Before Act -Aselia The Eternal-
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「いや〜。ホント、貴方には驚かせられますね〜」 「……驚きすぎだ」 グレンとフェリクスは現在、スピリットが居住している詰め所に向かいながら話している。 その話の内容は今朝、書庫にいるグレンを迎え来た時に事であった――。 朝になり、書庫で本を読み漁っているはずのグレンを迎えに来たフェリクスはその部屋のドアを開けた。 すると直ぐに目に入ったのがテーブルに積み上げられた本と書類の山。 その山まで少し距離があるはずなのに、その量と高さから来る威圧感にフェリクスはたじろいだ。 フェリクスは気を持ち直してその積まれている所まで行くと、山の死角の椅子に座って本を読んでいるグレンを発見。 グレンを丁度その本を読み終わった所だった様で、最後のページを捲り終えて本を閉じ、フェリクスの方を見る。 フェリクスはグレンにこの山について聞き、グレンの返答にずっこけた。 それはこの本と書類の山は既に読んだ物で、今読んでいた本でこの部屋の物全て読み終わったと言いのけたのだ。 棚に仕舞ってある本や書類は昨夜の内に読み上げて元の場所に戻した後だと言う。 フェリクスは試しに幾つかの質問をすると、グレンは事細かに正確に返答し、むしろそれについての誤りやもっと効率的な術を言ってくる始末だった。 そんなグレンにフェリクスは何とも言えない思いを感じて軽く頭を抱えた。 その時少し下げた頭に、窓から差し込むまだ浅い位置にある太陽の光が直接差し込んで室内に白い閃光で埋め尽くす。 グレンは彼が頭を下げ始める直前、咄嗟に目を瞑った事で難を逃れはしたが、フェリクスがその態勢を少し長い時間していたので瞼の下でもその輝きが眩しかった。お陰で少しの時間視界が白く見える事となった――。 ――といった経緯が先程起こり、非常に迷惑だった。 「それで? 俺に今日、何をさせるつもりだ」 書庫の物を全て読み上げたグレンはもう既にあそこに居る理由は消えた。 今日の夜にでも再び読みに戻る必要が無いので、これから書庫の外でフェリクスがグレンにさせようとしている事が全てである。 「そうですね〜…。今日は貴方にスピリットの訓練風景を見せようかと思っていましたが……これは変更しましょう」 虚空で適当な円を指で描きながら少し思案していたフェリクスは、予定の変更を言ってきた。 ――スピリットの訓練風景。 訓練士になるのだからスピリットをどんな風に訓練すればいいのか、そのお手本を見せようかと考えていたフェリクス。 しかし、フェリクスはグレンの計り知れない力量にその段階を飛ばそうと考え直したのだった。 基礎的なことは全て書庫の中にあった上に、昨日のスピリットの戦闘訓練でグレンがスピリットの動きが見えていた事も考慮し、そして―― 「軍の方には私から貴方の訓練士の旨は伝えましたし、このまま直接スピリットに訓練をしてもらいましょうか」 「いや、おい…」 変更どころか訓練士としての研修もなしにぶっつけ本番をグレンにさせようとするフェリクス。 グレンを訓練士に選んだことといい、かなり思いっきりな事を言いのけたそんなフェリクスに突っ込むグレン。 「雇用がもう正式に決まったのか?」 「ええ、まぁ。一応この街での雇用というカタチですけども直ぐに国からの雇用通達が来るでしょう。 訓練士をもう一人雇うと言ったら飛んで喜んでましたよ、この街に居る軍の人は〜」 スピリットに任せていた仕事を押し付けられて色々と不満を持っていた軍は、訓練士が増える事で自分たちの余計な負担がより早く無くなる事に大喜びだという。 とは言っても、門番や街の周りの巡回などの些細な事であるのだが、どうもスピリットの仕事ということ自体が嫌な様だ。 「そうか…。で、いいのか。一日もせずにスピリットに訓練させようというのは?」 雇用の件に関してはフェリクスに一任させて問題ないが、スピリットに関してはそうはいかない。 なにしろグレンが持っている知識は昨日から今朝までに読み漁った本と書類からのみ。 それで十分な知識だったとしても、すぐに訓練士として仕事をさせようというのはいかがなものだろうか…。 「あの部屋にある物を全部読んだのでしたら基礎的な事は全部終わっています。 後はそれらを実践出来れば何ら問題ありませんし…。何より貴方なら出来ると私は踏んでいます」 フェリクスのグレンに対する評価は高いようで、それは今朝までに部屋の物を読みきった事でさらに高くなった様だった。 「…そちらがそれでいいのなら文句は一切無いが」 フェリクスの期待にも似た悦びの眼差しにグレンは一言で承諾し、グレンは目を外の風景に向ける。 ちなみに、フェリクスの眼差しと共に輝く後頭部から目を背けたかった事も目を背けた要因でもある。 「それで。俺にどんなスピリットを訓練させようと…?」 「そうですね〜。…とりあえず、訓練所に集まっているスピリットの所に行ってからしましょうか」 グレンの言葉にどうしようかと少し考えていたフェリクスは返答を先延ばしにする。 すぐにでも返答が欲しかったわけではないので、グレンはそれで納得してフェリクスの後を追ってスピリットの訓練所へと向かった。 昨日、スピリットたちが討ち合っていた訓練所の広場に近づくにしたがって、ちらほらとスピリットの少女たちの人影が見えてくる。 スピリットたちは各々、雑談をしていたり近くの木の下の木陰でくつろいでいた。 だが、そんな行動のひとつひとつにあまり活発的ではなく、ジッとしているスピリットが大半だった。 そんなスピリットたちはグレンたちの姿に気づくと、颯爽と広場に中央付近に集まってくる。 そして少し俯いたままジッと押し黙ってグレンたちが来るのを待つ。 「グレン殿はそこで少し待っていて下さい」 数歩も歩けばスピリットたちの真ん前まで来る、といった所でフェリクスはグレンに今の位置で待つよう言ってきた。 グレンはそれに従ってそのまま立ち止まり、フェリクスはそのままスピリットたちの真ん前へと歩いていく。 フェリクスは俯いたままのスピリットたちに向かって今日の内容の説明を始める。 その内容は、昨日の訓練を踏まえて各々で模擬刀を使っての打ち合い。その後に神剣魔法の訓練をするとの事。 説明しているフェリクスを横目に、グレンはスピリットたちの様子を観察する。 スピリットたちの殆どは俯き、聞いているのかいないのか判断し難い状態の者が殆どである。 中にはフェリクスの方を見ている者も居るが、その瞳は虚ろだった。 「……ん?」 そんなスピリットたちを見回し、中央より少し後ろにいるスピリットをグレンは少し目を凝らして見る。 「……Zzz」 「………」 そこに居るスピリットの中で、一人のスピリットが隣のスピリットに寄り掛かって寝ていた。 寄り掛かられているスピリットはそれを支える様にして、フェリクスの説明を聞いている。 そのスピリットとは、フィリスティア・ブルースピリットとリアナ・グリーンスピリット。 寝ているの方がフィリスで、それを支えているのがリアナである。 そしてフィリスを挟んだその隣には、昨日リアナが治癒魔法をかけた赤髪のスピリットが居た。 彼女のその佇まいから見ても、既に昨日の怪我の余韻は無い様である。 スピリットはエーテルで身体を構成しているので、エーテルで治療すれは直ぐに回復する。 そしてそれによる後遺症の類も無いと書庫の本に記載されていた。 グレンがその赤髪のスピリットを観察していると、向こうもこちらに気がついた。 「………」 「………」 赤髪のスピリットのエメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐにグレンの漆黒の瞳を見詰める。 グレンを見るその透き通る様な瞳は、他のスピリットに比べれば比較的澄んだ瞳をしている。 だが、その瞳の中にはリアナと同じ様に無垢と悲しみの色をしていた――。 「――以上が今日の訓練内容です。詳しい内容は訓練毎にさらに指示します」 グレンが赤髪のスピリットと見詰め合っている少しの時間の内に、フェリクスの訓練の説明が終わった。 そしてフェリクスはスピリットたちを見回し、顎に手を当てて少し思案する。 「――『悲壮』に『彼方』、それに『雪影』は此処に残る様に。別の事をさせます」 グレンを見詰めていたエメラルドグリーンの瞳が『悲壮』、とフェリクスが言葉を発したところでグレンから外れた。 どうやら『悲壮』という名の神剣を所有者が今の赤髪のスピリットの様である。 彼女が背負っている双剣、鋭利な長方形の両刃の剣。それが『悲壮』なのだろう。 「――はい…」 「――Zzz…うみっ?」 他にも呼ばれた、赤髪のスピリットの隣にいるリアナは小さめな声で返事をする。 そしてリアナに寄り掛かって寝ていたフィリスは、頭をカクンと揺らしてタイミング良く目を醒ます。 フィリスはやっと目を覚ます様になったみたいで、目を擦って周囲を見渡している。 そんなフィリスを尻目に呼ばれた3人以外のスピリットは、近くの大きなドーム状の施設へと歩いていく。 模擬刀の類はその施設にあり、それ以外の訓練用の必要機材もそこに配備されている。 スピリットたちが神剣を使わないと言ってもその力は強大なので、並大抵の施設では崩壊してしまうためである。 「それでは此方に来なさい。グレン殿、貴方もこちらに来て下さい」 そして、残った3人のスピリットをフェリクスの前まで集めさせ、グレンも呼んだ。 リアナは未だにボケッとしているフィリスの手を掴んで誘導しながら歩き、赤髪のスピリットもそれに並行するように歩く。 グレンもフェリクスの方へと近寄っていき、フェリクスの横に着くと残って集まった3人のスピリットを見回す。 フェリクスは何やら考え込んみ、少しして小さく頷いてグレンの方を振り向いた。 「グレン殿にはこのスピリットらの訓練をお願いする事にします。 まだ初期段階の訓練過程も終わっていないのでまだ勝手がわからなくても比較的教え易いでしょう」 フェリクスが考えていたのは、なるべく幼く、それでいて訓練を教えやすそうなスピリットを選別するための様だった。 だが、初期段階の訓練過程が終わっていないという事は、まだ読み書きの教育も終わっていないという事である。 「――つまり俺に読み書きも教えろ、と…?」 「ええ。訓練士になるのでしたらそういった事も早めに慣れておいた方がいいですからね〜」 フェリクスは爽やか〜な笑顔をグレンに向けてくる。 今までの笑顔の中で何故か今の笑顔がとても清々しい事にグレンは考えを巡らせる。 ――それは何故か? その笑顔を見ながら少し考えたグレンは、すぐの思い当たった。 「フェリクス。押し付けてはいないだろうな?」 「そんな事はありません。 そろそろ結果を見せないと私の給料が大幅に減らされそうだから読み書きなんかに手を掛けている暇が無いので丁度いいからやって貰おうなんてこれっぽっちも考えていませんよ〜」 爽やかな笑顔をグレンに向けたまま、饒舌に語るフェリクス。 それでもジト目で見てくるグレンと視線を合わせないようにフェリクスは微妙に横に目を向けている。 それによって少し間が開き、その二人の光景をフィリスたちは不思議そうに見ている。 「…まぁ、いいが。それで、訓練手段を勝手に決めていいのだな…?」 追求を止めたグレンにフェリクスは冷や汗を一筋流して安堵させる。 「ええ、ですが定時報告はしてもらいます。その内容如何では訓練方針に指示を出します」 フェリクスは気を取り直してグレンの質問に答え、そしてスピリットを訓練させる上での説明をする。 「訓練期間は今日から一ヶ月間。つまりスリハの月緑よっつの日までとし、定時報告は各週初め毎にお願いします」 「その一ヶ月の間は個人的に好きのしていい、と?」 街でエステルに聞いて確認したが、今はスフの月緑よっつの日。 この世界では一ヶ月が20日と短く、5日で一週間として4週間で青・赤・緑・黒、と週を順に色の名前をつけている。 緑よっつ、という事は今は一つの月の3週目の4日、14日となる。 一年は12ヶ月とグレンが居た世界と同じ月数だが、一月の日数が少ないので事実上この世界は4ヶ月少ない。
――となっているのでスフの月緑よっつの日は、11月14日となる。 その20日後の12月14日までグレンがこの3人のスピリットの訓練が出来るのである。 「そうです。施設の使用関係では、場所によって許可も必要になりますからそれは後ほどにでも説明します」 「――訓練場所は何処でいいという事だな…?」 フェリクスの言葉に何やら思い当たる事でもあるのか、グレンはフィリス、リアナ、そして赤髪のスピリットを見回して考え込む。 フィリスはまだ少し眠そうにグレンを見上げ、リアナはただジッと見、赤髪の少女もグレンを見ている。 「…? ええ、大抵の場所なら問題ありません。ですがさすがに人がいる場所では遠慮してもらいますが…それが何か?」 そんなグレンを不思議に思いつつ答えるフェリクス。 グレンは空を見上げ、そしておもむろに人差し指を彼方の地平線へと向けた。 「それなら街の外でも訓練は可能、だな」 「―――は…?」 グレンの言葉に目を丸くして、フェリクスは間の抜けた返事をした。 …………… ………………… ―― ザッ 「俺は此処ではグレン・リーヴァと名乗っている」 グレンは訓練する相手となった3人のスピリットの前に立ち、まず自身自己紹介を始める。 フィリスはやっと目を醒ましてジーとグレン観察しており、リアナは初めから親身に聞き入っている。 そして赤髪のスピリットはこちらを見ているが、それでもちゃんと聞いているのか不思議に思える目をしている。 「だが、俺の事は『レイヴン』と呼んでもらう。こちらが真名だしな、いいな?」 「…れいぶん?」 「――レイヴン…」 フィリスが神妙そうに片言で、リアナは確かめるように小さく呟いて復唱している。 赤髪のスピリット一人だけがレイヴンと名乗ったグレンを相も変わらず黙ったまま見続けるだけだった。 「そうだ。だがその前に、言われた事がわかったのなら『はい』や『わかりました』等でしっかりと返事だ」 グレンはそう言って端に居るフィリスからリアナ、赤髪のスピリットの頭をわしわしと髪を撫でていく。 フィリスは「うにゃ〜」と鳴いて、 「は〜い」 リアナは「っん…」と少しくすぐったそうにうめいて、 「――はい、わかりました」 赤髪の少女は髪を撫でてくるグレンを不思議そうな眼差しで眺めて、 「………はい」 それぞれの答え方で返事をした事に満足したグレンは元の位置に戻り、そして再び3人のスピリットを見回した。 「それでは各々の端から自己紹介してもらう。まずはフィリスからやってもらおう」 「――み?」 グレンはビシッとフィリスを指差して、フィリスは自分が指差された事で自分で自分を指差して目を丸くした。 「そう。こちらの前に来て他の二人に向いて自己紹介だ」 グレンはそう言って手招きしてフィリスを近寄らせ、フィリスの両肩を掴んでリアナと赤髪のスピリットにくるんっと振り向かせる。 フィリスは上を向いてグレンを見るが、グレンは「ほれほれっ」と自己紹介するのを促している。 グレンの仕草に従って、フィリスは二人の方を向いた。 「えっと…おなまえは――」 「フィリスティアだ。愛称はフィリス、だが」 まだ自分に与えられた名前を覚えていないのでグレンはフィリスに耳打ちする。 まだ名前を与えられて一日も経っていないのだから、知らないのも仕方が無いだろう。 「うん…フィリスティア・ブルースピリットです。えっと〜、…えいえんしんけん8の『せつえい』を持ってるフィリスですー」 グレンの助けも借りてまだまだ片言でしか話せないフィリスは、それでもしっかりと自己紹介をする。 最後に「よろしく〜」とちゃんと言えたので、フィリスの頭を再び撫でて元の位置の戻らせる。 「次はリアナ」 「…はい」 グレンはリアナに目を向けて呼ぶと、リアナは小さな声だがしっかりと頷いて返事をした。 そして彼女を自主的に前へと出てきて二人の方を振り向く。 「――リアナ・グリーンスピリット、です。…永遠神剣・第七位『彼方』の所有者です。よろしくお願いします――」 リアナの自己紹介自体は少し間隔はあって声は小さいものの、比較的丁寧ではっきりと話していた。 最後には小さくお辞儀もしていた。 「ご苦労。戻っていいぞ」 「………」 リアナが自己紹介を終えたので戻る様にグレンは言うが、彼女は動かずにこっちをチラチラ見てくる。 何やら頭を少しこちらに傾けているようにも見えるが…。 ―― わしわしっ 「戻っていいぞ」 「――んっ、…はい」 リアナの頭を撫でると、目を細めて少し嬉しそうに見えなくも無い表情をして戻っていく。 どうやらあれで正解だったようだ。とりあえず、傾いていたリアナの頭をを撫でてみたグレンだった。 「最後にレイナ、頼む」 「――はい…」 赤髪のスピリットはレイナとグレンに呼ばれて前へと出、フィリスとリアナの方を振り向く。 「レイナ・レッドスピリット。永遠神剣・第七位『悲壮』の所有者」 それだけ言うと、言う事は言ったと言わんばかりにそそくさと元の位置に戻っていった。 彼女はレイナ。事前に見た彼女に関する資料では、リアナと同時に発見されたスピリットで、いわゆる双子の様な関係である。 育成期間も方法もほぼ同じなのだが、やはり神剣魔法の系統の違いから精神状態に差が生じていた。 レッドスピリットは攻撃的な神剣魔法故に、神剣からの同調率はどうしても高くなる。 攻撃するという事は、マナを得るチャンスなので神剣も積極的に力を貸すためにその意志も如実に現れる。 しかもまだまだ幼いスピリットであり、自我も意志も未熟。神剣の本能にレイナの意志を飲み込まれ易い。 逆にグリーンスピリットは攻撃するどころか味方への援護の神剣魔法故に、やはり積極的ではない。 結果として相手のマナを得ることが出来る事を心得ているためか、知識は与えてくれる。 グリーンスピリットの治癒や防御を与える事を望む、自らの意志でそうしようと想わなければ基本的には難しくなる。 なのでグリーンスピリットが神剣魔法を使う時は、スピリット自身の意志が重要になる。 なので、幼くともしっかりとした自我と意志によって神剣に飲まれ難い。 レッドスピリットとグリーンスピリット。赤と緑。攻撃魔法と治癒魔法。 属性から言っても相反する・相対的な関係のスピリットである。 これでリアナとレイナが双子となれば何の因果か、運命の女神の魅入られたのかもしれない。 グレンはさっさと戻ったレイナと見つつ、そう思った。 「これで全員の自己紹介が終わったので訓練に入る……と言いたい所だが――」 そう言ってグレンは空を見上げると、そこには木々の葉の合間から覗いて眩しく照らす日の光が見える。 それは既に今日の最頂点を通り過ぎ、山の地平線の沈もうと降り始めている。 「リアナ、レイナ」 「はい」 「…はい」 その日を見て、大体の時間を確かめたグレンは二人のスピリットの名を呼んだ。 二人はグレンがさっき言った言い付けを守り、しっかりと返事をする。 「二人はこの“森”で夕食の材料を確保するように」 「「―――は?」」 グレンの言った事に声をハモらせて気の抜けた返事をしていた。 「飯だ、飯。そろそろ日が暮れ始めるから飯の準備をする頃合だ。そしてここなら自然の食材で食べ放題だ」 「「……………」」 グレンの言っている事は確かである。 今現在、グレンを含む4人が居る所は森の真っ只中。具体的には、ケムセラウトの北東にある森である。 グレンは訓練所でフェリクスにこの森での彼女たちの訓練を提案。 いくらフェリクスとはいえ、グレンを一人でそこまで自由に訓練さえる事は禁じえない。 フェリクスはグレンを信じていないわけではなかったが、それでもまだ知り合ったばかりの赤の他人にそこまでの勝手をさせられない。 もしもそのままスピリットを連れて行かれてトンズラされたりしたら、フェリクスは罪に囚われて死刑は確定である。 グレンはそれをするつもりなどサラサラないが、それでも却下されるのも仕方の無い事ではある。 故にグレンは、少しばかり言霊を使ってフェリクスに許可させた。それでもフェリクスの責任が行かない様に兵を数人、監視を名目に付かせる事でした。 その兵も訓練の邪魔にならないようにどっかに散らし、彼らが街に戻った時は逞しくなっている事だろうが…。 そんなこんなで全ての邪魔者を排除した後にフィリス・リアナ・レイナを連れて街を後にし、グレンが始めてこの世界の来た時の森の中へとやって来た。 そしてこの森に来るまでの行程に時間がかかってしまい、訓練する時間がなくなってしまったのだ。 「食材を採って来る上での注意事項は三つ。 一つ目――神剣は基本的に使用禁止。本当に危険な時以外は使わない事。 二つ目――食材はちゃんと自分で選別する事。お互いに確かめ合うのは構わない。ただし、そこらの草ばかりを手当たり次第は無し。 三つ目――動物やそこに小川で魚等の肉を取るのに神剣を使うのはいいぞ。ただし、神剣の力は絶対に使用禁止。 ――以上だ」 「「……………」」 グレンの説明を二人は微妙に困った表情で聞いている。 彼女たちスピリットは人から隔絶され、与えられた食材で自身で料理はしていたが、最近では料理できるスピリットが街を出て行ったために不味い飯を食べる日々だった。 そんな彼女たちスピリットが食べられるかどうかも自身で判断し、その上神剣の使用をグレンは制限する。 彼女たちは神剣の力で敵のスピリットを殺すための存在。この世界の人はそう考えており、そしてリアナもレイナもそう聞かされ、思っている。 神剣あってのスピリットであり、スピリットあっての神剣である。そんな存在で神剣を駆使するスピリットを制限させる。 今までそんな事言われた事がなく、なおかつそれは彼女たちの凝り固まった固定概念の否定でもあった。 まだこの世界の常識や固定概念を知らず教えられていないフィリスには、グレンの言った世界の常識を外れた意味のある言葉をただ聞いている。しかし、リアナとレイナは違った。 彼女たちは昨日フェリクスに見せてもらった訓練士の教育本。その通りの教育を少なからずも教えられている。 すなわちそれは自分の存在価値であり、人との絶対の違い。あの本にはそれを初めにスピリットに教え、そして毎日復唱させて街で差別を実体験させられたのである。 故に二人は戸惑う、そんな簡単な言葉では言い表せない。愕然、これであろう。 リアナとレイナは完全に無垢な存在である。今までの人から言われた事、与えられた事しかして来なかった故の反動。 幼いから。それもあるだろう。二人はグレンの言葉をどう実行するべきなのか、全くの見当も付かずにただ呆然と立っている。 「何かわからない事や質問は今なら受け付ける。俺は別行動でフィリスの相手をする」 「………」 「………」 二人にとっては全てがわからない事だらけであり、人に意見するなど許されない事だと教えられている。 故にどうすべきかわからずに、黙って佇むしかなかった。 「集合時間は日が山の地平線に沈むまで。それまでに食材を調達して、そこの小川に戻ってくる事。 森で迷ってわからなくなったらその場所から動かずに神剣の力を少し解放しろ。フィリスを使ってこちらから探す」 グレンは少し先にある小川を指差す。そこには少し大きめな岩があり、それが目印となる。 「うみっ!」 グレンはフィリスの頭にポンッと手を置き、フィリスは妙な声で「任せろっ!」と言わんばかりの気合の入った声を上げる。 神剣の力を解放すればスピリット自身のエーテルを体内循環させるとともに放出して防御膜を形成。 それは大気中にも発散されるため、ある程度離れた場所からでもスピリットはそれを感知出来るのだ。 故にグレンはリアナとレイナに別行動という手段をとる事にした。 「まぁ、とりあえずやってみる事だ。それから色々考えてみろ」 「……はい――っ!」 「――っ?!」 リアナがグレンの言う事に返事すると、グレンがリアナとレイナの頭を強めに撫でる。 二人の頭を両手で撫でてるとワシワシッと聞えてきそうな程であり、頭はガクガク揺れている。 「それでは、頼んだぞ。いくぞ、フィリス」 「んみっ」 グレンは二人の頭から手を離すとフィリスを連れて森の奥へと歩いていった。 フィリスはそんなグレンの後を追ってトコトコと小走りに着いて行く。 「「……………」」 残された二人はボ、サボサになった髪を抑えながらグレンが去って行った方を睨みつけた。 普段なら二人ともそういったことはしないのだが、グレンの今までの訓練士と違う態度に異なる感情が芽生えさせる。 「――行く?」 「――うん…」 取り残されたリアナとレイナは、グレンに言われた事を実行する事にする。 …………… 当然ながら、リアナとレイナはこういったサバイバル知識など皆無である。 それはスピリット全員が共通に出来る事であり、この作業が難航するのは必至なのである。 「これは……」 「パクッ――苦い」 「――ん。これ…」 「それ、さっき駄目だった…」 「……これ」 「さっき吐いたやつ、かも?」 「――ぱく」 「あ」 「――……ゲー(←吐いてる)」 「………」 リアナとレイナの二人は山菜取りから始めたはいいものの、かなり難航していた。 全くもって知らない草ばかりでどれも雑草に見えてしまう。それでも二人は神剣を背負って探している。 その過程でとりあえず見当をつけたものを、レイナがリアナの静止する間もなく試食し、その度に吐いていた。 だが、そのお陰もあって幾つかの候補や、駄目な物の見極めも多少出来る様になっていた。彼女たちは人ではないので、例え毒草だったとしても即座に吐くか、解毒するので安心である。 ―― たたたたたっ ―― ととととっ 「―――えい…」 ―― べちっ ――…ととととっ 「そっちに――」 「んっ」 ―― グシャァア ――………とととととっ 「――逃した」 「……次、行こう?」 「――んっ」 二人は両手に少し抱える程度の山菜の類を摘むと、今度は山の動物を捕まえて肉を手に入れようとした。そしてエヒグゥ一匹をやっと見つけたので追いかけていた。 初手はリアナが追いかけてレイナがいる場所に誘導し、そして後手でレイナが捕らえようとしたが失敗していた。 リアナの服は前が汚れ、レイナは顔面から木に突っ込んで落下しただけなのでそんなには汚れてはいなかった。 ―― サァアアアアアア 「………」 「………」 結局、山の中では一匹も捕まえられなかったどころか、あのエヒグゥ以外全く見つからなかった。 神剣の力を使えばエヒグゥ一匹に追いつき、捕らえる事は造作もない事。 だが、二人はグレンの言った事を守って神剣の力を使っておらず、それ故に捕まえられないでいた。 山で肉を捕まえるのを諦め、今度は小川の浅瀬に立って小魚を取ろうと川の中を眺めている。 ―― バシャバシャ ―― バシャバシャ 「………」 「………」 小川の流れに逆らって動いているために波を大きく立て、それを察して小魚は簡単に逃げていく。 二人は何度も何度も試みるが、結果は変わらない。 「………」 ―― バッ ―― ドバシャァアアアア レイナは一旦小川の中で佇み、小魚が集まっている所の中央目掛けて頭から飛び込むんだ。 盛大な水飛沫が飛び散り、近くに居たリアナがその煽りと喰らってずぶ濡れになる。 「………じっ」 リアナは濡れて顔面に張り付いている前髪を左右に掻き分けてレイナを睨みつける。 濡れた原因であるレイナは逆立ちした様に頭を小川の中に突っ込んだままであった。 服が上下の繋がったスカートのため、スカートがレイナのおヘソを丸見えになる程まで捲れ、履いている白い下着が露わになっている。 ―― バチャァァ… やがて、その人柱は崩れ落ち、レイナは小川の中から頭を上げる。 「――ふぉふぇふぁ(訳:取れた)」 リアナの方を振り向いたレイナの口で小魚がピチピチと蠢いていた。 頭から被った水のお陰で赤い髪からボタボタと水滴が滴るどころか流れ落ちている。 「―――ぷっ」 「……?」 そのカッコのレイナの姿を見たリアナは小さくふき出す。 レイナはそんなリアナを不思議そうに、小魚を加えたまま頭を傾げる。 「…あははははっ」 小さいながらも、しっかりとした笑顔で笑い出すリアナ。 なおも不思議そうにリアナを見るレイナは、自分の姿を見て笑われている事に気がついていない。 「ふふっ。もっと捕まえる?」 「…んっ(こくり)」 リアナはまだ少し笑いながらレイナの濡れた頭を撫でる。レイナは小魚を咥えたまま格好でリアナに撫でられ、目を細める。 頭を撫でられ、そして今までに感じた事の無いその気持ちいい感じにレイナは口元を緩め、小さくて不器用な笑みを浮かべた。 …………… ………………… ―― パチパチッ 「……Zzz」 「……すぅすぅ」 「……くぅ」 日が沈み、夜の世界の包まれた森の中で焚き火の灯りが照らしている。 月や星も見上げれば輝いているのだが、少し雲が多くなったためにあまり森の中を照らしてはくれない。 「………」 ―― パチッ! 小川の岸から少しだけ離れた場所でグレンは焚き火に枝を追加する。追加した事で一際大きな炎が上がるが、それは直ぐに収まる。 その直ぐ横では、彼の白い衣を被って寝ている3人のスピリット。フィリスを真ん中にして、リアナとレイナがフィリスを抱き枕にする様にして寝ている。 3人ともその衣の下では裸であり、彼女たちが着ていた服は焚き火の前で乾かしている最中である。 日が山の地平線に沈み、約束の時間にグレンとフィリスが集合場所付近の小川に現れる。 その時のフィリスの服は前後ともに土で汚れ、顔も土で汚れていた。 グレンはそこの小川の中で魚を取っているリアナとレイナを見つける。 二人とも服をずぶ濡れにし、山の中をエヒグゥと捕まえるために汚した服が鮮明に染みていた。 二人は岸に山菜と、今までにどうにか捕まえた小魚数匹が置いてあった。 グレンは未だに魚を捕まえようとしている二人を呼び寄せて終了を告げる。 魚捕りが楽しかったのか、少し不満そうな顔を二人はした。 3人に服を脱いで小川で洗濯するように言い、グレンはリアナとレイナが取って来た食材の調理に入った。 彼女たちが採って来た山菜は半分以上が使えなかったが、それでも十分な程の量があって小魚と合わせて結構多めに出来た。 その間、フィリスたち3人のスピリットは水遊びをしながら裸になって着衣を洗濯している。 途中、フィリスの下着が遠くに流されかけた事に少しばかり慌てていたが、少女らしいあどけない光景がそこにはあった。 グレンの料理が出来上がり、フィリスたちも洗濯を長い洗濯を終えて戻り、グレンの飯を食べながら焚き火で彼女たちの服を乾かす。 よほどお腹が空かせていたのか、彼女はグレンは作った魚と山菜の盛り合わせをあっという間に食べ尽くした。 そして食べた事で安心し、服が乾くのを待つまでもなく眠りに付いてしまった。 グレンは彼女たちを起こさない様に、料理に邪魔で端に掛けて置いた一張羅を彼女たちに掛けてやっていたのだ。 「……んみぃ」 「……んっ」 「……ん」 中央にいるフィリスが身じろいだため、フィリスを抱いていた二人も小さく身じろいだ。 そんな少女たちスピリットを眺め、グレンは夜空を見上げる。 すると丁度、雲と雲の間から星々の光がグレンたちが居る岸周辺を青白い光で覆う。グレンは差し込む光に目を細める。 「――服が乾くのはもう少し先か…」 曇っている、という事は湿度が高いためであり、焚き火の炎も先日に比べて弱々しいので間違いはないだろう。 グレンはそんな事を考えつつ、彼女たちの服の乾き具合を確かめた…。 |
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