見えなくも無い。
そんな光景を尻目にレイヴンはフィリスを背負ったまま軽く登って行き、リアナとレイナも不思議な光景に感動しつつその後ろに続く。
彼女たちは地面が砂でなくなったため、何時もの履いている靴へと既に履き替えていた。硬い地面がとても良く歩きやすく感じている。

――チャキ…

「―――何者…?」

大きな岩場へと向かい、少し大きめの岩の脇をレイヴンが通ろうとした瞬間、その岩の陰から小型の人が飛び出してきた。
そして彼の喉元に突きつけた剣を何時でも引き裂けるように構えた青い髪の少女、ブルースピリットが問い掛けてきている。
周りの風景に見惚れていたリアナとレイナは数瞬遅れて反応し、背負っている神剣に手を掛けようとした所、レイヴンは片手を上げて制した。

「そんな震えた手で神剣を突きつけられてもあまり意味はないぞ?」

「――っ」

「とりあえず、下ろして貰おうか」

彼は上げた片手で神剣の先をついばみ、喉から刃を退かす。その際に剣が微妙に震えており、軽い腕の力で簡単に動かす事が出来ていた。
神剣を突きつけたブルースピリットを見やると彼女はリアナたちより少し上の歳といった位の少しウェーブがかかった青髪の少女で、顔色とともに神剣を持つ手が重そうである。
そして髪の毛は砂塗れで服もかなり濡れて身体に張り付いている様であった。

「自己紹介するのならばダーツィ所属の訓練士、グレン・リーヴァ」

「人間?……人間が何故来ている?」

少女は少し困惑気味に聞き返す。この作戦はスピリットのみが決行することで人間が着いて来るはずがないだ。
事実、今までも討伐で人間がスピリットに同行していない為に帰ってくる者がおらず、シージスに関する資料が全く無い。

「引率兼個人的調査だ」

その言葉を残してそのまま岩の裏へと回る。そこには座り込み、息苦しそうに休憩している多くのスピリットたちが居た。
ハイペースによる砂漠横断がかなり効いている様であり、誰もレイヴンの方を見る事すら億劫なほどに極度に消耗している様である。
そんな彼女たちを観察しながらなるべく座り心地が良さそうな岩場を見つけ、スピリットたちの合い間を縫ってそこへ向かう。

そして目的の場所に辿り着くと、背中で眠っているフィリスを腕の中に移動させてそのまま座り込んだ。
胸の中でうまく寝かせ、一張羅でフィリスの纏っている外套ごと包み込んで休み、腰の『雪影』は『月奏』と一緒に傍らに立て置く。
リアナとレイナは彼の傍らで腰を下ろして休む。ブルースピリットの少女はとりあえずレイヴンたちの後を追うも、置いてけぼりくらっていた。

「………」

「外套の下に着ている物は全て脱ぎ、外套を纏っただけの方が暖を取れる。その辺にある緑で焚き火をして服を乾かす事を勧めておこう」

レイヴンはそんな少女を見やり、代えの服が無くて寒い夜を過ごす手段を述べて顔を伏せる。
リアナとレイナも丸一日歩きっぱなしだったため、他のスピリットたちを気にする暇もなく直ぐに眠りに付いていた。

「何なのよ…」

そのまま少しの間、少女はレイヴンを眺めるも一言呟いて直ぐに着た道を戻っていく。
肌に張り付いた汗の不快感と夜の冷たさによる体温の低下を早くどうにかしたかったため、彼が言った事を実行しようとした。

「………」

ブルースピリットである少女が他のスピリットたちの元へと歩いていった直ぐ後に、再び顔を上げた。
そんな少女は他のスピリットより元気であったためか、それともリーダー的な存在なためか他のスピリットたちに指示を出して暖を取ろうとノロノロとだが動き出していた。
彼は肩に重みを感じたので見やると、そこには肩に頭を乗せて眠っているレイナが居た。そしてそのレイナの肩に頭を預けていたリアナの頭がズレ、彼の膝に頭を乗せてレイナの膝に身体を預ける様に寝転んだ。

「「「――Zzz…」」」

「………」

少女のあどけない寝顔を真近にしながらも、レイヴンは金色に輝いている夜空を見上げて目を閉じた。
彼自身も砂漠の横断は少なからず消耗しているため、体調の調整に精神を集中させる。
暖を取り始めているスピリットたちの動いている音を耳にしながらも、彼はフィリスたちに身体を預けられてジッとしている。


……………


―― ズズズズズズ……

「「!!?」」


「……うにゃ?」

山脈に走る地響き振動。それはフィリスたちを起こすのに十分な振動であった。
お互いに肩を貸し合って寝ていたリアナとレイナは飛び起きて神剣を構え、フィリスはもたれ掛かっていた岩場から寝転がって起きた。
地面は相変わらず振動し、時折大きな振動になったと思うと地鳴りが低く轟く。

止まない振動と地面から鳴り響く音にリアナとレイナは困惑する。一体何が起こり、そしてどうなっているのか全く見当がつかないでいる。
フィリスは未だに寝ぼけており、今一現状を把握していない。また、この辺り一帯のマナが安定していないために把握し難いこともあった。
時間にしては夜明け前、今やっと山脈の麓から空が白み始めている事が確認できる。

――ザッ

「――起きたか」

「…レイヴン? これは一体なんでしょう?」

「他のスピリットたちが山脈の洞窟に居るシージスと戦っているのだろう」

明るくなり出した空を背景に歩いてきた彼は片足で地面をトントンと踏む。
そして再び大きな振動とともに地鳴りがした。


レイヴンはフィリスたちが未だに寝ている時に他のスピリットたちが活動し始めた事を察知した。
そこでフィリス岩場に寝かし、リアナとレイナをお互いの肩で支えあうようして立ち上がった。
そして他のスピリットを指揮している、レイヴンに神剣を突きつけたブルースピリットに近寄る。

「休憩もそこそこにもう討伐に行くつもりか」

「――我々の役目は龍の討伐です。休憩をしている暇はありません」

「砂漠をハイペースで横断し切った疲れが抜け切っていなくてもか?」

周りのスピリットたちの顔色は依然として芳しくはない。ましてや彼女自身の顔色からも疲労の色は濃い。
そんな彼女はレイヴンを見上げて少し睨み、そして寝ているフィリスたちを見やった。

「貴方は人間です。人間がスピリットの心配をしているのですか? ましてや人間の手を煩わすスピリットが何か出来るとは思えませんが――」

そう言って彼女は他のスピリットたちの中へと歩いていった。その足取りからしても、やはり疲労が未だに大きく残っている事が覗える。
そして彼女は先頭に立って山の中へと歩いて行く。レイヴンは最後尾から少し離れた位置を保って付いて行き、中腹辺りで彼女たちが発見した洞窟へと入っていった事を確認して引き返した。
後少しでフィリスたちが寝ている地点へと辿り着く段階になると、突然地響きがし出す。

「――少なくとも、戦闘になる相手は此処には存在しているということか…」

地面に手をやり、地面から響いてくる振動からレッドスピリットの攻撃魔法による爆発の振動に、何か大きく鳴り響く咆哮が混じっている事を確認した。
声や音も全ては空気の振動が耳の鼓膜を揺らす事で感じ取り、それを声と音として認識している。
地面の振動もうまく識別出来れば、深海の潜水艦が用いてるようなソナーの様に判断することが可能であるのだ――。


「準備はいいか?」

「「「…はいっ」」」

「では、行くぞ」

フィリスたちは外套を脱ぎ、此処までの旅荷物と一緒に近場の岩陰に置く。
今の彼女たちは完全に戦闘のために軽装となっており、そんな彼女たちはレイヴンの声に各々の神剣をギュッと握り締めながら答えていた。
それは未だに揺れる地面による、戦闘の激しさから少し不安になっているためである。

レイヴンはそのまま山へと登って行き、フィリスたちも少し緊張しながらも後を追っていった。
少し登ると見えてきたのは山脈に大きな穴の開けている洞窟。洞窟の入口に立っているだけで、中から物凄い振動と爆音が轟いてきているので、この中に何かが居ることを示している。
フィリスたちを一弁したレイヴンはそのまま中へと入っていく。初めは躊躇っていたフィリスたちも、オドオドしながらも後を追う。

少し間は外の光が差し込んでいたために如何にか中は見えていたが、次第にその光が薄れていったために歩き難い状態であった。
が、少し中を歩いていくと突然しっかりとした足場に青白く光る壁が出現した。足元を良く見れば、石を加工して敷き詰めた廊下となっている。
轟く振動によって良く天井から石の破片が零れ落ちてくるも、壊れそうにも思えない程にしっかり天井をしていた。

「――そろそろ、だ」

「「「………」」」

道の先には広い道をさらに大きく開けた広場が見えていた。そしてその先では幾度も赤い光に白い光が断続的に瞬き、その度に地面が大きく振動している。
それは間違いなくスピリットたちが何かと戦っている。近づいていくたびに少女の声らしき大声がハッキリと耳に届いてくる。

道が大きく開けた。それとと同時に、大きな咆哮とも知れない音がビリビリとこの空間を揺らした。
フィリスたちは不意打ちを食らったために耳を両手で塞いでしゃがみ込んでいる。

「………」

レイヴンは身体全体でそれを受け止めながら、その音の発信源を見据える。

――身体を赤い炎に包み、その端から立ち昇る炎の先端を金色に輝かせている龍が、そこには居た。

その姿をある存在を知る者が見れば、こう言っていただろう。



―― フェニックス (不死鳥)、 と。





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