永遠のアセリア
―The 『Human』 of Eternity Sword―
永遠神剣になっちゃった
Chapter 5 反発するエゴ
第4節 『亀裂の予兆』
武器庫に放置されてから一週間の時を経て……俺は悟った。
人形のようにボケ〜って過ごしてたら簡単に時が流れる事を――
その所為か、ここ数日の記憶がハッキリしない……
変な夢を見ているときも有れば、誰かが此処に訪れたような夢……いや、現実だったっけ?
まあ……どうでもいいや……
もう、過去の出来事を夢なのか現実なのか区別できないような状態――
そんな状態に危機感を覚える事も無く、時はただ流れていく……
たぶん、今の俺は……きっと一年以上はこの状態で過ごせる自信がある。
――これが本当の『無我の境地』……なんてな♪
『……………………はぁ……』
もちろん、笑えません……
別名・精神的にヤヴァイ状態……という事に薄々気づいてるから。
……いや、とっくの昔に気づいてた。
でも、気づいて焦っても、事態は何にも変わらないという事に気づいたから。
――だから、放心状態に近い状態でボケ〜っとしているのだ。
それにしても、アオめ……
出てきたら、どんなお仕置きを与えてやろうか……
こんな境地に目覚めてしまった責任、取らせてやる――
――って、そういえば……ケンカしたままだったっけ?
『……はぁ……』
アイツは今……何をしているのか……
きっと、五月病に掛かった学生のように牢屋の隅で体育座りでもしているに違いない。
んで……開放されても、自室の隅で体育座りでもするんだろうな。
問題点の整理をすると、アオをそうさせる悩みの原因はスピリット同士の殺し合い。
アオの悩みが吹き飛ぶとしたら、スピリットが人間に対してボイコット運動を起こした時だろう。
つーか、真面目な話として、ボイコット運動について吹き込んでみようかな?
そしたら、他のスピリットにも伝わって……って、なるはず無いか……
――っと、そんな事を考えている時……二つの気配が扉の向こうに居る事に気がついた。
気配の正体は、アオとアウル……どうやら、監禁状態からオサラバみたいだ。
『…………』
戦うことを拒否したアオ……
一週間という時間を得て、納得いく考えが思いついたなら良し――
何も変わってなかったら――
そのときは――
「しずく〜〜♪」
『――んぁ!?』
扉が開いた瞬間、やたらご機嫌のアオが俺の元に駆けつけてくる――
……いったい何が起きた?
むしろ、何でこんなに機嫌が良いんだ?
『アオさん……一体何が……』
「あのね、もう殺さなくてもいいんだって♪」
『…………なぬ?』
「……………………」
アウルさんは、哀れみのような表情でアオと俺を見ている。
その表情……アオが言った、殺さなくてもいいという発言――
――ま、まさか――
『しょ、処刑されるのか?? これから!?』
確か、ダーツィを攻略するまで大丈夫って……誰かが言っていたような……
それとも、一週間だと思ってたのが……実は一ヶ月以上も経ってたとか??
「? なんで??」
『なんでって、戦えないスピリットは処刑されるんだぞ!』
「?? 私、戦うよ……何言ってるの??」
頭大丈夫? みたいな表情で言うなっつーの……
っていうか……訳解らんわ……
「行くぞ……」
「あ、はい!」
アウルは、そう言って訓練所の方向に歩き出す。
アオもアウルの後ろをトテトテと歩く。
『……で、本当の話……何があったんだ?』
「へっへ〜ん♪ 教えないよ〜だ♪」
若干、意地悪くなっているが、これはケンカした影響なのだろうか?
でも……立ち直ったと判断してよさそうだ。
「〜〜♪」
鼻歌しながら、ルンルン気分で歩いているアオ……
そういえば……久しぶりにアオの笑ってる姿を見た気がする。
――ソノ笑顔を見て……欠けたナニカが修復されていく気がした。
ついた場所は、予想通り訓練所……
ヒミカの姉ちゃんとセリアの姉ちゃん……そして、ハリオンの姉ちゃんとナナルゥの姉ちゃんが居た。
姉ちゃんズも、アオの元気な姿を見て安心した顔を隠せない様子……
「さて、ここにお前達を呼んだのは他でもない……」
「アオ・ブルースピリットの調子を見るために、2対2で限りなく実戦に近い形式で行う」
――っと、そんな事を言い出したアウル……
姉ちゃんズの表情やアオの表情が驚いていない事を見ると、事前に連絡されていたようだ。
「編成は、セリア・ブルースピリットとナナルゥ・レッドスピリット……」
「そして、ヒミカ・レッドスピリットとアオ・ブルースピリットだ」
「勝敗は、2名とも戦えない状態……真の意味で戦闘不能になるまで続けてもらう」
「……アウル様……それって、どういう……」
ヒミカの姉ちゃんの疑問も最もだ。
真の意味での戦闘不能……という意味が、よく解らない。
「つまりだ、武器を取り上げられようが、戦う意思さえあれば戦闘続行……」
「逆に、気絶したり、戦う意思が無くなれば戦闘不能と見なす」
「……つまり、徹底的に……という事ですね」
「その通りだ、ナナルゥ・レッドスピリット」
一般の訓練では首に剣を突きつけられたり、王手の状態になれば終了となるが――
――今回は、その先に行かないとダメって事か……
「5分間の時間を与えるから、各自作戦を決めろ……」
――との事で、現在……俺達はヒミカの姉ちゃんと共に訓練所の隅で作戦会議中。
『……で?』
「二人で行ったら、ハッキリ言ってコッチが不利よ」
だろうな……ナナルゥの姉ちゃんは広範囲攻撃するだろうし、コッチにはバニッシュ要員が居ない。
二人で挑むというのは、自殺行為だ。
「だから、私はナナルゥを引き離す。アオはセリアを押さえてもらう」
『もし、セリアの姉ちゃんがアンタに向ってくれば?』
「その時はその時よ……とにかく、固っちゃダメよ」
「うん……解った」
作戦は、1分で決定した。
――作戦の概要は、とにかく各個撃破……
先に片付けた方が、もう片方の支援に向うと……
単体でセリアの姉ちゃんに勝てるのかは疑問だが……やるしかないだろう。
――あっちも、決定したのか……コッチの会議が終わった1分後に訓練所の真ん中にやってきた。
「……では、始めろ……瀕死になってもハリオン・グリーンスピリットが居るから、安心して戦え」
「でも〜、ケガさせたら……っめ、ですよぉ〜♪」
んな戦意が衰えるような言葉で言われても……
「それじゃ、行くわよ!」
っと、ヒミカの姉ちゃんが駆け出す――
――同時に、セリアの姉ちゃんも迎撃するように駆け出す。
『よし、コッチはナナルゥの姉ちゃんで――』
……と、思った矢先――
セリアの姉ちゃんはハイロゥを大きく広げ、ヒミカの姉ちゃんの頭上を大きく飛び越えてコッチに向ってきた。
「はああぁぁ!!」
『――っ、迎え撃つぞ!!』
気合と共に空を駆けるセリアの姉ちゃんを迎え撃つ為に、刀身にマナを充填する。
でも、アオは障壁を張る――
『――って、オイ!?』
既に回避不可能な位置までセリアの姉ちゃんは近づいている。
急いで、刀身に充填したマナを障壁精製のマナに回す。
二重に展開された気功の盾は呆気無く破壊され、最後の砦と言わんばかりにオレで受け止める。
……そして、電気が走ったように、折れるんじゃないかと思うほどの衝撃がオレを襲った。
『――いぃっってええぇぇ!!』
「「――!?」」
予期せぬオレの悲鳴に、セリアの姉ちゃんとアオが驚いてる。
そらそうだろう……オレだって驚いてる。
痛覚が失われていると思っていたが……とんでもない。
失われちゃいなかった……ただ、緩和されていただけという事実が此処に判明した。
「し、雫!? 大丈夫!?」
『いっっ……大丈夫なわけ、あるかぁぁ!!』
アオは、戦闘そっちのけで、オレを心配し……
……加害者のセリアの姉ちゃんはというと、一端距離を取ってコッチの様子を心配そうに観察している。
『アオ……あのさ……強烈そうな攻撃を……オレで、受け止めないで……せめて、流せ……』
「う……うん……解った……」
ぁ〜、段々痛みが引いてきた……
「……で、そろそろ良いかしら?」
「あ、うん……」
実戦なら、こういう『待った』も無いんだよね……
二人は気を取り直して、思考を戦闘態勢に移行させ――
「――てえぃ!!」
――アオが先に踏み込み、斬撃を放つ。
『「――!?」』
驚きは、オレとセリアの姉ちゃんだ……いや、困惑と言っていい。
長い間、アオに振るわれてきたから解るけど……
アオの戦闘スタイルは、体重を乗せて斬撃を繰り出す事だ。
いや、アオだけじゃない……オルファのガキもネリシア姉妹も同じ――
背が低いヤツは体重を乗せないと、体格が違うスピリットに軽く弾かれて致命的な隙を曝け出すからだ。
だが、ソレを百も承知の筈のアオは……
体重を乗せた太刀ではなく、精度を重視した腕の力だけの太刀を繰り出してる。
当然、威力が弱過ぎるから……年少組の戦い方をよく知ってるセリアの姉ちゃんは困惑してる。
でも、アオはバカの一つ覚えみたいに……胴体を狙わず、小手先ばかり集中して攻めている。
それで、アオが見せていた笑顔の意味と、アウルが見せた、哀れみの表情――
――そして、今回のルール設定……それらが、やっと一つに繋がった。
戦争をしている兵士が、生き延びる場合の一つに『捕虜』というケースがある。
アオが見出した希望も、きっとソレだ。
だから、殺さなくてもいい……っと、そういう訳だ。
――なんてバカな話――
「アオ……ふざけてるの?」
怒りを隠しきれないセリアの姉ちゃんに怯む事無く、アオは斬撃を繰り返す。
「……っふ!」
「――ぁ!?」
そんな攻撃は簡単に弾かれ……体勢が崩れたところに、強烈な足払いが入った。
「あぐっ……ぁ……」
尻餅をついた瞬間、首筋に『熱病』が当てられる。
「……終わりよ、アオ……」
セリアの姉ちゃんは、明らかに怒ってます……
このまま負けたら、アオは本当に使えない……という判断が下されてしまう。
確かに、王手されたが……まだ完璧に詰められてはいない。
戦闘のルールは……限りなく実戦に近づけた……って言っていた。
なら、この状態から脱出すれば――負けたことにならない。
『――
オレの意思とアオの肉体を直結させる。
「――っ破!」
「――っな!?」
遠当てを放ち、弧を描くように、空中を吹っ飛んだセリアの姉ちゃんは……
ハイロゥを巧みに動かし、華麗に着地する。
「セリア、大丈夫ですか?」
「ナナルゥ、こっちは大丈夫よ……『雫』に油断しただだから……」
そう言って、再びセリアの姉ちゃんは神剣を構える。
「こっちは、もうすぐ終わるわ……それまで持ちこたえて……」
「――了解しました、っ!!」
「その前に、終わらせてあげるわ、よっ!!」
アッチはアッチで白熱したバトルが展開されている。
こっちは、オレの存在に気づいたセリアの姉ちゃんは、もう油断しないだろう。
つまり、不意打ちに近い奇襲は不可能――
早々に、次の悪あがきの手段を考えなければいけない。
――だから、早くナナルゥを倒して! ヒミカの姉ちゃん!!
「……ぇ……あ?」
そんなセリアの姉ちゃんを、何が起こったのか解らない表情で見ているアオ……
ソレも当然……さっきの攻撃は、アオの意思を表面に出した状態で操っただけ。
『ボケっとすんな!』
「雫……今のは?」
『お前の身体をオレが動かしただけだ……そう驚く事じゃないだろ?』
「そっか……ありがと……」
『今みたいに、危なくなったら俺が出来る範囲でなんとかしてやる……』
『だから……もう、さっきみたいにフザケタ戦い方をするな!』
アオも、これで十分解ったはずだ。
あんな戦い方を実戦ですれば、命がいくら有っても足りないって――
なのに――
「やだ……」
――と、さも同然のように否定しやがった。
『おい……テメェ、いい加減に――』
――オレが言い終わる前に、アオはセリアの姉ちゃんに駆け出す。
繰り出される斬撃は、体重が乗っていない軽い太刀……
んなもん、当然のように呆気無く弾かれて――
――返し刃でアオの脳天に、殺人的な速度で『熱病』の腹が叩きつけられた。
「――がっ、きゅぅ……」
『……言わんこっちゃ無い』
頭を鈍器で殴られたアオは、完璧にノックダウンした。
ソレを見届けたセリアの姉ちゃんは無防備に背を向ける――
『……ん? ……ぉお♪』
その背中姿は……もしかしなくても隙だらけではなかろうか??
――つーか、チャンス??
音を立てないように立ち上がり、セリアの姉ちゃんの頭を峰打ちに叩き返す。
それはもう、渾身の力を込めた一撃を――
「――がっ!?」
頭から倒れた途端、『熱病』を回収不可能な位置へ蹴り飛ばす。
ふっふっふ〜、これで相手は丸腰♪
「アオが気絶したからって、無防備な姿を曝け出したのが貴様の敗因よ……」
「っ、しかも、熱病を飛ばすなんて……姑息過ぎない?」
「――うっさい!」
第一、戦いに卑怯もクソもあるか!
「さて、セリアの姉ちゃんよ……素手でオレに勝てる、なんて甘い考えを持ってる筈は無いよな?」
剣を持っている状態では、オレが敵うはずも無いが……
拳同士となれば、話は別だ。
『気功』を得るために、初歩的な中国拳法を学んでるつもりだ。
鍛錬をしてなくても、基礎となる理論はオレに有る。
どんなに剣の鍛錬を重ねていようが、殴り合いじゃ……オレは負けない。
「っ、やってみなくちゃ……わからないわ……」
負けず嫌いなのも相変わらずで……
「――いいぜ、俺もアオの身体で……どこまで実力が発揮できるか試したかったしな……」
本場の実戦じゃ、命に関わるので試せなかったが……今回は死ぬ確立は殆ど低い。
――まさに持って来いの練習場だ。
「そんじゃ、行くぞ!!」
身体を深く沈め、地面を強く踏み込む。
「――っな!?」
瞬間、セリアの姉ちゃんの懐に容易く入り――
「――ぶっ飛べ!!」
勢いを殺さないまま、正拳を腹に叩き込んだ。
「ごふ――」
マトモに受けたセリアの姉ちゃんは、軽く数メートルほど吹っ飛ぶ。
確実にあばら骨の数本をやった感触が残ってるのだが――
――それでも立ち上がろうとしているのは、正直感嘆する。
「い、いま……なにを……」
「若葉マーク付きの箭疾歩だけど……この身体だと洒落にならんな……」
「わかばまーく? ……せんしっぽ??」
――
数メートル先から瞬間的に距離を縮める歩法の一つだ。
……スピリットの動体視力では、簡単に捕らえられる筈なのだが……
アオの身体は軽いし、なにより神剣で強化された力で効果がうなぎ上りに跳ね上がっていた様子。
これは……かなり有効な移動法ではなかろうか?
セリアの姉ちゃんの反応を見る限り、初見では必ず懐に飛び込めるだろう。
「その状態じゃ……私の相手は無理じゃない?」
「っ、ヒミカ?」
――ナナルゥの姉ちゃんは……突っ立って、コッチの様子を見ていた。
「まだ、やられてないじゃんか……」
「――いえ、体力的に限界なので降参しました」
なるほど、実にアナタらしい意見です。
「……っ、負けたわ……私も降参よ……ぃっっ……」
「ちょ、セリア……大丈夫?」
「骨が折れてることは解ってるんだけど……雫、私に恨みでもあるの?」
人を100℃以上の熱湯にぶち込んだ前科持ちが、一体何をフザケタ事を抜かしてるんでしょうか?
「……まさか、忘れたとか??」
「……なにをよ?」
――本当に忘れてやがるよ……このクソアマ……
「まあいいさ……恨みがあるとしても、これでチャラだから」
……っと、恨めしそうな視線を送るセリアの姉ちゃんの後ろからアウルさんがやってくる。
「ふむ……前半は肝を冷やしたが、大丈夫そうだな……」
「……さあ、どうかな?」
アオらしからぬ、オレの口調に警戒を覚えるアウル……
……ソレに構わず言葉を紡ぐ。
「アウルさんよ……あんた、アオに何を吹き込んだ?」
「……お前、神剣『雫』か?」
「その通り……それで、一体何を吹き込んだ?」
「……ただ、無理に殺す必要は無いと答えただけだ」
「……それは……捕虜として扱うためにか?」
「その通りだ……ラキオスは慢性的なスピリット不足、故に捕虜に出来る事に越した事は無い」
「アオの技量で捕虜にできると……そう思ってんのか?」
「まさか……だが、アオ・ブルースピリットの戦意は回復できるだろう」
――確かに……『殺す』ことにトラウマを覚えているアオには魅力的過ぎる言葉だ。
「それに、さっき確信したが……お前がいればアオ・ブルースピリットが死ぬことはあるまい」
「…………」
アウルさん……ソレは、買いかぶり過ぎだよ……
確かに……今はまだマシな方だと思う……
でも、今のアオを見る限り……オレが
……そして、アオは……段々とオレから離れていく……
そしていつか……俺達の関係は破滅する……
――そんな予感が離れない――