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白み始めた空が夜の終わりを告げ始める。
夜を営む生き物の世界が眠りに付き、命の光の世界が眠りから醒め出す。
光が大地を眩しく照らし出し、遥か彼方の地が光の筋を浮かべる。


――夜が明ける。

木々が夜明けの光を受けて眩しく輝く。
光が大地を暖め、冷えた木々や土が水を撒く。爽やかな空気の中に水が溜まって霧を造る。
それは森の洗顔の時間であった。

木々の葉に霧がかかって水滴を溜める。
それらが眩しく輝いている森を一層輝かせていた。
森の中一面にスポットライトが差し込む。生き物の眠りを知らせる光である。

森に住まう小鳥や植物たちが光を受けて目を覚ます。

小鳥のさえずりが森の中に響かせ羽ばたく。

輝く森の中を色鮮やかかにしていく花々。

穴が開いているところから顔を出す小動物。
森に潤いを満たす霧で顔を洗い、木に登っていく。
木の実を見つけ、堅い殻を木に叩き付けて中身を取り出そうとする。
その音が小鳥のさえずりとともに森は朝に満ちていく。

朝を迎える森。これから命の育みの一日がまた始まる。
日がさらに昇り、霧は薄まっていく。


―― パキッ…


白く柔らかい水の壁の向こうから、日の光を浴びて長い影を作って歩く人影が一つ。

動物たちが小枝を踏み割る音を聞いて隠れていく。
鳥は大空へはばたいて褐色の羽毛を白銀に染めていく。

霧が晴れていき、森の中を白く染めていた光も和らぎ、人影も収まっていく。
現れた漆黒の髪は今だに光で白く反射し、羽織っている白い衣は柔らかな白を返していた。

「…………」

男は静かに朝を迎えた森の旋律に耳を傾けて歩いていた。
潤いを含んだ涼しい風が森の中に吹いて木漏れ日が揺れる。
そして森が開けていき、風が強く吹いてくる。衣を舞い上げ、髪と同じ漆黒の服が覗く。

森の木漏れ日がなくなり、日の光が眩しくなって世界を白く見せる。
目を細め、次第に晴れていく世界の光に瞬きを何度かする。
小高い丘の草原が目に入る。風が草をなびかせて風の流れ道をカタチ作っていた。
空は白んで澄み渡って晴れている。雲が大空に広がり、夜と朝の境界線を引いていた。

草原の中に、細長く割って通る道がある。
一方の道の先は遥か彼方の道にまで続き、草原が一面に広がっている。
もう一方の方向の道は下っており、その先は小高い山脈が半分見えていた。

山が見える方に男は歩いていく。見えていた山脈の麓が遥か先に見え、そしてその眼下に街が見えてきた。
その街は小さいながらもしっかりとした造りの石で造られた家が立ち並び、街中にある小高い建物が一際目立っていた。
そんな街が朝日で白く照らされている。そして街の入口にはある門を見て男は目を細める。

2人の男が、兜というにはお粗末な帽子を被り、少し張りぼったい服装をして門の左右に立っていた。
夜勤明けなのか一人は頭をフラフラとさせて、もう1人が大あくびして眠気を醒まそうとするが、瞼を重くさせていた。

それを見るも、男はそのまま一張羅を風になびかせて街へと歩いていく。
先ほどまで広がっていた草原は街に近づくに従って草の地になっていき、下っていた緩やかな坂も平坦になっていた。
周りには隠れる場所は全く無く、門番をしている彼らは気づかずに夢うつつにしている。


―― サッ…サッ…サッ…


男はそのまま歩みを止めずに進む。
地面の砂利が歩みの唯一の音。風になびく一張羅が静かに羽ばたく。
門番は2人ともウトウトし、近づいてくる男に全く気づいていない。

男はそのまま門の前まで歩み寄ると、足を一旦止めて門の中を眺める。
中には小さな小屋が幾つも立ち並び、さらにその先に大きな門がまたあった。
内門の先には街が広がり、差し込む朝日が真っ直ぐ建ち並ぶ建物に影を作っている。

「………」

『……Zzz』

中を覗いていた男は左右で夢うつつな2人の門番を見やる。こっくりこっくりと頭を揺らし、器用に立っている。
それを一通り眺めた男は小さく微笑み、門の中に入っていく。

「――お疲れ様」

小さな呟きと共に。


「――カックンっ! ぬおっ?!」

男が入った数瞬後、一際大きく頭を落とした門番の一人がハッと目を覚ます。
まだ眠ってる頭を振って自分が今何をしている最中かを思い出す。
そして慌てて辺りを見回して何も無いことを確認する。

『あぶねぇあぶねぇ。こんな所を隊長に見つかったら減俸ものだった…ホラッ、お前も起きろっ!』

「んあ!?」

今だに夢うつつのもう一人の頭を叩いて起こす。
叩かれて起こされた彼は、寝ていた頭がいきなり起こされたので混乱させる。

『んあ!? 何だ何だ?! 敵襲か!!?』

『ちがうわ、アホッ』

そんなやり取りを門の中を歩き進めながら男は聞いていた。
男の耳には入るのは知らない言語で話されている会話だったので、何を言っているのか全くわからない。
だが、アホ漫才をしていることは理解出来ていた。

門のすぐ中にはいろんな臭いが漂っていた。
甘い果実の香り。ツンとした油の臭い。少しキツイ薬品の臭いなど様々である。
ここはどうやら関所的な場所であるようだった。男は辺りを見回しながら街へと続く門へと歩いていく。

そして門を通りすぎると、土の地面が石の通りとなって少し大きく開けた場所に出る。
門の前に少し広がっている石造りの街道が幾つもの道へと繋がっている。真っ直ぐ先の大きな通りから細い通りまで様々である。
男は少しばかり吟味し、そして真っ直ぐ先の大きい通りへと歩いていく。


『やあやあ。こんな朝早くまでご苦労さんですねぇ』

『あん? …あんたか』

門番をしている2人の男の下に、両手に湯気のたったカップを持った男が一人近づいてきた。
その男は2人とは少し違ってダボッた服に、茶色い外套を着ていた。

『どうぞ、お茶ですが』

『ああ。いただこうか』

『気が利くじゃねぇか』

差し出されたツンっとした香りがするお茶を2人は一気に飲み干す。
苦味が口の中を走り、頭が冴えてくる。

『頭が醒めてくるわ〜』

『丁度いい…が。どういう気の吹き回しだ、アンタ?』

『いえいえ、ね。首都に行ってしまったスピリットの代わりに門番をやっていてくれてるお2人を労ってるんですよ』

『まったくだ。なんで俺たちがスピリットの代わりをやらされなきゃならねぇんだ』

『すみませんねぇ。今残ってるやつをもっと切り詰めて使い物にしますんで』

『早くしてくれよ』

『ええ。任せてください』

門番の2人から空になったカップを受け取った男は、門の中に戻っていった。
そんな男を眺めながら2人の門番は話す。

『しっかし、なんでアイツはスピリットなんかを相手にするんだろうな』

『妖精趣味なんじゃねぇのか?』

『うわっ、マジかよ!? やだねぇ〜』

去っていった男の方を見ると、そこにはもう既に居なかった。
その先に街への門のが見え、そして街中へと続く街道に注ぐ朝日が目に入った。

その街道には、何の人影も無かった―――




Before Act
-Aselia The Eternal-

序章 ― 新世界 ―




まだ朝霧が晴れきっていない街は、まるで高い山の中に存在する町の様に白い霧が漂い、朝日が銀色のカーテンを作る。
朝日の上り始め特有の長い影が街中に出来き、やがてその中に街の人々がちらほらと顔を出し始める。

家の前に水を撒く女性。
街道で体操をする中年の男。
露店の準備を始める人。

街の人々が今日の始まりの準備をし始める。


次第に明るく活気に満ちてくる街道。
街道を荷馬車が幾つも行き交い、積んでいる果実や野菜、肉などを露店に売り込んでいる。
荷馬車が通り過ぎる度にかわる積んでいる物は、この街の豊かさを象徴するが如くであった。

露店が立ち並び、その周りの家の窓が開いて店舗が開店しだす。
それに合わせたかの如く街道を行き交う人の数が増えていく。

特に朝食のために直送の新鮮な食材を買い求めに来る女性が多い。
それは、大切な人に食べてもらう一日の活力を養ってもらうためだろうか。

様々な食材が立ち並ぶ露店の中で、荷馬車の荷台に男が一人立ち、その周りの群がる男たち。
一人の男が荷台に乗る男に叫ぶとすかさず他の男も叫ぶ、荷台の男は叫ぶ男たちを順に指差していく。
最後の叫んだ男に指差した荷台の男は、何度か他の男たちに叫ぶと一際大きな声を上げて荷台の物を最後の叫んだ男に渡す。
それを受け取った男は紙を荷台の男に渡し、他の男と同じく去っていく。

猫の様な小動物がとある露店の果物を一つ咥えていく。
それに気づいた露店の店主は叫ぶが、既に逃げられていた。

目覚めた街は朝の喧騒となって人々は賑わっていた。


朝の活気が収まる頃には、明るくなった空の下を穏やかに人々は街を歩いて行く。
大人は仕事で行き交い、子供ははしゃいで走り回る。
雑談を交じ合わせる女性たち。食材を売り込む露店の人。豪快に笑いあう屈強な男たち。
様々な人が言葉を交わし、街を小さな活気をかもしだす。

「………」

そんな街の目覚めを、一人の男が脇道の壁に寄り掛かって眺めていた。
漆黒の髪と瞳を持つ男は白い一張羅を纏っている。時折なびかせる風がその下の黒い服を露わにする。

男は街を行き交い、雑談を交じ合い、露店で売り込む人々を眺め続ける。
男が知らない言語で話される会話に耳を傾け続けている。

「………」

目を閉じる。耳に入る街の喧騒が一際大きくなった。

……
――――

だがすぐに静寂の世界をカタチ造る。

灰色の空から一枚の木の葉が舞い落ち、そして波の立たない水面へと一つの波紋を広げて浮かぶ。
波紋が遥か彼方まで広がっていき、そして水面に浮かぶ木の葉に数え消えれない小波が押し寄せてくる。

ユラユラ揺れ出した木の葉は、やがてやって来た大きな波に飲み込まれて沈み込む。
水の胎内は空の光が波で断続的に輝き、木の葉を照らす。
あれ程揺れていた波が消えた胎内に木の葉は包まれたまま、螺旋を描いて沈んでゆく。


『―――ラ ――――カ ――』

『―――――で ――アウラ ―――――――なし ―――デ』

聞こえてくる人の声。解からなかった言葉が少しずつ氷解していく。
沈み続けていた木の葉がついに底に辿り付き、木の葉の先端が底に触れて尾がフワリと、ゆっくりと底に横たわる。
水の静寂が木の葉を満たす。水面は今も波打っているが、ここは全くの無音世界を形成していた。
だが、次第に水を奏で来る振動が木の葉をささやかに揺らす。


『――さん――――どうだい―――』

『おう――――がよ、そんで――』

紡がれる言葉が氷解しきり、世界を構成し出す。

言語の世界。

意味を成しているモノが旋律の渦となって木の葉を浮き上がらせる。
水面に近づくにつれ、小波が大きく見えてくる。波が一つの秩序を描いて風を生む。


『だがよ、それらな―――はどうだい?』

『まぁ、そんなことじゃ―――ですよ――』

『そんじゃ―――だったら―――は―――ですよ』

ついに水面まで辿り着いた木の葉は、しっとりとした葉を水面に預ける。
そして再び浮き上がった木の葉が波を受けて宙を舞わせる。
それを風が奪い、空へと飛翔させた。水滴を垂らしながらも、高々と上っていく。


――蒼く澄んだ空の大海原へ。



「………」

目を開ける。
街は朝の喧騒が収まり、今ではそれなりの人が街を往来していた。
空を見上げると、日は更に昇っている。これならば後は数時間すれば真上まで来るだろう。
朝の柔らかい暖かさは息を潜め、照明の様に日の光は世界を私たちに見せてくれている。

――クイックイッ

「……?」

男は自分の一張羅が下から軽く引っ張られている事に気づく。
見やると案の定、小さな女の子が片手で衣を握ってこちらを見上げていた。
男は少しそれを眺め、女の子もジーっとこちらを見上げる。

『お兄さん、ずっとここでなにをしているの?』

先程から聞いていた大人の言葉に比べると、稚拙ながらもハッキリとした発音をする。
女の子は小首を傾げる。どうやら男がずっと此処で寄り掛かっているのを見られていたらしい。
男は女の子に苦笑交じりの笑顔を向ける。その笑顔を見た女の子は顔をパアッと輝かせた。

『ねぇねぇ、お兄さんお兄さん。あなたのお名前は?』

顔を輝かせ、両手で男の白い衣をグイグイッと引っ張って尋ねてくる。
何故かは知らないが、気に入られしまったようだった。
一応この程度では千切れはしないが、如何せん絵的に子供に遊ばれている大人の様に見えてしまう。

「俺は――」

男は言葉を発するが、すぐに止めた。
目の前の女の子は頭に『?』を出してマジマジとこちらを観察している。
ここの言語ではない。ここでは男だけの言語は誰にも理解出来ないだろう。
男は苦笑し、女の子の身長に合わせて腰をおとす。
女の子は男の一張羅を握ったままこちらを真っ直ぐ見つめてくる。

男は口を開き、そして――


『俺の名前は……グレン。――グレン・リーヴァ、だ』


この世界の言葉で、男は旋律を紡いだのだった。



日は高々と天から光を照らす。
街は朝の喧騒に比べて幾分か収まっているが、それでも多くの人が往来し、談笑していた。
そんな中を漆黒の髪に瞳。白い一張羅を纏った男が人ごみの中を歩く。
人が多い中であっても人とぶつかることなくグレンは真っ直ぐ歩いていた。

――それは何故か?

『ほらほら〜、早く行こうよグレン〜』

男は一人の女の子に手を引っ張られて歩いていた。
女の子が先頭をきり、それに憮然した顔の男がそれに連れられている図は何とも言えない。
前から歩いてくる人はそれを見やると何やら微笑ましそうな顔をして道を開けていってくれている。

「………」

グレンと名乗った男は、自分の手を引っ張っている女の子を見る。
年齢は9歳ほど。藍色に近い黒髪にグレーの瞳をしている。
フリルのついた愛らしい服装をし、少し短めのスカートをヒラヒラとさせている。

名前はエステル。

先程グレンが名乗った後、『わたしはえすてるっていうんだよ〜』と明るい声で名乗ってきた。
その後はエステルがグレンを脇道から引っ張り出して街中を連れまわす。
何故かエステルがグレンのことを気に入った様である。

まだまだ育ち盛りな子供であるエステルはことある事にはしゃぎまわっている。

『みてみて〜っ! あれあれ!! あれ、えひぐぅのまるやきっていう食べ物なんだよ〜』

この様に小動物の丸焼きを焼いている露店を見つけるとワザワザ大きな声で教えてくれる。
そしてエステルは自身の食べた時の体験を語る。
初めて見た時は可哀想で泣き喚いたとか、落として砂塗れになってお店の人に新しいのを貰ったとか、色々と喋る。
先程からエステルが一方的に喋っているのには一応理由はある。それは先程――


『グレンってどこの人なの〜?』

連れ回される当初、エステルがグレンの見慣れない服装をマジマジと輝かせた瞳で尋ねてくる。
彼の服は此処ではあまり見かけないにしろ、
馴染めない服装ではなかったためにエステルみたいに近くで良く見ない限り不思議には思われない。
彼もそれを確認しているが上、街道を平然とそのままの格好で歩いている。

『…ずっと遠い所からだ』

嘘ではない。だが此処に着たばかりで何の知識も無い彼にはこう言えるのが精一杯だった。
言語は大勢の人の声を収集し、仮定に推測、代入に勘によって空白の語学中枢神経バイナリ野を形成出来した。
それはそこに膨大な言語情報があったために出来た芸当。知識野に関してはそれなりの時間が必要であった。
しかし、まだ幼いエステルはそれで納得し、此処の事をいろいろと説明し出した。

『それじゃ、わたしがこの街のこといろいろ教えてあげる〜』

幼いなりに一生懸命教えるその姿は背伸びをしてお姉さんぶる子供であった。
そんな事があって今現在、エステルに手を引っ張られて街中を案内されているのだった――。


『よう、嬢ちゃん。誰だいその兄ちゃんは、彼氏かい?』

『ああ、おじさん。えへへ〜、そうだよ〜』

エヒグゥの丸焼きをやっている露店の中年男がエステルに声をかけてくる。
中年の男はエステルが手を繋いでいるグレンを見やるとニシシッと笑いながら冗談まじりに聞いてきた。
それをエステルがほんわかとした顔で返す。それを笑う露店の男。

『ハッハッハッ。そうかそうか。そんじゃ、記念にこれを一匹あげちゃうぞ』

そう言って焼きたてのエヒグゥを串に刺してエステルに渡した。
脂身がコンガリと程よく焼けた肉から滴り落ちる。焼きたて特有の湯気もその肉から出ている。

『わ〜い。ありがとう、おじさん。だ〜いすき〜』

エステルはハシャギながら受け取った。
それを見た露店の男は顔をとろけさせ、だらしなくさせる。
先程エステルが言った「大好き」がかなり効果があったみたいだ。

『それじゃわたしたちはこれでいくね。おじさんありがと〜』

そう言ってまたグレンの手を引っ張って歩き出す。
グレンは露店の男に頭を軽く下げてエステルにせかされる。

『兄ちゃんも頑張ってな〜』

何か、含みのある声の声援が後ろの方から送られてきた。

「………」

何か誤解された様に思えてならないが、それはエステルが差し出してきたモノによって思考を中断した。

『ほらほら、グレンも食べてみてよ〜』

目の前には先程貰ったエヒグゥの丸焼きであった。良く見ると、半分ほどすでになくなっていた。
この短時間でエステルは食べてしまった様だ。育ち盛りの子供は食欲旺盛である。

それを受け取る。
焼いた肉の中から滲み出てくる肉の油。
焼きたての湯気から香ばしい肉の香り。
焼かれたにもかかわらず、中はふんわりとした感じ肉。

「………」

―― ぐるるるぅ〜〜〜〜〜

夕べから何も食べえていない彼の腹がなった。
エステルはそれを聞いてニンマリと笑う。

『おなかすいてるんなら焼きたてのえひぐぅは特においしいよ〜』

そう言いつつ『ほらほら〜』と食べる事をせかすエステル。

「………」

端っこを歯で千切って噛む。
焦げた肉の表面は程よい固さをを味あわせ、そのすぐ後に見た目通りの肉の柔らかさ口一杯の広がった。
鶏の丸焼きより引き締まった肉つきで少し臭みはあるが、食べ続ければやみつきになりそうな味であった。
口の中の肉を喉を通して胃に送る。
目の前の下方を見るとエステルの瞳が「どう、どう?」と訴えかけていた。
何となく、エステルの前にきらきらと星が輝いている様な錯覚を覚えた。
とりあえず、率直な感想を述べることにした。

『――まぁまぁ、だな』

彼の言葉にエステルは「ええ〜〜」とガックリと肩を落とした。
どうやらこのエヒグゥの丸焼きは彼女のお気に入りの食べ物だったらしい。

『あ〜あ。せっかくのお気に入りのやつだったんだけどな〜』

自分が自信を持って紹介出来る食べ物があまり好評でなかった事に落ち込む。

『別に悪いわけではない。ただ、初めての俺にはまだ良くわからないだけだ』

まだまだあるエヒグゥの丸焼きを食べつつ、グレンはそう言った。

そう、この丸焼きは食べ続ければかなり癖になりそうな味わいを持っている。
特に夜の酒のつまみには持って来いな一品であった。

……まあ、実際物足りない味であった事は否定しないが――。

『別にいいもん。もっとすごいを食べさせてあげるもん。ほらっ、行こう!』

頬を膨らませたエステルはグレンの手を引っ張って街道をまた歩き始めた。
グレンは引っ張られているにも関わらず、器用に食べながら歩いていく。



こうしてグレンは、エステルに日が暮れ始めるまで街中を連れまわされた。
街の中心街や役所、市場や裏路地の闇市場などいろいろな場所に行って説明してくれた。

――子供の割には街の黒い所まで知っている事に疑問はありはしたが…。

その後、エステルを迎えに来た母親らしき人に連れられて帰っていった。
その際にエステルは手を大きく振って『またね〜』と言っていた。
グレンは苦笑いでそれに答えて手を振った。

「………」

エステルたちが見えなくなり、グレンはその場で空を見上げた。

赤い空に、山の地平線に沈んでいく日の光。
赤に染まっている空が黒が覆い始め、世界に眠りの時間が訪れ始めた――。



赤が息を潜め、黒のカーテンで覆われた空。
街には人工的な灯りが灯り、仕事を終えた大人たちが酒場で酒を飲みながら豪快に談笑する。
一日の終わりを、休息を迎えるために自分に労うために。

ある者はそのまま家へと帰り、まだ起きている子供と戯れ、家族で食事を取る。
子供から一日の出来事を楽しそう話され、微笑んで笑いあう親。

街道のほとんどの露店は既に閉まっており、あるのは料理や酒を出す屋台のみ。
それでもその周りには大勢の人だかりがあり、酒の入ったカップを飲み合い、つまみを食べていた。


街が夜の活気に溢れている中を、漆黒の服に白の衣を纏った男、グレンは一人歩いていた。
立ち並ぶ家や屋台の灯りを浴びて、その姿を明るく染めながら街の外に向かって歩いている。

今日一日、エステルに連れまわされてわかった事でもあるが、彼には……お金が無い。

人々は物を買う際に紙幣を渡し、コインも数多く確認した。
コインはその金属の質がまだわからず、紙幣は確認出来ていないのでは使えるのか全くわからない。
エステルにその事を聞いてみると、物のやり取りの際には『ルシル』という単位で行われていると言う。
そしてコインの中でも特に大きな額を簡単にするためのコインと一番小さい額のためのコインあるのだという
コインにも銅・銀・金があり、後者の2つは大きな価値があって大きな街の商人が取引で使うくらいだとも教えてくれた。

……こんな子供がお金の価値を此処まで知っているのも凄いものだ。

どうやら紙幣とコインの価値がここでは逆らしい。
金属を溶かして丸くするコインは比較的造りやすく、紙幣は破けない様にするために難しいものである。
西洋的な街でありながら紙の精製がかなり発達しているのだろう。


そう言う訳で今現在、街を囲う様にそびえ立つ外壁を目の前にしている。

「………」

見上げるとそれはグレンの3〜4倍はありそうな高さを有していた。
比較的小規模な街ではあったが街はかなり発達しており、こういった街の警備もしっかりとしている。
今日一日見た限り、貿易を営んでいる街の様だった。荷馬車や直売露店がその最たる例である。
街に様々な物が行き交えば、必ず街道で売り物が発生する。露店の数はその活発さに比例するのは万国共通のようだった。

―― トンッ

今日一日を、エステルに連れまわされた事はかなり有益な事であったのを確認しつつグレンは軽く跳躍した。
その軽さに似合わない高さを出し、そのまま空中で一回転をして外壁の向こう側へと越えていった。

「――さてっ、と」

内は街の灯りだったが、外は月と星の輝きで明るい。
そしてそのままグレンは街から離れていく。
街で宿が取れない以上、他の場所で夜を過ごすしかない。それに――

―― ぐるるるぅ〜〜〜〜〜

「――腹、減ったな……」

今日という日に食べた食べ物はエステルがくれたエヒグゥの丸焼き半分のみ。
男が一人、腹を膨らませるには全く足らない量である。
このままでは明日をどう過ごすかどうかの問題以前にのたれ死んでしまので、最初に居た森に向かっている。
あの森ならば野生動物や木の実、野草が豊富にあるはずだから飢えはしのげる。


………
…………………


―― パチッ……パチッ……

―― バシャァア

グレンは森に入り、さっそく散策を始めた。
静まり返っている森を夜行性の鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、月の光を浴びた小動物の目を妖しく光らせていた。
眠りに付いて閉じている花々。街の活気とは正反対の静けさをかもし出す。

その数刻ほど後にグレンは数匹の鳥と小動物、それに木の実や野菜を手にしていた。
散策の際に真っ先に探し当てた小川の岸辺で、拾って集めといた小枝を燃やして焚き木にしていた。
そのすぐ脇に串刺しにした動物たち。大きな葉に包んだ野菜。

そしてそれをしたグレン本人は大きな葉を組み合わせて作った桶で小川の水を汲み、身体にかけていた。
服は焚き火の傍に置き、その上に剣と持ち物を置いている。
彼はその下に隠されていたしなやかで屈強な肉体を白日の下、この場合は月下の下にさらしていた。
筋肉の筋に沿って流れ落ちる水。月の光で身体と漆黒の髪の水滴を神々しく輝かせていた。

「……ふぅ」

濡れて垂れていた自分の髪の毛を掻き揚げながらグレンは頭を振る。
冷えた水が暖かくなっていた身体には心地良かった。
一通り身体を流し通した後、岸へと上がった。


――と。

【――マスター】

服の上に置いていた剣が月の光を一際輝かせ、凛とした澄んだ綺麗な女性の声がグレンの頭に響く。

「わかっている『月奏(ツキカナデ)』」

焚き火で濡れた身体と髪を乾かして服を着ながらグレンは答えた。
漆黒の服を着込むと最後に一張羅をバサッと広げて舞わせ、羽織った。
白い衣が青白い光を柔らかに輝かせる。

そしてそのまま焚き火の前に座り込み、炙っていた動物と野菜の具合を見る。
肉の刺し棒(枝)を回して炙る場所を変えてさらに炙らせる。
薪のストックしていた枝を焚き木のの中に放って火の強さを上げる。
野菜を包んだ葉を引き寄せて開けると、芳しい香り山菜に匂いが漂って来る。
炙っている肉の香りと相まってなかなかのご馳走になりそうだ。
グレンはそう思いつつ近くの森を眺める。

先程、水浴びをしていた時に感じた世界の収束。
空間が一点を目指して集まり出し、それに合わせて周りの森や小川から粒子が飛んでいった。
その粒子は蛍の様に輝いていた。まるで生命の光る虫の様に。
そして収束していった空間に溜まった粒子が森を金色に輝かせ、最後に空間の収束が収まって何事も無かったかの様な静寂が訪れた。
いや、むしろ風が吹き出し、森が騒いだ様に思えた。

――それは祝福なのか悲鳴なのか……。

それが焚き火をしていたすぐ近くの森で起こっていたのだが、グレン自身はそれを放置して水浴びを続けていた。
実際、感じた限りではエネルギーが拡散して爆発するわけでもなく、何かを形成していた様だった。
輝きが収まった後はそれは動くわけでもなく、何のアクションも無かったので気にしていなかった。

「――ふむっ。焼き加減はこれでいいか…」

目を下に戻して肉汁が滴っている肉が程よく炙れた。
その内の一本の串を取り、皮を剥いでいた肉の炙ってコンガリとしている表面の皮を剥がす。
剥いでいくたびに肉汁が内側から止めどなく滴り落ちる。
それを野菜の詰まった葉の上に落とし、剥ぎ終わったら剥いだ皮を千切って野菜の中に混ぜた。
そして少し手にとって味見する。

「…もぐもぐっ。――んっ、なかなかだ。どうだ、食うか『月奏』」

【……マスター】

グレンはもぐもぐと食べながら、横に置いてある『月奏』と呼んでいる剣に勧める。
それを嗜めるような声で返す『月奏』。それは何かを諭すようでもあった。

――がさっ

近くの草木が何かに擦れて音を立てる。

「…んっ」

グレンは串焼きの肉をほうばりつつ、音がした方を見やる。

――がさがさっ

先程光っていた方向にある草木の茂みが世話しなく擦れて揺れていた。
それが近づくにつれて大きくなり、遂に茂みが開ける一歩前でその動きは止まり、なにやらごそごそとそこで蠢いている。
動物にしては粗末な動きであり、それを必要としない大型動物にしてはその大きさが小さい様に見えた。
そしてなにより、先程感じた粒子の形成した物体の反応があった。

「………(もぐもぐはぐはぐ)」

それにも関わらず、グレンは肉と野菜を頬張り続けている。
まるで緊張感が無い。そして一際大きく蠢くと――

――がさっ!
――ひょっこり

茂みから小さな顔が出て来た。
頭に葉っぱを乗せ、蒼く長い髪に金色の瞳をした可愛い少女の顔があった。
その顔がきょろきょろと左右を見て、そしてこちらを見る。

「……?」

「………(むぐむぐむぐ、ごっくん)」

少女は金色の瞳でグレンの漆黒の瞳を見詰めて首を傾げる。

グレンは串焼き一本を食い切って口をモグモグさせ、そして飲み込んだ。
新しい串焼きに手を伸ばすも、少女の金色の瞳からその漆黒の瞳を外さずに――。



「はぐはぐはぐはぐ」

「………」

グレンは目の前で肉の串焼きをむしゃぶりついて食べている少女を見る。
年は10歳ぐらいで、蒼髪のロングをした髪。固めな感じで、風でなびくとサラサラしている。
宝石の様に綺麗な金色をした瞳は目の前の肉を一生懸命見ていた。
幼いなりでかなり整った顔立ちをしている。
そして何より目を引くのが、少女の脇にある『剣』である。

こうなる少し刻を遡る――。

…………
…………………

「………」
「…もぐもぐもぐ」

茂みから顔だけを出している少女は、先程からこちらをジッと見ていた。
何をするでも言うでもなく、ただただ此方を見ていた。

グレンはそれを目の端に納めたまま、焚き火の方を向いて食事を続けていた。
何もしてこないのをいちいち構っていたら、折角の肉が焦げてしまうからである。

「もぐもぐもぐもぐ」
「………じ〜〜〜〜」

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「…じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

さっきから少女は顔だけを出してグレンの方を見続け、グレンはそのまま食べ続ける。

(……男をストーカーする女の図とはこんな感じなのだろうか?)

グレンは皮肉入り野菜の最後を口に流し込みつつ、そう思った。
のせる物が無くなった葉っぱを焚き木の火の中に投げ込み、残り二つとなった串焼きを両手に取った。
口の中にあった野菜を飲み込んで片方の串焼きを口に運ぶ。

「――あ〜……」
「――あ〜……」

口を開いて肉汁が滴り、湯気が立っている串焼きに噛り付こうとすると、それに合わせて少女の口も大きく開いたのが見えた。

「………」
「………」

噛り付くのをやめて口を閉じると、少女の口も閉じる。

「――ああ〜〜……」
「――ああ〜〜……」

再度口を開けて食べようとする『振り』をすると少女の口も大きく開く。
そのまま少女の方を見る。少女は口を開けっ放しで此方を見ている。相変わらず顔だけ茂みから出していた。

口を閉じる。少女も閉じる。

口を開ける。少女も開ける。
口を閉じる。少女も閉じる。

口を開ける。少女も開ける。
口を閉じ――(以下略

………

―― きゅるるる〜〜〜〜〜〜

可愛らしい音が聞こえた。

「…………」
「…………」

グレンは少女を良く見ると、その口から涎が垂れまくっていた。

「………」
「…………(ダラダラダラダラ)」

グレンは少女に背を向ける。そして片方の串焼きを宙に放り投げた。

――ひゅるるるるるる〜〜〜〜〜〜〜――――とすっ

「――!」

少女の目の前の地面に串焼きの串が突き刺さった。
少女は投げられた串焼きを眺め続けていたが、目の前に突き刺さったのには驚いたようだった。

「……じ〜〜〜〜」

少女は目の前で湯気を立ち昇らせている串焼きと背中を向けて残りの串焼きを食べているグレンを見比べる。

「………」

――がさがさっ


「――もきゅもきゅもきゅ」

グレンは背後で少女が茂みから出て来るのを感じた。
これでどう出るかはあれ次第という事にして串焼きを食べるのに集中する、と――

――ちょこん
――はぐはぐはぐ

「………」

「はぐはぐはぐはぐ」

隣に気配を感じたので見てみると、そこには先程茂みから顔を出していた少女がそこに居た。
グレンのすぐ横に座って彼の食べ方を真似たかのように、先程の串焼きを食べている。

――少女は素っ裸だった…。

どっとはらい。

………
…………………

でもって、冒頭の様な状態が今此処に出来た経緯であった。

グレンは少女の剣を見る。その剣は両刃の西洋風の剣であった。
刀身が少々厚く、長くて幅も少しある。刀身の腹には青い装飾が刻まれている。

「………」

―― チャキッ

手に取って見るとそれは不思議な力をその身に宿している様だった。
刀身が月の光を浴びて、白い刀身が青白く反射させる。

こんな様な性質を持った金属は早々無い。それに彼が知る金属構成には一つだけしかなかった…。
隣で未だに串焼きと格闘している蒼髪の少女を見る。

「はぐはぐはぐはぐはぐはぐ」

口の周りを肉汁でベトベトにさせながら食べている。
それを見るグレンは、ため息を一つ着くいて剣を少女の脇に戻した。

グレンは空を見上げる。
焚き火の光で少々見えにくくなっているが、無数の星が暗い世界を照らし出している。
真ん丸な月が大きくそこにあり、闇の世界を光で包ませている。

「んぐんぐんぐ――ごっくん。……ぷは〜〜〜」

空を眺めていたグレンが少女を見やると、串焼きを丁度食べ終えた所だった。
少女は素手で口を拭うと、グレンの方を見てきた。

「………」

「………(ぺこり)」

沈黙の中、少女は頭を下げて来た。
そしてそのままその油塗れな手を、グレンの白く綺麗な一張羅に――

――むんずっ

「……?」

グレンは少女の腕を掴む。小首を傾げる少女。
そして彼はそのまま――

――ポイッ

投げた。

「ふみゅ〜〜〜〜〜?!!」

小川に盛大な水飛沫が上がる。

宙をクルクルと回転しながら少女が奇妙な悲鳴を上げ、ドップラー効果を出しながら小川に墜落したのだ。
静寂なる森の中で、鳥の鳴き声以外に少女の声と小川に墜落する音が木霊したのだった…。

………

少女が小川から這い出てくる。
少女の視線に非難の色が混じっているようだったが、その張本人は我関せずといった感じで焚き火に枝を追加していた。

『そんな汚れた手で人の衣服に触るな。綺麗に洗ってからにしろ』

串でハグキに挟まった残り物をほじり、そして少女を指して小川を指した。
少女は自分の手と小川を見比べ、そしてそのままコクリッと頷いて小川に身体を沈め、バシャバシャと身体を拭きはじめた。

―― ばしゃばしゃばしゃ

「………」

グレンはその様子を見ながら、少女の言葉が此処のであることを認識した。

あれは今し方顕現した生物である。金属反応も微々たる物であったので、人のそれと大した違いは見受けられない。
あるとすれば、その身に宿した水の粒子と同じ反応を有し、人より大きな力を発揮できるくらいだろうが…。



少しして、少女が長い髪の毛と全身をずぶ濡れになって岸に上がってきた。
そのままブルブルと身体と髪を振って水気を取ろうとするがなかなか出来ずに奮闘していた。

『そんな事をしていても水気は取りきれないぞ。焚き火の前で自然に乾くのを待て』

グレンが焚き火を見たまま言った。少女はそれを聞いて振るのをやめ、焚き火の前にちょこんと座った。

『………』

「………」

――静寂。

ファーストコンタクトの時と同じく、少女もグレンも何一つ喋らない。
時折、グレンが火に枝を追加するの以外は焚き火の音と鳥の鳴き声しかなかった。

『……くしっ』

少しして、少女は自分の身体と髪が乾ききったことを確認していると小さな可愛らしいクシャミをした。
グレンは焚き火を見たまま何の反応も見せなかった。

『………』

少女は自分の身体とグレンの身体を見比べる。
寒そうな素っ裸に暖かそうな白い衣。少女はグレンに近寄ると――

――バサッ…もぞもぞもぞっ

『ん〜〜…ぷはぁ』

グレンの一張羅の中に潜り込み、前開きの所から顔を出した。
両手で衣を抱いて包まった。微妙に顔を引き攣らせるグレン。

「………」

自分の胸元を見ると暖かそうにヌクヌク顔で此方を見ていた。

(コイツ、結構ちゃっかり者かもしれん)

その少女の顔を見ながら、そう思えた。
少女は乾きたてのボサボサした髪をグレンの顎の下を刺激する。
幼い少女ながらいい匂いがする。

「――やれやれ」

グレンはその髪を眺め、少し思考して少女を胡座をかいた自分の膝に乗せる。
そして懐をごそごそと探る。少女が上向きでグレンの顔を見ている。

『前を向いていろ』

少女の顔を前を向けさせ、その蒼い髪を取り出した櫛(くし)で研ぎ始める。
最初は少し引っかかって少女の頭がカクンカクンさせたが、次第にそれは収まっていった。
少女も始めは少し抵抗したが、次第に気持ちよくなっていったのか、今では大人しくされるがままであった。

――すっ…すっ…

「………」

『〜〜〜♪』

長い蒼髪は見た目通り少し硬質であり、櫛を通す度に髪を通している感触がはっきりと感じられた。
最初のボサボサは、今ではサラサラのストレートとなった。
最後の櫛を通し終えると自身が手掛けた髪の一部を摘み上げて落とす。サラサラと、一本一本独立して落ちてった。

『……終わったぞ』

グレンが声をかけると、少女は自ら自分の髪を触り、そのサラサラした感触を楽しんでいた。

――くるっ

『――ありがとうっ』

一通り弄り終えた少女はこっちを振り向いてニッコリと笑ってお礼を言ってきた。
グレンは憮然としてコクリと頷いた。



少女はグレンに背中を預け、一張羅に包まって星空を見上げていた。
グレンも近くの岩場に背中を預け、胸の中の少女と同じく星空を眺めていた。
傍の焚き火には重ねるように枝を組み、就寝の際の補充分を積んでいた。
すでに夜はかなり深け、胸の中の少女も頭をフラフラさせ、目をトロンとさせている。

「………」

グレンは少女が抱いている剣を見ると、高々と登った月の光で煌いていた。

粒子反応があった時、少女が顕現する前にその剣の空間転移の反応が感知していた。
そしてその後、剣が空間の粒子を集め、この少女を形成したのだろうか?
グレンは頭の中で少女の顕現を色々と推測していた。

『――ふわぁああああ〜』

だが、それは少女の欠伸で中断させる。
少女は衣を持った手で目をコシコシと擦る。それにグレンは苦笑する。

『眠いか?』

グレンの問いかけに頭をコクリと傾けて答える少女。

『それじゃ、詩をうたってやろう』

『…うたぁ〜?』

閉じかけた瞼を擦りながら少女はグレンの顔を見てくる。
グレンは少女に向かって頷いて見せる。そして脇に置いていた『月奏』を岩場に立てかける。

星空を見上げ、そして奏で出す…。




   ――静かなこの夜に…貴方を待ってるの…

   あのとき忘れた…微笑みを取りに来て――



『月奏』が静かに、青緑色の鞘からほんの僅かに青白く輝く

   あれから…少しだけ時間が過ぎて(過ぎて)…


   想い出が…優しくなったね(なったね)


グレンから紡がれる旋律の中に流れるような澄んだ女性の旋律が重なる。


   星の降る場所で…

   貴方が笑っていることを いつも(いつも)願ってた(願ってた)

   今遠くても…また会えるよね(会えるよね)――


詩が奏でられる空間が優しい世界を造り出していた。


   いつから(いつから)微笑みは…こんなに儚くて…

グレンと女性の声が重なり二重の旋律が奏でられる。
男が奏でるには不向きな詩を、グレンは男として綺麗な旋律を紡ぎ続けている。


   一つの(一つの)間違いで…壊れてしまうから(しまうから)――

月の光。


   大切な(大切な)ものだけを…光にかえて(かえて)…


星々の煌き。

   遠い空…越えて行く強さで(強さで)…


風の紡ぎ。

   星の(星の)降る場所へ(降る場所へ)――


小川の旋律。

   想いを(想いを)貴方に届けたい いつも(いつも)側にいる(側にいる)


焚き火の灯り。

   その冷たさを……抱きしめるから(抱きしめるから)


紡がれる言葉の旋律がそれらを闇夜の世界に優しく包む。

   今遠くても…きっと会えるね


女性の旋律が幾重にも空間に響き渡る。
夜という世界に天空の輝きに小川がキラキラと輝いている。

   静かな夜に(静かな夜に)―――



――サァァァアアアアアア

「………」

謳い終わり、月奏から青白い光が静かに消えてゆく。
静寂の世界が再び訪れ、夜の冷たい風がグレンの闇の色の髪をなびかせる。
焚き火の炎が一際大きく燃え上がり、火の粉が空へと舞い上がった。

「………」

『――すぅ…すぅ…』

グレンの衣に包まれ、胸の中に居る少女は既に夢の中に入っていた。
少女の手がズレて幼い胸元が少し露わになっている。

グレンは自分の手で少女を包むように回し、衣をしっかりと少女に包ませる。
そして自身も目を閉じて、安らぎの刻を過ごす事にした。

…………
…………………

――パチッ…パチッ…

『――すぅ…すぅ…』

「………(すー)」

静寂の世界で焚き火の燃え上がる音だけが、世界を奏でるのみとなった――。



夜が明け、日がまた昇り始める。
今日は気温が高めである事に加え、空気中の水気も多分の含んでいるために昨日とは比べものにならない朝霧が発生していた。
まるで雲海が森を包むかの様に風に流されて命の洗濯をしていく。

そんな朝を迎えた小川の岸には、朝霧で湿った焚き木が不完全燃焼を起こし、灰色の煙を細々と上げている。
幾重にも重ねて積み上げられていた枝はすでに跡形も無く崩れ、日が昇るまで彼らを見守り続けたのだった。

その本人たちはというと…。
就寝した岩場の影には、白い衣に包まれてすやすやと安らかに眠っている蒼髪の少女が横たわっていた。
時折衣の中をもぞもぞと動き、気持ち良さそうに寝返りをうつ。

その衣の一張羅の持ち主は、小川の浅瀬で踊っていた。
靴を脱いだ足でぱしゃぱしゃと水飛沫を上げ、朝の眩しい光をキラキラと反射させる。
朝霧でその姿は見難く、更に長く伸びる影が霧に反射しているために余計に見辛くさせていた。

「〜〜〜〜〜♪」

鼻歌が聞こえてくる。それは澄んだ女性の声をしていた。
小川と戯れるその姿には長い髪の影が映し出される。
人影が動くと、それに連れられてサラサラと流れ、朝霧の薄いところではその髪は蒼銀に輝いていた…。
それは一種の幻想美を醸し出して朝の世界を彩っていた。

―― パキッ…

小枝を踏む音がした。それに呼応する様に長い影が収まり、朝霧も徐々に晴れていく。
そこには漆黒の髪に瞳の男、グレンは音がした方を見やる。
次第に大きくなっていく足音。それは複数であった。

(数は…2つか)

小川のせせらぎの中、はっきりと聞こえてくる足音を聞いて数を特定する。
そして案の定、朝霧に二つの影が伸びて一人の男と少女が姿を現した。

『おやおや? 珍しいですね〜。こんな所に人が居るなんて』

『………』

男がグレンの姿を視認するとわざとらしそうに驚いた。
男に連れ添っていた少女は只こちらをジッと見ていた。

男は茶色い外套をダボらせ、髪はボサボサと表面的には何とも無いが、かなり後退していた。
少女は緑色の髪をボサボサに後ろで一纏めにし、ポニーテールをしていた。
綺麗な琥珀色の瞳は世界を拒絶するかの様に暗かった。
そしてその手には柄の長いアックスが握られていた。
どちらかと言えば、薙刀とアックスを、槍の代わりに先端左右の横に取り付けたカタチをしていた。

「………」

『………』

グレンと緑の少女はお互いを見詰める。
その少女の瞳からはあまり多くの感情は読み取れない。あるのは無垢と悲しみ――

『何を勝手に人を見ているのですか。スピリットの分際で』

男がスピリットと呼んだ緑の少女に向かって言い放つ。
少女は視線を俯かせ、鎮座する。さながら人形のようだった。

『申し訳ありませんでした。不快な気分にさせてしまったでしょうが、どうかご容赦を…』

貴族さながらに頭を下げる男。その仕草には謝罪の念はグレンは感じられなかった。

『無礼の上ですが、この辺りで色が極端にハッキリとしている少女を見かけませんでしたか? 私はそれを探しに此処にいるのですが…』

頭を上げた男はそう尋ねてきた。

――極端にハッキリとした色の少女。

グレンは岩場の一角を見やる。それにつられて男もそちらを見てくる。
そこには白い衣に包まって眠っている蒼髪の少女。
グレンの横の男はクスクスの笑った。

『そうですか、貴方が拾ってくれていたのですか。有難う御座います』

そう言うと男は懐から紙を取り出し、ペンで何やら書き出した。

『それではコレを。すぐそこにある街の役場でコレを渡せば報奨金が支払われます。いい拾い物をしましたね〜』

男が昨日グレンは行っていた街の方角を示した。
グレンは渡された紙を見やる。そこには音譜が列挙されていた。

『そういえば自己紹介をしていませんね、失礼。
 私はフェリクス=グロス=マロスと申します。しがないスピリット訓練士をしております』

「………」

フェリクスと名乗った男は再び頭を下げた。
そして軽く手を上げると、緑の少女が岩場の方に歩いて行く。
そして衣に包まっている蒼髪の少女の前に立つと、衣を引っぺがして少女を抱え上げた。

『うにゃぁぁああ〜〜〜〜(わきわき)』

まだ寒い外気を裸で全身に浴びることになった少女が纏う物を求めて手を世話しなく動かす。
それを無視して抱えあげる緑の少女。それはザリガニの首根っこを掴んだ人の様であった。

それを見ていたグレンは男がニヤけてこちらを見ているのに気づく。

『あなたはもしやそっちの人ですか? 気が合いそうですね〜』

先程とは違った下品な笑いをするフェリクス。
それを見たグレンは眉をひそめる。

『おっと失礼。これでも私、忙しい身の上なものでして』

そう言ってそそくさと離れていくフェリクス。
緑の少女もそれに合わせて蒼髪の少女を掴んだまま後を追っていく。

『そうそう。そうでした』

途中で何か思い出したのか、こちらに振る返るフェリクス。

『貴方、何でも構いませんのでコレに名前でも付けてくれませんか? こちらが考えるのも億劫なものなので』

緑の少女が抱えている少女を指を指しつつそう言ってきた。
昨夜をともにした蒼髪の少女を見やる。外気で寒そうにふるふるとして未だに寝ている。

『……フィリスティア』

グレンがそう呟くと、フェリクスは『そうですか』と言う。

『貴方はこんなのにまでしっかりとした名前を与えるロマンチストなのですね〜。わかりました、それでは』

そう言って今度こそ去っていくフェリクス。

『………』

フィリスティアとなった少女を抱えた緑の少女は、立ち止まったままグレンを見ていた。
少し見続けた後、フェリクスの後を追って歩き出した。

「………」

グレンはそんな少女を見やり、そしてフェリクスを見る。
朝日に照らされて眩しく輝いていた。とても神々しく。
グレンは彼が反射させる光に目を細めさせていた。

――その頭頂部にある立派な十円ハゲで。

今も離れていっているが、ゆらゆらと揺れる頭からキラッ!キラッ!とフラッシュを放っている。
グレンが一言も口を出さなかったのは、言っていいものなのかどうか非常に判断に困ったためであった。

…………

【――マスター】

「―――ああ…」

グレンは『月奏』が声をかける、空が完全に朝を迎えるまでそこで突っ立っていたのだった。



「………」

『――――(ヒソヒソヒソ…)』

グレンは昨日訪れた街へと再び訪れていた。
昨日は言語習得のみでエステルという少女に連れまわされた為に、今は語学の習得に励んでいる。

今グレンがいる場所はこの街の民衆が自由に閲覧できる書物の屋敷。
いわゆる図書館の中にある大きなテーブルのイスに座って本を読んでいる。
支配人に尋ねたところ、開放時間内であれば自由に閲覧出来るという。持ち出しは厳禁とのこと。

語学習得のため、彼はなるべく部屋の隅に席を取っている。
そして山積みになって囲まれて本を読んでいるグレン。その手にしている本は―――

〔 ヨフアルで遊ぼう楽しい文字あそび! 〕

――文字が読めないグレンは図書館関係者に頼んで超初心者用の語学本を選別してもらっていたのだ。
頼んだ人は本を選ぶたびに確認を取ってきて、その度にグレンは頷いていた。
そして積み上げられた本の山。頼んだ人は何やら汗をタラタラ流していたが気にしない。
彼は座って本を読み始めると本を捲る以外の動作を一切しなくなった。
……そして現在に至っている。

「………(――パラッ)」

『――――(ヒソヒソヒソ…)』

グレンは見た目は若いと言っても既に大人の部類に入る容姿をしている。
そんな大の大人が部屋の片隅で子供の本を山積みにしてそれを一生懸命読んでいればヒソヒソと周りは囁き出すだろう。
聞こえてはいるだろうが、グレンは気にせずに読みふけっていた。

……………

「………(――パラパラッ)」

『―――(ヒソヒソ…)』

――フワリッ…パラパラパラッ!

開け放っている窓から風が吹き入ってグレンの髪を揺らし、読み終わって脇に置いている本が捲れ上がった。
日はグレンが此処で読み始めてからかなり昇っており、そろそろ昼飯刻であった。

「………(――パラパラパラッ)」

『―――(ヒソヒソ…)』

グレンは本を読みふけり、周りは相変わらずグレンを見てヒソヒソ話をしていた。
しかし、そのヒソヒソの内容は初期に比べて明らかに変質していた。
初めは奇異な者を見ている様であったが、今では驚愕と異質な存在を見ている様になっていた。
それは今グレンが読んでいる物に他ならない。その本とは――

〔 昨今の政治情勢と上場市場の商業取引の傾向 〕

大の大人でも読まない様な本をグレンは最初と変わらずに読みふけっていた。
いや、むしろその読む速度は上がっていたのだった。

読み始めのグレンは、絵柄が非常に多い本を眺め、そして楽譜な文字を見比べてその関連性を慎重に予測・比較・推測を重ねに重ねていた。
そして一通り読み終えたら次の本にそれを応用。
当てはまる文字領域をピックアップし、更に熟考。
当てはまらないものは前者とを合わせて再び予測・比較・推測・熟考。これの繰り返していた。

本の解読が進むにつれてその速さを増していき、遂に山積みの本をホンの数刻ほどで読破していた。
読み終わった本を書庫の一角―― 子供用本棚に――の元の場所に戻した。
そして今度は今グレンが読める範囲の本を自身で選別し、山積みにして再び読みふける。その本は――

〔 エヒグゥですら書き出せる、皆の文字の友! 〕

〔 語学の意味と言葉の関係 〕


内容が非常にアンバランスな選別であったが、彼は表情一つ変えていない。
そして本の山を全て読み終えて返却、そしてまた選別。
これが何度も行われ、彼の近くを通って分厚い本の山を見た人々は必ず目を見開いていた。


「――パラッ……ふぅ」

グレンは本を読むのを中断し、上を見上げて天井を見る。
少し小高くなっているこの部屋の茶色い天井の木目をジーっと見る。
そして顔に手の本を被せた。そして会得した情報の整理に入った。


――この世界は龍の大地と呼ばれる大陸である。

元々がどんな世界であったかは情報が得られなかったが、龍の爪痕と呼ばれる遥か彼方まで続く底なしの断層が大陸の北部から囲う様に東部・南部まで広がっている。
北部から西部・南部は海で囲われており、基本的に世界から孤立した大陸である。
海は航行技術が発達していないのでわからないが、龍の爪痕に何人もの人が挑戦するも誰一人帰って来れた者は居ないと言う。

この孤立した大地の歴史は聖ヨトから始まっている。
それより前の記述もあるのだろうが、この街での情報収集はそんなに大きな成果は期待できない。
やるならもっと大きい街でないとありそうにない。

話を戻すと、聖ヨトはこの世界の年号にもなった国の名『聖ヨト王国』から来ている。ありがちな事である。
聖ヨト歴000年、聖ヨト王国の初代国王となるヨト・イル・ロードザリア王子が登場する。
その王子が幼いながら技術と兵力を手にして大陸の国々を侵略し、そして聖ヨト015年に大陸全土を征服して『聖ヨト王国』を建国した。
その後、200年以上にも渡ってその子孫たちも大陸を納め続けていた。…来訪者(エトランジェ)が現れるまでは。

聖ヨト歴254年、国王の4人の息子のそれぞれの下に宝剣『求め』『誓い』『空虚』『因果』を持ったエトランジェが就いた。
王子たちはその剣を振るい、絶大な力を持つエトランジェを使って王位継承を巡って争い出す。
その戦いは大陸全土にまで至り、最も好戦的な第一王子が南方に渡って神聖サーギオス帝国を築く。
力の弱かった第3・4王子が共に南方の西部にマロリガン王国を築く。現在は共和国。
残りの北方は、第2王子が真っ先にラキオス王国を建国している。

王子たちがそれぞれの国を建国を始める際に、エトランジェの存在は謎の失踪をしているが、情報が無いため今はスルー。
王子たちの国の境目、つまり国境付近では諍いが絶えず、そこに暮らす人々は独立に発起し、それぞれの小国を創る。
元々争いで混乱が続いていた元聖ヨト首都に構えるラキオスでは、相次いで血族が独立していく。

ラキオス東部のバーンライト王国。西部にサルドバルト王国が最たる例である。
そして混乱の中で比較的中立で安定したマロリガンとラキオスの間に構えるイースペリア国。
それに呼応するかの様にサーギオス側でダーツィ大公国として独立した。

この他にもサーギオスの周りに囲う様に存在するリレルラエル、セレスセリス、サレ・スニル、ゼィギオス、ユウソカの国々が存在している。

今では上に挙げた国名以外は既に何処かに吸収されている。


――以上が現在の大陸の勢力事情である。

「………」

グレンは顔に被せた本の隙間から見える窓の外の街を見る。
そこには活気のある人々の姿が見える。

…しかし、今現在でもこれだけの大きく動いている世界情勢でありながら、民衆は平和そのものにしか見えない。
それには最たる理由があった。それはヨト・イル・ロードザリア王子が大陸を支配出来たのと直結している。
それは―――

――バサッ

『ああ〜〜、やっぱりグレンだ。おはよ〜』

顔に被せていた本が誰かに引っぺがされた。
そしてグレンの上向いた顔を眺め下ろす様に真近で覗き見る少女の顔がそこにあった。

グレーの瞳に藍色に近い黒髪。――エステルである。

『…今はもう昼だ』

『きにしな〜い、きにしな〜い』

そう言うエステルはグレンが被せていた本の中身を見ている。
だが、少しすると眉間を寄せ、『ムムム〜』と唸り、最後には頭から煙を出していた。
これ以上はヤバそうなのでグレンは本をエステルから取り上げる。案の定、エステルは目を回していた。

『うう〜〜ん。グレンってこんな難しい本を読むんだね〜』

『――何か用か?』

頭をフラフラとさせながら言うエステルに尋ねるグレン。
この位置は他の人が立ち寄らないような場所を選んでいたグレン。

『えすてるはね〜。この本をかりにきたんだよ〜』

そう言って持っている本の表紙を見せてくる。

〔 ヨフアルで狩れるエヒグゥの書 〕

その本にはそう書かれていた。

「…………」

『そしたらテーブルに山になってる本を見つけて〜、グレンっぽい人がそこにいたから声をかけたらグレンだったの〜』

エステルは相変わらず陽気に言っている。しかしグレンはそれに答えられないでいる。

――こんな幼い少女が読む物なのだろうか…?

そう思わずにはいられなかった。
この世界での教育もそうそう変わらないと本にはあったのだが、この少女だけが別なのだろうか…。

『………そうか』

『うん♪ そう』

グレンの搾り出した言葉にハッキリと返事をするエステル。
ニコニコしている少女をグレンが眺めていると、エステルはグレンの腕をくいくいっと軽く引っ張る。

『グレンってお昼ご飯まだだよね〜。一緒に食べよ〜』

「………」

グレンは窓の空を眺める。天高く上った日は昼食刻を示していた。
基本的に昨夜食べた量だけでも2日は持たせられるだが、よくわからなかった報奨金の話の紙(引換券か?)もある。
換金するにもフェリクスと名乗った男が言っていた役場の場所も定かではない。よって――

『……構わな『わ〜〜〜い!』…ここでは静かに』

『……は〜い』

グレンの了承の返事を言い切らないうちに部屋中に響き渡る声量を上げていた。
周りの部屋に居る人たちが一斉にこっちを睨んくる。

(――まぁ、いいか)

グレンは読書を終える事にし、席を立って本の返却に移った。
エステルが手伝おうとするが、一冊一冊の厚さと重みはエステルでは到底ムリだった事がすぐに判明。
エステルは不貞腐れてテーブルに突っ伏した。それはグレンが全部返し切るまでそうしていたのだった。

こうしてグレンはエステルとともに図書館を後にする事になった。




―――言い忘れていたのだが、この街はケムセラウト。

ダーツィ領の最東に位置し、龍の爪痕まで荒野を抜けるだけで行ける場所の一角の近くに存在している――。




――― To Be Continued




挿入歌:機動戦士ガンダムSEED キャラクターソング

『 静かな夜に 』ラクス・クライン(CV:田中理恵)


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