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 ANOTHER WORLDDIVER


 

第一章:対峙

 

『調律』の最初の警告から僅かな時間で単独のスピリットは矜持の前に姿を現した。

 

当初、矜持自身は木々が密集して立ち並ぶこの森を、どのような手段で高速移動することに疑問に感じていたが、いざ目の前に現れるとその疑問は一瞬のうちに吹き飛んだ。

なぜなら、スピリットは森の中を移動してきたのではなく、翼を使って空を滑空し森の上空を移動してきたのである。

矜持の座る岩の上空にスピリットは達すると、翼を展開したままゆっくりと矜持の前に降りてきた。

「こんばんは……いや、どちらかと言えば『初めまして』と言うべきかな」

スピリットの両足が地面に着地し、背中の翼を消した後に最初に声をかけたのは矜持の方だった。

元のいた世界とは違う世界である異世界において、矜持の話す日本語が通じないことは先程の『調律』から説明を受けていたが、あえて矜持は自らの世界

相手が理解できない言語を喋ることで、相手側に自らが[エトランジェであること]を説明するより、楽に自分を認識させることができるからだ。

目の前にいるスピリットは空からの降下の最中から、矜持に対して一瞬たりとも目を離していなかった。

その行動はまさに観察している姿そのものであった。

(さて、掴みはこのくらいにして会話を始めるか。どうやらいきなり襲いかかってくる様子はなさそうだしな。

『調律』、早速だが俺の言葉の言語変換を頼む)

(わかりました)

これによって、これ以降矜持が普通に喋っても『調律』の力によって自然にこの世界の言語に変換されていく。

「さて、早速だけど俺になんの用だ?」

声をかけながら矜持自身は自らの目の前に立っている青い髪と青い目。

両腰に一本ずつ剣を携え、左腕には体格に合わない無骨なガントレット姿のスピリットに目を奪われていた。

 

言葉が通じることが分かったゆえか、スピリットはようやく口を開いた。

「私はイースペリアという国に属するスピリット。

名はミラージュ・ブルースピリット。

我が王の命令に従いエトランジェを確保しに参りました」

(やはり外見通りブルースピリットか。しかし、いきなり確保ときたものだ)

「確保と言ったな。仮に俺が拒否した場合はどうするつもりだ?」

 俺は少し強めに聞き返した。

「エトランジェは強力な力を持つと聞いています。

もし我が国に協力が適わず、敵国側に付き我が国に剣を向けるようならば、今ここでエトランジェを──斬ります」

最後の部分を強調して答えたミラージュと名乗ったスピリット。

「今、自分でエトランジェは強力な力を持つと言わなかったか。お前に俺が倒せるのか?」

 ミラージュは俺の問いに対して少しも迷わず即答する。

「相手が誰であろうと我がイースペリアに敵対するものは斬り捨てます。それが私の任務です」

そう言いながらミラージュは着地時にとった直立不動の体制から右半身を引き、全身をやや沈み込ませ構えに移行。

ガントレットを付けた左手は彼女の右腰に付いている剣の鞘の留め金に手をかける。

上側部分しかない鞘は、恐らくは[剣を固定するためだけ]のもの。残る右手は剣の柄を外側から逆手で握り臨戦態勢をとった。

「どんな手段を用いても……というわけか」

対する俺もミラージュが構えの動作とると同時に岩から腰を上げ、左手に『調律』を持ち、右手は手刀の形でミラージュに向ける。

お互い譲らない一触即発の状態。

 

この状態……次にどちらかが動けば戦いが始まるだろうことを俺は感じていた。

だが、次の瞬間『調律』の声が俺の頭に響く。

(矜持、ここに複数のスピリットが向かってきています)

(複数だと……こいつの仲間か?)

ミラージュから視線を逸らさず、頭の中で『調律』に聞き返す。

(詳細は不明ですが、もう間もなくここにやってきます)

対するミラージュは既に俺への構えを解いており、ここに向かってきているスピリットがいると思われる方角に視線を向けている。

「どうやら、こんな場所に尋ねてくる客人がまだいるようだが……お前の仲間か?」

「私は一人でここに来ました。この方角から察するに恐らくはダーツィ側のスピリット」

ミラージュの答えを聴き、俺も構えを解きながら再び聞く。

「お前達にとって、よほどエトランジェというのは重要らしいな……で、お前はどうするつもりだ?」

先程と同じように少しも迷うそぶりを見せずに淡々と答える。

「現状、このままではエトランジェの確保は不可能。

ここに向かっているスピリットの数は神剣の反応から予測するに三。 味方でない以上、戦闘は避けられない」

「お前は一人で三人のスピリットを相手にするつもりか?」

「スピリットとはそういうもの。敵であるなら斬り捨てる以外の決着はない」

(本気で三人を一人で相手にするつもりのようだな……)

俺は再び岩に腰掛け考えをめぐらす。

既にミラージュは鞘から外した神剣を逆手に持った状態から小手先で半回転させて通常の構えに移行、完全に俺に背を向ける形で相手を迎え撃つ体勢。

(今の状態ならばミラージュから逃げることも可能かもしれない。だが……)

 それでいいのか? という疑問に対して結局、答えが出ないまま時間だけが過ぎていった。

 

(矜持……来ました)

『調律』の声で我に戻る。

俺に対しミラージュを挟んで扇型に三人のスピリットが夜の森から姿を現した。

外見の特徴から判断するにミラージュの左側がグリーン、中央がミラージュと同じブルー、右側がレッド。

気になるのは三人のスピリットに、ほとんど意識が感じられなかったことだ。

(なんだ……まるで人形のようだな。

本当にミラージュと同じスピリットなのか?

意思がほとんど感じられないくせに妙に殺気だけは発していやがる)

俺の思考を読み取ったのだろう『調律』が答える。

(矜持、彼女達は神剣に取り込まれたスピリット達です。

国によっては力のないスピリットは、神剣に取り込ませて戦力の強化を図るようです。

神剣に取り込まれたスピリットの戦闘能力は上昇しますが感情などの意識を無くし。

後はただひたすら戦いとマナを求める存在に成り果てるだけです)

(スピリット自身の意思とは関係なくか……)

この世界の人間にとってスピリットは都合の良い道具でしかない。その点においては今の俺も同じか……。

 

 

戦いはダーツィ側のスピリットが先手を取ることで始まった。

まずはエトランジェである俺の前に立ち塞がる邪魔なスピリットを一気に片付けるつもりなのだろう。

三人の連携による攻撃がミラージュを襲う。

正面のブルースピリットは瞬時に翼を展開し、低空から急加速による突進力を付加した横薙ぎの斬撃。

続くグリーンスピリットの長槍型の神剣がリーチを活かした刺突。

右側のレッドスピリットはその場から動かずに神剣による魔法攻撃のための詠唱を開始。

「──ッ!」

ミラージュは、まず自分の右側から強襲するブルースピリットの残撃を右手に持つ神剣で受け止め、僅かの時間差で左側から襲ってくるグリーンスピリットの刺突を、左腕のガントレットを当てることにより方向を変え受け流す。

右手の神剣で受け止めたブルースピリットの剣を自分の神剣を振り払うことで弾き、左側の受け流した槍が持ち主の意思によって引かれた直後、残るレッドスピリットの神剣魔法の詠唱が完了。

燃えさかる火炎弾がミラージュに向けてレッドスピリッツの神剣より発射される。

 相手の神剣を弾くことで振りぬいた右手の神剣を自らの正面に戻し、剣を自らの盾にする構えをとると同時に、ブルースピリット特有の対魔法を詠唱。自らに襲いかかる火炎弾を相殺しようとする。

既に火炎弾はレッドスピリットの剣から放たれており、ミラージュはレッドスピリットではなく火炎弾そのものを標的として設定。

「アイスバニッシャー!」

詠唱が完了した時には、火炎弾は既に目前にまで迫っていたが間一髪で無効化。

相殺した距離が近かったため、火炎弾によって起こされた熱風が彼女の青い髪が撫でる。

 

 

ダーツィ側と思われる三人のスピリットは自分たちの攻撃を防ぎきったことが意外だったのか、警戒心を強めたのだろう、一旦ミラージュから距離をおいた。

 

 

(三人同時に相手となると苦戦するのは当然か……)

(そうですね。相手の同時攻撃を辛うじてですが防ぎきったのですから、彼女がスピリットとして弱いというわけではないのでしょう。

ですが、少なくてもこのまま防戦一方にまわれば勝ち目はないでしょうし、少しでも判断を誤ればその瞬間そのまま倒されます)

 今のところ俺にまで襲いかかる様子がないので俺は『調律』とさらに話しを続ける。

(とはいえ、このままミラージュが倒されるようなら次は俺か……。

スピリットを強制的に神剣に飲み込ませるような国だ。

例え捕らわれて連れてかれるにしても好待遇は期待できないだろうなぁ)

(では、如何いたしますか?)

少しの逡巡。

(とりあえずはイースペリアに行ってみるか。どちらにせよ、この世界に関する情報収集は必要だろ。

まぁいざとなれば逃げ出すことぐらいは……たぶん、できるだろうし。それでいいか?)

(私はすでに矜持の剣に過ぎません。矜持は[矜持の心のままに]行動すればよいでしょう)

(付き合わせて済まないな)

(では、加勢に入りましょう。戦闘に関連する知識は既に送りました。

先程の戦いを見ていてそれぞれのスピリットの特徴は感じれたと思います。

あとの細かな情報はその都度伝えます)

(あぁ。まずはミラージュに……)

 

 

俺と『調律』が会話している間に何度かの攻防があったのだろう。

現に攻防といっても攻めるのはダーツィ側のスピリットだけであり、逆にミラージュは防御に徹するのみだった。

ミラージュは大きな傷はないにせよ、すでに細かな負傷がいくつも見られる。

レッドスピリットの神剣魔法は威力が大きいので、まともに喰らえば大きなダメージを負うことになる。

故に相殺は最優先事項になる。だが、そのためにブルーとグリーンの両スピリットからの直接攻撃に対して対処が僅かに遅れる。

例え魔法を相殺し続けたとしても、直接攻撃のダメージが蓄積され続ければ、いつかは倒されてしまうだろう。

 

ブルースピリットは翼を展開し空中から急降下による強襲のために移動。

 それに対し、ミラージュは地上でガントレットの付いた左腕を自分の目の上に挙げる。ガントレットで斬撃を受け流し、右手に握る神剣で相手を突き刺すためのカウンターの構えをとった。

 グリーンスピリットはミラージュがブルースピリットに対して、[反撃時にできるであろう隙]を文字通り突くために矛先を向けての構えで待機。

 レッドスピリッツも続く火炎弾を撃つための詠唱を開始している。

 

 ブルースピリットが配置に着いたのを起点に攻撃を開始。ミラージュに目がけて流星のごとく急降下。

一瞬でミラージュの目前にまで落下して行き、突き出した剣がミラージュの左腕ごと串刺しにしようとした瞬間、いきなり今までの落下慣性の法則に逆らい水平に飛ばされ後方の木に激突。

そのまま木に沿って落下していきレッドスピリットの横に倒れる。

レッドスピリッツは横にいきなり落ちてきたブルースピリットに何が起きたのか確認するためか詠唱を中断。

グリーンスピリットも槍の矛先をミラージュに向けたまま一時後退していく。

「まぁ初めて使ったわりには上手くいったもんだ」

矜持は誰に言うわけでもなく喋りながらミラージュの横に立つ。

ミラージュは左腕を下げて矜持に視線を移す。

矜持はそのまま彼女に次の台詞を言い放つ。

「とりあえずこの場は共闘しないか。たぶん、お前がやられれば次は俺だろうしな。

どうも相手は意思の相通もできなそうだし、俺を連れて行くというよりはここで消すつもりだろう。

お前の所属するイースペリア……だったか。とりあえず、そこに行くのも悪くないと思ったしな」   

「我が王の命は可能であるなら我が国にエトランジェを迎え入れたいというもの。

もしエトランジェに、その意思があるのならば案内するのが私の任務となります」

「さっき、[斬る]とか言ってなかったか?」

「それは私、個人の判断です」

「物騒な話だ。

まぁさっきのことは良いとして、目の前にいるこいつらをどうにかしなきゃいけないが……。

生憎と俺ができるのは防御壁を作るのと相手のバランスを崩したり、吹っ飛ばしたりするくらいだけだ」

これだけしかできないのに生粋の戦闘スピリットであるミラージュを相手にしようとしていたのだから、三対一で戦おうとするミラージュと同様に、俺もかなり無謀だ。

「──それで私の相手をしようとしていたのですか……無謀ですね」

ほら、言われた。

「今さっきのお前ほどじゃないだろ。それでどうする?」

とりあえず反撃して返す。

「……エトランジェの攻撃能力は期待できない。かといって負傷した今の私では三人のスピリットを倒すことは不可能に近い」

 淡々と状況を分析するミラージュ。

 暫くして答えが出たのか。

「エトランジェ。少しの間でいいので時間を稼いでもらえますか。どうやら防御の方は自信がありそうなので。

仮に、この場でエトランジェが殺されるようならば、それはそれで他国にエトランジェが渡るという事はなくなりますし」

「はっきり言う奴だな……」

「隠しても意味はありません」

「まぁいいだろ。時間を稼げば良いんだな」

「ええ、そんなに多く時間は取らせません」

ミラージュが何をするかは疑問だったが、とりあえず俺をイースペリアに連れて行くといった以上なにか相手にスピリットを倒す方法があるのだろう。

 とりあえず俺はそれまで時間稼ぎ──というよりは[生き残れ]ということか。

 

ミラージュは俺が先程までいた岩の近くまで後退し、今度は逆に俺がミラージュの位置に立つ。

 すでにダーツィのスピリットはグリーンスピリットによる回復が終わったのか、相変わらずの殺気を向けて臨戦態勢をとっている。

 

「さて──俺自身が生き残るための戦いを始めるか」

 

それが開戦の合図になった。

スピードの速いブルースピリットの斬撃を左手で握った『調律』によって拳の先に作り出した防御壁で受け止める。

剣の侵攻を止めた防御壁をそのまま前方に一気に押し出し、剣を持つブルースピリットごと後方に飛ばす。

すぐさま続いてくるグリーンスピリットの刺突を、今度は左腕の外側に作り出した防御壁で俺への打点を外し、懐がガラ空きのところに右手の掌にオーラフォトンの壁を作り密着させた状態から撃ち出すことで間合いを離す。

最後に神剣魔法の詠唱をしているレッドスピリットに右手を手刀の形に変えて向け、防御壁につかうオーラフォトンを凝縮した[弾丸]を作り、高速で連続射撃することによりレッドスピリットの詠唱を阻害。

先程のブルースピリットを吹っ飛ばしたのもこの魔法。

練るオーラフォトンの量によって威力は上がるが決定的なダメージにはならず、せいぜい相手のバランスを崩させる程度でしかない。

「やれやれ……この魔法は使い易いがダメージがほとんど無いのが欠点だな」

 その証拠に三人のスピリットは一様に後退はしているものの動きに陰りはなくダメージがあるようにはまったく見えない。

(ミラージュ──なるべく早く頼むぜ)

俺は振り向くことはせず心の中で呟いた。

 

 

 

矜持の後方でミラージュは腰に付けられているもう一本の神剣を引き抜き左手に持つ。

両の手に持った永遠神剣。右手に構えるは『羅刹』、左手に構えるは『修羅』。

ミラージュは二つの剣の力を使うことに抵抗を感じることは無い。

もう幾度となく[この力]を使っているのだから。

この力があるからこそ自分は今まで生きて抜いてこられたのだ。

例えこの力が自身を喰らおうとも、焼き尽くそうとも、目的が果たせるのなら迷うことはない。

永遠神剣に語りかけるため静かに目を閉じて意識を集中させる。

 

「契約者ミラージュ・ブルースピリットが命ずる──永遠神剣『羅刹』『修羅』能力解放」

 

 

言い終わると同時に両方の永遠神剣から圧倒的な力が流れ込んでくる。

そして左手に持つ『修羅』は高温を発生させる。

もし左腕に装着しているガントレットがなければ一瞬にして大火傷を負うだろう。

『修羅』が契約者である自分を焼き尽くそうとする熱。

自分がブルースピリットだからなのか……それは分からない。

だが構わない、私には[この力]が必要なのだ。

目を開け、前に歩き出す。

「『羅刹』『修羅』いこう……唯一絶対の死を与えるために──」

 

 

「感情や意識はないくせに戦術を考える力はあるようだな……」

 そう言いながら矜持はブルースピリットの攻撃を防ぐ。

ダーツィのスピリットにとって矜持の能力は厄介なものではあるがダメージを負うことが無いと分かった以上、もはや脅威といえるものではなかった。

前衛であるブルーとグリーンのスピリットによる直接攻撃は永遠神剣の身体強化と防御壁で無効化できる。

だが、レッドスピリットの神剣魔法はブルースピリットではない矜持には完全に無効化することはできない。

現に先程の攻防においても矜持はオーラフォトン弾で詠唱の妨害をしただけであり、魔法そのものを無効化したわけではない。

 

そこでダーツィ側のスピリット達は、まずブルースピリットが速度を重視した連続攻撃を仕掛け矜持に張り付き、グリーンスピリットはレッドスピリットの正面に立ち、シールド・ハイロゥによって防御を固めて後方のレッドスピリットの詠唱を守る。

これによって矜持は移動を制限され、またオーラフォトン弾でレッドスピリットの神剣魔法を妨害しようにもグリーンスピリットが立ち塞がっていることで妨害が不可能になる。

そしてオーラフォトン弾は元から攻撃力が低いためスピリットの中で最も高い防御力をもつグリーンスピリットが防御に集中した場合、バランスを崩させることすらできなくなる。

そして詠唱が完了したレッドスピリットが火炎弾を放つときだけグリーンスピリットとブルースピリットは射線を一時的に開けて矜持に当てるのである。

「くっ!」

 呻きながら片方の膝を地面についた矜持。既に数発の火炎弾が矜持を襲っていた。

 右手の防御壁だけでブルースピリットからの斬撃を防ぎ。『調律』を握っている左手には集中してオーラフォトンを練って作り上げた防御壁を、火炎弾が襲う一瞬だけ高速展開し直撃を防いでいたのだが、集中して作り出すので精神力の消耗が激しい。

(矜持、ブルースピリットの攻撃が来ます)

『調律』の警告に反応し瞬時に右手に防御壁を形成、ブルースピリットの剣を振り下ろす斬撃をなんとか弾いて防ぐ。

だが防ぎきった直後、まだ一度防いだだけにも関わらず右手の防御壁は砕け散ってしまった。

咄嗟に右手を手刀の形にしてブルースピリットに向けてオーラフォトン弾を連射、ブルースピリットを後方に飛ばし距離を稼ぐ。

「いよいよ、右手の防御壁すら不完全なものになってきたな」

 右手の防御壁を作り出すことが不完全であるのに、次に火炎弾を防ぐだけの防御壁を作り出せるだろうか……。

そんなことを考えているうちに、グリーンスピリットの背後でレッドスピリットの神剣魔法の詠唱が完成。

火炎弾が放たれる。

「くそっ!こんなところでくたばってたまるかっ!!」

左手に握る『調律』に顔を落として意識を集中し、防御壁を形成しようとする。

だが精神力が既に限界に達し、形成する工程の途中で無残にも砕けてしまった。

もはや火炎弾を防ぐ手段がなくなり直撃を覚悟した。

 

 

だが火炎弾は俺に直撃することなく消滅した。

 何が起こったのか俺は確かめるために顔を上げると左側の真横に一人のスピリットが立っていた。

「ミラージュ……だよな?」

 肯定以外に答えがあるわけないと思いながらも聞いてしまった。

青かった髪と双眸には朱の色が混じり、両方の手には神剣がそれぞれ握られている。

右手の神剣は青白く静かに観るものを魅了するかのような光を放ち、左手の神剣は赤く強く輝き他者を焼き尽くそうとする光を放っていた。

「エトランジェ、どうやらまだ生きているようですね」

ミラージュは俺の質問に答えず更に足を前に進めながら喋る。

「時間をとらせました。これ以降は私が相手をします。巻き込まれないよう下がっていてください」

 正直、俺にとってはその申し出はありがたいものだった。

今の俺はほとんど力を使い切ってしまって、最早これ以上の戦闘行為は不可能だったのだから。

「大丈夫なのか?」

俺はミラージュの背中に言葉を投げかける。

それに対し後ろ姿のミラージュは一瞬だけ振り向き横顔を見せた。

(矜持、彼女の言うとおり下がっていましょう。今の消耗した貴方ではこの場にいるのは危険です)

(あぁ。わかった)

 『調律』の言うことに従い、なんとか立ち上がり前を向いたまま後退し岩に腰掛ける。

 本当は立っていたいところだったが、既に体力面でも消耗しきっている俺にはこれが限界だった。

 

ダーツィの三人のスピリットは神剣に飲み込まれて感情がないことから、外見からは疲労しているような素振りはまったく見られない。

俺が退き、代わりに前に出てきたミラージュに狙いを定める。

三人のスピリットは最初にミラージュと相対した時と同様にブルースピットは翼を展開しての突撃、グリーンスピリットは槍での刺突、レッドスピリットは神剣魔法で攻撃するべく、それぞれの態勢を整えていた。

 

先に動いたのはブルースピリットだった。風を切り裂き一直線に翼を使ってミラージュに突撃。

対してミラージュはまったく構えをとらずに立ち尽くしている。

ブルースピリットがいた最初の位置からミラージュまで半分に達した時にそれは起こった──

俺がほんの一瞬、相手のブルースピリット側に意識を向けた瞬間。ミラージュの姿が俺の視界から消え、次の瞬間に鋭い音と共に空中のブルースピリットが、二対の翼を展開したミラージュの右手に握る神剣によって体を貫かれていた。

 

ミラージュは相手のブルースピリットが加速を開始してから瞬時で自分の翼を展開し、その二対の翼が生みだしたであろう爆発的な加速力で、ミラージュの接近を相手が認識するより早く剣を突き刺したのだろう。

 

貫いたミラージュの神剣は急所を完全に貫通しており、串刺しになったブルースピリットは自分に何が起こったのか認識することもできずに絶命。

ミラージュは剣を突き刺したままの右手をそのまま自分の体の外側に振り、ブルースピリットから剣を引き抜いた。

剣が引き抜かれたブルースピリットは空中から地上に落下するまでの間にマナの霧になった。

 

それを見たグリーンスピリットは攻撃態勢を止め、シールドハイロゥを展開し防御に徹する構えをとった。

恐らく攻撃面はレッドスピリットに任せ自分は詠唱する時間を稼ぐつもりなのだろう。

ミラージュは空中からグリーンスピリットに向かって二対の翼を使って急接近、右手の神剣でシールドハイロゥの上部から斬りつけて破壊。

たった一撃で全スピリットの中で最高の防御力をもつシールドハイロゥを消滅させ、遮るものがなくなったところにミラージュは左手に握る炎の輝きを放つ神剣をグリーンスピリットの胸に突き立てる。

剣がグリーンスピリットの体の一部と化した瞬間、グリーンスピリットの全身が一瞬で炎に包まれた。

ミラージュが剣を引き抜くと紅蓮の炎に包まれたグリーンスピリットは、そのまま後方に倒れていき炎と共にマナに還っていった。

 

残るレッドスピリットは仲間の二人が倒される間に神剣魔法を完成させ、ミラージュに向かって火炎弾を放つ。

それに対しミラージュはアイスバニッシャーを詠唱するでもなく、ただ火炎弾に視線を向ける。

目前まできた火炎弾はミラージュに対して一切干渉することもなく消滅。

ミラージュはゆっくりとレッドスピリットに向かって左手に握る神剣の切っ先を向ける。

「ファイアーボール」

 詠唱もなしに、相手のレッドスピリットが撃ってきた数倍の大きさの火炎弾を発射。

 相手のレッドスピリットにとってミラージュの放った火炎弾の大きさは逃げきれるものではなく、レッドスピリットを飲み込んだ桁外れの大きさの火炎弾はその後方にある森の木々までも焼いた。

 

 

 最後のスピリットの消滅を確認するとミラージュは振り返り、翼も消さずに俺のもとに寄ってきた。

「障害の排除完了。お待たせしましたエトランジェ、これより我がイースペリアに案内します」

 これほどまでに鬼神のごとくの強さを持つスピリットがいる国が、エトランジェの力を欲する理由はなんだ?

 そう考えながら俺はついに体力と気力が限界に達し気を失った。

 

 

 

第二章に続く。


 

あとがき

ここを読んでくださっているということは恐らくここまで読まれた方だと思います。

どうもありがとうございました。

 

一応、作品の解説。

いきなり本編が異世界から始まってますが、元の世界の描写はいずれ書くと思います。

というのも作者が「さっさとスピリットを出したいなぁ」と思いながら書いていたのでこうなりました。

いざ設定のキャラを動かしてみると正直な感想としては

「キョウジもミラージュも自分から喋るタイプじゃないから会話が弾まねぇぇ!Tu-ka文章の八割が戦闘じゃねぇか!」

ということに陥りました。

この点を反省点とし、次回はもっと「可愛いスピリット」がいっぱい出てきて「萌え萌えな展開」にしようとか……。

 

次回も頑張りますのでよろしくお願いします。

 

スペシャルサンクス:文章指導&校正してくれた猫の人!

 

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