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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第九話 「 召喚 」



ケムセラウトから南方に向けて出発し、そのまま街を大きく囲う様に流れている川の橋を渡って直ぐ西方に向けて進んでいく。
南方からの行商でこの通っている道を行けば、北へ大きく迂回するヒエムナを経由しなくともキロノキロへと行けるのだが、距離が距離ゆえにケムセラウトで一度立ち寄る事が最短の運営となる。
そして近くに山岳地帯があるため、起伏の激しい道なりゆえに一旦補給を兼ねてケムセラウトへ真っ直ぐ行く。

馬車で揺られること一週間。レイヴンたちはその間ずっと荷馬車に揺られて座っているも、ただジッと座っているのでグレンがポシェットから出したトランプで遊んだ。
初めにグレンがルールを教え、何回か試しにやらせていざ勝負。

まずはババ抜き―――フィリス惨敗。
相手がカードを引くとき、顔にまんま出している為に3人に見抜かれているのである。
この勝負では、静かな笑みで相手に自手札を悟らせないレイナのその顔にリアナとフィリスは苦戦。
この勝負で優秀だったのがレイヴン。捨てられたカードと自手札、そして引くカードから相手のカードを見破っていた。

「………」
「ん〜〜…これっ!!」

―― フィリスはババを引き当てた。

「んにゃー!?」

「ババだね」

「…うん、ババね」

時にはレイヴンとフィリスの一騎打ちとなり、最後の二枚同士でフィリスに引かせ、まんまとババを引かせて悶絶させた事は数知れず。

次にポーカー。ここでは二組に分かれてお互いに思案しつつ引き捨てをする。
リアナ&レイナ VS フィリス&レイヴン。これはかなり熱戦となった。

「私たちの勝ち!」

ハートの2・3、そして同じくハートのJ・Q・K。
リアナ&レイナのペアはフルハウス。

「ふふ〜♪ えいっ!」

対するフィリス&レイヴンのペアはダイヤのJ・Q・K・A・2、ロイヤルストレートフラッシュ!

「「はうーーーー?!」」

リアナ&レイナのペア、轟沈。


他にもブラックジャックや神経衰弱などをして荷馬車の中で時間過ごすも、それでもフィリスたちの訓練を欠かさない。
特に身体を動かさずとも出来る精神統一。初めは正座をさせてやらせるも、即座に足を痺れさせていたので胡座をかかせる事に。

目を瞑り、ユラユラ揺れる荷馬車の揺れに身を任せて数時間。
何時も動かしていた身体を動かさず、体内エーテル循環を読み取っていてもこんなに長い時間ジッとする事はまずは無い。
時折、身体がむず痒くなって身体を世話しなく揺すると、即座にレイヴンが『凶悪』で肩を叩いて静止させる。

スピリットは絶対個体数が少ないゆえ、戦闘では20のスピリットが対峙すれば多い方である。
そして体内エーテルの活性化によって疲労する時間も極端に短く、それによる精神消耗を激しいために戦闘時間は短い。
せいぜい1時間もすれば完全に勝敗が決する事がほとんどであるも、大抵は一方が街や施設で防衛するので複数の戦闘をこまめに行う長期戦が常である。

そういった点からも、スピリットは長い時間における精神の持続力は持ち合わせていない。
爆発的な精神の解放が常、ゆえに長期戦になればそのスピリット自身の精神力と体力が問われてくる。
短時間の精神消費と長時間の精神消費では大きく違い、場面においてそれを使い分ける必要がある。

短時間では相手の動きを合わせる・上回るために大きな精神集中を行うために消耗が激しい。
長時間では駒を刺す様に冷静に、先を読み合う静かな頭脳戦による少量継続消費に別れる。

短時間は実際の戦闘訓練で賄えているので直ぐに養われるが、長時間は時間がかなり必要となるのでなかなか時間を割り当てる事は出来ない。
こうして動かせない状況で行えるのはまさに絶好の機会であり、いずれ戦場に狩り出されたときの休息でしっかりと休められる術を得られる。

…そうこうしている間に馬車の運転手が文句を言って来たので、少し締め上げて完全に黙らせた事を追記しておく。


そして一週間後。レイヴン一行はダーツィ大公国の首都キロノキロへと辿り付いた。
まず目に入ったのがその街を囲っている外壁のの大きさ。見上げるほどのそのその大きい壁で、常に強固に守られている。

隣国であるイースペリアとは山脈越えれば直ぐの間柄であり、そしてイースペリア側の山脈の麓にラースの街がある。
イースペリアの首都は更に向こうにあるアト山脈の近くにあるものの、ラースから山脈を越えればダーツィの要である首都という配置が両国を緊張状態にしている要素に一つになっている。
ダーツィは常々ラースを渡すようにイースペリアに勧告と襲撃を繰り返すも、防御に徹しているイースペリアを破ることは出来ずに拒否され続けている。

ラースは南西のマロリガンやデオドガンの二国が、他国への唯一の貿易ルートの要なのである。
デオドガン商業組合自治区は古代戦争における大規模なマナを消失した『マナ消失地帯』の真ん中付近に位置し、地下から湧き出る水の湖を拠点としている貿易街。
マナが極端に、むしろそこではマナが奪われる場所ゆえに草木は育たず、人も住めない地域での生活は困難であるものの、それでもそこに住む人々である。

マロリガンもそのマナ消失地帯が国土の半分を占め、作物なども南西の海側のみであまり栄えそうに無い国だが、山脈から取れる良質の鉱石によってそれなりに栄えた国となっている。
それらを他国に運搬するのがデオドガンであり、その更なる仲介をしているのがイースペリアであり、その要がラースなのである。
それだけでもイースペリアへの多大な利益を得る現状を、山脈の向こう側からただ見ているしかないダーツィ。
更に言えば、その山脈によってマナの変換できる地域もしっかりと分断されてしまっているのも、ダーツィにとって皮肉としか言い様のない現実を見せつけられていた。

ダーツィは帝国側であり、イースペリアは反帝国側。ダーツィとイースペリアがお互いに緊張状態に陥る要素は幾らでもあるのだ。
そういった点からも、首都のダーツィのこの強固な外壁は、イースペリアからの侵攻に供えてのことである。
イースペリアはいわゆる中立的な立場の国で通っているものの、警戒には越した事は無い。そう言った所であろう。

そして両国の緊張の引き金となる決定打が、イースペリア現女王の懐妊。
イースペリアは他国にはない女性を王位に就かせており、その女王によって代々安定した国政が行われていた。
今はお腹の子のために為政にはあまり参加されてはいないが、女王の子供の誕生に国民と家臣たちは好意的なのである。
それゆえにイースペリアの現政権はこれ以上ない程に安定を見せ、国民も女王の子供の誕生を今か今かと待ち望んでいる。

対するダーツィ国内でも、ささやかながらもそれに好意的な国民もおり、イースペリアへと移住する者も少なくない。
これにダーツィの為政者たちの癇に障り、イースペリア侵攻の足取りを更に加速させたのである。
例え戦争になろうとも、戦うのはスピリットであって人間ではないのでダーツィ国民は不満を出さない。

が、イースペリア国民はダーツィの侵略されれば女王の子供を祝福出来ない事がわかっているため国中の国民がラースの人たちの為に出資。
今の国全体で祝うために国防スピリットの強化が急激に強化された。
そしてそれは直ちにラースへと派遣され、今現在の両国間の緊張状態となっている。


そして今現在、レイヴンは首都キロノキロの中心である城の一室に居り、城内は石畳で統一され、この地域では地震がない事が覗えた。
その上に赤い絨毯がふんだんに敷かれ、部屋はまだ昼なのにエーテルで点灯させたランプで煌々としているため、非常に無駄に明るい。

「………(ずずーー)」

「ですから!明日にでも直ぐに討伐に向かおうと言っているのです!」

「何を言っている!まだどう戦わせるか決まってはいないのだぞ!?」

「そうは言いますがね、そちらのスピリットが役に立たないだけでは!?」

「何だと!?」


レイヴンは部屋中で飛び交う言葉を尻目に紅茶を啜っている。

「………(ぽりぽりぽりぽり)」

「だいたい!貴方の訓練方法は無駄が多すぎなのですよ、そんなモノでは囮にも使えませんよ!」

「何を!?貴殿のスピリットはチョコマカと動き回るだけで決定打に欠けているではないか!敵を倒せない囮にか使えないスピリットばかり用意しおって!」

「何をいいますか!?大体ですね――」


「………(もぐもぐもぐもぐ)」

「そんな事よりも!それを成功した暁に、一体どんな恩赦が頂けるのですか!?具体的な事を言って頂けなければ――」

「貴様はそんな事を…!我が国のため、あの忌わしいイースペリアを撃つ為には我々は集っているのだぞ!」

「ああ…もう。こんな事ならさっさとスピリットを全部、討伐に向かわせれば済む事でしょうが!」

「お前!話を聞いてないのか!?だから言っているだろう!!それではだな――」


「………(ごっくん…ずずーー)」

個々に置かれている高級お菓子をカジり、食べ、そしてまた紅茶を啜る。
初めは会議らしく命令を実行するために集った訓練士たち。各々意見を出し合う順調な出だしだったのだが、いざスピリットを戦わせる事についてとなったら現状になった。
レイヴンは目の前のお菓子がなくなると、隣の席で対面の少し離れた人物を口論をしている訓練士の見ていない隙に空になった皿とお菓子を交換し、そして食べる。

「………(もぐもぐもぐもぐ)」

周りは依然として大口論。誰もレイヴンのした事など見ていない。
今この一室にいる十数人もの人は全員、各地から集められたスピリット訓練士である。
集まった内の何人も、レイヴンと同じく未だに何故呼び出されたのか知らされていなかった。
そして全員が揃うと一人の兵士を訪れ、国王の命の書文を掲げ見せて言った。

『イースペリアに対抗するため、ミライド遺跡に生息している魔竜シージスを討伐せよ』

これを聞いた訓練士たちは瞬間に沈黙し、次瞬には怒号がその兵士を襲った。
兵士はそれ全く取り合わず、『これは決定事項であり、早急に実行せねば厳罰もあり得る。とも言われている』の一言で一同は黙るしかなかった。

ミライド遺跡とはこの首都と少し南下し、イノヤソキマの街をさらに南下した先にあるミライド山脈に存在している遺跡の事である。
この遺跡は山脈の麓に存在し、洞窟に大掛かりな手を加えた場所であり、過去に大掛かりな調査団が中を調べようと訪れた。
そしてその先に居たのが先ほどの兵士が言った『魔龍シージス』なのである。

そのシージスは、調査団の人間を殆どを薙ぎ払い、護衛で同行していたスピリット数人も真っ先にマナの霧へと還された。
命かながら生き延びた調査団の数人の報告から、ダーツィはすぐさま龍討伐隊のスピリット隊を送り込むもスピリットは帰らなかった。
ミライド遺跡は、古代戦争時に引き起こされたマナ消失地帯のほぼ中央に位置し、周辺はマナの希薄な砂漠地帯と化している。

マナ消失の原理は古代文献にも詳細は記載されてはいないので、それは置いておく。
そのマナ消失地帯では、スピリットの肉体構成であるエーテルが常時奪われつづけ、一日立っている事すらも危ういのである。
そして砂漠であるがゆえの炎天下。足場が常時砂場であるために体内水分に体力・精神力が大きく削り取られる。

龍を討伐する事ならいざ知らず、その前の砂漠横断でスピリットたちの力が大きく奪われるために龍と戦う時点で3割以上の力を失ってしまう。
それに幾度目かの討伐でやっと気がつき、それではどんなにスピリットを送っても返り討ちにあうのだから、いっそ放っておく事になっていた。
それが今、イースペリアの強固な守りを撃ち破るために、再度シージス討伐を決行する事を決定した。

この世界の龍は、大きな身体をして膨大なマナをその身体に保有しているとされている。
その龍を討伐出来き、そのマナを得られれば、軍備がより進め易くなる。
シージスは存在しているミライド遺跡は山脈の北に位置し、ダーツィのエーテル変換施設に丁度内側に位置している為、マナが手に入るのである。

「そこの貴様!何をしている!?」

「………?(もぐもぐもぐもぐ)」

この部屋にいる人数の約7割のお菓子を食い尽くした所で、やっとレイヴンのしている事に一人が気がついた。
そして口論していた訓練士全員の視線が一気にレイヴンヘと集中するも、各々の訓練士は魔龍の討伐と聞いていきり立っている。
歴代のダーツィのスピリットがことごとく返り討ちにあい、イースペリアとの戦争以上ともなる難題なので無理もない。

そしてこの中の何人も自身が鍛え上げたスピリットが全て倒されたとあっては、気が気でない。
基本的に、訓練士のスピリットが居なくなればそのまま解雇か、再びスピリット育成のために街へと返還される。
ここに残っている訓練士は、主に熟練の知恵の提供の為に残された残った人たちであり、口論の筆頭となっていた。
そんな中で、この瞬間はまさに意表を突く出来事であったため、関心は口論からレイヴンへと移り変わった。

「貴様だ!何処の訓練士だ!」

誰もがテーブルに身を乗り出さんばかりの体勢で居る中で、レイヴンの一人ちゃっかり座ってお菓子を食べている姿は、良く見ればかなりの異質であった。
指摘されたレイヴンは、口の中をお菓子をしっかりと味わった後、口を開く。

「ケムセラウトから来た、グレン・リーヴァ」

「……ほう? あの変態が勧誘したという小僧が貴様か」

嘲りと侮蔑の眼差し。どうやらフェリクスはケムセラウトだけではなく、他でも少し有名な妖精趣味者として知られているらしい。
レイヴンを指摘した人物以外でも、なにやらヒソヒソと話したり、物珍しそうに見てきている。

「――話の方はもうまとまったのか?」

「何だと?」

「先ほどからかなり熱心に話し合っていたようだから、もう討伐の予定は大方決まったのかと思ったのだが…見当違いだったか?」

会議が始まってから一時間は既に経過しており、あれだけ熱心に口論していれば多かれ少なかれ、出撃の時期位はだいたい決まるものである。
だが実際、お菓子を食べつつ口論の内容を聞いていると各々の罵倒しかしておらず、決まっているはずもないのは知っているので、ただ単に黙らせるために言ったのみである。

「それとも、誰かのスピリットが使えないだのさっさと送り込んで過去の二の舞にさせようだの報酬はどうなるのだの言い合って決まっていない、と?」

『『………』』

各々が言い争っていた事の的の中心を射った言葉に、一同は彼の思惑道理の黙りこくった。
レイヴンはそれを確認すると、再度拝借したまだ手につけられていなかった冷めた紅茶を飲む。
あれほど五月蝿く言い争っていたこの部屋にレイヴンの紅茶を啜る音だけが響いた。

「俺の意見を言わせて貰うのならば――」

少しの間、沈黙した時をレイヴンは打破し、皆の注目を再び集める。
彼はその手に持っている紅茶に映る自分の顔を眺め、視線の集中に気にする事無く続けた。

「討伐へ向かうのは…早くて一週間半後」

それを聞いた一同は反対の声を次々と上げるも、彼は紅茶を再び啜り、テーブルのカップを置くと周囲を一弁する。
彼の責める訳ではなく、ただ相手を看破するようなその漆黒の眼差しに皆は沈黙した。
彼らの言い分は、そんなに時間をかける必要性が無いと考えた故である。しかし実際は、そんな時間を費やす事が嫌なだけである。

「この中で、イノヤソキマの訓練士の方は居るか?」

彼が言うと、一人の浅黒い男が恐る恐る手を上げた。

「マナ消失地帯でスピリットを活動させようとすれば、砂漠を知らないスピリットの消耗率がどれ位になる考える?」

「ええっと〜……体力・精神力ともにかなりのマナが磨り減るかと…」

視線を向けられ、問われた彼は少し慌てた様子で答えた。

「そう。実際のマナ消失地帯の砂漠を知らないスピリットが砂漠を横断して討伐に向かえば、戦いになる段階で既に大きく消耗した状態になる。
せいぜい実際に6割程度の実力が出せればいい方だと思われるが、砂漠周辺で極力マナを消耗させずに横断する術を教える必要があると俺は考えている」

イノヤソキマの街はギリギリと言っていい程にマナ消失境界線の外に位置してはいるも、マナ消失の影響を色濃く受けているために実質砂漠気候と言っても過言ではなかった。
そこでのスピリットは皆、初めに体内エーテルを極力無駄に消費しないようにする訓練をさせられる。そうしなければ、訓練を行うたびに常時マナ供給しなければならない程にエーテルを消費してしまう。
ただそれだけの環境に身を置くだけで激しい消費になるのに、実際にマナ消失地帯であるダスカトロン大砂漠を横断するだけでどれだけ消耗するか、見当も付かないほどの消耗となる。

「そんな事のために――」

「龍に返り討ちにあった原因の大半がそれかもしれないと、してもか? 誰か砂漠を渡らせたスピリットの状態を見てきた奴は居るか?」

反論の声を遮る様にして質問をするも、その答えを言える者は誰も居ない。訓練士はあくまでもスピリットを駒として育て上げる事のみである。
スピリットが戦いにおもむく時にスピリットの隊長を任された人間以外と、誰一人とてスピリットと同行しない。
他の人間は、戦いの勝利報告の後から来る兵が一番最初となり、こういった国内での行動では人間は誰も同行せず、スピリットたちのみの活動となる。

今までシージス討伐のための簡易な日よけの外套を支給される以外、スピリットたちには何も与えられずに討伐に向かい、帰ってこない。
人間が最後に確認しているのが、イノヤソキマの街をからミライド遺跡に向かって歩いていく姿である。
誰も砂漠を横断し切った時のスピリットの状態を見た者はおらず、人間は砂漠を歩く事を嫌ってほったらかしていた。

「砂漠を知らないスピリットに横断させようとすれば消耗はかなり激しいと見て、それを防ぐための実地訓練に最低でも一週間半は必要だと判断した」

一息入れてここで一旦、紅茶を飲み干す。再度周りを見回すと、皆静かに此方を見ている。

「まぁ、これはあくまでも俺個人の意見であり、スピリット訓練士として素人な意見だ。出来れば参考ぐらいにはしておいてくれ」

そう言ってレイヴンは席を立ち、そのまま部屋を後にした。彼が去って行った扉を見つづける部屋に居る訓練士一同。
少しすると誰からともなく討伐会議を再会し、今度はつつがなく話し合いは進んでいった…。

……………

ダーツィの首都の中心である城の中をレイヴンは歩いていく。通路脇から覗く眼下の街は、首都というには少し寂しい街並みであった。
ケムセラウトで読んだ本と、眼下の街並みからしてこの国には特産となる物があまりにも存在せず、国を支える財源は、南方の豊かな土地からの豊富な資源・食材の関税を主である。
マロリガン・デオドガンからの貿易中間地点であるラースを抑えたいのも、南方からの中間貿易拠点を抑え、財政の安定化も図りたいゆえに狙っているとも言える。

元々、聖ヨト王国時代の王位継承戦争のドサクサで独立した国。その時代における人々の解放されたいという願いの具現であり、それによる末路を辿り始めている。
例え龍の討伐に成功し、ラースを手にしたとしても今のこの国ではもはや手遅れと言っても過言ではない。
精々滅亡への時間の引き伸ばしをするだけとなるが、その前にイースペリアがラース奪還をしないとも限らないので、無駄な足掻きと言えよう。

「………」

テラスへと出る少し広めな空き場所から少し遠くにある施設を眺める。
普通の人にはただ白い建物がそこにはあるしか見えないが、彼にはその施設で動いている複数の少女たちが見えている。
ある少女たちは己が剣を振るい続け、いわゆる素振りをしている。そして他の少女たちは、激しく剣を交じ合わせ打ち合っている。

スピリット。それが少女たちの種族固有名詞である。

先ほどの部屋の一件で彼が、レイヴンが言いたかった事はしっかりと刻ませたつもりではいる。
この場合は、この後で決まる討伐予定にそれが考慮されるか、全くの論外にさせられるかの二つに一つとなる。
彼の言った事が組み込まれれば、一回の討伐で少しでも大きな戦力をぶつける事が可能になるかもしれない。
そうでなければ、何も変わらないかもしれない。過去に送り込まれたスピリットたちと同じ末路となるかもしれない。

「――が、どちらにしろ可能性は低い」

今集められているスピリットと訓練士たちは何回目かの人選。
討伐の再開時に集められた最高の精鋭であるスピリットに訓練士が確実に呼ばれているはず。
戦争に必要な戦力とマナを無駄に消耗させる無駄を費やす余力のないこの国がするはずがないと言っていい。
その証拠に、こうして訓練士初心者であるグレンという人物を召還したのだから…。

そんな戦力を殺がれた状態に呼び出したスピリットの練度はあまりにも低い。
レイヴンがこの城に召還されるまでの少し時間、今見えている施設にフィリスたちを連れて向かった。
ケムセラウトがこの国で最長の距離を誇っていたため、他から集ったスピリットたちが各々の訓練士に訓練されていた。

それはもう、『豚に真珠』と言ってもいいかもしれない。ことわざの意味は辞書でも引いておいてくれ。
もうお前らスピリットだけで勝手に訓練しておけ、と言っておけば済みそうな訓練内容である。
さすが予備の予備の予備の…(←討伐失敗の数だけ)訓練士なだけはあった。その腕前は伊達ではない。

この現状にフェリクスほどの実力者が呼ばれなかった事に疑問は残る。
その原因となっているのはフェリクスの出身が関わっており、フェリクスのこの国でも有数の貴族出身者であった事である。

彼が訓練士となった理由は知らないが、この国の上に居る者がスピリットと関わりを持つ事は本来許される事ではない。
そんな彼はスピリットに興味を持ち、訓練士となったゆえに、他からの目を避けるために完全に縁を切った。
そして今回討伐にフェリクスを呼ばないのも、親類であった者を呼ぶことは決してしたくは無い事であったからである。

「………」

テラスの柵に登り、街の外壁の向こうに見える赤茶色の地平線を眺める。
あの先にある山脈に龍が住んでいる。遅かれ早かれ、フィリスたちと多くの同じスピリットたちの向かう場所がそこにある。

そして飛び降りる。地上までの高さはゆうに10m弱はあるものの、人間でも3階から飛び降りて死なない事もある。
彼方に見えていた赤茶色の地平線は首都を囲う外壁に隠れ、地上に生い茂っている森林の中へと身体を躍らせる。

―― トンッ

身体全体で着地の衝撃を和らげ、大きな音を立てる事無く無事に地上に降りた。
この場所は丁度城の裏側に位置し、スピリットたちが居る施設に向かうのには一番近い方法である。
そして、高い場所から飛び降りた事の余韻も無く、着地と同時にレイヴンは歩き出した……。



数日後。訓練士たちが提案した討伐予定報告を元に、出された討伐予定日程が決まった。

「――5日、か…」

下された討伐予定は5日後。レイヴンの出した意見を訓練士たちは取り入れ、一週間半の準備期間を提案した。
しかし、上層部である戦術部門からはそれを却下し、少しでもスピリットを鍛え上げて役立たせる事の時間を与えただけであった。

グレンとしての立場は一介のスピリット訓練士。下された命令を覆せる事など不可能であり、自身もそんな事をするよりも少しでも多く砂漠での実地訓練を敢行するため、イノヤソキマへとフィリスたちを連れて向かった。
到着した時点で既に残りが四日となり、そのままマナ消失地帯境界線の入口付近の砂漠を歩き、軽く戦闘訓練をさせた。

結論から言えば、砂漠の経験が何もないスピリットが渡れる世界ではない。

「――っ」

「――ハァ――ハァ…」

「みず〜〜〜…あつい〜〜〜〜」

初めにフィリスたちに変調が見られたのが、砂漠に足を踏み入れた段階であった。
砂漠の熱さへの耐性が皆無なため直ぐに体温上昇に伴う発汗、そして刺すような熱さを照射してくる日の光によって日射病&脱水症状へと陥った。

この世界の気候は、その地域でのマナの空間保有量にエーテル変換現象の傾向によって変わってくる。
マナが多ければその地域は豊かになり、逆に少なければ荒廃した大地となる。
また、赤属性のエーテルの変換し易い地域では熱帯の気候となり、青属性の地域では涼しい気候になる。
だが、マナ消失地帯はその名の通り、マナが希薄な場所であった。

マナが無ければ生物の育みは出来ずに土地も荒廃し、水気もないために乾燥して土地が細かな砂の土地、砂漠へと変質する。
大気中でも水分が極端に薄いため、空から降り注ぐ日の光が砂地を暖めて空気中の熱量を上昇させる。
そして、その熱量を冷ます水分がないために空気が篭ったままとなり、再度暖められた砂地からの熱を篭らせるという悪循環によって乾燥した熱帯気候となっている。

幸いな事に、マナは地域という空間的での存在なためなのか、マナの希薄な地域へのマナの流出は少ない。
だが、逆にその地域に足を踏み入れれば一気に気候が変化するので、うまく対応の切り替えを行えなければ体調を大きく崩してしまう。
フィリスたちには簡易な帽子付きの外套を羽織らせて皮袋の水筒を持たせてはいたが、やはり耐性の有無が明暗をはっきり隔てていた。

スピリットは人間よりも全てにおいて凌駕した存在であるが、それはマナによるエーテル作用によるものが多い。
そのため、マナが希薄なこの砂漠世界ではスピリットの活動を大きく制限させるだけでなく、能力そのものを奪い取られている。
人間が皮膚呼吸して肌からも酸素を取り入れているのと同じく、スピリットも空気中のマナを肌から取り入れるので、マナの希薄なこの砂漠では息苦しい。

さらに、スピリットは戦いに備えてマナやエーテルに対して鋭敏な知覚能力を有しているために、マナが感じられないのは精神的にも極度のストレスとなる。
人間で言えば歩いていると時や走っている時、そして自動車から顔を出した時に肌に感じる風が感じなくなっているのと同等と言ってもいいかもしれない。

物体を動かせば空気中の物質も移動すために必ず風と言う空気中物質の移動は起こるのだが、それがまるで宇宙空間に居る様に感じなくなるのである。
世界から孤立し、常時感じてきたモノが何一つ感じられなくなった時の精神的な混乱。それによる過度のストレスがその身に降りかかる現象をスピリットたちは体験する。

人間でも砂漠の知識無くしては安易に踏み入れるべき領域ではないのに、人間より近づけるべきではないスピリットに横断させるのは無謀である。
砂漠の洗礼を受けたフィリスたちの回復を待って軽く戦闘を行わせると、エーテルの消費量も倍増していた。
これは精神疲労による体内エーテルの循環の乱れ、そしてマナが希薄な世界でのエーテル使用による強制マナ変換が起こるためである。

マナが希薄な地域ではエーテルがマナに返還する勢いは凄まじい。
もし大量のエーテルをこの地域で放出しれば、その勢いによってオーラフォトンのように衝撃波を発する程である。
それほどの地域でエーテルを活性化させれば、否応無くエーテルは喰らわれてしまう。
この地域そのものが、マナを捕食するサンドワーム[砂漠の肉食生物]となっていると言っていい。

レイヴンは砂漠の入口付近での行動を早々と切り上げ、イノヤソキマの街へと引き返した。
少し戻ると直ぐに緑の土地が現れ、フィリスたちの今までの息切れも大分収まっていた。

「初めての砂漠の感想は?」

「「「殺す気ですか」」」

見事に3人の声が重なっていた。確かに、あのまま半日でも居続ければ三途の川を拝めるかもしれない。
そんな場所を横断し、あまつさえ今まで多くのスピリットを葬ってきた龍を討伐するなど自殺行為に他ならない。
目的地であるミライド山脈北部に辿り着くのは、スピリットの足でも丸一日はかかるだろう。

砂漠での消耗を抑える為の実地訓練は残すところ後3日。あらゆる点においても足らない。
だが、それでも敢行する国の命令なのでなるべく消耗を最短で教える予定を立てるも、やはり足りない。
駒は所詮駒でしかないという考えを否定はしないが、それでも駒を一つ一つ上手く扱わなければ綻びが直ぐに浮き彫りとなって痛手を負うのは自分自身なのだ。

(魔龍シージス、か)

生還したという過去の人間の生存者の話以降、誰もその姿を見た人物は存在していないために具体的な記述は存在していない。
本当に龍が存在してるのか、それとも他の『何か』なのかさえ誰もわかっていない。滑稽である。
レイヴンは見えてくるイノヤソキマの街を眺め、砂漠横断に向けての時間のない時間に思いを巡らせる――。




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