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 ANOTHER WORLDDIVER


 

(現在までの契約者の動きは以上です)

(うん……ありがとう。まぁ今のところは想定内だ。ご苦労様、『調律』)

(勿体無いお言葉です)

 小さく笑う声が聞こえる。

(謙虚なところは相変わらずの様だね。

ところで送ってもらった情報とは別に、彼に対する君個人の評価が聞きたい)

 私は少しの間、逡巡する。

(忌憚のない意見を言わせてもらいますと、私を扱う才能は充分です。あとは戦いに身をおけば、自ずと成長なされると思います)

(そうか。どうやら僕の見立ては、間違ってなかったようだね)

 満足そうな声。

(質問があるのですが、宜しいでしょうか?)

(現状、【答えられること】なら答えよう)

(ありがとうございます。

では、お聞きします。【彼女】が──『羅刹』と『修羅』を持つ【彼女】が、最初に私達の前に現れたことも予定通りなのですか?)

(さて、どうだろうね……確信はなかったが【そうなるような気はしていた】と答えておこう)

(……)

(納得してなさそうだね)

(い、いいえ。そのような事は……)

(まぁいい、この話は終わりにしよう。

君の報告を踏まえた上で、【こちら】から少し【手伝い】を出すことにした)

(わかりました。私は今後どの様にすれば宜しいですか?)

(今のところ、君は最初の予定通り【彼】に付き添うだけでいい。何か変更があれば、その時に指示を与える。

それと【彼】に気付かれないように、報告はできるかぎり頻繁に頼むよ)

(はい。そろそろ契約者が眠りから目を覚まします。それでは『天覇』様、また後ほど)

言い終わった後に、ベッドに寝かせられている矜持が目を覚ました。

 

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第二章:決断

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目覚めて最初に見たものは見知らぬ天井だった。どこかのロボットアニメの主人公の心情がなんとなく解った気がした。

「ん──ここはどこだ?」

自分の部屋の間取りとは違う、そう思った瞬間【女の声】が頭に響く。

(お目覚めの様ですね矜持。気分はいかがですか?)

(あぁ……『調律』か)

そう言いながら自分に起こったことを思い出していく。

変な異世界に飛ばされ。

【喋る剣】の『調律』と会って契約。

ミラージュとの出会い、ダーツィのスピリットとの戦い。

殺されそうになったのを助けられて、ミラージュが敵のスピリットを瞬く間に倒した後、俺は気を失ったのか。

(思い出しましたか)

俺の考えが纏まるまで待っていた『調律』が声をかけてきた。

(ミラージュが気を失った貴方を運んだのですよ。ここはミラージュが所属する国【イースペリア】です)

過程がどうあれイースペリアに到着といったところか。

(ここがイースペリアなのは分かった。この部屋は?)

(恐らくはスピリットの宿舎でしょう)

スピリットの宿舎ね……。いきなり牢屋とかに監禁されるよりはマシか。

考えながらベッドから抜けだして靴を履く。緩められていたネクタイを直し、椅子に掛けられている制服の上着を羽織る。

最低限ではあるが身だしなみを整え、『調律』を手に取る。

(寝ているとはいえ、神剣を俺の側に置いてくとは……)

(昨日の戦いで、今の矜持にできることが【脅威ではない】と判断したのでしょう)

(舐められている……ということか?)

(そういう意味もなくはないのでしょうが、今の貴方にミラージュが倒せますか?)

『調律』に言われて思い出す。

昨日の二本の神剣を持ったミラージュの強さは圧倒的だった。

俺が生き残るのに精一杯だったダーツィのスピリット三人を一瞬で倒した。

(最初から二本の神剣を使えば、もっと楽に勝てただろうに)

それこそ俺を斬ることなど造作もなかったはずだ。

(そう簡単な話ではないと思います)

(どういうことだ?)

(昨日のミラージュの力、あれは通常のスピリットのものではありません。

あれほどの力を何の制限もなく使えるのなら、今頃この国が大陸を制覇しているはずです)

(確かにな。あの強さは異常だ……。ダーツィ側のスピリットが何の抵抗もできずに倒されていった。制限と言ったな、どんな制限があるんだ?)

(そこまでは私にもわかりません。本人に直接聞いてみてはどうですか?)

(敵になるかもしれない者に、弱点を教えるほど馬鹿ではないだろ)

(随分と彼女の肩を持つのですね)

(──興味がある、とだけ言っておく)

(わかりました。これから、どうします?)

(とりあえずは情報収集だ)

 俺は部屋を出て、宿舎の廊下を歩く。

廊下の窓から差し込む光で、既に外は夕方の時間帯だということに気付く。

(俺は随分と長い時間、呑気に寝ていたようだな)

廊下を歩いているといくつか部屋の扉があったが、部屋の中に人の居そうな気配はなかった。

そのまま廊下を進み最奥にある階段を降りる。

その先にあったのは、宿舎の外に繋がると思われる正面の扉と、人が集まると思われる部屋への扉だった。

まだ宿舎の内部を全て把握していないので外に出るのは後回し。

俺は部屋の扉を開いた。

「エトランジェ……?」

扉を開けると、いきなりミラージュと鉢合わせた。

初めて会った戦闘用の姿とは違い、普段着であろうゆったりとした服を着ていた。

特徴的だった左腕のガントレットも既に外され、今は細い腕を外に晒している。

「ミラージュか」

「いつ起きられたのですか?」

「つい先程だ」

「もう少し早ければ、王と会っていただこうと思いましたが、既に時間が時間ですので」

「そうか……、ところで他のスピリットはいないのか?」

「他のスピリットは全て前線の街に出向いています。この館には──今の王都には、私しかスピリットはいません」

それで平気なのか──と言おうとした言葉を飲み込む。

まだイースペリアに協力すると決めたわけじゃない、深入りは禁物だ。

「こちらへどうぞ」

 部屋の中に促される。

「何か食べますか?──と言っても、私が作るものですから、あまり期待はできませんが」

言われて、随分と腹が減っていることを思い出す。

そういえば随分と食事を摂っていない、最後に食べたのは元の世界のいつだったか。

「折角の好意だ、お言葉に甘えるとするよ」

「はい」

返事をすると、奥にあるのであろう台所に向かい食事の用意をし始めた。

「エトランジェ、テーブルにどうぞ」

部屋を見ながら暫く待っていると、奥から料理を持って戻ってきた。

俺がテーブルに着くと、目の前に料理が並べられる。

「口に合うかは、わかりませんが」

料理を並べるのが俺の前だけなので、理由を聞く。

「ミラージュは食べないのか?」

一旦手を止め、少し気まずそうにミラージュは答える。

「まだ神剣を使った反動で、身体の中に【火】が残っていますので……」

食べられない、ということなのだろう。

「気にせず食べてください。いつものことですし、それに数日経てば元に戻りますから」

そう言って料理を並べ終えたミラージュは対面の席に着いた。

俺は出された料理を黙々と食べながら、ミラージュは自分の左手を右手で掴みながら、互いに視線を交わさず無言の時間が流れる。

俺が食べ終わると、ミラージュが言葉を紡ぐ。

「ついこの間までは……この館に他のスピリットも多くいました。

まだ訓練中のスピリットも多くいて、私も暇を見つけると剣技や魔法を教えていました」

遠くを見る目で懐かしそうに喋る。

「ですが、最近の戦争の激化で前線のスピリットの消耗が激しくなり、訓練中のスピリットも前線の街に駆りだされるようになりました」

俯いて、身体を振るわせ、何かに耐えるように、独白は続く。

「私は王に幾度となく、自分も前線で戦わせてほしいと進言しました。ですが、王は認めてくれませんでした。

王は知っているのです。私の【この力】が不完全なものだということを……」

あの圧倒的な力が不完全?

『調律』の言っていた『制約』のことか。

「私の神剣……『羅刹』と『修羅』は同時に使えば絶大な力を与えてくれます。ですが、使用者のマナを大量に消費します。

故に、全力で戦える時間はごく僅か。加えて、炎の神剣である『修羅』の力は──契約者である私を焼き尽くそうとしています」

そんなものを、ミラージュは使っていたのか

「でも私は、例え【あの力】の代償が自分だとしても、この国と仲間を守れるのなら──」

 ミラージュが押し黙り言葉は途切れた。

「何故、そんな話を俺に?」

ミラージュは俯いたまま答える。

「エトランジェ、貴方の力が必要だからです。貴方なら皆を──助けてくれると私は信じたいのです」

「俺の力は昨日、見ただろう。残念だけど【あの程度】が俺の力の全てだ」

再び両者の間に沈黙が訪れる。

(これ以上の深入りは禁物だ。冷静になれ、全体を見ろ、この世界じゃこれが【普通】なのだ)

 優先すべきは生き残ること、帰る方法を探すこと。必要なこと以外、この世界に関わるのは好ましくない。

俺は自分に言い聞かせる。

だが、次に俺が取った行動は、自らの理屈に反するものだった

「俺がしてやれるのは、これぐらいだ──」

俺は両手で、対面に座るミラージュの手を、それぞれ掴んでいた。

「あの、エトランジェ?」

「黙っていろ」

説明するのが面倒なので、少し強く言って続く言葉を黙らせる。

(『調律』、力を貸せ)

(仰せのまに)

腰のベルトを利用して下げた『調律』の刀身が淡く輝く。

難しくはない、簡単なことだ。

要はミラージュ自身のマナバランスが崩れているだけだ。

目を閉じ、『調律』を通してミラージュの身体を構成しているマナを読み取る。

予想通り。

左手を中心に、ブルースピリットに本来は存在しないだろう、【赤のマナ因子】ができている。

恐らく『修羅』とかいう神剣の影響。

神剣によって強制的に書き換えられた【赤のマナ因子】を、本来の【青のマナ因子】に戻す。

「終わりだ。少しは楽になったと思うが」

ミラージュの手を離す。

「エ、エトランジェ、一体何を?」

少し顔を赤く染めながら聞いてくる。妙だな、赤の因子は消したはずだが……。

俺は、無言のままミラージュを見つめる。

「私の身体の中にあった【火】が──消えている?」

訳が分からないといった感じのミラージュ。

どうやら成功していたようだ。

「昨日の助けてもらったのと、美味い飯を食べさせてもらった礼の代わりだ」

言いながら、俺は席を立つ。

「エトランジェ、どこに?」

少し慌てたような声で聞いてくるミラージュ。

「部屋に戻って寝る。さっきの話を聞いていたら、お前が仕える王にも興味が沸いてきた。とりあえず、会ってみることにした。」

「わかりました、エトランジェ」

「キョウジだ──俺は『調律』のキョウジだ」

いい加減にエトランジェと呼ばれるのにも飽きたので、名乗った。

ミラージュは目を閉じ、俺の名を噛み締めるように。

「はい、キョウジ。また明日」

俺はミラージュの部屋いる部屋を後にして、寝かせられていた部屋へ戻る。

(あのような芸当、よくできましたね)

部屋に戻る最中に『調律』が話しかけてきた。

(さぁな──俺も何故できたのか分からん。ただ、できるような気がしたから試したまでだ)

(成長したようですね。私の【本来の使い方】を頭ではなく、感覚で理解してきたのですよ)

(戦うことには向かない力だ)

(それはどうでしょうね。どんな力も、要は使い方ですよ)

それは俺に向けた言葉か、ミラージュに向けたものか。

(矜持は、イースペリアに味方するようですね)

(断言するな──先のことは、わからん)

(素直じゃありませんね。先程、ミラージュに行った処置は一時的なものです。

彼女が【力】を使い続ける限り、神剣に飲み込まれる日はそう遠くはない。

貴方はそれを放っておくことを、良しとは思っていません。違いますか?)

『調律』に言葉を聞いて、ある台詞を思い出した。

【女の子には優しくしろ】

妹がよく言っていたな、スピリットも女の子か……。

(買い被り過ぎだ)

(それはどうでしょうね。貴方の欲しているもの……この世界でなら、見つかるのではないですか?)

『調律』が俺自身の痛いところを突いてくる。

(さぁな)

平静を装って、会話を切り上げる返事をしたところで、部屋に到着。

上着を椅子に掛け、テーブルの上に『調律』を置き、ベッドに入る。

考えることも多くあったが、腹が満たされた後の睡魔には勝てず、俺は眠り落ちた。

 

 

朝。

起きてから身支度をし、『調律』を片手に、部屋で訓練。

訓練内容は、基本的なオーラフォトンのコントロールと、『調律』から教えられる『調律』に秘められた力の使い方の講義。

おかげで俺は、いくつか新しい力の使い方を覚えた

訓練が終えると、待っていたかのようなタイミングでミラージュが部屋に入ってきた。

「おはようございます、キョウジ。準備ができたのなら城へ行きましょう」

昨日より幾分、俺に対して【ぎこちなさ】がとれた感があるミラージュ。

「別段、俺は準備するようなことは既にない」

「わかりました。では、行きましょう」

そう言って、先に部屋の外にでたミラージュに俺も続く。

歩きながら俺は先導するミラージュに声をかける

「身体の調子はどうだ?」

「キョウジのおかげで、もうなんともありません」

嬉しそうに答えた。

「だが、俺がやった処置は一時的なものだ。【あの力】を使い続ければ、いずれ身体がもたなくなるぞ」

あるいはミラージュ自身の意識が神剣に乗っ取られるのが先か、だ。

「わかっています。ですが私は、力を使うことを躊躇する気はありません」

人間のために戦うことを義務付けられたスピリットである、ミラージュはそうなのだろう。

「戦えないスピリットに──存在価値はありません。私たちが戦いをやめるのは……それはマナに還る時だけです」

あくまで自分は【戦争の道具】だということを主張するミラージュ。

だが俺は昨日、俺を説得するミラージュに【必死で仲間を守ろうとする女の子】の姿を垣間見た気がした。

いつか彼女達、スピリットが戦わずに済む時代がくるのだろうか。

「キョウジ、着きました」

考え事をしているうちに目的の場所に着いたようだった。

「この扉の向こうに?」

「はい、王がお待ちしております」

そう言うと目の前の扉が開いていく。

開いた扉の先にあったのは、部屋の奥に延びる縦長のテーブルに、一目見ただけでわかるほどの豪華な食事が用意されていた。

「ようこそ、我が国【イースペリア】へ」

声のした方を見ると、奥の席に若い女が座っていた。

「キョウジ。私が仕える方であり、この国の王であるアズマリア陛下です」

(王とは聞いていたが……まさか女王だったとはな)

俺はアズマリア女王の対面の席に着く。

「色々と話をしたいのですが、お互いに朝食はまだですよね。食べながらになりますが、構いませんか?」

「俺は飯を食うときは静かに食べるタイプなんでな。先に話のほうを頼む」

俺の発言に気を悪くした風もなくアズマリアは、軽く微笑む。

「エトランジェがそう言うのなら、私の方が合わせましょう」

護衛もなしに神剣を持ったエトランジェとこの距離。

(俺の力が、【大した事がない】と知っていても油断のしすぎだ。スピリット相手に、威力はないに等しいが、人間相手ならば充分だ)

俺はテーブルの死角で、右手の中に数発のオーラフォトン弾を生成し始める。

「キョウジ」

俺の左横に立つミラージュが察し、俺に釘を刺す。

なるほど。どうやら目の前の女王陛下は、なにも考えてないというわけではないようだ。

「信頼しているようだな」

「えぇ。彼女はイースペリアと私を支えてくれる優秀な人材ですから」

女王陛下が返してくる。

俺は両手を軽く挙げて降参の意を示す。

「腹の探り合いは苦手なんでな。単刀直入に聞くぞ、俺をどうしたい?」

「我がイースペリアに、エトランジェである貴方の力を貸していただきたいのです」

「断る。と言ったら?」

「無理強いはしません。ですが他国に力を貸すようなことはして欲しくない。この国に留まっていただけるだけでも結構です」

(さて、どうしたものかな)

既に俺自身が大分肩入れしている、断る理由はない。が、協力することを決定付ける確固たる理由がないのも事実。

(理由が欲しいのですか?だったら横に立っている彼女を見てみなさい)

『調律』に言われて俺は横のミラージュに目線を移す。

当のミラージュは大分前から俺を見ていたのだろう。

視線が交じる。

すがる様な眼差しを向けているミラージュ。

普段は、クールで無表情なのだが、昨日といい、稀にそんな顔をする。

だから俺は、放っておけなくなるのだろう。

(ふぅ……わかったから、そんな目で見てくれるな。『調律』、お前の勝ちだ)

(やはり矜持は私が見込んだとおりの人です)

楽しげな口調の『調律』。

案外、これも女王陛下の策だったのかもな。

となると既に、この席に着く前に勝負は付いていたことになる。

したたかでなければ、一国を治めることなどできない。

俺は視線をアズマリアに向ける。

アズマリアは終始、笑顔だった。

彼女の笑顔の裏からは、何も読み取れない。

(詮無きことだな……少なくとも俺は、俺の意思で【助けたい】と思ったのだから)

「いいだろう。俺は──『調律』のキョウジはイースペリアに手を貸そう」

「ありがとうございます」

笑顔のまま礼を言うアズマリア。

俺は顔を動かさずに視線だけを横に向けると、そこには先程の言葉を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべるミラージュの姿が見えた。

「アズマリア、最後に一つだけ聞かせてもらえないか?」

「なんでしょうか」

「お前の目的は何だ?イースペリアが世界を支配することか?」

俺の質問に対してアズマリアは、女王の威厳をもって答える。

「いいえ。私の目的は【スピリット】同士が戦わずに済む世界を作ることです」

壮大すぎる理想だな。

(が、悪くない。まったくもって悪くない……。ミラージュ、お前が仕える王は間違っていない)

「話が以上でよろしいなら、そろそろ食事にしませんか」

「そうしよう。俺も腹が減ったしな」

「ミラージュ、貴方はまだ食べれないのですか?」

「いえ、陛下。先日、キョウジ様に治してもらいました」

「そう、良かったわね。折角だし、一緒に食べましょう」

「はい、失礼します」

俺の隣の席に着くミラージュに俺は声をかける。

「ミラージュ、俺のことは今までどおり呼び捨てでいいぞ。今更、改まってお前に【様】付けされるのは、どうにも落ち着かない」

「ですが……」

反論しようとするミラージュ。それ対して、いいタイミングでアズマリアが助け舟をだしてくれた。

「エトランジェが、そう言うなら従いなさい。エトランジェには貴女達、スピリット隊を率いてもらうつもりなのですから」

前半部分は助かったが、俺はアズマリアに後半部分の言葉を問いただす。

「いきなり俺に全スピリットを指揮させていいのか?」

「悔しいですが、スピリット同士の戦いにおいて、人間の力では手を出すことができません。

人間同士の戦争にスピリットを使う……貴女達、スピリットには申し訳なく思っています」

沈痛な面持ちのアズマリアに対して、微塵の迷いもないミラージュ。

「その御言葉だけでも充分です」

「アズマリア、俺がスピリット達を率いるということは分かった。が、俺は【俺のやり方】でやらせてもらう、構わないか?」

「えぇ、構いません。貴方に、この国とスピリットの未来を託します」

「味方すると言った手前だ、最大限のことはする」

さて、どうやら忙しくなりそうだ。

後日、俺はイースペリアに属するスピリットの全権と、戦いにおける作戦の立案と総指揮を、公の場で正式にアズマリアによって任されることになった。

 

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(発想も悪くない、流石といったところだね。)

僕は『調律』から転送されてきた映像を観終える。

今のところは予定通り。

まだ序盤だが充分に幸先のいいスタートといえる。

【楽しい】

そう、今の僕はたまらなく【楽しい】のだ。

この城──正確には永遠神剣である自分の【鞘】であるここに置いていかれた時から、どのくらいの周期が過ぎたのだろうか。

いくら巨大な力を有していようが、使い手となる契約者が不在の今の状態では、できることは少ない。

【退屈】は嫌いだ。

だが、自分の使い手だった【彼】はもういない。

【彼】といた日々は楽しかった。

長い時間を自分は存在してきたが、いつも思い出すのは【彼】といた時間。

故に【彼】には是が非にでも戻ってきてもらわなければならない。

「随分と楽しそうね……『天覇』」

いつの間にか【彼】の部屋だったこの部屋に女が来ていた。

女の肢体を包む闇色のドレスは全体的にゆったりとしたデザインだが、彼女の特徴的で魅力的な胸の双球を完全に覆うことはできず。

外界に晒されている鎖骨から双球の上の部分には、腰まである長く伸ばした髪の横髪部分が鎮座している。

女は胸の上に居座る自らの髪を、手袋に包まれた細くしなやかな指で弄っている。

(わかるかい──僕はね、今とても楽しいんだよ)

それを聞いた女は、少女の様な笑みを浮かべた。

「わかるわよ。貴方のそんな素振りを見るのは随分久しぶりだもの」

どうやら外から見ても僕は浮かれているように見えたらしい。

(そういう君はどうなんだい。愛しの【彼】が帰ってくるのは嬉しくないのかい?)

「私が【あの人】を忘れたことは、片時もないわ。だって【あの人】がいたから、今の私があるのだもの」

(【彼】は君にとっても重要な存在のようだね。それじゃ、少し手を貸してもらえないかな)

「いいわよ。何を手伝えばいいのかしら?」

(目的達成のために、もう少し介入しようと思うんだけど、だからといってロウ側の計画を狂わすようなことはできない。

あくまでも僕達は便乗させてもらっているわけだからね、その程度には謙虚なつもりだ。

ただ【彼】のことだ──場合によっては、実力で狂わせるかもしれない)

「それは確かにね。【あの娘】もいることだし」

(そうなった場合、ロウ側は【彼】を排除しようとするかもしれない。

いくら【彼女】といえどエターナル相手に【彼】を守りきれるかどうか……)

「まぁスピリット相手に負けることはないでしょうけど、エターナル相手は無理でしょうね。どこまでやれるか興味はあるけれど」

(そこで、だ。こちらから指示を受けて、大きく逸脱しないように修正するものを派遣しようと思う)

「それで私の【娘】を貸して欲しいというわけね」

(そういうこと。最初は僕の眷属ミニオンを使う手も考えたんだけど、所詮は心無き人形。

手加減なんてできないだろうし、命令に対して柔軟性がない)

「わかったわ。そうね──【あの娘】相手なら適任がいるわ」

(人選はそちらに任せるよ)

「じゃあ呼んでくるから、私は一度部屋に戻るわね」

そう言うと同時に女の背後に、纏っているドレスと同じ色の闇が広がっていき、ゆっくりと女を包み込んでいく。

「『天覇』、また皆で楽しく過ごせる日まで、もう少しよね?」

(当然さ、絶対に【彼】は帰ってくる)

女は静かに微笑み、そして闇は完全に女の姿を飲み込んだ後、次第に薄くなっていく。

闇が晴れた後には、最初から存在してなかったように、部屋から女の姿だけが消えていた。

 

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【あの人】の部屋を後にした私は、自分の部屋の扉の前に転移する。

流石にこの程度のことは、もう永遠神剣を使わずともできるようになった。

初めてこの城に連れてこられた時の──自分の力を制御できなかった頃に比べると格段の進歩だ。

部屋に戻ったら、まずは『天覇』の要求通りに、【あの人】がいる世界に送る【娘】の用意しよう。

そう考えながら闇色のドレスに包まれた手を扉にかざそうとすると、部屋の内側から扉が開かれた。

「お帰りなさいませ〜、ご主人様〜♪」

明るい調子で歌うようにリズムを付けて、私を出迎えたのは、【娘】の一人プライマリィ。

短く切り揃ええられた黒い髪。やや小さい背丈の身体に、白と黒を基調としたメイド服を着ている。

「あら……よく分かったわね」

プライマリィに声をかけながら部屋に入る。

部屋の中央にあるテーブルの椅子に座ろうとすると、いつもと同じようにプライマリィが先回りして、椅子を引いてくれる。

「分かりますよ〜。プライマリィは、ご主人様のお世話を預かっているんですから。

それに、ご主人様が御部屋の外に出るは珍しいですから、扉の前でご主人様のお帰りをお待ちしてました」

私の帰りを出迎えることがよほど嬉しいのか、プライマリィは随分と上機嫌だ。

そういえば随分と外には出てなかったかもしれない。

何しろ殆どの雑用はプライマリィを含めた【娘】達に任せているので、私自身がやることは少ないのだ。

「そうね。最近はどこかのエターナルが攻めてくることもないし、来たとしても大半は外壁の『天覇』の眷属ミニオンが倒しちゃうだろうし。

確かに、ここ暫く運動する機会が減ってるわね」

「本城に入れたとしても私達がいますよ〜」

確か今までに【この城】に来たエターナルの、侵入ベスト記録が本城の一階中央エントランスだったわね。

あの時、外壁の『天覇』の眷属ミニオン達が、ほぼ全滅したのは私も驚いた。

普段寝ている『天覇』も、その時は珍しく起きて、はしゃいでいたし。

「あの時、来たエターナル──確か『運命』とかいう永遠神剣を持っていたわね」

私が呟いた独り言の意味を察したプライマリィが合わせてくる。

「あの方ですか〜、すごく強かったです。私も、お手合わせしましたけど負けちゃいました。」

「そう──私が部屋を出るのが、その時以来なのね」

「はい〜。その時は必要に応じて【仕方なく】でしたけど、今日はご主人様自らです」

「今日はね、『天覇』のところに行っていたのよ。

例の計画が動いたから、部屋に来てくれって言うから行ったのだけど、そしたら珍しく周りが見えないほど熱中していたわ」

思い出したら、小さな笑いが込み上げてきた。

「そうですか〜、『天覇』様も楽しそうでなによりです〜」

相槌を入れながらプライマリィはテーブルを挟んで私に向き合う形で、せっせとお茶の用意をしている。

「それでね、『天覇』はこちらから動かせる手駒を増やしたいから、私の【娘】を貸して欲しいって言ったわ」

私の話を聞いた途端にプライマリィは手を止め、私に向き直る。

「あ、あの。その……」

「プライマリィ、行ってみる?」

先回りして聞いてみる。

「──いいのですか!?」

一拍置いてからプライマリィが聞いてくる。

「私が最初に『天覇』から話を聞いたとき、最初に頭に浮かんだ顔は貴方だったわ。それとも、行きたくない?」

「いいえ!いいえ!行きます!行かせてくださいっ!!」

「えぇ、それじゃ行ってらっしゃい。詳しい話は後で『天覇』に聞いてちょうだい」

「はい!わかりましたっ!」

そう言いながらプライマリィは、お茶が入ったポットを持ったままで、はしゃぐ。

「プライマリィ、気持ちは分かるけど少し落ち着きなさい。そのままだとお茶が私にかかるわ」

「あっ!ご主人様、申し訳ありません」

私の言葉を聞いて我に返ったプライマリィは、テーブルにポットを慌てて置き、高速で頭を下げる。

そして……額が勢いよくテーブルに激突。

軽く乾いた音が部屋に響く。

「いたっ!!」

よほど痛かったのだろう小さな両手で自分の額を押さえながら涙ぐんで顔を上げた。

「……人選、変えようかしら」

「ま゛っでぐだざい゛〜ご主人様〜」

額をぶつけた痛みより、私の一言がよほどショックだったのか、プライマリィは額を押さえたまま涙ぐんだ顔のまま私に言う。

「冗談よ。早く涙を拭きなさい」

言いながら私は闇色のハンカチをプライマリィに差し出す。

「ありがとうございます〜ご主人様〜」

受け取ったプライマリィは涙を拭き始める。

私は溜め息を一つ吐いて、言葉を続ける。

「とりあえず、お茶をいれてくれるかしら。それが終わったら準備をして、『天覇』のところに行きなさい」

私の言葉を聞いて、プライマリィは中断していた作業を再開しながら聞いてくる。

「あの〜〜私が行くとなると、ご主人様のお世話は、お姉ちゃん達がやるんですか?」

「そうしようかと思ったけど、他の【娘】にも、それぞれやる事を与えているし。

私は貴方が帰ってくると思っているし──いいわ、私一人で何とかしてみるわ。

さっき言ったように最近、運動する機会が減っているしね。丁度いいわ」

それを聞いて、プライマリィは明るい口調で言う。

「わかりました。

御食事は日持ちするものをいくつか作っておきますから、ちゃんと食べてくださいね。

あと、何か不自由な事があったら、遠慮なくお姉ちゃん達に言ってください」

エターナルである私は別に食べなくても平気だけれどね。

ただ、お腹空く感覚はあるし、美味しいものを食べたいとは思うけど。

「心配しすぎよ。でもまぁ、食べておくわ」

そうして私の前に笑顔でティーカップがだされる。

「お茶が入りました〜」

「ありがと。暫くはこれも飲めなくなるのね。私がやってもプライマリィほどには、美味くできないでしょうし」

「私としても淹れたて以外を、ご主人様に飲ませたくありませんから──仕方ないですね」

しんみりとした空気が流れた。

「ま、頑張ってきなさい。あっちには【あの娘】もいるし。

それに『天覇』のことよ、会うだけじゃ済まさないでしょうしね」

「はい。負けないように頑張りますっ!」

気を遣ったのか、プライマリィは明るい口調で返してきた。

「私も、楽しみにしているわ。【姉妹対決】はどちらが勝つのかしらね」

私の【娘】同士が【天覇】眷属の永遠神剣を使っての戦い。

こんな面白いことを【天覇】が仕組まないはずはない。

「では、ご主人様。行ってまいります」

明るく、楽しげにプライマリィは、メイド服のスカートの両端を軽くつまみながら頭をやや下げて挨拶をする。

「えぇ、行ってらっしゃい」

プライマリィは部屋の扉に向かって歩いて行く。

「プライマリィ」

私は堪らず呼び止める。

「はい、ご主人様」

プライマリィは既に扉を抜け廊下におり、体を反転しこちらを向いている。

静かに私の声に耳を澄ませる。

「あちらの世界に【ヨフアル】という食べ物があるらしいわ。ついでに、それをお土産に持って帰ってきて頂戴」

プライマリィは笑顔で、先程した挨拶と同じ姿勢で、お辞儀をしながら答える。

「ご主人様の命、確かに承りました。それでは楽しみにしていてください」

言い終わると同時に、扉が静かに閉まった。

部屋に一人残った私は、暫く飲めなくなるだろうプライマリィの淹れてくれたお茶に再び口をつける。

 

 


 

 

後書きと解説

どうも、Black-Dです。

ここまで、お読みいただきありがとうございました。

今回は複線という形の話になります、今回で一応、主要な人物は出きった感があります。

 

次回は再び戦いになる予定です。

よろしければ次回も読んでくださると嬉しいです。

(書式がなかなか安定しません。現在も試行錯誤の繰り返しです)

 

 

では今回登場した人物の解説を

 

『天覇』

永遠神剣。

階位は不明。言動から、かなり上位に位置しているのは確か。

現在は契約者が不在のため自由に動くことはできず、自らを縛る【鞘】の役目をもつ城で軟禁状態。

『調律』に代表される【眷属永遠神剣】と、心無き【眷属ミニオン】を数多く有している。

性格は軽いノリが目立ち、【退屈を嫌い】【楽しさを優先】の思考をもつ。

『運命』の契約者【ローガス】と面識がある。

『天覇』は【ローガス】が、城の外壁に駐留させている【眷族ミニオン】を壊滅させ、侵入者ベストスコアを叩き出したことに敬意を払っており、以後

【ローガス】を本城までフリーパスにしている。

【彼】と呼ばれる者の帰還を第一に考えており、今回の計画は、【ローガス】から聞いたロウ側の計画に便乗する形で、自ら立案した。

 

 

 

女:(名前不明)

『天覇』の城に唯一、居住することを許されているエターナル。

過去において『天覇』の契約者と恋人のような関係にあった。

『天覇』の契約者が城を去った後も、帰りを『天覇』と共に待ち続けている。

姿は【出るところ出て、引っ込むところは引っ込んでいる】超グラマラス。

闇色のドレスを常に纏っている。

特技はスピリットの生成。

作り出したスピリットを自らの【娘】と呼び、それぞれに名前を付け可愛がっている。

彼女が作り出したスピリットは、永遠神剣を持たないため『天覇』の【眷属永遠神剣】をそれぞれ貸してもらっている。

過去に【ローガス】が『天覇』の居城に侵入した時の、侵入者ベストスコア更新中を1F中央エントランスで止めたのは、彼女が直接出向いたから。

【ローガス】と対峙するも、実際に戦うことはなく。互いに少なからず言葉を交わした後、『天覇』と【ローガス】が会話を始めたため、自室に戻った。

後に『天覇』が「何故戦わなかったのか?」と聞くと、事も無げに「戦いが長引いて、お茶が冷めるのが嫌だから」と答えた。

 

 

 

プライマリィ・ブラックスピリット

女によって生成された心を持つスピリットの一人。

生みの親であり、主人である女に絶対の忠誠を誓っており、日々献身的に尽くしている。

やや小さな外見とは裏腹に家事万能であり、その腕を買われて主人の世話係の座を獲得。

性格は、明るく天真爛漫。

姉達と同様に『天覇』から永遠神剣を貸与しており、戦闘技術向上の鍛錬も欠かさない頑張り屋。

【ローガス】が本城に侵入した際に姉達と一緒に戦うも、手加減をした【ローガス】に敗北した過去がある。

 

 

以上になります。

補足ですが、キョウジはエトランジェとしての戦闘力は本編にでてくるエトランジェの高嶺達より大分劣ります。

『調律』自身が防御とサポートを主軸とする神剣なので、仕方ないといえますが。

 

今回も猫の人、ありがとうございます。

 

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