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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第八話 「 木漏れ日 」



初訓練の結果を計るための模擬戦から早一ヶ月。
グレンは正式にケムセラウトの訓練士として日々、スピリットの訓練とマナ関係の調査をしている。
調査とは言っても実際、この小さな街ではそれほど多くの資料は存在していない(一晩で読破)ので、スピリットを訓練士つつ色々観察しているのみではあるが。

この世界での暦が一つ更新されたのだが、それでもやはりスピリットやその訓練士には関係なく、初年の初めでも訓練に励んでいた。
グレンは特に気にせずに訓練を続けていた。

最近では、フェリクスとは報告の時以外あまり会話をしていない。
あの模擬戦以来からであり、フィリスたちの事で負い目でも感じているのだと思われるが…グレンは追求することなかったので、引きずっているのだろう。

そんなフェリクスから預かったスピリットはフィリスたちを率先にしてそうは多くないものの、それなりの成長は見せている。
が、毎日訓練所の地べたに倒れこみ、教養ではいつも目を回していた。フィリスたちは倒れないものの、あまり違いはなかった。
まだそう多くの知識・訓練を行っていなかったフィリスたちだったからなのか、それとも彼女たちの方が素質があったのか、成長速度はフィリスたちのそれより遅い。

「――もう立てないか…?」

『『『………(きゅ〜〜〜〜)』』』

訓練棟での模擬戦。
スピリットが2人一組で模擬刀で打ち合っている合間に時折、死角から木刀・棒・兜(?)など色々と投げて不意打ち対策をさせていた。
だが、投げられた物はことごとく頭に当たり、昏倒していった。フィリスたち3人にはサービスでもう一個増やし、天井や壁で跳ね返させて投げており、直接でない方向からの飛来に対応できずにいた。
そして今現在、最後の一組2人も投げた木刀がダブルヒットし、全員が転がって悶えているか、気絶している。

「………今日の訓練はこれで終了とする。各自、身体をしっかりほぐして休息を取る事。以上だ」

各々の悶えている姿を見回し、これ以上の訓練はあまり効果が期待できないと判断して訓練終了を告げる。
スピリットたちの半分は気を失っており、その中で起きている者の大多数もグレンの言葉は届かずに悶絶し続けている。
グレンの言葉を聞えた者で、ある者は弱々しく手を上げて答え、ある者は「…はぁ〜い」と幽霊の如く声を上げて答えていた。

そして起きているリアナは気絶しているレイナと、兜がモロ頭に当たって悶絶しているフィリスを両肩に抱えて壁際に連れて行く。
他の起きているスピリットたちも、立てないでいるスピリットたちを抱えて運んでいく。
この訓練は瞬間判断能力と反射能力を要求され、それに特化しているグリーンスピリットが対応しやすい。
それを如実に物語り、立ち上げれるスピリットたちの大半はグリーンスピリットであった。

スピリットたちが各々に動き出した事を確認すると、グレンは訓練棟を後にする。
空は青く、日もまだまだ高い所に位置している。この後はスピリットの訓練報告書を簡易に作成するのみ。

訓練報告は、訓練を行った時のスピリットの動きの変化、属性ごとの違いなどの結果を書き込む。
スピリット単体ごとに違いなど、個性に関しての報告は国は必要とはせず、ある意味簡単でズサンな報告で済んでしまっている。
訓練を行っていると色ごとだけでなく、スピリットの年齢や精神力などでもひとつの訓練に些細ながらも、違いがはっきりと出ていた。

「………」

グレンは訓練所の広場を突っ切り、広場の外壁の外へと歩いていく。
報告書自体は実際、半月の一度にこの街の軍隊長へと提出すれば全くの問題がないので、そう急ぐほどでもない。
初めは何度か細かく報告書を提出していたのだが、あまり良い顔をされなかった。

「………」

――バサッ…

青い空から蒼銀の鳥が舞い降りてグレンの肩へと止まる。そして翼を広げ、日の光で煌く羽根をついばむ。
グレンはそのまま外壁の沿って歩いていくと、一際大きな木をが見えてくる。
その木は、広葉樹林の様に扇状に枝を伸ばし、その枝に豊富な葉を生やしてその下に木漏れ日を作っていた。

グレンがこの場所を見つけたのは、この訓練所でスピリットの訓練を開始してから直ぐであった。
スピリットの使用する施設は、軍関係者でも所用が無い限り近寄ろうとしないので、広場で訓練をしていなければ常時静かな場所である。
この場所にグレンは時々立ち寄り、少しの時間を過ごしている。

「………」

グレンはその木の下で腰を下ろし、木の幹の背を預ける。
そして見上げた空は、一面に広がる木の葉。その小さな隙間から覗く空からは白い光が差し込んで来ている。
些細な風が吹くと、その豊富な葉は大きく揺れ動いて擦れる音が聞えてくる。

―― サァアアアアア…

目を閉じてその音を聞く。特に理由は無いが、それでもこのひと時を耳の刻むように聞き続ける。
肩に止まっている蒼銀の鳥も足を畳んで座り、グレンと同意見だと言わんばかりに目を細めて静かに聞き入っている。

そして何時の間にか、金糸雀色の毛並みをした小動物がグレンの傍らで丸まっていた。
それは小狐の様に愛らしく、耳はピンッを尖っている。グレンはそんな小狐の頭を撫でると、その真紅の瞳を細め、耳を垂らして豊な尻尾を緩やかに大きく振る。

時は流れていく。人のそれの、望む望まずとして時間は否応なしに流れていく。

―― 嬉しい時。

―― 悲しい時。

―― 苦しい時。


―― そして、無の時を…


例えそれが虚無や未来永劫続くと思えた穏やかな日々でさえも、その時は終わりを迎え、そしてまた新たな時を刻み始める。
そんな時の流れの“今”を、グレンは静かに感じている。それは時の中で、些細な刹那の時間であったとしても…。

―― サァアアアアア…

「ああ〜、居た。グレンおにいちゃ〜〜ん!」

木漏れ日の輝きを眺め、風のなびく音を聞いていると元気な少女の声が聞えてくる。
グレンは視線を固定したまま、特に反応を見せずに傍らの小狐を喉を撫でる。小狐はされるがままで、気持ち良さそうに鳴く。
肩に座っている蒼銀の鳥もその声がした方を一弁しただけで、そのまま目を閉じて休み続ける。

「グレンおにいちゃ〜ん。今日もここに居たんだ?」

「………」

聞えてくる声が傍らになった所でグレンは視線をそちらに見せると、そこにはシンプルな紺色のスカートと白い上着を来たエステルが居た。
その手には籠を持っており、少し重そうにしている。

「エステル。今日は何の用なんだ…?」

「えへへ〜。今日はね、お菓子を持ってきたんだよ〜」

エステルは手の持っている籠をグレンの目の前に突き出す。その籠からは中にある物の香ばしい香りグレンの鼻を突いた。
傍らの小狐もその臭いに気がつき、顔を上げて籠を眺めて尻尾を振り、肩の蒼銀の鳥も籠を眺める。

エステルは最近よくこの訓練所へと訪れてきている。
グレンが初めてエステルが訓練所に来ていた時は、木陰でコソコソと中を覗き込んでいた。
本来、一般人が入り込める場所ではないのだが、この街の軍事施設配置が中途半端なために入ろうとすれば簡単に入り込めるのである。
ましてや、進んでスピリット関係の場所に近寄ろうとする人間も居ないので、見つかる事を心配する必要も殆どない。

グレンがエステルに声をかける――というよりも、エステルがグレンが居る事を知ると、こうして頻繁に会い来るようになった。
エステルの話を聞くと、初めの頃はグレンが居るかどうかわからず、時たまグレンの姿を探しに来ていただけだと言う。

「………」

「えへへ〜」

そのままグレンの目の前にちょこんと座ったエステルは、籠を開けて中の物を取り出そうとしている。グレンはそれを眺める。
蒼銀の鳥は興味を無くしたのか、再びグレンの肩で目を瞑って休む。小狐は興味津々の様で、エステルに近づいていく。

エステルは最近、良くこうして差し入れの様に食べ物を持ってくる。何でもそれら全てエステルが一人で作ったもので、一緒に食べたいらしい。
グレンは特に好き嫌いもなく、むしろ水と良質な“土”さえあれば生きていけるのである。
実際に、毎食を土だけ食べて生き続けている人間は居るので、グレン一人が異常ではない――はずだ。

その事をエステルに一度話したら呆気に取られ、次瞬には何故か説教されてしまった。
やれ人としてどうだのやれ食生活は大切だの、それはもう幼い少女としては何でこんな事まで知ってるんだ?と言わんばかりの博識披露と言う名の説教を延々とされた。

「………」

「ほらほら〜♪ おいしい〜?」

エステルはホカホカとした歯ごたえのありそうで、ふんわりとした感じのお手製お菓子を千切って小狐にあげている。
小狐もそれをムシャムシャと食べ、美味しい様で嬉しそうに大きめに尻尾を振っていた。

グレンも渡されたお菓子を眺める。 
エステルが言うには、この元のお菓子はここよりずっと北にある国、ラキオス王国の名物お菓子なのだそうである。

そのラキオスとこの国であるダーツィは相対関係にあり、反サーギオス帝国のラキオス、その帝国と軍事同盟を結んでいるがダーツィである。
ラキオスとサルドバルト王国、そしてダーツィの西方隣国であるイースペリア国と、帝国側の北方隣国であるバーンライト王国の2国に挟んだ先にあり、ラキオスとの貿易は皆無と言っても差し支えがない。
そうでありながらも、こうした食べ物関係のレシピや食材の行き来は普通に行われているらしい。

「………(もぐもぐもぐもぐ)」

直接ではないにしろ、それでも敵対国の名物品を気にしないのは、やはり美味しい食べ物は国境を越えるという話は世界共通――いや、次元共通なのかもしれない。
そんな事を少し考えるも、どうでもいいだという事に行き着き、光速で破棄しながらエステルお手製のラキオス名物『ヨフアル』を咀嚼する。

食べた味と触感、そして匂いからするとよく子供のおやつになると言うネネの実をすり潰したのであろう。
水で練った小麦粉に似た(塩基配列は親類)のに混ぜ込み、その段階で隠し味としてキュウリに似た野菜『ラスェル』も混ぜている。
ラスェルは非常に苦く独特の風味を持っており、単体では食べる事はないが、それのラスェルを混ぜ込む事で、ネネの実の甘さと相まって大人しく苦味を抑えた甘さを引き出させている。

混ぜ込んだら、熱した鉄板の上などに広げてフンワリと焼き上げる。
丁度タイヤキやワッフルの様な両面を鉄板で挟み込んで焼き上げる手段もあるが、エステルにはその道具は使わずに、手間を掛けて焼いた様である。

「………(ごっくん)」

一通り食べ、口に広がる大人しい甘さに苦さのハーモニーを感じ、これならばおやつでなくとも、軽い朝飯でも十分いける味と栄養バランスを誇っていた。
肩の蒼銀の鳥にも小さく千切って与えつつ、喉を通して胃へと送り込む。

「………」
「………(じーーー)」

エステルがグレンの顔を観察してきている。
これはもう既に毎回と言っていい程の事であり、グレンの感想を待っているのである。

以前、味の感想と共に作り方の事細かに解説したら、見事に当ててしまって拗ねられた事があった。
次に差し入れの時は緑一色のリクェムとラスェルをミックスした団子を一杯食べさせられた…。
その後は端的に今の時の様に――

「…店に出しても問題ない味だ」

「わ〜〜い!ほめられた〜♪」

――とこの様に言うだけに留めている。…実際、先ほど考えた作り方そのままであった事は彼の胸の内だけの話である。
そんな事を露知らずと言うよりも、あえてその事を考えずに元気良く嬉しさをそのままに両手を上げて喜ぶエステルであった。


「レイヴン?」

エステルの残りのお菓子を消化もとい、美味しく頂いているとグレンの真名を呼ぶ声が聞えてくる。
グレンが声の方に目を向けると、そこには上着を脱いでいるリアナが居た。

今日の訓練は終えているので、普段着としてそのままタイトなインナー服として着ている。
戦闘を重視した上着に金属プレートを仕込ませた以外には何もせず、上着を脱げば普段を過ごすのに問題はない。
下のスカートも膝上辺りと、腰に纏った衣をとっても少女の服としては丁度いいのである。

「どうかしたのか?」

「いえ特に無いんですけど…ただ何時もレイヴンが此処に居るのを思い出したから」

グレンに曖昧に返事をしたリアナ。ただの思いつきの様である。
風に吹かれ、長い後ろの三つ編み髪が大きく揺れる。

「ああ〜。リアナ!」

「エステル」

グレンの身体で死角に居たエステルは、リアナの姿を見るや抱きついた。
リアナもエステルを抱きしめ返す。お互い年齢も近い同士、仲が良く話し出した。

話すと言っても、リアナは普段から訓練訓練なので、グレンの厳しい訓練内容を語るのみ。
それでも話の端々の凄惨さに大いに驚き、事ある事にエステルに軽い説教をされる。
女の子には優しくしないとモテないとか、人としてそれはどうよ?などは御愛嬌であった。

逆にエステルは、この街の事や本で知った物語など様々な知識をリアナに披露する。
その度にリアナは驚き、楽しんでいた。

エステルが此処に良く来る様になって一週間もしない時、何時もの様に此処にいたグレンを訪れたエステルだったが、その日はフィリスたちの一緒であった。
初めはフィリスたちスピリットにどう接するか考えあぐね、お互いたどたどしい会話をしているだけであった。

エステルはグレンの街での出来事以来、スピリットへの対応を見出せずにいて、リアナとレイナは以前教えられた人間についての教養であまり話そうとはしなかった。
そこで活躍したのがフィリス。フィリスはエステルが持っていたお菓子を美味しく食べ、両者の間で良く話かけた。
その甲斐もあり、少しずつだったがお互いに直接話をするようになり、今ではこうして仲良く遊ぶようになっている。
エステルも流石に、この訓練所の外でスピリットの話をするのは自粛し、こうして会う時には目一杯交流している。

―― ごい〜〜〜〜〜ん…

「み゛っ?!」


「「?」」

妙に低く鳴り響く音と、潰れた様な鳴き声に話していたエステルとリアナが振り向く。
そこには鞘に収めた『月奏』を真横に突き出したグレンと、その『月奏』に顔面をめり込ませているフィリスが居た。
そんなフィリスの傍へと歩いてきたレイナ。彼女はフィリスを見て少し心配そうにしている。

「――フィリス。大丈夫…?」

「ふみ゛〜〜〜。は゛ながつぶれた゛〜」

顔を真っ赤にし、鼻を抑えるフィリス。そんなフィリスの頭を撫でてあやすレイナ。
グレンはそんな2人を見ながら『月奏』を腰脇に戻す。

「フィリス。勝手に人の食べ物を食べようとするな」

「ばい゛〜〜」

フィリスとレイナは、リアナに遅れてこの木の下へと向かっていた。
先ほどの訓練でグレンに気絶させられ、意識を取り戻した後も少しの間その場で休憩していたためであった。
そして此処に来るや否や、美味しそうな匂いにつられてフィリスはウイングハイロゥを展開して特攻。
レイナの静止の声も届かずに籠の中にある物へと一直線。
後少しという所でグレンが突き出した『月奏』に顔面から激突してあっさり阻止されたであった…。

「もう〜。まだちゃんとお菓子はあるからそんなにがっつかなくてもいいのに〜」

「ふみ〜…ゴメンナサイ」

少し呆れた感じでフィリスに声を掛けるエステル。
フィリスは反省しているのようで、少ししょぼくれ気味で謝っている。

「うん♪それじゃいっしょにたべようか? もちろんリアナもレイナも」

「わ〜〜い♪」

「食べよー(おー)」

「…いただきます」

三者三様にエステルの提案に返事をし、今日も何時ものおやつタイムとなった。
木に背も垂れているグレンを中心に半円を描くように囲い、蒼銀の鳥は我関せずにグレンの肩で休み続け、小狐は皆からお菓子を頂く。
4人は4人で楽しく話している。グレンは特にその会話に加わる事もなく、ただ上に生い茂っている木の葉から漏れてくる日の光を眺めている。

時間が流れて行き、白かったその日の光が薄く赤くなってきた。グレンは視線を下に向けると、そこには眠っている4人少女たちがいる。
フィリスとエステルはグレンの胸の中で抱き合うように眠り、レイナはグレンの膝の上に頭を乗せて丸くなって寝ている小狐を抱いて眠っている。
そんなレイナの頭には白いカーシェをつけている。前髪が顔にかからずに済むからという事で、エステルがレイナに送ったのだ。
リアナはグレンの肩にもたれ掛かるようにして眠り、蒼銀の鳥もグレンの首にもたれ掛かるように眠っている。

風が吹き、赤・緑・蒼銀・藍色に近い黒のそれぞれの髪の毛を撫でられたように舞う。
スピリットも人も関係なく、鳥や小動物も混ぜた今という時間。
穏やかな此処での日々。短いようで何時までも続くかのような日々。

そんな時間も、この空の様に必ず澄み渡る様な青い空も、暗い漆黒の空へと変わっていくのである――。


……………
…………………


スピリットの訓練に明け暮れる日々。
そんなある日、グレンはケムセラウトの軍隊長に呼び出され一通の書簡を渡された。
この場での開封のみとの事で、直ぐにその中身を確認。

初めから読むのが面倒な、『国に仕える者は……今の我が国は……そして偉大なる………』など、長ったらしく伝えるべき内容が回りくどく書かれていた。
グレンはそれを2秒で読み切ったので問題ないが、普通の人だとこれを読み切るのには相当な時間を要するだろう。
そして、肝心の内容を要約すると――


[ ケムセラウトの訓練士であるグレン・リーヴァ。彼の者は選りすぐったスピリットを連れて首都へと来られたし ]


……実際この程度の内容であり、初めの方に書かれていた(内容の9割)は全くの意味を成していなかった。
つまり国は、グレンに使えるスピリットを用意して国の膝元であるキロノキロへと来い、と言っている。

熟練の訓練士であるフェリクスではなく、何故自分が招集されるのか目の前の軍隊長に聞いた。
何でも、以前行ったフェリクスとのスピリット模擬戦を兵が目撃し、グレンの方が腕が言い訓練士だと判断したとの事。
そしてそれを国に報告したところ、今度行われる任務のためにグレンを首都に呼び寄せる事が先日決まり、こうして呼び出されたと言う。

――実際の所、グレンが吹き飛ばしたスピリットの外壁への轟音を聞きつけて訓練所を覗き込んだ兵が見たのは、外壁を陥没させて倒れされているスピリットと放心しているフェリクス。
そして広場の中央付近でスピリットと一緒にいるグレンを目撃し、グレンのスピリットがフェリクスのスピリットを完膚なきまでに倒したと思い込んだのが真相である。

何はともあれ、グレンはダーツィに所属しているため拒否権など皆無である。
それでも異存も不満もグレンには無いので軍隊長に了承の意志を示し、数日後の出発に向けての準備に入る。
数日後には首都からの馬車が来るのでそれに合わせ、直ぐにでも出発できるように事後処理をする。

グレンの荷物は皆無に近く、手持ちの物は全て背中の中と腰のポシェットへと格納されている。
お世話になったフェリクスへと挨拶をしようとしたのだが、フェリクスの姿が全く見えなかったので断念した。
後は自分が此処に居たという証拠になる寝泊りをした官舎の調度品を全て売却・焼却処分をする。
事務関係も元から何時でもこの街を出られるよう、常に最小限で済むように処理をしていたので、グレンの事後処理は半日もかからずに終わった。

そして肝心のスピリットの選出。
グレンは特に迷わずに、彼が最も優れていると感じている3人を選んだ。


永遠神剣・第八位『雪影』所有者、フィリスティア・ブルースピリット

永遠神剣・第七位『彼方』所有者、リアナ・グリーンスピリット

永遠神剣・第七位『悲壮』所有者、レイナ・レッドスピリット



以上の3名を選び、軍隊長にも報告して許可を得る。
そして彼が少しの間担当していた残るスピリットたちは、再びフェリクスの管轄となる。
グレンは見かけないフェリクスにお礼を言っておく様に軍隊長に頼んでおいた。

……………

「準備はいいか?」

「「「はいっ!」」」

元気に返事をするフィリスたち。
グレンたちはケムセラウトの街の裏側おり、スピリットが堂々と街の出入り口から出て行く事は出来ない。
ゆえにこうして街奥のわびしい門から出る事となった。

フィリスたちはそれぞれの鞘に神剣を納め、各々の手には小袋を持ち、その中身は主に着替えなどの身の回りの物を入れ、他にはお菓子類などの軽めであった。
スピリットは常時、娯楽関係と無縁であるためにこうして街と別れるとしても、そんなに思い入れるものは存在していないのだ。
それでも一緒に訓練していたスピリットとたちと抱擁を交じ合わせていたが、それも一種の別れの儀式の様なものであった。

幾らグレンが優れた訓練士であってもフィリスたちは幼く、ましてや実戦など皆無なのである。
国も既に練度のあるスピリットを召集している事は承知の上であるはず。
それでも、こうして辺境に近いこの街からも再び招集するという事は、かなり切羽詰っている事が十分に覗える。
フィリスたちよりも熟練のスピリットでも対応しきれない事。それでも集めるという事は、フィリスたちはほぼ捨て駒と言っても過言でもない。

「………」

グレンは待機している馬車へとフィリスたち行かせ、そして雲が一段と多く存在している今日の空を見上げる。
風も少し強く、馬車へと向かうフィリスたちの髪を舞い上げていた。

スピリットは所詮捨て駒しかなく、戦争の道具である。
この世界ではそれが当然の事であり、道具が無くなれが直ぐに他から道具をかき集めて争いの渦中に投げ込む。
何時かの時の、地平線を埋め尽くすほど人々を捨て駒にし、攻め入る強大な敵に投げ込まれた様に――

「グレンおにいちゃーーん!!」

空を見上げていたグレンの耳に少女の声が聞えてくる。
声をした方を見やれば、息を切らして一生懸命走ってきているエステルが居た。

「はひぃーふぅー…はぁ〜〜〜」

エステルはグレンの傍へと駆け寄ると小さな肩を大きく上下に動かして下を向き、呼吸を整える。
そしてまだ少し息が荒い段階まで落ち着かせると、顔を上げてエステルを顔を見てきているグレンへと手に持っている小包を差し出す。
グレンはそれを手にとって中身を見ると、中には色々なお菓子が詰まっていた。エステルを見ると笑顔が帰って来る。

「せんべつだよ〜。向こうでもがんばってきてね、グレンおにいちゃんっ!」

エステルにも事前に街を出る事は伝えていた。
彼女は街を出るグレンのためにこのお菓子を用意し、フィリスたちの小袋の中のお菓子も全てエステルが作ったお菓子なのである。
グレンはその小包をの中身を閉じると、エステルの頭を撫でる。エステルもそれを嬉しそうにしている。

「ありがとう、な」

「えへへ〜♪」

撫でられながら、エステルはグレンの胸へと跳んで抱きついた。
そして顔をグレンの胸へと押し付け、愛しいそうに匂いを嗅ぐ。

――苦く、それでいて何故か安心する暖かな匂い。

「あんまり食べ過ぎずに、フィリスたちにも分けてね〜?」

「……奴らもお菓子は持っているが?」

「――女の子は、甘いものはいーーっぱい…たべるから、いいんだ、よ…?」

抱きつくエステルの頭を撫でるグレン。そのグレンの胸で頬擦りするエステル。
顔を埋めているエステルの声を途切れ途切れになり出し、グレンの漆黒の服も湿りに帯び出す。

「だか、ら――グス……みんなで、なか、よく――エグ…たべ、て――」

グレンを抱きしめるエステルの手の力が強まる。顔を埋めたまま、肩を震わせている。
上からはあまりエステルは顔を見えないが、それでも地面に落ちる雫はしっかりと見えた。

グレンは空いている片手でエステルの幼い身体を抱きしめる。

撫でている片手で小さなエステルの頭を抱きしめる。

そして顔をエステルの頭へと乗せると、藍色に近い黒髪から甘い香りがした――

「ありがとう」

「――っ」

一言。

その一言をグレンはエステルに呟くように言った。
それを聞いたエステルは、抑えていたモノを決壊させる。


「うわぁあああああああああああああああ!!」


溢れ出す涙。思いの結晶とも言える透明な雫でグレンの服を濡らしていく。
響く渡るその思いの声は直接、グレンの身体へと響かせていく。

以前、あの街中でグレンの為に泣いたそれとは違う、自分の想い。

―― 大好きな人が去って行く寂しさ。

―― 大好きな人にもう会えないかもしれない悲しみ。

―― 楽しかった日々が終わる事への哀しみ。

エステルは泣いた。「行かないで」と言葉を出さずとも伝わるその想い。
グレンはそれを受け止め、さらにエステルは抱きしめた――。

……………

泣き声は止むも、それでもまだ残る想いにエステルがグレンを抱きしめている。
グレンはそんなエステルの頭を撫で、涙の跡をもう片方の手で拭った。

「―― ひとつ……わがまま言っていい?」

顔をグレンの胸に埋めたまま、エステルはグレンに問い掛けてきた。
グレンはエステルの頭を撫でたまま小首を傾げる。そんな間に身体を離すエステル。

「…しゃがんでもらえる?」

グレンはその言葉に従って腰を落とし、エステルの視線に合わせた。
エステルは少し俯いてその顔色を覗えなかったが、それでもなにやらもじもじしていた。

数秒の間を空けて、エステルはやっと顔をグレンに向けると一気に迫って来た。

「――んっ!」
「………」

エステルは自身の唇をグレンの口へと押し付けた。
それは口付けと言うに稚拙で、幼いエステルにしては大胆な行動であった。

グレンはそんな状況でも、特に反応をせずじっと目を開けてエステルの顔を見詰めていた。
エステルは一生懸命目を閉じて、顔をほんのり赤く染めている。
そんな少女の顔を見ていたグレンは静かにその漆黒の瞳を閉じ、顔を抱きしめてしっかりとした口付けを交じ合わさせた。

「…ん」
「っ
!〜〜〜〜〜〜!!!」

予想だにしていなかったグレンのその行動に驚いたエステルは、閉じていた目を思いっきり開ける。
口と口をしっかりと交じ合わせ、目を閉じて顔をしっかりグレンに抱きしめられている自分が居た。
エステルが自分からしたとは言え、この状況に顔を真っ赤にしてジタバタと暴れ出すが、それでもしっかりと塞がれた唇によって、声を出す事がまったく出来ない。

「――んっ」

「――――――グレンおにいちゃんの、バカ…」

やっと放された唇から最初に出た言葉がこれであった。
エステルは怒った様な、恥ずかしい様な判断し辛いほど顔を真っ赤にさせている。
それでも膨らませたその丸い頬からは、非難の意味合いが含まれているのは分かった。

グレンはそんなゆでダコになっている少女の頭を少し強めに撫で、苦笑いをさせる。
エステルはそんなグレンの顔を見て、街角で彼と初めて遭った時のあの苦笑いと重なった。

「いつかまた、時の巡り合いの中で再び会わんとしよう」

「…………それって、ていのいい別れ言葉じゃない〜〜?」

グレンの小難しい言葉に、エステルはジト目で見てくる。
「さぁ?」とグレンははぐらかし、既に馬車に乗り込んでいるフィリスたちの元へと向かって歩き出す。
エステルはそんなグレンの後ろ姿を見詰める。あの後ろ姿を見たのは、3度目。追えなかった、あの2回の時。

馬車の乗り込んだグレンは、中の座席で座っているフィリスたちを確かめると運転手に出発を促した。
馬に酷似した生き物に繋がった手綱を叩くと、前進し出す馬車。地面の小石に中をユラユラと揺らしていく。


「フィリスーーー!!リアナーーー!!レイナーーー!!グレンおにいちゃーーーん!!

元気でねーーー!!!!」


聞えてくる大きな声。
フィリスたちは後ろから外に顔を出すと、小さな門の前で大きく手を振っているエステルの姿が見える。
フィリスたちもブンブン手を振り、大きな声で返事を返す。

運転手が嫌な顔を向けてきたが、グレンの静かな睨み一つで黙らせた。
フィリスたちの大きく手を振り返している後ろ姿を見やり、腰掛にかけたままグレンは静かに目を閉じる……。


……………
・………………


「――行っちゃった…」

エステルはグレンたちの乗る馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
そして手を下ろしたエステルの胸にはポッカリと空いた寂しさと虚しさが去来する。
過ぎ去りし楽しい日々を思い返しながら空を見上げると、そこには大きな雲が漂い、そんな中を一羽の鳥が飛んでいた。

その鳥はグレンたちが去って行った方へと羽ばたいて行き、雲の間から差し込んだ日の光によって蒼銀に輝く。
目の前に舞い降りてくる一つの羽根。手の平をかざすと、その手にふわりと舞い降りた。
その羽根は艶やかした蒼銀であり、翳せば向こうが透けて見えそうな程に澄んだ蒼銀の色をしている。

少女をそれを見ていると何故か、大好きなあの人が残していったモノの様に思えた。
それを抱きしめ、もはや見えるはずも無い地平線を見て大好きな人の事に想いを馳せる。

「……うんっ! わたしもがんばるぞっ、おお〜〜!!」

そして少女はその思いを胸の中に大事に秘め、これからの自分のために生きていく事に活を入れた。
そして振り返り、門の中へと元気に駆け出していく。


大きな雲が通り過ぎ、陰っていた街全体に日の光が差し込む。

その空を見上げれば蒼銀に輝く光の粒がキラキラと煌き、そして虚空へと消えていった――。




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