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Before Act
-Aselia The Eternal-

第一章 ダーツィ
第一話 「 料理 」



現在、グレンとエステルは昼食のために程よい場所にある喫茶店に居る。
この喫茶店は、店外にも複数のテーブルを設置しているため、街道を行き交う人々や露店を眺めながら食事が取れる様になっている。
その場所で比較的外側に席を取ってグレンとエステルは向き合って昼食を取っている。

「〜〜〜(ぱくぱく)♪」

「………(ずずー)」

エステルは先程から機嫌が良く、鼻歌を歌いながら食べている。
さっきまで不貞腐れていたのが嘘のようであり、グレンは不思議に思いつつ珈琲モドキを啜る。

「――エステル」

「なに〜〜?」

その声色も元気だった。グレンは気にせず言葉を続ける。

「――食べきれるのか?」

現在エステルが食べているのは、壁と見紛うかと思えるくらいビッグなパフェを食べている。
具体的に言えば、対面に座っているはずのエステルの姿がそのパフェの容器と具で全く見えないのだ。
容器は特注なのか、具の重量に耐えられる設計が伺えた。ちなみにネネの実パフェ。
クーヨネルキを熟成した様なクリームミルクがたっぷり(丸ごとか?)容器の中をネネの実とトッピングしてギッシリ詰まっている。
容器の上はスナック菓子で城を作っている。これもネネの実・クーヨネルキのクリームミルクがふんだんに使われている。

そんな量をエステルは食後に頼んでいた。
食前に食べるとしても彼女の胃袋に入るのは精々2〜3割がせいぜいであろう。
ちなみの今、エステルはやっと城を攻略し終えた所である。それでも量が減った感じを微塵も感じさせないビッグパフェ。
どう考えても無理なのでは?と思い、これを頼んだエステルに声を掛けるグレン。

「ムリだよ〜〜」

あっさりギブアップ宣言をするエステル。

「……なら何故、頼んだ?」

「だってだって〜。一度食べてみたかったんだもん、このパフェ〜。グレンの奢りだし〜」

エステルの言う通り、今回の食事代は全てグレン持ちなのである。
それは先程、図書館を後にした後直ぐにグレンはエステルに役場まで案内して貰った。
そしてそこでグレンは役員の一人にフェリクスに渡された紙を見せると、そそくさと別室に案内された。
案内された部屋で色々と話をされ、金色のコインが何枚も渡され、それを見たエステルは「おお〜」と驚嘆の声を上げていた。

その後、いくつかのコインをエステルの助言の元に紙幣や銅・銀のコインに換金し、役場を後にした。
エステルの話によると、これだけあればしばらく遊んで暮らせるとの事だ。
グレンは案内と助言の協力のお礼として(エステルの要求だったが)奢る事となったのだった。

「余らせるつもりか…?」

「エステルが食べられない分はぜ〜んぶグレンが食べるんだよ〜」

dでもない事を口にするエステル。

「………」

グレンは目の前の壁を見上げる。
先程から会話しているエステルは全てこのパフェという壁越しで行われている。
中身は先程から今か今かと食べられる事を主張している。
試しに周りの客に勧めようかと見回したが、誰一人グレンと視線を遭わせないように明後日の方角を向いていた。

「―――エステルは後どれくらい食べれるんだ…?」

「えすてるはもうお腹いっぱいだから後はぜ〜んぶグレンの分だよ〜」

再び壁を見上げるグレン。
先程店員がリアカーみたいなのでヒィヒィ言って運んでくれたパフェは、城が消えた以外全くの原形を留めていた。
グレンの背中に同情と哀れみの視線をひしひしと感じられる。

(――やるしかないか…)

グレンはため息を一つつき、備え付けられていたジャンボなスプーンを手にとった。
周りから『おお〜〜!』という歓声が上がった。

ひとすくいして(それでもかなりの量が…)、目を瞑って精神統一をするグレン。

「――――」
『――――』

周りもそれに呼応するかの様に静寂に満ちる。
これ程の大きさのパフェが外のテーブルにドンッ!と置いといて街道を歩く人たちが気づかないはずが無い。
街道を行く人たちも、グレンの行く末を固唾を飲んで見守っていた。

「そうだ〜。このパフェって制限時間内に食べきれれば賞金が出るって〜」

―― ピクリっ

エステルの言葉に片眉を上げるグレン。

「………それは本当か、エステル?」

沈黙したまま口を開くグレン。その口調は少し、いやかなり据わっていた。

「そうだよ〜。ねぇーー」

エステルが店の扉で時間を計っている店員に声をかけた。
店員は「ええ」と言って傍らの砂時計を見る。それはまだかなりの量が上に存在し、徐々に下層に落ちていっていた。

「―――そうか」

そう言って再び沈黙するグレン。しかしその背後には只ならぬオーラが漂っていた。

「―――!」

目を見開いて高速で食べ始めるグレン。周りから大きな歓声が轟く。
グレンはスプーン一杯に掬ったパフェを一口で食べ、高速で顎を動かして瞬間的に飲み込む。
そして残像を残して再び掬われるパフェの具。

見る見る内に壁が引くなって行き、エステルの顔が容器越しに見え始める。
グレンとエステルの周囲の人たちはその光景にさらに熱狂する。中にはグレンが食べ切れるかどうか賭けをし出す人も居た。
エステルもそんなグレンに声援を送るが、グレンは全く見ていない。


………

…………………


―― カラーーーン

「――――ふぅ」

空になったパフェの容器の中にスプーンを入れ、グレンは椅子に背も垂れて完食の合図をした。
周囲の人々は今までの比にならない大きな歓声が上げ、中には健闘を称えてグレンの背中をバシバシ叩く人も居た。
時間を計っていた砂時計は、まだ少し上層に残っている。

「うわ〜〜。グレンってすんごい胃袋を持ってるんだね〜」

エステルが空になったパフェの容器とグレンの膨らんでいない腹を交互に眺めながら驚嘆の声を上げる。
彼女自身、グレンが食べきれるとは思っていなかったのだろう。
それは当然一人でこのパフェの残り90%オーバーを食べ切るなど人間業ではないのだから当たり前だろうが――。

「……実際これを食べ切れた奴は居るのか?」

パフェを一生分は食べた気がするグレンは、一応気になっていた事をエステルに聞いてみた。

「いるよ〜。確か5人で時間内に何とかたべたんだって〜」

「…………」

つまりグレンは5人でギリギリ時間内に食べたパフェを一人で食べといてまだまだ余裕という事になる。

自身の成し得た事は結構、いやかなりの偉業なのでは…?

そんなことを考えていると店員が紙幣を5枚持ってきた。
賞金はその紙幣5枚なのだが、このパフェ代を前払いで紙幣2枚分を払っているので実質賞金は3枚分となる。
実際これでも少しの間の食事代はまかなえるらしい。

―― ずずーー

グレンは口直しにさっぱりとした紅茶を頼んで飲んでいる。この時の代金は店側が受け持ってくれた。気前がいい。
その理由が、挑戦者が現れるごとに店側が賭けを行っているために店側の損失は無く、むしろ銀コイン2枚以上の利益があるので問題ないとの事。
挑戦の前に代金を受け取っている事といい、経営上手な店である。


「グレンはこれからどうするの〜?」

グレンは活性化している腹が落ち着くのを待って少しの間椅子にもたれていると、エステルが話かけてきた。
先程まで新記録樹立したグレンの名前書きで店の中で色々とやっていたのだが、何時の間にか戻ってきている。
周りで歓声を上げていた人だかりも今ではすっかり元の喧騒に戻っていた。

「――そうだな…」

エステルの言葉に今後について思案するグレン。
一応図書館に戻って午前の続きで本を読み漁る事を考えてはいた。
だが、目の前に居るエステルの瞳が「一緒に遊ぼう!」とガンガン輝かせている。

「………」
「………(わくわく)」

―― 〜〜〜♪

「―――(ん?)」

グレンは考えあぐねていると、何処からともなく鼻歌が聞こえて来る。
エステルはまだ気づいてはいないようだが、グレンの耳にはしっかりと聞こえていた。
ただの鼻歌ならばグレンは気に止めないのだが、その曲に聞き覚えがあるからである。

「………(じっ)」

「ん? どうかしたの、グレン?」

鼻歌が聞こえて来る方向の街道を見やるグレン。その奇妙な動きをしたグレンの見ている方を見るエステル。
少しすると、エステルでも聞こえ始める鼻歌が聞こえて来る。
それに合わせたかの様にその方角の人だかりに穴が開いていっていた。


しばらくすると、その人の穴はグレンたちが居る店のかなり近い所まで近づいて来ていた。

「〜〜〜〜♪」

それに合わせて鼻声も大きくなっていた。
この時点でかなりの確信を得ているグレンは近づいてきている穴の隙間から見えてくるはずの人物を眺めて待つ。
エステルの呼び掛けに曖昧に答えていると、ついにその穴に隙間が出来た。そこには2人の少女。

「――ララララ〜〜♪」

鼻歌を歌っている張本人。蒼く長いロングの髪に金色に瞳。
今朝方にフェリクスと連れていた緑髪の少女に連れて行かれた少女、フィリスティアである。
グレンは少女が歌っていた鼻歌が昨夜、彼女に聞かせた詩の一部であったためわかった。

彼女は今、簡素な上下の服を着、その服の縫い目辺りに青い刺しゅうが施されている。
そしてフィリスティアに先導している緑髪の少女。後ろで歌っているフィリステリアを連れて行った少女であった。
こちらの服はフィリスティアよりかはしっかりとしているが、相も変わらず質素である。こちらは緑のラインとなっていた。
二人はお互い背中にそれぞれの武器を背負っている。

「んん〜?――ああ、スピリットだ〜。またやるんだ〜」

「…また?」

グレンの視線の先に居る少女たちを見たエステルの声に反応するグレン。
エステルの言い方では何か恒例的なニュアンスが感じられた。

「うん、そだよ〜。新しいスピリットが入るたんびにこの街に居る訓練士は『あれ』をやらしてるんだよ〜」

「『アレ』とは?」

「見てればすぐにわかると思うよ〜」

――訓練士。
フェリクスも自身の事をそう言っていたが、どうやら彼女たち――スピリットと呼称された存在は何か特別な処置がされているのだろう。
初見の時点でもこの街の人間とは違った存在である事は感じてはいた。
どの世界に行っても社会という枠組みと少しでも違う存在を排斥する感情が蔓延しているのだろう。
その証拠に彼女たちを避ける人だかり。そして毛皮らしく・侮蔑するような視線を誰もかしこも彼女たちに向けている。

――強いて言えば、台所に出現したゴ○ブリを見る様な視線である。

「……(ずーー)」

エステルの言葉に従って紅茶を飲みながら静観する事にするグレン。
エステルは追加注文(これも店持ち)のお菓子を食べている。

「……お腹は一杯ではなかったのか?」

「甘いモノは別腹だよ〜」

あのパフェも十二分(1200%とも言える)に甘いモノであったはずだが、突っ込むのはやめるグレン。
視線を少女たちに向けると、丁度一つの露店の前に立ち止まった所だった。

「――フィリスティア」

「――うんっ」

緑髪の少女が後ろのフィリスティアの名前を言うと、フィリスティアは露店の前に立った。
そして長い蒼い髪を垂らして露店の店主に頭を下げる。

「――えっと……どうかこのスピリットのわたしにどうかおじひの―――あれっ?」

フィリスティアは暗記しました、とわかる片言を口にするも途中で途切れる。
どうやら忘れてしまった様で下げたまま頭を捻っていた。

「――どうか、食事のお恵みを頂けないでしょうか…」

緑髪の少女が補足する様に間を繋ぎ、そして頭を深々と下げたのだった。
フィリスティアもそれに倣って「いただけないでしょうか〜」と言って緑髪の少女の真似をして頭をさらに下げた。

その露店の店主は露骨に嫌そうな顔をしている。
彼女たちが始めて店の前に立った時からではあったが、その目は低俗な存在を見ている眼差しであった。

「………」

彼女たちのその行動の一部始終を眺め続けているグレンは目を細めていた。
視線は彼女たちから離さず、最後の一口の紅茶を飲み干すグレン。

―― カチャッ

「…エステル。あれがそうなのか?」

空になったカップを置いたグレンは視線をそのままに、エステルに確認を取る。

「そうだよ〜。人に対するスピリットの礼儀を新人に教え込むのが目的なんだって〜」

あれは既に何度も行われている様でエステルは何気なく言っている。
声色からして、生活の中から既に常識になっているのだろう。
昨夜の事からして、知識がまだのあの少女にも同等の処置を施す事によって服従化させる。

ある意味では洗脳であるが、これはこれでなかなか効率的に手駒に出来る。

(――さて、誰が考えついたのやら…)

こういった事はその筋の専門家で無ければ考えつかないモノ。
露店の前で頭を下げている少女たちに向けられている街道の人々の視線からも、好き好んでそういった道に入る人は限られてくる。
そういった意味からも、あのフェリクスという人物であろうと見当を付けるグレン。

黙考していたグレンがサービスで出されていた水を飲んでいると、向こうでも動きがあった。

―― とさとさっ

「はっ、これでいいんだろ?」

露店の中から何かが少女たちの目の前に投げ出される。
遠目だが、それは昨日グレンも食べたエヒグゥの肉。だがその肉もあまり良く炙られていない様で半生であった。

「…ありがとうございます」
「ます」

緑髪の少女が地面に転がされた肉を一つ拾って再び頭を下げた。
それに続いてフィリスティアも肉を拾って頭を下げる。

「じーーーーーー」

「それではこれを――」

フィリスティアが砂まみれのエヒグゥの半生の串焼きを眺め、緑髪の少女が露店の店主の懐から紙を差し出していた。
差し出された紙を手早く受け取った店主は、彼女たちをさっさと去るように言った。

緑髪の少女が再び頭を下げると手にある肉を眺めていたフィリスティアを歩くように促す。
周りの人々の穴は更に広がっており、彼女たちが進めば穴もまた移動するだろう。

緑髪の少女は俯いたままであり、フィリスティアは肉を見続けていた。
……たぶんあれは昨夜の肉と比べているのだと思われる。肉の状態と焼き加減からしてミディアムに属するそれは未調理状態である。

「―――半生。未熟」
「――!」

フィリスティアがさり気無く口にした言葉に緑髪の少女は身体を少し強張られる。
案の定、その肉を投げた露店の店主は顔を強張らせる。

「……んだと? スピリットごときがんな事わかるわけねぇだろ」

「――夕べ食べた森の生き物を焼いたモノのそれ以下。話にならない」

砂まみれの肉を咀嚼して味を確かめつつ、評価を口にするフィリスティア。
彼女は案外毒舌なのか、それとも感想を率直に述べているだけなのか…。
――おそらく後者であろう。何にしても、周り人々はフィリスティアの発言でその視線が殺気に帯び出す。

「…うわ〜。あのスピリットはある意味大物なのかも〜」

エステルも周りの人々の変化を察し、発言者であるフィリスティアを評価する。
まだ子供であるエステルは大人の殺気の意味を理解するには至っていない様であり、反応もまちまち。
彼女はこれからの様である。


「―――んっ」

露店と周りの人々の殺気立った中で、フィリスティアは周りの人だかりの中で何かを見つけた様な反応を見せる。

―― タタタっ

そして露店周りの視線を気にせずに、フィリスティアは人だかりの中に小走りに突っ込んでいく。
彼女の突然の行動に人だかりは距離を離す暇も無く、その中に入ってしまった。
その周りではざわめきが起こり、ちょっとした騒ぎとなる。

「ほえ〜〜。一体あの子は何するだろね〜」

今までのスピリットと違う行動を取ったフィリスティアに、エステルは興味が湧いた様で喧騒の方を眺めていた。
グレンも眺めていたが、視線を手元の水の入ったコップに戻し、残りを飲み干しにかかった。

「………(ごくごくっ)」

緑髪の少女は露店の前から動かず、フィリスティアが消えていった方を眺めるだけで探そうともしていない。
こういった事態の対処方法を知らされていないからだろう。その瞳だけがおろおろとしていた。

―― コトッ

「………」
「………」

空にしたコップを置く。グレンが座っている椅子の横から視線を感じる。
エステルは依然テーブルの対面に居る。そして横から感じられる気配は小柄の子供のものであった。

「グレン〜、よこ……」

驚いた様な表情をし、横を見るように促すエステル。
それに従って視線を横に向けると、そこには肉を持ったフィリスティアが佇んでいた。

「………」
「………」

お互いの瞳を見詰め合う金と漆黒。
フィリスティアは此方を見詰めたまま肉を突き出してくる。
それは砂まみれであり、そして半生であった。
彼女の先程の評価を如実に物語っている。おそらく味の方も同様だろう。

「………」

グレンはその肉とフィリスティアを交互に見やる。これを食え、というわけではない様だ。
肉を突き出す理由は――

「…俺に調理しろ、と?」

グレンの言葉を肯定する縦の頷きが返すフィリスティア。
昨夜の串焼きをこの半生で再現しろと言っている様である。

「………」

半生で砂まみれの肉を見る。
砂で肉の表面の大部分が覆われているが、砂は消化促進には良い。食べられないわけではない。
だが、見栄えも重要な要素の料理は、これでは食欲は大幅に削られる。

「………」
「………」

グレンは肉を、フィリスティアはグレンを見詰め続けている。
対面のテーブルで二人の成り行きを如何するべきか迷っているエステルは、周りの人たちが此方に注目し出している事に不安を持つ。
グレンも周囲のその視線とエステルの様子を把握し、これから如何するか決めた。

「――いいだろ…」

「グレン〜!?」

「!(わ〜い)」

グレンは椅子から立ち上がり、フィルスティアの肉を手に取った。
エステルはそんな行動を取ったグレンに驚愕し、フィリスティアはグレンの一張羅を掴んで喜んだ。

―― ざわざわっ

店を離れ、先程までフィリスティアが居た露店へと歩いていく過程で、一張羅を掴んだフィリスティアを連れて歩くグレンに周囲の人たちは怪奇な視線を向けてくる。
グレンが進むごとにそこに穴が開き、露店の前でずっと佇んでこちらを見ていた緑髪の少女の所までの道が出来る。

「………」
「………」

グレンが露店の前まで行くと緑髪の少女の、琥珀色の瞳がこちらを見てくる。
グレンも少しその瞳を見詰める。すると、そこに露店の店主から声が掛かる。

「あんたかい…。スピリットに飯食わせたのは――」

視線を向けると、横で中年の男がグレンを測る様に眺めていた。
その男は昨日エステルがエヒグゥの串焼きを貰った露店の男だった。

「何であんたみたいのが嬢ちゃんと――」

男は頭を掻いて空を仰いだ。そして再びこちらを見てくる。

――その瞳には敵意・侮蔑の色が占めていた。

「――もう二度とあの子に近づくんじゃねぇ」

沈黙。

周りの人たちも男の言葉に冷たい視線をグレンに向けてくる。

「………」

それを全身に感じるグレン。予想はしていたが、かなりの数である。
エステルを店に無言で置いてきたのは正解だったようだ。彼女もここに来ていたら同様の視線を向けられていただろう。

(やれやれ、だな)

グレンはため息を一つつき、そして羽織っている一張羅を脱いで掴んでいるフィリスティアに被せる。

「うにゃ?」

可愛らしい声を上げてかぶされた衣から頭を出す。
髪と同様に漆黒の上下の服装だけになったグレンは露店の方に歩いていく。

「……少々借りるぞ」

厳しい視線を向け続ける男の横を通り過ぎる際に一言かけ、露店の中にグレンは入った。


露店の中は簡素な物で、火起こし器具と肉を裂く台以外は地面に様々な物が置かれていた。
グレンは店頭でもある火起こし器の前に立つ。外からの視線は相変わらずである。

「………」

―― もそもそっ

蒸すような火加減のそれを炎が上がるほど火力を上げさせ、ズボンと上着の間に手を突っ込んだグレンは何やら背中を弄っている。
そしてそれがピタリと止まると、背中から丸く、黒い鍋のような物を取り出した。

―― グレンは中華鍋を取り出した。

取り出した中華鍋を炎の上、丁度周りの突っかかりに引っ掛かる場所に置いて鍋の温度を上げさせる。
開いたもう片方の手で襟に突っ込み、長方形の刃物を取り出した。

―― グレンは中華包丁を取り出した。

そして鍋を置いて再び開いた手で背中を弄り、一束の植物を取り出す。

―― グレンは森の山菜を取り出した。

「………(テキパキ)」

『………(呆然)』

グレンの人並みの膨らみしかない着ている服から、明らかに見た目不相応の許容量の物を取り出した事に唖然とする人々。
それは緑髪の少女にフィリスティアも例外ではなかった。そんな周囲を気にする事無く調理の準備を整えるグレンであった。


―― ゴォォオオオオオオ

中華鍋の周りから炎が盛んに上空へ立ち昇っている。
グレンは砂まみれの肉を台の真ん中に置き、山菜を脇に置いていた。

「………」

グレンは炎の中に置きっ放しの鍋を眺め続ける。その視線は獲物を狙う野獣の様であった。

『………(ごくりっ)』

周囲の人たちも先程までの冷たい視線はどこへやら、そんなグレンの様子に固唾を飲んで見守っていた。
人は自身の好奇心の前では敵意など些細なものである。

―― メラメラっ

「………」
『………』

不動のグレン。静かに躍動の時を待つ人々。
緑髪の少女もグレンを見詰め、フィリスティアはわくわくさせていた。

―― メラメラッ……ゴウッ

「――!(くわっ!)」
『――!(おおっ!?)』

鍋の周囲で一際大きな炎を上げると、グレンは手にしていた包丁をくるくると回し始めた。
人々もそんなグレンの動きに歓声を思わず上げてしまう。

―― ジュワァアアア

グレンは傍らの油の容器を取って鍋にドクドク投下、鍋全体に馴染むようにまんべんなく油を浸透させる。

「ふぁあああああああああああ!!!!!」

――
トトトトトトッ!!

油が鍋に浸透した瞬間、即座に肉の切り分け入る。その速さはまさに神速。
切り分けられていく肉が均等に区分され、残像すら重なるその包丁捌きに周囲の視線をまさに釘つけにさせる。

―― シュワッ!!
――ジュワァアアアアアア!!


台に水平にした包丁で全ての肉を掬い上げ、煌々とした炎の河口(鍋)に投下して焼き始める。

―― ジャカジャカジャカッ!!

ほあちゃぁあああああああああ!!!

――
トトトトトトトトッ!!!

再び懐から出された御玉でしばらく肉をかき回していたグレンは、炎の上がってる直ぐ横に鍋を置く。
そして手付かずでいた山菜を刻み始め、刻まれた山菜が宙を列をなして舞う。

―― ぽととととっ
―― ジュワァアアアアアアアア!!


宙を舞った山菜は全て鍋の中に落下し、全ての山菜が刻み終えたグレンは再び炎の中に鍋を晒してかき回し始める。

―― ガチャガチャガチャッ!!

はぁああああああああああああああああああ!!!!!!


―― ゴォオオオオオオオオオオオオオオ!!!


鍋の周囲の炎がグレンの鍋・御玉捌きに吸い込まれる様に蠢く。
それを見ている人々はその炎がまるで生きているような錯覚を覚える。実際、鍋の動きに合わせて炎が纏わりついている様であった…。


―― コトッ

「―――『エヒグゥの山菜炒め』出来上がり…」

『――おおおっ(パチパチパチッ)』

炎と舞っていたグレンは遂に鍋の中身の完成した料理を皿(これも懐から)に盛り、店頭の台の上に置いて周囲の人々に披露した。
その皿に盛られた肉と山菜から立ち昇る芳ばしい香りに周囲の人々は歓声と拍手を送って来る。

「………」
「………」

グレンと露店の店主である男が視線を交差させる。

―― グレンは挑戦的な、男は貫禄な視線。

「―――(ぱくっ)」

『―――――』

男はグレンが調理した肉と山菜を咀嚼する。グレンと周囲の人々はそれを見守る。

―― もぐもぐもぐ…

静まっている街の中で、男が食べている音が極めて大きく聞える。

……………

―― ごくんっ

男が噛み砕いていた料理を飲み込む音が聞えてきた。
周りは男の反応一つ一つを逃さない様に食い入って見ていた。

「………」
「………」

『………』

再び視線を交差させるグレンと露店の店主。最後の審判に期待する人々。

―― がくっ

些細な時間の静寂を破ったのは店主の男。膝をつき、四つん這いになったのだ。

「――――――負けだ…」

「………」

―― すっ…

うな垂れた男の言葉を聞き、グレンは持っていた御玉を天空に突き上げる。

―― キラーーーーン

そしてそれは日の光を浴びて煌いたのだった――

『『『『ぉおおおおおおおおおお!!!!』』』』

周囲の人々は御玉が煌いた瞬間に怒号の歓声が湧き上がった。

露店の中で御玉を掲げている男。
その前で四つん這いでうな垂れている男。

白熱した一つの勝敗が決した事で人々は自身のアドレナリンを爆発させた。
フィリスティアも周りに呼応して万歳をし、緑髪の少女は周囲の反応に身体ごと世話しなくオドオドさせるのだった。



「これはこれは…とても面白そうな事になってますね〜」

周囲の歓声の嵐の中、この場には不相応な静まった声をグレンたちの掛けて来る者が居た。
ダボッたい服装をした男、フェリクスがユラユラと歩いてきた。
フェリクスの姿を確認した人々は先程までの騒がしさを沈静化させて彼から離れていく。

「…?(もぐもぐ)」

「――!」

フィリスティアがグレンの料理を食べながら声のした方を見、緑髪の少女はフィリスティアがちゃっかり勧めて咀嚼していた所で固まる。

「…ほうほう。随分と豪勢な物を貰えましたな〜」

かなり皮肉を混じらせた感嘆の声を上げるフェリクス。
周囲の人々は彼のその声に顔を顰める。

「まぁ、いいでしょう。さ、帰りますよ」

フェリクスはきびを返して元来た道を歩いていく。

「……(もぐもぐ)」

「………」

だが、フィリスティアは料理をグレンの傍らで立って食べ続け、緑髪の少女は俯いたままその場に留まっていた。

「……? 何をしているのですか、『雪影(せつえい)』、『彼方(かなた)』。さっさと来なさい」

彼女たちが着いて来ない事に不信に思ったフェリクスは彼女たちを呼ぶ。
どちらかは緑髪の少女の方の名ではあるにしてもフィリスティアへの名前が無い。

「……?」

―― クイッ

グレンは不思議に思っていると、調理を終えて再び羽織り直した一張羅が引っ張られる。
見ると、フィリスティアが片手(食べるのに使っていない方の)でグレンの一張羅を掴んでいた。

「………(もぐもぐ)」

フィリスティアは視線をフェリクスに向けたままで掴んでいる。

―― クイッ

「――?」

今度は反対側から引っ張られる。見ると緑髪の少女が掴んでいた。

「………」

その琥珀色の瞳はグレンを見詰めていた。それは懇願の色を含んでいる様に思えるグレン。

「おやおや…。随分と気に入られたようですね、貴方。今朝の事といい、スピリットに好かれる性質ですか…フフフっ」

含みのある不気味な笑いに周りの人々はさらにフェリクスと距離を離す。

―― キラッ!

そしてユラリと揺れた頭から反射した光が周囲を眩しく輝かせ、人々は一斉に目を瞑った。

「――テカはげ」

それをもろに見てしまったフィリスティアは目を盛んに擦りながら口からこぼした。

「スピリットの分際で人間様を侮辱する気ですか?!!」

顔を赤くし、フィリスティアの怒鳴りかかるフェリクス。
フィリスティアはグレンの後ろに隠れ、彼女の発言がツボに入った複数の人が忍び笑いをする。
フェリクスは笑っている人たちを一弁し、苦虫を噛み潰したような表情をする。

「…そのスピリットを連れて貴方にも来て貰います」

グレンに向かって最後にそう言い、先に再び歩き始めるフェリクス。

「……いいか?」

グレンは周囲の視線が再び冷たくなっている事を感じ、衣を掴んでいる少女二人を促す。
フィリスティアはまだ料理を食べたまま頷き、緑髪の少女はさらに掴む力を込めて俯いて小さく頷いた。

「そうか…行くぞ、フィリス。それと――」

フィリスティアの事をフィリスと愛称で呼び、緑髪の少女も呼ぼうとしたが名前を知らなのでグレンは言葉に詰まる。
フェリクスの呼びかけはどちらがどちらなのか判断出来ない。

「――リアナ。リアナ・グリーンスピリット、です…」

リアナと名乗った緑の髪の少女は不安げにグレンを見上げてくる。
グレンはそんな少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「そうか。では行くぞフィリス、リアナ」

「…ん〜〜」

「――(こくりっ)」

フィリスが食べながら頷き、リアナが先程よりはっきりと頷いた。



「……グレン」

エステルは終始グレンに話し掛ける事が出来ず、少し離れた場所から二人のスピリットを連れて去って行くのを眺めていた。
彼女は自身のスカートを両手で強く握り、グレンの後を追おうとする。
だが、彼女の肩を抑える大きな手によってそれは阻まれた。

「…おじさん?」

「駄目だよ、嬢ちゃん」

それはエステルには慣れ親しんだ、先程までグレンが居た露店の店主の男であった。

「でもでもっ!グレンが――」

「駄目だっ!!」

グレンが去って行く方を見ながらエステル叫ぶと、おじさんはそれをに大きな声で遮る。
ビクリと肩を跳ねるエステル。彼女はこのおじさんから今まで怒鳴られた事が無かった。

「いいかい、嬢ちゃん。スピリットと関わっている奴なのかと付き合いを持っちゃならねぇ。ろくな事にならないからな」

「でも――」

「今は子供だからまだいい。だがな、大人になると必ず後悔する事になる。だから関わっちゃならねぇだ。な?」

泣きそうなエステルをおじさんは視線を合わせ、頭を優しく撫でながら諭すように語り掛ける。

「頭の良い嬢ちゃんならちゃんとわかる。だからこれ以上奴に関わろうとしないように、な?」

最後にポンポンとエステルの頭を叩いたおじさんは露店に戻っていった。
エステルはおじさんが露店の中に入っていくまで眺め、そしてグレンが去って行った方を見やる。
既にグレンの姿は無く、街道は何事も無かったかのように再び街の喧騒に包まれていた。

「――グレン…」

エステルは最後に彼の名を呟き、そして街の喧騒の中に身を消した――。




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