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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第三話 「 妖精の理 」



「それではまずは基本的な事から始めましょうか」

フェリクスとグレンは先程の訓練所から少し離れた場所にある石造りの施設の一室へとやって来ている。
ここは人間の兵が仕事で使っている施設からも少々離れた場所にあり、人も数人の兵を見かけただけであった。
フェリクスの話だと、今の時間帯は訓練と街の巡回で殆どの人は居ないと言う。

『彼らの訓練と言ってもただ子供の遊びの様に剣を振り回しているだけですけどね〜』

兵の訓練はさほど疲れる様な事はあまりしていないらしい。
戦いはスピリットに任せ、人間の兵は街での騒動の鎮圧程度の様である。

この施設に入った当初はそんな話をしつつ、今居る部屋へと来ていた。
二人が居る部屋は、戦術や戦争関係の書類や本が保管されている、いわゆる書庫である。
なるべく日が当たらない、それでいて適度に光が差し込む場所に作られているこの部屋は、石造り特有のヒンヤリとした洞窟の様な涼しさがあった。
そんな書庫内の一角にあるテーブルに幾つかの書類と本を乗せ、お互いに対面になる様に二人は椅子に座っている。

「スピリットとは国が所有する戦力です。スピリットの数が多いほどその国の戦力が大きいと――」

「――それは基本とは言っても一般常識であろう」

フェリクスの話し始めた言葉の途中でグレンが割り込む。
彼はこの街の図書館で既にそれが記載されちる文献は見まくっていたので、今更一般市民でも直ぐに知る事が出来る情報などを何の意味もなさない。

「そういった事は後から幾らでも手に入る情報だ。訓練士として知るべき事はスピリットという存在個体とその能力、だろう?」

「いやはや、……これは一本取られましたね〜。まぁ、これは私が教えられた初期訓練士教育本を参照にしていたんですけどね」

グレンの言葉に少し驚いて目を丸くしたフェリクスは、ぼさぼさの頭を掻きながら苦笑いをした。
そしてその手に持っていた訓練士を育成する為の本をグレンに見せてくる。

「その次にはスピリットと人の違いを教える方法でも記載されているのか…?」

「…ははは。ええ、その通りです。何やら全て見通されているみたいですね〜」

グレンの指摘が当たっていたために苦笑いの顔に一筋の冷や汗をフェリクスは流す。
そして、その本をテーブルに投げ置くと、それをグレンが手にとってパラパラと捲って中身の簡単に流し読みしていく。

「随分と無駄な事が記載されている本だな。訓練士になる者がそんな事をいちいち気にする必要は無いだろうに。
必要なのはスピリットをどう訓練して指導するか。つまり、国が求めるスピリットの育成方法の基礎を教えれば良いだけの事を…」

グレンの言葉に閉口させられるフェリクス。
フェリクスは今までに会った事の無い人種に驚きと共感、敬意を感じていた。

「――いや〜、確かにそうですね〜。…ですが、訓練士になる人は軍の成り下がりが大半です。
好き好んでスピリットの訓練士になる人は私みたいな物好き以外はそうそういませんので、そう言った事を知ろうとする人間は皆無に等しいですね」

「それでは国の戦力が疎かになるのではないのか?」

こういった仕事はその筋の人間でそうそうなけば勤まらない。
というよりも、そもそもそうでなければしようとしないはずである、この世界の人間は。
ましてや軍の成り下がりなどスピリットの知識は皆無なのではないだろうか?

「いえ、それはある意味違いますね〜。確かにスピリットに訓練する兵は素人ばかりです。
ですが国から任されるので疎かに教える事は自らの首を絞めるに他なりません。
なので成り下がった瞬間から死に物狂いで勉強をし出します、彼らは」

「だがそれでも人選はなされてはいないだろうな。己の感情と能力ではそうそう上手く行かないだろう?」

幾ら国の大事な戦力を背負わされてしまって頑張って教えるにしても、スピリットに教えるという嫌悪。
そしてその兵の知識・教育能力が無ければ訓練士としてやってはいけないはず。

「ええ、ですからその時のためのその教育本なのです。行き詰まればその本の内容通りの訓練すればまず問題ないんですよ〜」

フェリクスの言葉を聞き、目次を見て本の後半のページを流し読む。
確かにスピリットの訓練の仕方が簡単に書き込まれており、この通りに訓練すれば簡素な戦力は補完出来るようになっている。

「――だがこれではあまり能力の高くないのしか育成出来ないな…」

「ええ、それが訓練士の難点でもあるんですよ〜。
お陰でこの辺りの訓練士は専門家の私みたいな人が居なければまず上手く行かないですよ〜」

頭痛を抑える様に頭に手をやるフェリクス。
どうやら今までに何度も成り下がりの兵に手を焼いた過去があったらしい。
他の訓練士が居ない今、フェリクス一人ではそれはかなりの負担になっているのだろう…。


「話がかなりズレてしまいましたね〜。それでは何から話しましょか?」

「スピリットの生態の基本からが妥当だと思う」

本来の訓練士の必要知識の話から外れた話を再び戻した二人。
窓の外に高々と上っている日は既に下がり始め、木陰に長さが生じ始めている。

「それでいいのですか?」

「双方の知識の相違もあるかもしれない上、途中で質問もしていくから問題は無いだろう」

「ふむ、そうですか」

グレンの言葉に頷くフェルクス。
そして、フェリクスは手元の書類を何枚か眺めた後、自身の知識から話し始める。

「スピリットは女性個体の種族です。スピリットは人とは異なり、その身をマナで構成されています。
正確にはマナを変換したエーテルというカタチで構成されていますね」

「マナとエーテルの関係は?」

「マナはこの世界を構成している無尽蔵にある命の物質です。
マナのそれ自体は何の作用もありませんが、それをエーテルというカタチに変えるとどんな事にでも使える物質に変わります」

「この施設や先程の訓練所のように?」

「そうです。建造物にエーテルを付加させれば丈夫になり、付加の仕方では衝撃を反射させる事が可能なのです。
他には調理台にエーテルを組み込むと空気中の赤マナが反応して炎を発生させたり、夜の暗闇を照らす灯火に用いられますね〜」

先程の露店で何気なく強火にした露店のコンロはそれであった事を思い出すグレン。
あの時の炎は素子、つまりエーテルが空気中の物質を振動させ、原子同士の摩擦で発熱・酸素に引火していた。
強火にする時にさらに集まった微量の粒子、つまりマナがエーテルに変質して原子振動量を増やし、空気中の酸素を収集していた様だ。
グレンがその時に感じた粒子はマナであり、それが変質した素子がエーテルだった。

「赤マナ、という事はマナには幾つかの種類があるということか…」

「いえいえ、実際その様に思えますがそれは違います。マナのそれ自体に偏った性質はなく、あるのはエーテルの方なのです」

グレンの言葉に頷いたフェリクスは片手を上げ、グーの状態から人差し指を立てる。

「まずは先に挙げた赤マナ。これはエーテルが炎関係に属する事に用いられます」

そしてさらに中指を立てる。

「その次に一般的に用いられる緑マナ。これはエーテルが建築物関係や自然の摂理に関係しています。
主に物質を構成、自然という世界を構築するのに用いられています。この大陸もこの緑マナがあってこそですね〜」

フェリクスは苦笑しつつ、薬指をさらに立てる。

「そして青マナ。これは水や空気成分に関係しています。
これを用いて空気中から水を造ろうと考えられていますが、如何せんあまりに難しいので今の所実用化させれません」

空気中の水蒸気を収集し、その場所の気温における湿度限界を上回る水分量が無ければ水という液体は発生せず、発生出来たとしても逆にその周りの水蒸気量が大幅に減少して乾燥してしまう。

グレンはそんな事を思いながらフェリクスに話を聞く。
フェリクスは小指を立てる。

「そしてこれが最後、黒マナです。これに関しては今の時点では殆どの事はわかっていないません。
如何せん最近になって各国でもその詳細が明記され出したものですからね〜」

苦笑するフェリクス。手元の書類を幾枚か読んだ後、再び話し出す。

「今の時点で考えられているのが気候を司っているという考えが有力視されています。
黒マナは他の3つの先に挙げたマナに干渉も出来ますが、その実はあらゆる物質への干渉が出来るのでは?とされています」

「空気中の物質に干渉が出来るから気候の変動も可能、か」

酸素や二酸化炭素、そして窒素やオゾンにも干渉出来るのならば確かに気候を司る事になる。
だが気候を操るには気圧の変調も必要である。この世界でもまだまだ判明していないのなら、自身が調べる必要がありそうだ。

「そういった考えから気候を司っているとされています。ですがまだまだこれからの研究でさらに新たな事が判明するでしょう。
一説では闇夜や月の光を司っているとも言われていますがね」

そう言って締めくくり、フェリクスは立てていた4つの指の手を下ろす。

「以上の4つのエーテルの事を赤・緑・青・黒のマナに例えています。
そしてマナは地域ごと、場所が異なると変換し易いエーテルも変わり、マナが赤のエーテルに変質し易く、青のエーテルに変質し辛い所があります。
故にそういった場所は赤マナが多く、青マナが少ない場所と言われています」

「実際のマナの性質は変わらないが、その変換し易いエーテルを主体とした認識がその属性に帯びているマナだと言われている訳か」

「有り体言えば、そうなりますね」

フェリクスから黒マナの研究書類を受け取り、読みながら返答したグレンの言葉に肯定するフェリクス。
黒マナは即在している青・赤・緑のマナ。
それら3つとは異なって何か特定の属性に帯びておらず、フェリクスが言っていた黒マナ属性推測以外の一説では空間に干渉する性質とも考えられている様である。

「それに順じているかの様に、スピリットの属性も4つに分類されています」

そう言ってフェリクスは手元の3枚の書類を手に取り、そしてグレンの持っている黒マナの書類を指差す。

「グレン殿。貴方が持っている書類の黒マナ、その属性を保有しているのをブラックスピリット」

そしてフェリクスはグレンの前に青マナの書類を置く。

「青マナの属性を保有しているブルースピリット。今朝、貴方が見つけたスピリットがこのブルースピリットです」

グレンは目の前に置かれた青マナの書類を読みながら思い返す。
フィリスと出会った時に感じた水の粒子反応、あれは青マナを感じ取ったものだったのならば確かにフィリスはブルースピリットだろう。
フィリス、つまりブルースピリットはマナを青属性のエーテルに変換する能力を有していると言う事になるようである。

「緑マナ。これを保有しているのはグリーンスピリットです。貴方に引っ付いていたもう片方のスピリットがこれです」

フェリクスはグレンの前に置かれた緑マナの書類。グレンは黒と青マナの2枚の書類を置いてそれを見る。
もう片方、それはリアナの事である。
先程彼女が赤髪の少女にかけた魔法は体内構成を造るモノで、緑マナの性質に当てはまるからグリーンスピリット、なのだろう。

「そして最後に、赤マナを保有しているのがレッドスピリットです」

フェリクスが持っている最後の一枚の書類をグレンの前に置いた。
グレンは持っていた緑マナの書類を置きつつ、その赤マナの書類を軽く読み流す。

「スピリットは名前の後ろにこの名を必ず付けます。これはこの大陸共通です。
フィリスティア・ブルースピリット、リアナ・グリーンスピリット。これがあれらスピリットの名です」

「簡素だな」

そのまんまの名前に率直な感想を述べるグレン。

「スピリットですからね〜。属性がわかれば名前などどうでもいいのですよ」

初めに個別の名前がついているのは人と同じカタチをしている『物』へのギリギリの譲歩か、それとも躊躇か。
どちらにしろ、『スピリット』で済ませられる以上、あまり関係は無いのだろう。

「スピリットはその身体の何処かにその属性の『色』が如実に表れています。
フィリスティアは髪の毛の蒼でブルースピリット。リアナも髪の毛が緑でグリーンスピリット、となります。
スピリットの多くは髪と瞳にそのまま繁栄されています。
人にはその様な事が無いので青・赤・緑・黒、これらが如実に表れている人のカタチをしているモノがスピリットなのです」

「ブラックスピリットはどう判断する? 黒の髪だと人のそれと判断出来まい」

肌の色が褐色である時は幾分かは判断の仕方があるだろうが、髪が黒の人間は大勢いる。
スピリットと人を判断するのは見比べただけでは出来無いだろう。

「確かにブラックスピリットは判別し難いですが、基本的にスピリットは皆、永遠神剣を持っていますから問題ありません」

「スピリットだけが生まれ持っている剣、か」

実際は永遠神剣によって顕現された人工生命体、この場合は剣工生命体になるのだろう。
フィリスの剣が転送され、そしてフィリスという生命を構成させた事から、グレンはそう考えてはいる。

「永遠神剣とスピリットの関係は?」

「永遠神剣は意志を持ち、その身をマナで構成されています。神剣の場合は比喩ではなく、そのまんまマナで構成されていますね。
スピリットが生まれた時からそのスピリットと契約し、マナを求めます」

(――生まれた時から契約を…?)

フェリクスの言葉にグレンは疑問に思う。
永遠神剣によって顕現されたのなら神剣自身の傀儡にすれば自身の思うがままに動かせればいいはず。
なのに何故に一個人として生ませ、契約というカタチを取る理由はそもそもないだろう。
黙っているグレンに、フェリクスは理解したと判断して話を進める。

「神剣自体は差異はあるものの武器という形をしています。ブルーは剣、レッドは双剣、グリーンは槍、ブラックは太刀の形状ですね」

確かにフィリスは両刃の剣、リアナは槍に斧の刃をつけた形をしていた。
そして負傷していた赤髪の少女、レッドスピリットは細長めの刃をした双剣の剣、永遠神剣を持っていた。
これには間違いはなさそうである。

「スピリットの色ごとに形が異なっているのは色の性質によって最適な形状だからとも言われています。これは後で説明します」

フェリクスはここで一息入れ、再び話す。

「永遠神剣はスピリットが持つ絶対的な力を持つ剣です。契約者に力を貸す事でさらなるマナを得ようとします。
力を貸すというのは神剣がスピリットに知識を与え、体内エーテルを増幅して身体能力の強化、そして神剣魔法のサポートですね」

「神剣魔法、ねぇ…」

グレンはそれを聞いて先程リアナがレッドスピリットにかけていた魔法の様な術を思い浮かべる。

「先程の訓練所でリアナ・グリーンスピリットがレイナ・レッドスピリットの治癒に使っていたアレの事です」

「それにもやはりスピリットの色ごとに違うのか?」

「そうです。グリーンが治癒や防御、レッドが火炎攻撃、ブルーがレッドの神剣魔法の消去、ブラックはスピリットの能力低下、などの系統をしています」

グリーンの構成能力で肉体の再構成と空間の隔壁を生成。
レッドが空間振動による振動熱で攻撃し、それをブルーの空間の振動・冷却で消去。
ブラックはマナや物質を操れるという考えからすれば、相手スピリットの肉体構成とエーテルを弄れる。
そんな感じにグレンはおおよその見当をつける。

「それらは人には決して扱える事の無いものばかりです。
 当然それはマナを消費するために行使できる力であり、それを使う代償は存在します」

「神剣がマナを求める事か…?」

「それもあります。ですか代償は神剣に飲み込まれる事です」

フェリクスはグーにした片手をもう一方の手で包む様に握り締める。

「神剣はスピリットにマナを手に入れさせるために力を貸します。
力を貸す、というのはスピリットと神剣が意識を同調させる事で神剣の知識から戦闘方法を引き出す事なのです。
神剣は意志を持っています。まぁ、位が低いほど本能と言っても過言ではありませんけどね」

「神剣の位というと?」

「スピリットが保有しているのは六位〜九位が確認されています。
これは神剣が保有しているマナ量によって決定され、位が高い程に意志を持っています」

「五位以上と十位以下は確認されていないのか?」

フェリクスの話からするとかなり中途半端な位である。

「ええ、そうですね。十位以下は確認されていません。ですが四位と五位の神剣、というのは存在していますがそれはエトランジェの剣となります」

「あの王位継承戦争で絶大な力を振るったというエトランジェ、か」

エトランジェはスピリットのそれとも比べものにならないほどの力を振るったと図書館の本にはあった事をグレンは思い出す。

「そうです。エトランジェの神剣の意志は強大でその分、マナの保有量もスピリットの神剣の比ではありませんでしょうがね〜」

「だがその神剣の意志と同調させる、ということは下手をすれば神剣に契約者の意志が乗っ取られるわけか」

意志の混同は自身の意志をしっかりとしていなければその意志は消滅してしまう。
神剣自体は純粋なマナへと渇望から己の知識を同調させているだけなのだからそうそう消えはしないだろう。

「そうです。ですが神剣に飲まれたスピリットは神剣の求めのままにマナを求めて剣を振るいますから戦闘能力自体は高いのですよ〜。
この国でも意図的に神剣に飲み込ませてどううまく戦わせるかの実験に取り組んでいます。今の所一長一短なのが現状ですね」

クスクスと抑えがちな笑いをするフェリクス。

「高い能力を手にすることは出来るが味方を攻撃する可能性があるからか?」

神剣はマナを求めるのだから身近なスピリットから摂取するのが手っ取り早いだろう。

「いえ、神剣がほとんど本能とは言ってもそこまでは馬鹿ではない様なので、味方への攻撃はそうそうしていません。
攻撃しようものなら相手も反撃して逆にマナを消費するだけして鎮圧、もしくはマナに帰されてしまうでしょうね〜」

「では何が問題なのだ?」

味方への攻撃が無ければ高い能力で敵を討てるのだから、それは戦いにおいてかなり有益な事であっていいはずだ。

「本能に近いが故に単独行動が目立つのですよ。
スピリットは色ごとに攻守の分担をしなければほとんど相手にもされずにやられてしまうんです」

「――スピリットの色。…それの具体的な特徴はどんなものがあるわけだ?」

先ほど、フェリクスが先伸ばしにしていた事が此処で聞けるようであり、グレンはテーブルに置いてある4枚のマナの書類の紙を見る。

「おおまかに言えばブルースピリットは剣による高い直接攻撃、グリーンは防御、レッドは神剣魔法、ブラックは速さです。
高い攻撃力を有したブルースピリットが攻撃してきてもグリーンがそれを防いでレッドの神剣魔法やブラックの速い攻撃で終わりです。
他もまた然り、突飛な力を有していなければそうそう相手は倒す事は叶いません」

「そうために今はまだ実験段階というわけか」

「そうです。神剣に飲み込まれた本能に教え込むのは赤子に教える様なものですからね〜」

……………

「――関係ない事かもしれないが、一つ聞きたい事がある」

「何でしょうか?」

その後もグレンとフェリクスは、スピリットの訓練方法や色ごとの訓練知識を話し合っていた。
グレンはさらに集めたスピリットに関する資料を見ながらフェリクスに尋ね、フェリクスも復習を兼ねて同じ様に本を読んでいる。

「街でフィリスティア・ブルースピリットとリアナ・グリーンスピリットの事を『雪影』・『彼方』と言っていたが…。
あれは神剣の名を示していたのか?」

フィリスティアの名はグレンがフェリクスに直接言った事のはずだったがあの時、フェリクスはフィリスティアの名で呼んでいなかった。
他に考えられる名前と言えば神剣であり、それはグレンが仕舞っている剣に『月奏』という名を授けた経緯からの考えであった。

「ええ、私はそれで個々のスピリットの名を呼んでいますからね〜。スピリットに聞けば生まれたばかりでも神剣の名を喋りますよ」

「そうか」

返ってきた答えにグレンは相槌を打つ。

「『雪影』のフィリスティア・ブルースピリット、『彼方』のリアナ・グリーンスピリット。
これが神剣と合わせて自己紹介させる際の通称となります。訓練には関係ありませんが、豆知識として覚えていて損はないでしょうね〜」

フェリクスの話からフィリスの神剣が『雪影』で、リアナの神剣は『彼方』という事らしい。
神剣の各々に個別の名が存在しているのはそれぞれが独立した個別の意志を持っているからであろう。
しかし、意志を持っている割にスピリットに意志を持たせるのは何故なのだろうか…。

「そろそろ日が暮れますね。今日はこの辺にしておきましょう」

フェリクスは窓の外を見、山の地平線に沈もうとしている日を確かめつつ提案してくる。
少々思案しつつも赤く染まっている空を窓からグレンは見上げると、空に点在している流動雲が赤く、そして暗闇の黒の2色に丁度分かれていた。
昼過ぎから此処でグレンとフェリクスは話し合っていたのだから結構な時間が過ぎていた事を如実に空は物語っている。

「…そうか。俺はこのまま此処で一夜過ごしても問題はないか?」

「はい、大丈夫です。私はこの後もやる事があるので次にお会いするのは早朝になるでしょう」

グレンはこのまま一晩で読めるだけ読もうと考えていたので、フェリクスの言葉は正直ありがたい。
これから訓練士として知識を会得するグレンはこのままでも問題ないが、フェリクスは違う。
彼は正式に雇用された訓練士であるので、この後にもやる事は幾つもある。
今こうして長い時間グレンの相手をしてくれているのも、グレンが訓練士としての必要知識を教えるに他ならない。
そうでなければフェリクスが此処でグレンの相手をずっとしてくれる事はない。

「夜は月明かりがあるとはいえ、暗い事には変わりありませんのでそこにある灯火を使ってください」

フェリクスは部屋の片隅にあるランプの様な物を示す。
あれもエーテルの恩恵を用いた灯りを灯す装置。人は日常生活もエーテルによって賄っている。

「感謝する」

フェリクスが示した灯火を手にとってテーブルに置いてグレンは礼を言う。

「グレン殿は夕食はいかがします?」

「俺はいらない。昼に色々と多めに食べているのでな」

そう、例えばビッグパフェとか、ビッグパフェとか、ビッグパフェとか―――。
あれだけ食べれば今日と言わずに一ヶ月は持ちそうな昼食だったとグレンは思いを馳せる。
そんな想いからか、窓の外の暗くなっていく空と同様に黄昏るグレン。

「…? そうですか、ではまた明日に」

「――ああ…」

そんな状態のグレンを不思議に思ったフェリクスだが、自身の空腹感の事もあって立ち去っていく。
フェリクスの呼びかけにグレンは外を眺めつつ、曖昧に返事をしていた。
彼は自身が昼に行った所業に思いを馳せたまま、なんとなくボ〜とし続けている。

「……まぁ、いいか」

日が山に完全に沈んだのを確かめてから、グレンは灯火に火を灯しながら呟いた。
色々とまだ考えたい事もあったが、今夜は此処で資料漁りに没頭しだす。
そしてそのための本や資料、書類などの紙の類を手当たり次第にグレンは探していったのだった…。



―― どさっ

昼からずっと居たテーブルの上には今、グレンが集めた紙の類がこんもりと積みあがっている。
グレンはなるべくスピリット関係を重点的に選んではいたが、それでもかなりの量が出て来たのである。

「――さて、と」

グレンは再び椅子の腰を掛け、そして背中に仕舞っていた『月奏』を取り出して傍らの壁に立て掛けるが、腰に携えている漆黒のナイフは必ず身につけている。
図書館でもそうだったが、グレンはそのナイフを離すことはそうそうしない。
一張羅でそれを見ている人は居ないために露呈していないが、何故かずっと身に付けており、それについてグレン本人は特に気にしていない

日が完全に沈み、窓の外の空は星々が輝き出し、月も日の光で隠れていた淡い輝きで世界を照らしている。
それでも暗い施設の中を、灯火一つの淡く強い一条の光がグレンを照らす。

「………」

―― パラッ…

グレンは一冊の本を手にとって、灯火の光で映し出されている文字を読み始める。
手始めにスピリットの色ごとの戦闘における具体的な能力から入る――


――ブルースピリットの特徴は2つ。
一つ目。剣戟による力強い攻撃を得意とし、グリーンスピリットの防御をも撃ち破る攻撃が可能とする。
育成による連撃の伸びはそれほど大きく伸びる事は無いが、一撃の強化は伸びやすい傾向がある。

二つ目。スピリットの神剣魔法を無効化する神剣魔法の取得。
ブルースピリットはブラックスピリットを除く全てのスピリットの神剣魔法を無効化する『アイスバニッシャ―』を使う事が出来る。
戦闘時において神剣魔法による支援を絶つ事は、戦況を大きく左右することであるためブルースピリットの運用はどの国でも重宝されている。
また、アイスバニッシャーを応用した『エーテルシンク』という魔法も取得出来る。



――グリーンスピリットの特徴も2つ。
一つ目。高い反射能力を生かした防御。
体力が高く、グリーンスピリットの神剣である槍。それによる攻撃の払いのけや回避の防御効率の高さも防御に向いている理由でもある。
また、マナの扱いもこのグリーンスピリットがもっとも長けているため、マナの障壁を張る事で強固な防御が可能である。
攻撃力も低くなく、槍による連撃も速い。攻撃に運用する事も可能であるが、如何せんあまり伸びは良くないので専ら防御時の反撃が主である。

二つ目。神剣魔法による味方への支援魔法。
スピリットの中で回復する魔法を駆使するのはグリーンスピリットだけであり、単体から複数の人数まで任意に治癒する事が出来る。
また、マナを体中に纏わせて障壁を張り、体内エーテル循環の安定化をさせる事で防御力を上げる効果のある防御魔法も取得する。



――レッドスピリット。
攻撃魔法である火炎魔法を数多く有し、それによる攻撃が得意としている。
単体への攻撃魔法もさることながら、広範囲への攻撃が多いので、後方で回復魔法を詠唱するグリーンスピリットにも攻撃出来る。
だが、大きな魔法攻撃であるが故にマナの消費量や膨大な集中力が必要なので、短時間における連続詠唱は出来ない。

双剣の神剣を生かした連撃を行う事が出来るのだが、神剣魔法の方がもっぱらの専門分野なためにあまりこちらの運用はされていない。
それでも属性効果のある攻撃や、舞う様な攻撃で高い能力を発揮するレッドスピリットも居る事があり、戦場のエーテル変換が赤マナが高ければ能力以上の力を発揮する事が稀にある。
基本的に体力と防御力が低いので、神剣魔法による戦闘支援が主な運営としている。



――ブラックスピリット。
その絶対数は他のスピリットに比べてかなり少なく、それ故なのか特殊な特徴を有している。

神剣による攻撃は太刀である故の、速さを生かした一撃離脱や連撃。
ブラックスピリットはグリーンスピリットに匹敵する程の反射能力を有し、それに瞬発力もある。
力強い攻撃は出来ないが、素早い攻撃を連続で叩き込む事で相手の隙を作り、そこを一刀両断する方法を得意とする。
グリーンスピリットのマナ障壁を張る時間さえ許す事の無い事もあるその攻撃は脅威であるが、
何分威力が無いので、それを補うための育成時間は他のスピリットに比べて非常に長くなる。

高い反射能力を生かし、攻撃された際に反撃が可能である。
体力は低くいのであまり多用する事が出来ないが、それでもきっちりお返しをする。

ブラックスピリットはブルースピリットでも無効化が出来ない神剣魔法を取得する。
相手のエーテル循環を乱して弱体化させたり、遠距離に居る神剣魔法を詠唱しているスピリットを狙い撃ちなどが出来る。
ブルースピリットの神剣魔法で何故無効化する事が出来ないのかは今の研究段階でもわかっておらず、今も調査中なのだ。

そういった事もあり、癖が非常に強いので全体的に見ても訓練し辛いスピリットなのである。



訓練において、スピリットの体内エーテルを効率化しての戦闘能力を伸ばすのにも肉体な限界がある。
だが、スピリットは体内エーテル量を増やす事でさらなる能力向上が可能なのである。
訓練所にはマナを収束させる施設が存在し、エーテル変換施設で発生した『マナ結晶』を併用してスピリットのエーテル量を増加させ、そしてさらに能力を上げるために訓練を行う。

スピリットの肉体がエーテルで構成されているためか、エーテル量を増やすと肉体成長も進行する。
ある程度エーテル量を与えると、体内のエーテルが変化して基本能力向上する。
それはスピリットが神剣に飲み込まれているかどうかにも影響があるので、その辺りの見極めも重要なのだ。


……………
…………………

「――こんな所か…」

グレンはしばらくの間、スピリットの特徴についての書類を読み漁っていた。
窓の外を見れば、月が既に高々と空に上っており、青白い光が大地を照らしている。
それは星々の光と相まって、広がっている大地を青白い草の運河に変えている。
柔らかく吹く風よってなびく草が、一層神秘さをかもしだす。

「………」

グレンはそんな夜の世界を開け放っている窓から見ている。
スピリットの訓練所の最寄の施設だけあって人が全くおらず、この光景を一人占めにしている。

グレンは椅子に座ったまま窓枠に肘をかけ、吹き込んでくる風で軽く漆黒の髪をなびかせつつ外の世界を観賞する。
先程まで読書のために点けていた灯火は既に消しており、星の雲海と真ん丸の月の光だけが世界を照らして室内に注ぐ。

「――あれがエーテル変換施設…」

街中のそう遠くない場所にある空に立ち昇る一筋の光。
それは見上げてもどこまでも高く、空の彼方へと続いている。

――マナの柱。
マナを変換施設でエーテルにする時に大量のマナが収束すると、マナ同士がぶつかり合って発光している現象。
そしてそれは変換施設の特性上、施設の上空に発生し、天高くまで発光しているという。
おそらくマナがエーテルに変換して一箇所に大量のエーテルが収束したために、その余剰エネルギーが光となって霧散しているのだろう。
昼間も発光しているのだが、日の光でそれは隠されてしまっている。

この街のエーテル変換施設は軍事用の物はなく、今現在は民間用のみ。
つまり住民の生活に必要なエーテルの経済利用を目的としたエーテル変換施設だけがあるのだ。

青白い世界の中にある空を貫こうとする一筋の光。
その光の先には『ハイペリア』がある、とこの世界の人々は考えられている。

ハイペリアとは、この世界『龍の大地』の上にあるといわれている世界の事。
空に輝く月の浮かぶ天井・海の遥か彼方・龍の爪痕の彼方の世界、そして人が死ぬとハイペリアに運ばれるとも考えられている。
この書庫にあった創世記には『ハイぺリアから使者が光臨し、世界をマナに満たした』と記されている。

軍事用の書庫のはずだが、何故か神話的な本や書類も多数あった。
おそらくこの街にある重要な書物は全てここに安置されているのかもしれない。
スピリットの施設だから誰も人が侵入しようとしない、という考えからかもしれないが――。

ハイペリアの使者とは、つまりエトランジェの事を示し、異世界からくるエトランジェの世界をハイペリアとしている。
その逆に、龍と爪痕の先には『バルガロアー』があり、そこは魔物や不吉な存在が住まう場所とされている。
永遠神剣とスピリットはそこからやってきた存在とされ、その存在を忌み嫌う理由の一つでもあった。

つまり、バルガロアーはいわゆる地獄の世界とされ、ハイペリアは死後の理想郷で良き人間のみが行ける天国とされているだ。

(――その考えから行くと俺もエトランジェという事になるのか…?)

グレンも一応、此処ではない違う世界から来た存在ではあるのでエトランジェと言えなくもない。
だが、グレンが居た世界には理想郷とはお世辞にも言えない世界である。
人が居る世界は人の手によってその大地を汚し、壊し、そして滅ぼすのである。

――それのどこが理想郷と言えようか?
知らぬが故の高望みは人の浅ましく、そして傲慢な考えに他ならない。

「………」

―― サァアアアア

少し強めの風がグレンの髪をふわりと舞い上げ、木の葉や草原の擦れる音が奏でる。
積み重なっている本の上にある書類の紙が風で舞い、室内に散らばっていく。

遥かなる空の彼方まで伸びる光の柱の先をグレンは眺める続ける。
その瞳には何とも言えない想い、意志が宿っていた――。

―― ポゥ

その時、グレンの肩横の上辺りで蒼白い光が幾つも発生しだした。
その光が一点に収束していき、やがてそれはグレンの顔ほどはある球体の光となっていく。
そしてその光は徐々に収まっていき、中から一羽の鳥が出て来た。

―― パサッ…

翼を大きく広げて一回羽ばたくと、幾枚かの羽根を舞い上げてグレンの肩に止まった。
羽根は少し宙をゆらゆらと舞うと直ぐに透明になって消えていく。

その鳥は蒼銀の羽毛で覆われており、鷲や鷹を二回り程小さくした程の大きさをしている。
その容姿は小鳥の様に愛らしく、肉食鳥の様に流線的で優雅であった。

【マスター…】

その蒼銀の鳥はグレンの顔に頬擦りをしてくる。
グレンはそんな鳥の喉を撫で、蒼銀の鳥は撫でられた事でくすぐったそうに目を細めた。

「……踊るか?」

グレンは蒼銀の鳥に声をかけるとグレンの肩の上で大きく翼を広げ、そして羽ばたく。

―― フワリ…

その一回の動作だけで蒼銀の鳥は宙へと舞って、そのまま窓を出て空へと昇っていった。
グレンは椅子から立ち上がると、羽織っている一張羅を脱いでテーブルに置き、窓枠に手を掛けて青白い世界へと身を投じる。
そして一羽と一人が青白い世界の中で戯れ、ダンスパーティを披露するだった…。


蒼銀の鳥がグレンの周りを何回も回り、それに合わせてグレンも動く。

蒼銀の鳥は翼を大きく広げたまま時折グレンの身体に止まって動き、直接グレンと戯れる。
グレンも蒼銀の鳥を手に止まらせて軽く羽ばたかせ、再び身体に止まらせるなどをして戯れる。

これを見ている観客は天空に昇る月と煌く星々のみ。
一人と一羽の遊戯は青白い光の効果も相まってか、優雅でありながら神秘的でもあった。

夜はまだ始まったばかりであり、一羽と一人のダンスパーティもまだまだ続いていく――。




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