ANOTHER WORLDDIVER
序章：邂逅
異世界の森林
「ふむ……今おかれている現状は大体理解したよ。ありがとう……え〜っと」
（『調律』です。理解が早くて助かります)
そう言って俺は切り出した岩に座っていた腰をあげる。
先刻から続いていたこの異常な事態の説明を［喋る剣］である『調律』から聞いているところだった。
もっとも周囲には誰もいないし『調律』の声は直接俺の頭に響いているので一般的な［聞こえる］という表現とは少し異なるかもしれないが。
簡単に俺の身に起こったことを原因と思われる事項から推察。
俺は夕暮れ時に偶然通りかかった神社の境内での異常な光の正体が気になって、神社の階段を登り同じ学校の高嶺と他に数人の人間が光に吸い込まれていき、自分もその光に巻き込まれて気を失って、光が消えた後に気が付いたときにはこの森の中に独りだけ。
（私もいたのですが……）
『調律』の自分を主張する声。
「いきなり思考に入ってくるな。それに俺は人間が一人と考えたんだ。喋る剣なんて俺の世界じゃ俺が知る限り存在してない」
いきなり話に入られて少し驚いたので強めに反論しておく。
（そうですか、でもこの世界において貴方の世界の常識なんて役に立ちません。それに貴方のいた世界にも私の同胞は存在していましたが感じられなかっただけです）
「ん、そうなのか」
『調律』の話に少し興味を抱いたが現状の事態の整理には関係ないので、思考の外に追いやる。
「考えを進めるぞ」
そう『調律』に言うことによって自分にも改めてやるべきことを再確認させる。
異世界に来てから『調律』から聞き出した情報は……
この世界は俺のいた世界とはまったく違うこと。
この世界は戦争状態にあること。
人間とは違うスピリットと呼ばれるもの達が、人間の戦争の道具として戦っていること。
スピリットは永遠神剣により人間を越えた力や魔法で戦うこと。
そして『調律』もまた永遠神剣であること。
「まぁ大体こんなところか」
（そうですね。概ねその通りです）
あとはこの世界に飛ばされて、次に気が付いたら目の前に剣があって触れた瞬間に『調律』の声が聞こえて、今に至るわけか。
「さて、どうしたものかな」
と声に出す。どうせ周りには『調律』以外はいないので独り言を聞かれることもないだろう。聞かれたからどうというわけではないが……
（先ほどから貴方は随分と冷静ですね。もう少し取り乱すかと思いましたが）
「いや、充分に現状に驚いているよ。慌てふためいたところで事態は好転するとは思えないし。それに落ち着いているのは『調律』が俺の疑問に答えてくれたおかげだ」
そう言って再び頭を切り替える。
現在の置かれている状況は分かった。
あとは次に何をするかなのだが……
（状況の整理が付いたのならそろそろ私の本題に入らせて貰えますか？）
「ん、なんだ『調律』。まだ何かあるのか」
（はい、先ほど説明したようにこの世界ではスピリットというものたちが戦い、人間は直接戦うことはしません。人間の国々はスピリットの軍隊を組織し他国と戦争をしています）
「あぁ、それはわかる」
この世界でも人間は戦争か……まぁ元の世界でも戦争はどこかの国が繰り広げている、別段驚くようなことではない。
（この世界の人間は永遠神剣を使用することができません）
「誰でも使える便利なものというわけではないんだな」
（永遠神剣が扱えるのはスピリット、そして異世界より召還された貴方のようなエトランジェと呼ばれるものたちだけです）
「エトランジェ──皮肉な表現だ」
（この世界にはエトランジェはスピリットより強力な力を持つという伝説があります。
故に各国はエトランジェを自国に引き入れるでしょう。それこそどんな手段を用いても……）
「なるほど。エトランジェさえいれば、例えスピリットの数で負けていても戦争に勝てるかもしれないというわけか。
だが俺にはそんな力はないぜ？」
（それは貴方が私と契約をしていないからです。
今の状態は私が貴方の意識に直接語りかけているだけに過ぎません。
ですが契約を行えば貴方に私の力が貴方に流れ込むことになります）
話は解った。
『調律』は今の会話でこの世界の人間が［どんな手段を用いても］と言った。
易々と言いなりになるつもりはないが、例え俺に力があろうがなかろうがエトランジェである以上、戦争に巻き込まれるということだろう。
そのときに俺に取捨選択する自由があるどうかの保障なんてない。
スピリットが道具として扱われているのだ、恐らく俺もそれと同列に見られると予測できる。
それ以前にこのまま戦場に送り出されてみろ、即座に死亡確定だ。
「やるしかない……か」
そう言いながら顔をあげて空を仰ぐ。
（そういうことです。このまま貴方に死なれたら、私としても非常に困ります）
「だがいいのか？ 俺が力を欲するのは生き延びるためと元の世界に戻るためだぞ」
空から手に握っている『調律』に視線を移す。
（それで構いません。それに貴方が生き続けることが、私の目的の達成に繋がるのです）
「その目的は？」
（それは貴方が生き延びていけば……追々わかることです）
妙に含んだ言い回しだが、何故か嫌な感じはしなかった。
とりあえずではあるが現状での利害関係は一致した。
（では契約の儀式を済ませましょう。方法は簡単です。私を強く握り契約の旨を強く念じればいいだけですから）
言われたとおりに『調律』を強く握り締め頭に流れ込んでくる台詞を声にする。
「──俺、月夜見 矜持は永遠神剣『調律』とここに契約を交わす」
台詞を言い終わった瞬間、一瞬だが大きく『調律』が輝いた。
（契約は完了しました。これ以降、私『調律』は矜持を契約者と認め微力ながら力添えをさせていただきます。
現在、私の力は貴方に流れますがいきなり全てというわけではありません。
仮に全ての力を流した場合、私の力の大きさに貴方自身が耐え切れず押し潰される危険があります。
とりあえず基本の身体強化はすでに発現していますが、その他の高度な神剣魔法の類は貴方に蓄積されるマナの量が増大すれば、いずれ扱えるようになるでしょう）
『調律』のいうとおり初歩的と思われるいくつかの神剣魔法の知識が頭に直接入ってきた。
他にも身体強化の能力のおかげか契約の前に感じた『調律』を持ったときの重量感も今は随分と少なくなっている感じがする。
「さて、これからどうするか」
契約も済んだことだし、まずは人の住む場所に移動して情報を集めるなりしたほうが良いだろうか……いやそれとも暫くは息を潜めて隠れている方がいいだろうか。
今後の身の振りについて考えようと岩に腰を下ろそうとした瞬間『調律』が話しかけてきた。
（スピリットの気配が近づいてきます。どうやら貴方と契約したことで貴方の存在が強まり私達がいるこの場所が知られてしまったようです）
スピリット──この世界での戦うもの。俺が今後どのような道を選ぶにせよ、戦うことは避けられない相手だろう。
（感じた神剣の気配は単独ですが、移動速度が恐ろしく速いです。身体強化の能力で強化された能力で走ったとしても恐らく十中八、九逃げ切れはしないでしょう）
頭に直接響く『調律』の冷静な現状を解析する声。
「仕方ないな。とりあえずは相手の出方を見るとしよう。逃げ切れないというなら最悪の場合は相対することもありうるだろうし。そうなった場合、今下手なことをするよりは万全の体勢で出迎えたい」
やれやれ……まさか、いきなり戦いを覚悟するハメになるとは。
まったくやりきれない………と考えながら俺は最初に座っていた岩に座り来訪者を迎え撃つ。
そしてそれが彼女と俺のとの最初の対峙となった。
第一章に続く