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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第二話 「 勧誘 」



「それでは――どうぞいらっしゃませ。ここはケムセラウトのスピリット訓練所になります」

フェリクスは街外れにあるレンガや石で強固に造られた大きな施設へとグレンを案内した。
フィリスとリアナは街からここまでずっとグレンの一張羅を掴んだままである。

「――スピリット訓練所…?」

「ええ、そうです。ここでスピリットを鍛え、国の手駒にするための施設です」

グレンの呟きに丁寧に答えるフェリクス。
それを聞き流しつつ、グレンはその施設内を見回す。

広大な敷地に大型の施設が複数。
石とレンガで多重に重ねられて造られた施設の壁は自然の造りではなく、何かの力を付加されている。
試しに近くの壁を触ると何ともいえない跳ね返すような、反射させる力を放出していた。

「………」

「訓練所の施設は一般に比べて全てエーテルを特殊加工していますからね。スピリットの攻撃にもある程度耐えられる様にしてあるんですよ。
触るだけ跳ね返すでしょう? 実際に衝突した際の衝撃を流すのにはそれぐらいでなければ崩壊してしまいますからね〜」

そう言うとフェリクスは施設の奥を見やる。
グレンもそちらの方を見ると、そこでは複数の少女たちが戦っていた。

「っ! はぁあ!!」
「くあっ!? ぁあぁああ!!」

「はぁあああ!!」
「うぁああ!?」

青・赤・緑。髪の色が3色の少女たちが各々の獲物で互いに斬り合っている。
その動きは疾風が舞い上がるほどに速く、斬撃は残像を残していた。

「………」

一目見るだけで十分にその動きが人のそれでは出来ない動きをしる事がわかった。
まず、跳躍力。地面を一蹴りするだけで数メートルを瞬間的に移動する。
次に腕力。一人の青髪の少女が剣を振り下ろすそれは音速に達すしており、それを緑髪の少女の槍の矛が受け止めて足元の地面がめり込んませている。
反射力。衝撃波と伴っての斬撃の連撃で放つ方もだが、その相手の少女もそれを受け止めて反撃に転じている。
少女たちはそれらを何の休憩動作をせずに斬り合いを続けている。

「――あれはいつから続けているんだ?」

「そうですねぇ…朝方がずっとさせていますが、それが何か?」

少女たちの動きは人を超越したモノではあったが、それぞれの動きに重さをグレンは感じた。
一つ一つの動作を行う際の『タメ』が大きかった。あれは動き過ぎると発生する肉体現象である。

「…させ過ぎではないのか? 動きが鈍い」

「おや…あれらの動きが見えるのですか。人にしてはなかなかの眼をしていますね〜」

「で、実際はどうなんだ?」

グレンに少し驚きつつも誉めるフェリクス。グレンはそれはどうでもいい事なので流して返答を求める。

「確かにそうですが、あれは神剣との同調率と高めるための訓練ですので問題ありませんよ」

「神剣との同調率?」

「ええ。お互いに殺されるかもしれない状況の中で、生きるために彼女たちが持っている剣『永遠神剣』の力を引き出させるんです」

――『永遠神剣』
グレンは自分の衣を掴んでいる左右の少女を見る。
フィリスの腰にある皮蔦で簡易に固定された剣。リアナの背中に背負っている長い柄の矛。
そして撃ち合っている少女たちの剣。

「………」

グレンは二人の剣を見つつ、自身の腰の後ろにある『月奏』に軽く触れる。
フェリクスはそんなグレンに気づかずに話を進める。

「神剣の力を引き出すには実践が一番です。それも殺せば相手のマナが手に入るとなれば神剣も力をより貸してくれますし」

「手駒が死んでしまっては本末転倒ではないのか?」

「その当たりの配分は問題ありません。それぞれの実力・相性を選別して互角になるようにしてありますから」

先ほどから見た限りでは、確かに少女たちはお互いの決定打に欠けており、あれではどちらかが動作を誤らなければ討てない。
誤ったとしても、討たれない様に奮闘するだろうからそれがトドメにならない方が大きいだろうが・・・。

「万が一の場合は?」

「それはそれで討ったスピリットの神剣が相手のマナを吸収して成長するので、どちらにしても訓練成果は上々になります」

「――成長、する?」

「当然です。神剣はマナを欲し、スピリットにそれを要求してより力を与えて強化させますから」

グレンの疑問にあっさりと答えていくフェリクス。
彼はこういった話をする性分なのか、部外者であるはずのグレンに話していく。

「いいのか? そういった話を俺に話しても」

「かまいませんよ。これは訓練士になる上での基本ですし。
…それにこういった話を聞こうとする人も限られますし、実際話したかったんですよ、私」

妖しく笑うフェリクス。フィリスがグレンの後ろに隠れ、リアナの一張羅を掴む力が強くなった。
見る人が見れば、それは妖しい瘴気を纏っている様に見えるだろう。

「…それで、俺はこれからどうなるんだ。ただ単に二人を連れて来させただけではないのだろう?」

「おや、ちゃんとわかってらっしゃたんですね〜」

これは失礼、と言いつつ苦笑するフェリクス。
ここまで来るのに街の兵舎の門を通過して来ている。そこでフェリクスが門番に取り次いでグレンの通行を許可させていた。
本来ならその門の前でフェリクスがフィリスとリアナを連れて入り、部外者であるグレンを進入させる事はさせない。
グレンに何かをさせるなら話は別だが――。

「実はですね、今この街の訓練士が私以外出払っているんですよ。訓練がある程度進んでいるスピリット全て連れて、です」

「首都のキロノキロに、か」

グレンの呟きに少々驚くいて目を見開くフェリクス。
図星をつかれた様に言葉を失っていた。

「サーギオスが近年勢力を伸ばし出したが故、不可侵居条約を結んでいるにしてもリレルラエルの国が攻めてこないとは言えない状況でよくやるな」

近年、サーギオス帝国で新たな皇帝が即位してからその軍事勢力は大きく拡大している。
ダーツィは真っ先に帝国と軍事同盟を結ぶという手を打っているが、それも利用されている節が大きい。
帝国の動きにサーギオスとダーツィに挟まれたカタチの周辺諸国はお互いに軍事同盟を結んでいる。
それに加え、ダーツィとの唯一サーギオスへの道の続いているリレルラエルが不可侵条約をダーツィと取り付けている。
これによってサーギオス周辺諸国は帝国だけに視野を向けられるが、だからと言って帝国と同盟関係のダーツィが何時襲撃されるかわからない。
あちらも勢力を拡大して軍事強化に図りたいのは必至。ダーツィに攻め込むとしたらまずはこの街、ケムセラウトである。
そのケムセラウトの戦力であるスピリットが居なければ相手に付け入る隙を与える事になる。

「イースペリアとの緊張も近年増大の一途でもあるし、それ関係で首都に向かっているのだろう?」

「いやはや、何とも言えませんな。私はこれでも国家に属しているものですからそういった事までは口には出来ませんよ」

グレンを誉めるように言うフェリクス。それはグレンの言葉を肯定を現しているが、特に気にしてはいない風であった。
彼にしてみれば国がどうなろうと関係ない事なのだろう。

「ですがその考察力はなかなかの物ですね。どういった事をなさっているのですか?」

「特には。今朝方、本でそういったことを読んだばかりでな」

「そうですか。頭の方もなかなかの様ですし、その肉体ももしかしたらスピリットにも匹敵するのではないでしょうかね〜?」

グレンの肉体は白い一張羅に纏われており、その中身を伺う事はそうそう出来ない。
だがこのフェリクスという男はグレンの立ち振る舞いだけで実力の程を看破している。

「………」

「今朝方に一度遭ってはいますが歩き方に隙がありませんし、何より私が貴方を殺せる状況が全く思い浮かんできませんしね〜」

「――それで、何が言いたい?」

グレンは特に気にした風は無く、むしろ肩を竦めていた。
フェリクスはそんなグレンを見てクスクス笑って答える。

「これはさっきの話の貴方を此処に連れて来た事にも関係しているのですが…。
どうです、スピリットの訓練士をしてみませんか?」

一瞬、間が沈黙した。

「――俺をスピリットの訓練士に、と?」

「ええ、そうです。さっきも話しましたが今現在のこの街の訓練士は私一人です。
一人で若いスピリットを全て訓練をするには絶対的に不足しています。今もああやって全体で一つをさせる事が精一杯なんです」

フェリクスは訓練所で先程から殺し合いの訓練をしている少女たちを示す。
少女たちはグレンたちを全く気にした様子を微塵も見せないでいる。
こちらを注視しようものなら相手に討たれてしまうのだから当然だろう。

「全体での戦闘訓練ということ自体は問題ありませんが、個別に戦闘力を計るには一人では時間がかかります。
ですが若いスピリットは早期にそれを判断するのは必要なのです。
あれらのスピリットを早く使える様にしなければ此処の兵にも、ましてや私の真価が問われてしまうんです」

撃ち合っている少女たちは皆、幼めの容姿をし、各々の太刀筋は直線的であってまだまだ荒削り。
疲労しているのもあるだろうが、それでもまだこれからである。

「…居なくなった埋め合わせを早く用意しろ、と言った所か」

「ええ。実際、今の所リレルラエルが攻め込んでくる状況では無いのですが、どうにもここの兵は臆病な者たちばかりでしてね〜」

「通らない様だな、こちらの考えは」

「そうなんですよね〜。訓練士としてはもっと時間をかけて使い物にしたいのですが、
如何せん相手はスピリットは動かせれば何でもいい、という考えの人たちばかりですから困ったものです。上からも命令も下されていますしね〜」

そう言って懐から一枚の書簡を取り出してヒラヒラとグレンに見せるフェリクス。
それにはフェリクスの言う通り、早期育成と配備の厳令が記されていた。

グレンの一張羅を掴んでいる二人に対する先程の人々の反応と視線。あれでは配備する此方の考えを通すのは至難の業であろう。
使えて私達に被害が出なければ何でもいい。――こんな所か…。

「貴方を訓練士にするのは私の一存です。ですがこの街の訓練士が私一人である今、任意に訓練士を雇う事は出来る立場にいますから問題ないんですよ〜」

国の手駒を簡単に他人の手に出させるのは当然厳しく制限される。
だが、訓練士として招いていればスピリットの行動を共にする事が出来る。

「それは雇うというカタチにしてはかなり制限される事になるはずだ。それはもちろん給金にも同様にあるだろう?」

「ははは。これは一本取られましたね〜。確かにそうです。国が正式に認めた訳ではないので比較的低額になるでしょう」

いくら訓練士自らの要望であっても所詮見知らぬ者。そんな輩に金を出す国はそうそういまい。
グレンの図星を突く指摘に苦笑いをするしかないフェリクス。だが、その笑いには面白味も含まれている。

「ですが私が見込んだ貴方ならすぐにそれは問題なくなるでしょう。実力を国に見せ付ければすぐ正式に雇用されます」

「具体的には?」

「なに、ある意味簡単な事です。貴方が手掛けたスピリットの実力を見せればいい事です」

「…つまりすぐに使えるスピリットを用意し、尚且つ実力を備えているスピリットを育成すれば、か」

――実力。
つまり並のスピリットより力のあるのをつくり上げ、国に献上すれば国も使える人材を確保しようとする。
この国のスピリットを首都に集めて何をしようとしているか知らないが、使えるモノは即座に欲しいのがこの国の現状なのだろう。

「正式に雇用が決定するまでは私個人からも貴方に出資します。何しろ私が見込んだんですからそれなりの援助はしますよ?」

確かめるような、それでいて挑戦する様な視線を向けてくるフェリクス。
この場所に来させられた以上、ただでは帰さないつもりらしい。

「………」
「………」

左右からも視線を感じる。
フィリスはただジッと見詰めてグレンの決定を待ち、リアナは期待と不安の入り混じった視線を向けてきている。
会話は途切れて沈黙がこの場を支配する中を、遠方で切り結ぶ澄んだ金属音が断続的に鳴り響く。

(――やれやれ…)

嘆息するグレン。グレンは此処に来た以上こうなるのではないかという予測はしてはいた。
だがこういった場面は些か疲れる物を感じてならないものがあった。
彼自身、スピリットに関して直接調べたい事もあって訓練士の話は非常にありがたい。

――スピリット。
かつてヨト・イル・ロードザリア王子が他国を侵略し、大陸全土を支配する上で行使した戦力。それがスピリットである。
スピリットの力は人間のそれに遠く及ばない程の力を持っており、スピリット数人で大国を一晩で征服したという伝説も存在している。

スピリットは剣と共にあり、その剣を行使して絶大な力を振るう。
『永遠神剣』。それをスピリットが持ち、己が力の源としている。

これらの具体的な事は図書館の本には記載されておらず、実際にスピリット関係の施設かもっと大きな街に行かなければ無理だとグレンは考えていた。
故にフェリクスの提案は好都合であり、あまつさえ直接関与出来るという事は絶好のチャンスである。

「―――いいだろう」

「そうですか〜。いや、助かります。これで私も集中的に育成に手が出せます〜」

グレンの承諾の返事に喜ぶフェリクス。彼はグレンの両手をしっかりと握ってぶんぶんと振ってきている。
フェリクスのその様子から、一人で行っている事にいろいろと限界を感じていた様である。

隣にいるフィリスはグレンに寄り添い、リアナはあまり表情には出してはいないがその瞳には歓喜の色が少しが含まれていた。

「喜ぶのはまだ早いと思うが? 俺は訓練士などしたことはない」

「貴方なら大丈夫ですよ。一週間もあれば実際に個人でスピリットを訓練させられる様になるでしょう」

「それは買い被り過ぎだろう」

グレンの当たり前の指摘にも一週間もあれば平気と言いのけるフェリクス。
国家戦力となるスピリットを育成する訓練士を一週間で仕上げるのは当然無理があるものなので、フェリクスの言葉に否定するグレン。

「謙虚にならなくてもいいのですから〜。さぁ、ともかく後はこちらで込み入った話を――」

そう言ってフェリクスは先を促して訓練をしているスピリットの少女たちの方へと歩いていく。
グレンもその後を追って歩き出し、それに合わせてグレンの一張羅を掴んでいる二人もそのまま歩き出す。

グレンたちが向かって歩いている方向にいる少女たちは未だに斬り合っており、何時果てる事の無い訓練をしている。
だが、撃ち合いをしていた少女たちの中で変化があるペアが現れた。

―― ギンッ!

「うぁ!?」

グレンたちに一番近い場所で斬り合っていた赤と緑の髪の二人の少女の内、赤髪の少女の双剣が緑髪の少女の槍によってその手から打ち上げられた。
その双剣は宙を舞い、少し離れた場所に突き刺さる。得物が無くなり、完全に無防備になる髪の少女。
そんな相手に緑髪の少女は払い上げた槍を撃ち下ろし、赤髪の少女を縦に切り裂こうとする。

「! うぁああ!」

緑髪の少女が自分を殺そうとしている光景を認識した赤髪の少女は緑髪の少女に突進していく。
緑髪の少女の懐に飛び込むことでやり過ごそうと赤髪の少女は考えた様である。

―― ドンッ!
「くはぁ!?」

切っ先の刃は凌げたものの、それでも長い柄で腹を殴られて吹き飛ばされる。
数回バウンドして転がり、砂まみれになりながらも緑髪の少女と開いた距離で態勢を整える赤髪の少女。
飛ばされたのが双剣が突き立っているが飛ばされた方向であったため、両者の中間に丁度突き刺さっているカタチとなった。

「くっ!」
「はあっ!!」

赤髪の少女は即座に自分の剣を掴もうと前進するが、緑髪の少女も槍を水平に構えて赤髪の少女を串刺しにしようと加速する。
加速のタイミングは赤髪の少女が勝っていたが、瞬間加速・走破力が断然緑髪の少女であった。
先程からの斬り合いではほぼ互角だったスピードが、今では大きな差が出来ていた――。


「いいのか、あれは?」

「そうですね〜。そろそろ終わりにしたかったですし、止めますか」

勝敗が既に決した状況であった二人のスピリットの少女の様子を見ていたグレンは、フェリクスに尋ねた。
このまま行けばほぼ確実に赤髪の少女は絶命してしまうが、この訓練自体それもありと言ってはいたので問題はない。
だが、グレンとしては長時間の撃ち合いをもう既にかなりやっているので今のあの状況はどうかと思った。

そして、グレンの言葉にフェリクスは両手を前に出す。

―― ぱんっ

フェリクスが手を打ち合わせて少し大きめの音を上げると、今まで斬り合っていた少女たちが動きを止める。
先程の二人も、赤髪の少女がもう少しで双剣に届きそうな所を緑髪の少女が後少しで胸元に槍を突き刺そうとして止まっていた。
斬り合って幾度もぶつかり合っていた金属音が全くしなくなり、奇妙な静寂がこの場を包んだ。

「今日の訓練はこれで終了とします。各自詰め所に戻って明日の訓練に備える様に」

そんな空気にお構いなく、フェリクスが少女たちにそう宣言する。
すると、フェリクスの言葉が終わって途切れるとともに、彼女たちはそのままスタスタと奥へと歩いていった。
先程までの斬り合いの余韻で肩を大きく上下させていたが、それでも何事も無かったかの様に去って行く。

「――っ…」

だがその中で一人、赤髪の少女が腹を抑えてうずくまっていた。
先程の後少しで死にかけた少女である。緑髪の少女から貰ったメジャーリーガーのフルスイングを上回る速度での腹への一撃がかなり効いている様である。
訓練が終わった事で戦闘時の緊張が解け、痛みを我慢出来なくなったようで苦悶の表情を浮かべている。

「何をしていますか。そんなんでは直ぐにマナに返るだけですよ? さっさと詰め所に戻る事です」

フェリクスはその赤髪の少女を一弁し、そのままその横を通って先を歩いていく。
負傷した赤髪の少女を全く気遣う様子は微塵も無い。

「………」

グレンの横でその赤髪の少女を見ていたリアナが一張羅を掴んでいた手を離し、彼女に駆け寄っていく。
そして、うずくまっている赤髪の少女を腹を見ようとしゃがむ。
リアナは赤髪の少女が抱えている腹を少し観察すると、背中に背負っていた前に構え、槍を横に水平する。

「緑の大地に宿るマナよ、その大地の癒し力をもって彼の者を癒したまえ――」

リアナが眼を瞑って言霊を紡ぐ。
すると彼女の周囲に不思議な粒子が収束していき、その足元には彼女を囲う様に緑色の円が発生する。
その円には幾重もの模様・文字が描かれており、それに沿って集まってきた粒子が規則的な運動を行い始める。

「――アースプライヤー」

最後にリアナがそう言うと、収束した粒子が目の前の赤髪の少女に向かって移動し出す。
赤髪の少女を包むように粒子が収束すると、空間にある粒子が負傷している腹部へと殺到する。

彼女の腹部はインパクトの瞬間を見ただけでも、胃や腸が破裂しているは伺える。
その証拠に内部で破裂したため、その腹は妊婦の様に少し大きく膨れていた。
そんな腹に集まった粒子は何か新たな素子に変質し、体内へと浸透していく。

破裂して溜まっている血液を無事な血管へと誘導し始めたり、裂けている内臓と血管を周囲の物質に干渉し出す。
溜まっていた血液のヘモグロビンを静脈・動脈を正確に流し、老廃物は新たな物質へと変化させていく。
彼女の周囲の空間からも足りない物質を収集して内臓を再構成していくという現象が起こっている。

それらの行程を瞬間的に行い、数秒もしない内に赤髪の少女の内臓は復元された。
また、それらの治癒で余剰に余った素子は、彼女の体内に収束して肉体に溶け込むでいった。
その素子に呼応してか、内臓機能を完全に復活させただけに留まらずに肉体機能も向上させる。

(………魔法、か)

グレンはその瞬間的な現象を見て、内臓機構の修復の一部始終をしっかりと観察していた。
人には出来無いその現象にグレンは関心を寄せた。いや、実際はその術に関心を寄せていたのである。

――魔法。
それは一くくりにして空間に存在しているあらゆる物質に作用して様々な現象を発現させる術とされている。
空間の熱量を奪い、水分を一点に集めれば氷が発生でき、逆に熱量を集め、酸素や揮発性の分子を収束させれば炎や爆発を発生させられる。
さらに人体に作用させる最たる例は、脳や脊髄に直接信号を発し、傷の治癒能力を活性化させて爆発的に修復させるなどが存在している。

本来の生物治癒は、組織に傷が出来ると共にその部分の血管は破裂して出血、神経を刺激する。
その神経から出される信号を脊髄を通りって脳に信号を送り、白血球・血小板をその部分に集めて殺菌して出血を抑えさせる。
そして塞いだ傷の蓋の下で細胞が活性化して細胞の復元、または細胞分裂して新しい組織を構成させる。
それらを行って再び組織が以前の状態なるには数日はかかるの一般である。

魔法の治癒はそれに作用させ、細胞分裂を強制的に起こさせて傷を無理やり塞ぐのである。
当然それは人体にとって負荷であり、大きすぎる治癒魔法はそれ自体生命の危険が伴うので瀕死の重傷・出血多量に人物に治癒魔法はかけられない。

かけてしまうと、活性化に必要な血液が不足している所に細胞が大きく動かす事となって、最少機能でどうにか生命維持している体が強制覚醒状態になる。
そして大きな血液循環出来ない血液によって細胞は過度のエネルギー不足になって壊死してしまう。
それが全身で起こり、只でさえ不足していた血液の酸素が無くなり、脳への酸素供給が出来ずにそのまま更に無残な姿となって死んでしまうのだ。

治癒魔法とは別に蘇生魔法というものもあるが、それは治癒の全く違う行程を踏む。
精霊という不思議な存在に呼びかけて命を加護する術や、魂そのものを留めて復元した肉体に押し込める術など様々である。
どれにしても直ぐに動かせる状態に持っていける方法では無い。

「………」

グレンはリアナが肩を貸して立ち上がる赤髪の少女を見ながら考えている。
赤髪の少女の腹は既にその負傷の跡は存在しない。だが精神的な要因もある様で、一人では歩けないでいた。

リアナがかけた魔法の様な術は、先に上げた術とはどれも異なっていた。
赤髪の少女自身と周囲の空間にある不思議な粒子。双方を用いて復元をしたのだ。
それはまるでバラバラになったパズルのピースを再び集めて完成形に直し、足りないピースは新たに構成したのである。
それならば例え重度の瀕死であったとしても空間上の物質を集め、血液の流れも調整出来るので治癒が可能になる。

「………」

スピリットと呼ばれている少女。その存在にどの様にして生まれるのか?
グレンはその事を思案しながら腰に携えている『月奏』を優しくさする。

【――マスター…】

『月奏』が撫でられた事で、くすぐったそうな声が感じられる。
その声を感じつつ、フェリクスと接触出来たのはかなり利益が見込める事象なのかもしれない、とグレンは思う。

「どうしました? 貴方も此方に来てください。…そういえば貴方の名前を伺っていませんでしたね〜」

着いて来ていないグレンに声をかけたフェリクスは、ふとグレンの名前を知らない事に気づく。
グレンは今まで一度もフェリクスに名乗っていないので、知らないのは当然である。

「グレン、グレン・リーヴァ」

グレンは視線をフェリクスに向けて、簡単に名乗った。

「グレン、ですか。ではグレン殿、早く此方へ。そうそう、スピリットは置いていってくださいね〜」

グレンの名を確かめつつ、フェリクスは人差し指を立てて左右に振ってそう言った。

これからグレンが連れて行かれる場所は、人間が大勢使用する施設。
そんな所にスピリットを連れて行けば間違いなく非難・侮蔑の視線をフェリクス共々浴びる事になり、話をする所ではなくなってしまうだろう。

「…そうか」

グレンは少し先に居るリアナと介抱されている赤髪の少女を見やり、そして脇に居るフィリスを見る。
フィリスはグレンの一張羅を掴んだまま、先程からリアナの方を見ている。
彼女はこのまま連れて行けないのでグレンはフィリスに言う。

「フィリス。リアナの手伝いを出来るか?」

フィリスはグレンとリアナの両方を交互に見やる。

「・・・(こくっ)」

そしてコクリと縦に首を振り、グレンの一張羅から手を離した。
それを確認したグレンはフィリスの頭を軽く撫でる。

「そうか。なら、頼む」

頭を撫でられて少しくすぐったそうにしながら再び頷くフィリス。
そしてグレンの手が頭から離れると、フィリスはリアナの方へと駆けて行った。

「・・・っ、んしょ」

「・・・・・・?」

フィリスはリアナが支えている赤髪の少女の反対側に回って支える。
リアナがそんなフィリスを見て不思議に思っていると、フィリスはリアナにニ・三言話す。
それを聞いたリアナが赤髪の少女を支えながら頭をグレンの方に向けきた。

「・・・(ぺこりっ)」

リアナは軽く頭を下げ、そして再び前を向き直してフィリスと共に赤髪の少女を支えて去って行く。

「――もう、よろしいでしょうか?」

リアナたちが去って行くのを見ていたグレンにフェリクスが声をかけてくる。

「ああ。すまないな、待たせて」

「構いません。これからスピリットと関わっていく訓練士にとって、スピリットとの交流は欠かせませんからね〜」

そう言ったフェリクスは、少々下品な高笑いをした。
だがグレンはそんな事よりも、小刻み揺れる度に煌くフェリクスの頭が眩しくて如何し様もなかった。

(――言うべきなのだろうか、それとも気遣って黙っているべきか…)

グレンは判断に困っていた。




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