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痛い。

――痛いって何?

身体中が焼けるように熱い。あらゆる神経が何時果てる事無く蹂躙してくる。
ずっと感じ続けてきた感覚。慣れる事も無く、狂って叫び続けたい程の神経の刺激。

――叫ぶって何?

何も見えないこの世界が全て。果ての無い苦痛の奔流。それが唯一生きている証。

――生きてるって何?

――証って何?


他に何も無い。あるモノすら無い。

――無いって何?

考える事も無く、ただ流れ込んでくる強大な奔流・苦痛があり、そして無い。

――考えるって何?


What's This...   - Bloody Lake -




初めに目にしたのが薄暗い部屋。
薄っすらと見えているのが不思議なほどに白い冷たい霧で包まれていた。

―― 冷たいって何?

下を見る。そこには一面に広がる赤い水溜りがあった。
そしてそこに映っていたのが幼い少女。黒い瞳に茶色い足まで届きそうなほどに長い綺麗な髪。

ほっそりした手を使って軽くそれをかき上げる。茶色の中に赤い着色が施され、掻き上げる際に辺りに飛び散る赤い雫。
その行方を見ていたら、何か丸いモノが転がっていることに気がついた。良く見ると、それは赤い水溜りで見た同じ顔であった。

――それは頭

――頭って何?


近づいてその頭を持ち上げる。先ほど映った顔がそこにある。
映っていたその顔以外には何も付いていない。その顔の大きな穴から伸びて垂れている細いモノあった。

――それは舌

――舌って何?


それを試しに引っ張ってみた。顔の半分が大きく開き穴をさらに大きくし、その穴から出ている細い舌がどんどん伸びていった。
徐々に伸びなくなってきても伸ばしていたら、穴から繋がっていた舌が千切れ跳んだ。その穴からは赤い飛沫が一瞬だけ上がる。

――千切れるって何?

「――んっ…」

少女は舌足らずな声を上げる。跳んできた赤い水が顔にかかり、目の中に少しだけ入ったためである。
千切れてしまった細長い舌から手を離し、目を擦った。
その手は舌からも噴出した赤い水によって濡れていたが、構わずに顔を拭う。顔が赤い水によって赤く染まる。

――染まるって何?

そして持っていた頭にたくさん付いている茶色い長い紐を掴んで後ろへと投げた。
鈍く、そして何かひしゃげる様であって張り付くような音が後ろから響いてきた。

――それは髪の毛

――髪の毛って何?


振り返るも、特に何も無い。
あるのは投げた頭が壁に張り付き、赤い水で壁に大きな絵を描いていただけ。

その頭は徐々にずり落ち、赤い水でさらに壁を染めていく。
いっぱい付いている茶色い髪がその赤い水を壁に大きく描くのを手伝っている。

そして頭が壁から剥がれ落ち、地面に転がっていく。
同じ顔があったはずだった。が、あった場所は凹み、赤いぐちゃぐちゃした粘着のあるモノに変わっていた。

――それは肉

――肉って何?


頭は少し転がるも、茶色い髪と粘着のある赤い肉によって直ぐに止まった。
止まった近くに、他の何かが転がっていた。少女と同じ顔をしたモノがあれば、他にもたくさんのモノが転がっている。

――――あれは『玩具』

――玩具って何?


試しにつついてみるも、何も起こらない。同じ顔の直ぐ近くに付いている細い肉を持ち上げる。

――それは腕

――腕って何?


先っぽに付いている小さめな手が垂れ下り、何か細長いうねうねとした沢山のピンクの紐をしたモノも持ち上がる。

――それは腸にして内臓

――腸って何?

――内臓って何?


沢山のピンクの腸を引っ張ると、先ほど伸ばした細長いモノより良く伸びる。
だけど途中で勝手に出て来た切れた先が地面に落ちてしまう。まだ付いている腸を引くも全て同じだった。つまらない。

――つまらないって…何?

――それは『退屈』

――退屈って何?


持ち上げている細長い手を両手で引っ張るも、ほんの少ししか伸びない。
もう少し強めに引っ張ると、あっさり千切れた。中から白い棒が見え、赤いぐちゃぐちゃした肉の断面が見えた。

――それは骨

――骨って何?


その断面から赤い雫が滴り落ちる。

「………」

それを少し眺めた少女は持っていたモノを投げ捨て、他に転がっているモノに近づいていく。
大小の同じ顔とそうでないモノなど多種多彩であった。手近なモノを持ち上げる。
それは先ほどのモノと同じ場所からピンクの紐を垂らしているが、その下に2つの太めの腕が付いている。

――それは足

――足って何?


その2つの足を持って引っ張る。程なくして足の付け根が裂け、纏っていた布も裂きながら2つの別れていく。
途中、少し引っ張り難かったけど、無事に裂き切る事が出来た。ぶら下げた2つの裂け目から、赤い雫が止めどなく大量に滴り落ちる。

――それは肉塊

――肉塊って何?


片方のモノにはなにやら先ほど見た白い骨が流線を描いてカタチを作っている。
それからも赤い雫がポタポタと滴り落ち、内臓と肉塊の一部がこびり付いている。

「――ひぃ…!」

近くで何か小さな声が聞えてきた。
声がした方を見ると、そこには白い布に身を包んだモノが2つあった。
それは先ほどまでの転がっていた肉塊とは違って、動いていた。

――あれは人間

――人間って何?


たくさん転がっている肉塊の中で、唯一動いている2つの人間に近づいていく。
人間の一つが足で立って離れていく。


「うわぁあああああああ!!!!」

「待って!!!置いてかないでぇええええええ!!!」



何か叫んでいるが、わからない。
動かない人間は離れていく人間に向かって叫んでいた。
離れていく人間は自分で叫んで離れていく。

――あれは『獲物』

――獲物って何?


――――獲物は『玩具』

離れていく獲物に向かって軽く手を振り上げる。



―――――玩具って…何



次瞬。


獲物の真ん中が吹き飛んだ。


――それは人間の腹

――腹って何?



吹き飛んだ腹は赤い水をいっぱい出して壁を赤くに大きく染め上げた。
染め上げた壁に腹に入っていた内臓がべちゃ!と張り付き、地面にボトボトと落ちていく。肉塊の一部が壁の模様を作る。

獲物はそのまま二つに別れ、他の肉塊の様に転がってしまった。
でも、まだ小さく動いている。小走りに近づく。顔の穴から赤い水をいっぱい垂らしながら声を出している。

――その穴は口

――口って何?


「嫌、だ―――死に…た、くな――い――――死……に―――」

短い黒い髪を掴んで持ち上げる。
まだ残っている腸を一つ掴んで引っ張る。すると獲物は妙な声を上げた。
そのまま腸を少しづつ引き出していくと、獲物の口から妙な声を断続的に上げている。
一気に引きずり出す。



「嗚Aaァ阿ア嗚aアァアアA嗚アaaA唖アアあAああ!!!!!!」



妙な声が一気に大きくなった。少女はその声音に顔を少し小首を傾げる。

――それは『魂の子守唄』

――魂って何?

――子守唄って何?


顔に埋め込まれている二つに玉が動き、白くなった。

――それは目、眼球、瞳

――目って何?


大きな声を上げたっきり、獲物は固まっていた肉を柔らかくして他の肉塊の様に垂れ下ってしまった。
少しブンブン振るも、もはや獲物は動く事はなかった。振っている際に千切れた腹からは赤い水と内臓や肉が辺りに飛び散っていた。

――それは玩具の終わり

――終わりって何?


少女は獲物から『玩具の終わり』になった顔を眺める。
先ほどまでの少女と同じ顔の丸い形より楕円になっている顔。大きく叫んだままの顔。

「………」

先ほど投げ付けた顔の壁を見て、また手の持っている顔を見る。
そして投げる。先ほどとは違い、壁に身体を向けたまま。

先程より大きな潰れる音。
今度の顔は張り付かず、大きく破裂した。ぶつかった顔の所を中心に、また赤い水が壁に模様を描く。

頭にぶら下がっていた腹の一部がぶらぶらと揺れ、その反動で顔の残りが落ちる。
顔の後ろから壁に腸が幾つか張り付いているのが出て来た。

――それは脳漿

――脳漿って何?


「―――い…いやあaあああ嗚呼あ唖あ亞あa亜Aあああ!!!!!!!」


甲高い叫び声。
動かなかった人間が、投げ付けられた壁を見て叫んでいた。
近づく。人間は近づいてくる少女に気づき、足と手で下がっていく。
少しするといっぱい転がっている肉塊に人間は背中をぶつけ、振るかえると再び大きく叫んだ。

――…あれは人間?それとも獲物?


――あれは――――――


少女は近づく。
人間は横へと離れていくも、壁の隅に辿り着いて下がれなくなる。
地面に広がっている赤い水で纏っている布を赤く染めている。

「――――いや…」

少女は近づく。
獲物は辺りを手を探りで物を掴み、少女へと投げ付けてくる。

――それは肉。それは骨。それは内臓。それは腕

――それは何?


少女は近づく。
人間は何かを再び掴むと、それを見やった。
獲物はそれの尖った銀色の物を見て笑った。

「あ、は…ハハハハ
ハハハはHa!!!!」

人間はその切っ先を此方に向けて一気に近づいてくる。
何やら可笑しそうな大きな叫びを上げながら。

――あれは何?

――あれは獲物



「死ねぇえええええええ化け物ぉおおおおおおお!!!!!」








――――楽しい獲物






――『楽しい』…
獲物……?



「ぎゃぁ嗚呼a嗚呼嗚ああ嗚呼AAA嗚呼嗚呼ああ呼嗚呼あ!!!!!??」






獲物の腕が無くなる。先ほどの獲物より甲高く大きな叫び声を上げた。
今度の獲物はまだ動く。離れようとする『楽しい』獲物の頭と腹が繋がっている所を片手で掴む。

――それは首

――首って何?


首を握る力を強める。獲物は口から赤い水ではなく透明な泡を出している。
ピクピクと全身を動かし、目を半分白くしていた。

「………」

空いているもう一方の片手をその顔に添えた。
思い返す。壁に張り付いた腸のように長い紐――脳漿を。
そして少女は小首をかしげて呟いた。

「脳漿って―――腸より長い…?」




顔を握り潰した。





出てくる少し硬い骨の殻に覆われていた脳漿。
ゴボゴボと溢れ出す赤い水。腕が赤く染まるのに構わずに脳漿を引きずり出す。
それはとても柔らかく、少し力を入れて出そうとすると簡単に千切れてしまう。
うまく出せたとしても、垂れ下って直ぐに千切れ落ちる。

手の中の脳漿の紐を弄る。
握ったことでぐちゃぐちゃに形が崩れ、とても柔らかく生温かい肉塊となっていた。

――生温かいって何?

うまく頭の中から出す事が出来ず、直ぐに脳漿が全て外へと出てしまった。
それでも空いている頭に手を入れて弄ると、丸い何かを掴んだ。

引き出すとそれは目・眼球・瞳。
白いそれは少女の手と頭の中の赤い水によって少し赤く、何か紐が付いていた。

――それは神経

――神経って何?


神経である紐を摘んでぶら下げる。下になった眼球から赤い水が滴り落ちる。
瞳を摘み、そして潰す。赤い水だけでなく、透明な水も出て来た。

――それは水晶水

――水晶水って何?


肉塊となった楽しい獲物から手を離す。
顔と腕を失った肉塊は千切れ、潰された所から赤い水を流す。
少し肉がピクピク動いていたが、それも直ぐに収まってしまった。

周りを見回す。相変わらず白い霧がかかっているものの、部屋全体はしっかりと見える。
そこら中に転がる肉塊。所々に散らばっている少女と同じ顔の肉塊に、千切れた手・足・肉・骨・内臓・頭。
壁や天井、置かれている大きい物が赤く染められている。張り付いている肉に内臓。

部屋中に広がる赤い水面。
少女は足元の赤い水をすくい上げる。映るのは、赤い少女のユラユラ揺れている顔。

――これは何?

――それは血の水


舌で舐めてみる。
蕩けるよな、それでいて少し苦味のある濃い味。

「………」

――血…



――それは……何?




「――――――クスクスっ」


少女は喉を鳴らして笑う。











――――――それは私を満たしてくれるもの









部屋から少女が消える。
まるで切り裂かれたように大きく、開け放たれた強固な扉からは赤い点滅する光が部屋に差し込んでいる。
その先には黒く分厚い布に包まれた大きな肉塊が何十も転がり、そこにも赤い水面が広がっている。

壁に張り付いた肉塊。
天井に黒く細い棒で串刺されている肉塊。
バラバラに解体され、辺りに散らばっている肉・内臓・骨。


遠くから甲高い銃声と叫び声が幾重にも奏でている。
やがてその声は途絶え、静かになる。



聞えてくるのは、少女の小さな笑い声。



―――クスクスクスっ










Start Of END


――それは終焉の始まり。




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