永遠のアセリア
―The 『Human』 of Eternity Sword―
永遠神剣になっちゃった
Chapter 4 始まりの戦
第10節 『暴走』
『思ったんだけどさぁ……俺って、存在感薄い??』
「知らないわよ!」
集合時間直前まで俺の存在を忘れてた奴がよく言う――
『セリアの姉ちゃんや、想像してみてください……毎度毎度お約束のように存在忘れてられたら愚痴の一つも言いたくなりませんか?』
「知りたくないって言ってるでしょ!!」
『俺だって知りたくも無かったさ……』
現在、セリアの姉ちゃんは俺を持って森を爆走している。
時速60kmは出てるんじゃないだろうかと思っていると――
「……アオは、アナタの状態を知っているの??」
――そんな質問が来た。
『俺が神剣なのは既に周知の事実だと――』
「――そうじゃなくて、アナタが消えそうな事よ!」
そう怒鳴らんでも……
『話してないから、たぶん知らんだろ……』
「そう……」
『それがどうかしたのか?』
「別に……ただ聞いてみただけよ……」
『あっそ……』
森を抜ける……この速度だと、あと一分も経たないうちにラセリオに付くだろう。
「……アオには、話さないの?」
『俺から? メンドイからパス、お前に譲る』
「私だって御免よ……そもそも、アナタとアオの問題でしょ!」
全くもって、その通り……
『ま、あれだ……話さなくて済むよう努力はするつもりだから、そう心配すんな♪』
「随分と気楽なのね……」
仕方がないだろう……気楽に構えてないと不安に押し潰されるんだから――
――っと、ラセリオが見えてきた。
皆は既に町の外に待機しており、俺達の到着を待っているようだ。
「セリアお姉ちゃん、おかえり♪」
「ただいま、アオ……ユート様、アオの神剣を無事回収してきました」
「ああ、お疲れさん……それじゃ、そろそろ行くか――」
はい! っと、皆が返事をし……たった8人で構成された軍が進軍を開始する。
作戦の内容は陽動……敵の大群を誘き寄せるのが役目である。
高嶺の兄ちゃんを先頭に、俺達はラセリオ−サモドア山道を進む。
「ユート様……私達がラセリオに到着してから2日間……敵は攻めて来ませんでした」
「エスペリア……それが、どうしたんだ?」
「敵が何かを準備をしていたという可能性も有ります……」
「罠とかか?」
「はい……ですから、周囲の警戒を怠らないように進みましょう」
「ああ、そうだな……みんな、少しでも何かの気配を感じたら知らせてくれ!!」
皆が頷く……
俺も指示に従い、可能な限り索敵範囲を広げながら周囲の様子を伺う――
その状態で数時間……
既に日は落ち始め……夕日が周りを紅に彩っている――――
あと数十分でバーンライト王国の首都・サモドアが見えてくるというのに……敵兵の姿が一人も見当たらない。
『この調子だと、ヒミカの姉ちゃん達より早く着くんじゃねえの?』
「そう、だね……」
『どうしたアオ……まさか、怖いとか?』
「……うん……なんか……不気味って感じで――」
確かに、嵐の前の静けさというのだろうか……
風の音も無く……周囲は完全に無音だった。
『……ん?』
「どうしたの、雫?」
『あそこの山頂に……人の反応があったような――』
山って言うより……崖だ……
まさに絶壁……崖のような山だ――
「スピリットじゃないの?」
『ああ、人間の気配が一瞬だけど感じた……念のために伝えておいたほうがいいかも――!?』
今度はハッキリと感じ取れる。
進行方向に6体のスピリット……迎撃にしては遅すぎるタイミングだ。
「――ユート様、敵です……戦闘の準備を……」
「……此処まで来たんだ……敵を蹴散らしてサモドアまで進軍するぞ!!」
皆が返事をして、ハイロゥを展開させる。
そして、数秒後……先行と思われる6体のスピリットが立ちふさがる。
種類は黒が2、青が2、赤と緑……
「……みんな、気合入れていけよ――インスパイア!!」
何時の間にか、高嶺の兄ちゃんの足元に魔方陣が浮かんでおり、その魔方陣から鼓舞のオーラが舞い上がる――
「…………ん、行ける――」
それと同時に、鎧の姉ちゃんが3体のスピリットに突撃した。
接近に気が付いた赤スピリットは鎧の姉ちゃんを迎え打つために走り出す。
鎧の姉ちゃんと赤スピリットが交差した瞬間、赤スピリットの胴体を両断されてマナの霧に還る。
鎧の姉ちゃんはそのまま青スピリットに向かって、助走を利用しながら剣を振り下ろす。
ソイツは斬り払おうとするも、力は鎧の姉ちゃんの方が上――
――無理矢理に体制を崩された所を間髪入れずに返し斬られ、首が跳んだ。
「こ、このぉ!!」
「――っ」
青スピリットの首が切断した瞬間に鎧の姉ちゃんに向かって居合を放つ黒スピリット――
――が、鎧の姉ちゃんも返し斬りの勢いを利用しての回転斬りで居合を迎え撃つ。
結果……神剣ごと胴体を切断された黒スピリットは首を切られた青スピリットと同時に霧に姿を変える――
わずか数秒も経たない攻防だった。
一瞬で3体……有り得ねぇ――
「さすが、ラキオスの蒼い牙ね」
『前々から思ってたんだけどさ……そのアダ名って何なの?』
「この大陸で認められたスピリットに付けられる二つ名よ」
『……他には何人ぐらい居るんだ?』
「そうね……私が知ってるのは2人――マロリガンの稲妻クォーリンと、帝国に居る漆黒の翼ウルカかしら……」
漆黒の翼は、何度も聞いた事がある。
大陸最強のスピリットで、ヘリオンのガキと同じくらいの瞬発力だとか――
『あの姉ちゃん、いつもはそんな凄い奴には見えないけどな……』
「はあああぁぁ!!」
吼える様な叫び声が聞こえる方向には、高嶺の兄ちゃん……
ただ力任せに振り回している感じで、客観的に見ても初心者の域を抜け出ていない太刀筋……
技術的には、少なくともアオの方が上を行っている――
――だが、それでも『エトランジェ』である、ヤツの格は違いすぎる。
その斬撃を受けたスピリットは、成す術も無く……神剣ごと、一撃の名の下に葬られている。
強固な障壁を張っている緑スピリットでさえ例外は無く――
――その圧倒的過ぎる馬鹿力で、障壁は紙のように破られ……斬撃の衝撃に耐え切れず、胴体が弾けてる。
正に『Power of Power』……力だけで完全にスピリットを圧倒してやがる――
ただ……酷く罪悪感に駆られている表情が、とても印象的だった。
『あっちもあっちで凄いな……いろんな意味で――』
「そうかしら? 技術の無さを力で無理矢理補ってるようにしか見えないけど……」
『だから、その力が凄いんだって……』
「そうね……でも、どんなに強力な力を持ってても……あの人は死ぬわ」
『技術が足りないからか? 高嶺の兄ちゃんを見てると関係無いように思えるんだが――』
まるで、超至近距離でショットガンを放ったような破壊力――
散らばった内臓の破片がグロテスクというか、散らばった体の破片が数秒で消滅するのが更に恐怖を煽るような――
――なんつーか、とっても性質の悪いホラー映画でも見てるようだ。
少なくとも、アオやヘリオンのようなガキが……いや、正常な人間が見ていいような光景ではない……
「そうじゃない、あの人の太刀は迷ってる……だから、近いうちに死ぬわ……」
『随分と哲学的な意見――』
――だな、っと言おうとした瞬間、ズドォォォオオン!! っと、山の上から鼓膜が破けそうなほどの爆発音が聞きこえた。
『――な、なんだぁ!?』
音のした方角……山頂に見えるのは、6つの赤い魔法陣……
その魔方陣から放たれたレーザーのような光線が崖を抉っていた。
抉られた崖からは、車のような大岩が雪崩れのように落ちてくる。
以上、俺達の真上で起こってる出来事でした――
「雫! 見て見て、岩が降って来る!?」
『見れば解るっつーか、逃げろよ! 巻き込まれたら洒落にならんわ!!』
震度5の地震を連想させる地響きの中、俺達は急いで避難する。
――岩が落ちる音が聞こえなくなった時……周りは酷い土煙に覆われていた。
「げほっ、げほっ……雫、皆は?」
『――安心しろ、ちゃんと全員分の反応が有る』
んで、山から敵が降りてくる反応も――
土煙が晴れると……赤と青のスピリット計9体が――
――空を飛べない奴には乗り越えれない程の高さまで積みあがった岩の壁を背に、戦闘態勢で俺達を目視していた――
そして、山頂から飛び立つ3つの黒い影は……黒スピリット――
「まずい、あのスピリット達……ラセリオに向ったぞ!?」
見事にやられた……
あのスピリット達は間違い無く、そのままラキオスへ向う――
「セリア! ヘリオン!! 貴方達はアセリアと共にラセリオ方面へ向ったスピリットを追撃してください!!」
「……ん……」
「解ったわ!」
「り、了解です!!」
「ナナルゥ、広範囲魔法で道を開いてやってくれ!!」
「了解しました――」
高嶺の兄ちゃんの指示に従い、ナナルゥの姉ちゃんが詠唱を開始する。
――が、それに気がついた一人の青スピリットが青の魔方陣を展開させる。
『アオ!! 目標、バニッシュ魔法唱えようとしてる青スピリット!!』
急いで刀身に大気のマナを固定させる。
「――解って、る!」
縦一文字に放たれた真空波は一直線に詠唱中スピリットに向っていく――
――それに気がついた青スピリットは、詠唱を中断し障壁を張る。
溜め時間が短かった所為か、裂空の太刀は簡単に弾かれた――
――だが、そのお陰でナナルゥの姉ちゃんの魔方陣は完成する。
「行きます……アーク・フレア!!!」
魔方陣から、一条の光線が地面を這うように放たれ……数秒後、威力を持って敵を焼き払う。
「――今です! 皆さん、行きましょう!」
ヘリオンの掛け声と共に、空いた道を高速で飛行する3人――
「続けて行っくよ〜……ふれいむしゃわー!!」
多大なダメージを受けた敵に、間髪入れずに炎の雨が襲う。
その二重の攻撃に耐え切れず、敵は次々とマナに還っていく。
「うおおおぉぉ!!」
残った敵を、桁違いの力で叩き伏せる高嶺の兄ちゃん。
『俺達も続くぞ!!』
「うん、エスペリアお姉ちゃん……行こう!!」
「ええ、アオ……行きましょう!!」
残り3体、生き残りは赤のみ――
こちらに気がついた一人は、高速で魔方陣を完成させる。
『――速い!?』
放たれる巨大な炎――
――かつて、アオを瀕死まで追い込んだあの炎が……一直線にアオに向っている―――
「――っ!?」
――アオは止まらず、そのまま炎に突進する。
『避けろ、バカ――』
瞬間、アオの体からマナが放出され――
――炎が直撃した。
『「アオ!!」』
エスペリアと俺の叫びが重なる。
あの時の二の舞が再生されると思いきや――
「あ、っつ―――」
青の障壁に包まれながら、赤スピリットの懐に飛び込むアオ―――
「――っ、やぁ!」
そのまま俺を心臓に貫き刺し……そのスピリットは霧に還る。
……どうやら、ギリギリで障壁の展開に成功したようだった。
「……あちち……ふぅ……よかった、ちゃんと張れた――」
『良かった♪ ……じゃねえよ!! この馬鹿、間抜け、ドアホ!!』
「なんでいきなり文句言うのさ!?」
『黙れ!! 障壁の強度も何も解ってないのに無闇に使ってんじゃねえ!!』
「ぁぅ……」
「アオ、あまり心配掛けさせないで下さい」
「ご、ごめんなさい……」
――だが、腑に落ちない部分もある。
障壁は、神剣魔法を防げない筈なのだ。
だが、アオはソレを当然のように防いだ――
――なんで??
アオに説教している内に、高嶺の兄ちゃんが一人で伏兵を全て倒し終わったっぽい……
その直後、本体と思われる敵の増援が到着した……のだが――
『………………なあ、アオ……あれ、何人居るように見える?』
「……沢山……居るね…………」
見間違いじゃなければ30体近く居るんですが……しかも4色が沢山、黒の比率が若干多いっぽい!?
『つーか、情報と違ってないか??』
誰だよ……総戦力が25体しか居ないって言った奴――
さっき屠ったスピリットとラセリオに向かったスピリットを合わせれば、倍近く存在してるじゃねえか!?
「なあエスペリア……もしかしてアイツ等……俺達を徹底的に叩くつもりなのかな?」
「ええ……間違い無くそう思います」
「雫……あの時……どうやって敵を倒したの??」
あの時って……ラセリオの防衛の時だよな??
『どうやってって……お前の身体を借りて……』
無我夢中で剣を振りぬいただけ――――
「貸したら……何とかできる?」
『無理……』
それ以前に……あの洒落にならん一撃を放てたとしても……
もう一度、あの感覚に襲われたら……間違い無く帰って来れない自信がある――
「……とりあえず……作戦は成功みたいです」
「ああ……問題は、俺達が生き残れるかだな……」
退路も断たれ、崖と思える山に囲まれ、逃げ道は何処にも無い――
強行したとしても多大な犠牲が出るだろうし……無事に抜けられたとしても、ラキオスに進軍されたらそれで終わり――
――完璧に詰められた――
「――よし、全員突撃! 一体も逃すなよ!!」
っと、微かにそんな声が聞こえ、雪崩れのようにスピリットが襲い掛かってくる――
――つーか、今の……男の声だったね。
確認しても、マナの比率が希薄の物体……間違いなく人間、指揮官と思われる兵士……
『そうか……アオ、隊長に進言しろ! あの隊長と思われる兵士を捕まえれば、何とかなるかもって!!』
「う、うん……あの、ユート様……」
「なんだ?」
「雫が……あの男の人を捕らえれば、何とかなるって言ってます」
アオの言葉に、高嶺の兄ちゃんは何かを思いついたようで――
「…………そうか……その手があった! 偉いぞ、アオ!!」
グシャグシャと頭を撫でられるアオ……
「皆、俺が突っ込む! 援護を頼むぞ!」
そんな言葉を残して、雪崩れのように突っ込んでくる大群に対して、勇敢に突っ込んでいく高嶺の兄ちゃん。
『――って、正気かよ!?』
「ユート様、無謀すぎます! 戻って――っきゃ!?」
エスペリアの姉ちゃんの頬を掠めるように、炎の塊が通り抜ける――
「エスペリアお姉ちゃ――」
「――アオ、上です!!」
ナナルゥの姉ちゃんの忠告と共に、真上から降下してくる青スピリット――
「――貰ったああぁぁ!!」
アオが左手を突き出し、掌に集中された『マナ』は相手を弾き飛ばす。
「っ――てぇい!!」
――と同時に、俺を振り下ろす。
『いけぇ!!』
放たれた真空波は太股を切り裂く、だが出血だけで致命傷ではない。
「……ふぁいや〜ぼ〜る!!」
裂空の太刀が当たった直後にオルファのガキが放った炎は直撃のコース――
当たったと思いきや、ハイロゥを羽ばたかせスレスレで回避しやがった。
――っと、後ろで何かが弾かれる音が聞こえた。
「な、ナナルゥお姉ちゃん!?」
「アオ、オルファ……敵が多すぎます、一人に集中しないでください!」
「「うん!!」」
戦力差は、圧倒的だった。
5対30以上……
絶え間なく全方位からの攻撃――
アオとナナルゥの姉ちゃんとオルファのガキは背中を合わせながら何とか凌いでいる。
回復魔法を習得しているメイドの姉ちゃんが孤立している事も、何とかしなければいけないし……
何より、無謀にも単身でスピリットの波に突っ込んでいった正気と思えぬ指揮官を援護しなければ総崩れは確定――
ただ、こっちの陣形が乱れてるので……敵赤スピリットは広範囲魔法を使わないというのが不幸中の幸いだ。
最も、こっちも詠唱させてくれる隙すら与えられないのが現状――
特に、包囲されている今の状況下において「詠唱」というアクションは致命的を通り越して無謀だ。
意識を内に向けた途端、何処からかバッサリ殺られるのがオチだろう。
少なくとも、詠唱する奴を守る壁が……最低3人以上居ないと命の保障はできない。
それを理解してるからか、ナナルゥの姉ちゃんもオルファのガキも剣術のみで凌いでいる。
未熟なスピリット達との情報だが……こんな戦力差では、未熟とか熟練とか事関係無い。
敵の数は確実に数は少なくなっているが……それでも5対多数という圧倒的不利な状況は変わっていない。
日は既に落ち、夜が訪れようとしている。
「はぁ、はぁ……おおおおおぉぉぉぉ!!」
闇雲に剣を振り回しながら進む高嶺の兄ちゃん――
それでも、その剣戟をまともに受けてしまったスピリットは一瞬で霧に還る。
闇の戦場の中、駄々漏れた血が蒸発するように……マナの霧が灯火となり高嶺の兄ちゃんを照らす。
防御という言葉を忘れたように……本当に、命を燃やしながら進むように――
――鬼神のような形相で強引に一人の兵士の下に突き進む……
「……っ、あれが……エトランジェ……」
兵士は、その姿がどう見えたのか――
「き、貴様等、早くラキオスのエトランジェを殺せ!!」
その気迫、もしくは恐怖……
あるいはその両方に呑まれた兵士の言葉と共に、俺達を襲っていたスピリット達の殆どは、一斉に高嶺の兄ちゃんに向って走り出す――
高嶺の兄ちゃんの援護には行かせまいと……俺達の前に赤・黒・青の3名のスピリットがマン・ツー・マンの陣形で道を塞いでいる。
メイドの姉ちゃんのほうには青と赤の2名――
「い、いけない……オルファ、ナナルゥ、アオ!! 急いでユート様の援護に向ってください!!」
だから、それは無茶な注文というモノだ。
アオもナナルゥの姉ちゃんもオルファのガキも……気づいてないだろうが、メイドの姉ちゃんも疲労の限界を超えている。
その証拠に、技のキレが無く……本来なら簡単に捌ける筈の攻撃が捌ききれてない。
それに加え、あの圧倒的な数で辛うじて生き残れる戦いが精一杯だったコイツ等に……そんな体力がある筈がない。
これだけの大人数と戦い……死人を出さずに凌いだ代償として、全員が満身創痍なのだから――
「――っ、そこぉ!!」
青スピリットの強烈な一撃がアオを襲う。
「――あっ!?」
――そんな声が聞こえた時、俺は宙に弾き飛ばされた。
青スピリットが神剣を振り上げると共に、アオの表情が絶望に染まる。
その光景を……ただ眺めてるだけしか出来ない自分が居る。
どんな最悪な状況が訪れても……傍観してるしか成す術が無い自分が居る――
――だが、それは既に過去の話だ。
今の俺には成す術がある。
「ひぁっ、ぅ――っ――――――」
アオの神経を強制的に剥奪して、使用権を自分に移す。
――目の前には既に振り下ろされた神剣―――
「――ッ、チィィ!!」
独楽の様に回転しながら、敵の斬撃をスレスレで回避し――
「――邪魔だぁああ!!」
その回転の勢いを利用して肋骨に向って渾身の回し蹴りを放つ――
骨の折った感触が足に伝わった瞬間、敵は軽く5mは吹っ飛んだ。
――完璧なクリティカル!!!
丁度良いタイミングで落ちてきた日本刀……つまり、俺の刀身をキャッチして周囲を見渡す。
さっき吹っ飛ばしたスピリットは重症だが戦闘不能では無い。
他の奴を足止めしてるスピリット共も、何を感じたのか……俺を警戒している。
動き出せば、間違いなく最優先で狙われるだろう。
見れば、敵隊長さんの護衛スピリットは誰一人居ない――
敵の殆どは高嶺の兄ちゃんに殺到していて、残り数名が俺たちを足止めしている。
んで、さっき足止めしてるスピリットの一人を吹っ飛ばしたから俺はフリー状態……
アオに蓄積された疲労は、俺には全く感じられない……つまり、多少の無茶は可能。
――自分の力量はよく解ってる。
今まで剣なんて握ったことの無い俺が頼れるのは……今まで築きあげてきた体術だけ。
築きあげたって言っても、鍛錬なんて数える程度しかやっていない……
毎日訓練している奴と渡り合えるという自惚れなんて持てる筈が無い。
さっき吹っ飛ばしたスピリットは、俺に武器が無いと油断していた結果に過ぎない。
この世界で、俺が勝てる存在は……アオのポテンシャルを有して、確実に勝てる存在は人間だけ――
だから、敵の指揮官を討つ――
駆けると同時に、ナナルゥとオルファのガキを足止めしていたスピリットが反応した。
初めに立ちふさがるのは赤スピリット……
――剣だけではなく、使える物を使え……そうすれば、相手の虚を突き、戦闘を有利に進める事が出来る――
そんな言葉を思い出しながら背負っていた鞘を外し、赤スピリットの顔面を狙って軽く放り投げる。
目線が鞘に集中した瞬間を狙って、持っていた日本刀を胴体目掛けて思いっきり投擲する。
――ザグン! っと、赤スピリットの鳩尾に日本刀が突き刺ささった。
ソイツが倒れる前に日本刀を掴んで、引っこ抜く。
だが、まだ死んではいない……ソイツは、ゆっくりとダブルセイバー型の神剣を振り上げ――
――振り下ろされる前にその首を切断してやった。
人を殺したとか、そんな感傷に浸る間も無く……いつの間にか真後に黒スピリットが居て、抜刀の体制に入ってる。
――気づいたのは早かった。
でも、身体の反応が追いつかない――――
それでも、回避に全能力を費やす。
左肩に衝撃が走る――
――同時に、雷を纏った炎の槍が黒スピリットの心臓を貫いた。
「はぁ、はぁ……アオ、大丈夫??」
今のは、オルファのガキか……
大丈夫か大丈夫じゃないかといえば、まだ戦闘続行可能……左肩は死んだけど――
幸い、俺に痛みは感じない……
この身体の痛覚、疲労感はアオに流れてるから――
だから、まだ戦闘続行は可能……アオにはもう少し我慢してもらわなければいけない。
ナナルゥの姉ちゃんは、メイドの姉ちゃんの援護に向かってる。
高嶺の兄ちゃんの安否が気になるが……確実に解ってることは、いつ消えてもおかしくは無いという事だけ――
「オルファリル、お前は神剣魔法で少しでも悠人に群がってるスピリットを減らしてやれ!」
「――アオ?? ちがう、アオじゃない……あなた、誰?」
「んな事、後でアオにでも聞きやがれ!」
蟻の様に、高嶺の兄ちゃんに群がっているスピリットの群れを尻目に……俺は兵士に向かって全速力で駆ける――
兵士はこちらに気づいているようだが、全然警戒していない。
――それを見て確信した。
スピリットは人を殺せない……その常識を盲目的に信じている兵士が奴だ。
ソレが命取りになるとも知らずに――――
間合いに入って、俺が日本刀を振り上げた瞬間……兵士はやっと自分の危機に気がついたようだ。
けど、遅すぎる――
滑稽で……なんで振り上げるまで気づかなかったのかと……笑ってしまうくらい遅い――
袈裟懸けに振り下ろした瞬間……まるで噴水のように鮮血を出しながら、その兵士の身体は切断される。
「な……な、んで??」
それで終わり――
その言葉で、兵士は完全に絶命した。
人を殺した後は、結構来るかもしれないって思っていた。 錯乱するかもしれないって思ってたんだけど――
――実際、なんとも思わなかった。
――当然といえば当然かもしれない。
スピリットの死をあんなに見て……あまつさえ食べてると自覚したのだから――
―― 十分に耐性は付いていたらしい。
今、殺した兵士に同情なんてしない……
……同情なんてしない……けど――
――初めて人を殺したから、解る……
命を奪う行為は……どんな理由があっても……してはイケナイのだ。
だって、こんなにも……虚しい気持ちに犯されるのだから――
「…………………………」
――周りが騒がしい……
正直、静かにして欲しい……
静まって欲しいのに……
「……冗談……だよな?」
戦闘は止まって居なかった――
ハイロゥを黒く染めたスピリット達は『エトランジェを殺す』という命令を道具のように忠実に守っている。
止めるには、指揮官の命令が不可欠……
――だが、その指揮官は既に死亡している。
「ぁ……あ……」
もしかしなくても……自分は……取り返しのつかない事をしてしまったのでは……ナイダロウカ?
手は幾らでもあった――
あの指揮官を脅して、停戦を持ちかける事とか……色んな方法が有ったのに――
戦闘を止める可能性を秘める最重要人物を……俺が殺してしまった――
「おい……今すぐ戦闘を中止してくれ!!」
即座に倒れている兵士を揺さぶる。
まだ死んでない……コイツはまだ死んでない……だって、まだ暖かい――
死んでない筈だ……だって、マナの霧に還ってないし、マナの霧になる気配もない……だから、まだ死んでない筈なのに――
「…………………………」
ソイツは寝ているように反応が無い……
屍のように……何の反応も無い――
「っ、くそぉ……」
マジにどうする?
この集団を殲滅するしか道は無くなってしまった……
――でも、ソレは不可能だ――
高嶺の兄ちゃんは、まだ辛うじて生きている。
「……っ、がぁっ!?」
――でも、もう長くは無い。
もう無事な箇所なんて存在しないほど斬り刻まれ、致命傷と思える傷も少なくない――
――――なのに――――
「――、るか……」
もう、勝てる筈無いのに――
「――助ける……まで、――、るか……」
奴は……まだ諦めていない――
「佳織を……助けるまで……死んで、たまるかああぁぁぁ!!」
高嶺の兄ちゃんの握る『求め』から、一際強い闇が発せられる――
「――うおおおぁぁぁああああ!!」
高嶺の兄ちゃんの身体が闇に包まれ、横一文字に『求め』を振るう――
――それだけで、5体のスピリットがマナに還る。
「――ぁぁあああああああ!!」
悲鳴にも似た雄叫びを発しながら『求め』を振るい、次々と、スピリットがマナに還っていく――
そして、思い出した……
アレが……サードガラハムを殺したエトランジェだという事を――
まるで暴走列車だ……
立塞がる者は容赦なく轢き殺していくような……そんな光景――
もはや戦闘じゃない、一方的な虐殺になってる……
勝てもしないというのに、スピリット達はどんどんとエトランジェに挑み……マナに還っていく――
正直、今の『求め』に憧れを覚えた。
4位だというのに、あれほどの力を有していて……また、潜在能力も深い。
なのに、自分はどうか?
スピリット一人で精一杯の実力……神剣魔法も無駄が多いスキルばかり……
――羨ましい……と思ってる自分が居た。
「……っ、」
自分に違和感を覚えて、辛うじて気づいた。
それは俺から出た願望じゃないという事を……
マナが濃い所為だ。
マナが濃いから、俺まで毒されてる……
自分という存在を深く認識してから、高嶺の兄ちゃんを睨む。
もう敵は居ない……だというのに、戦意は衰えていない。
それどころか、求めから出ている闇は……高嶺の兄ちゃんを取り込んでる――
――それは……つまり――
「パパ、すご〜い♪」
無邪気に……そして無防備に高嶺の兄ちゃんに駆け寄るオルファのガキ――
ニヤリと口端を吊り上げる悠人――
それを見て確信した……あれは『求め』だと……
「おい、離れろ!!」
「オルファ、離れて!!」
「――え?」
オルファのガキは、俺とメイドの姉ちゃんの声に反応したが……既に手遅れ――
――悠人は既に求めを振り上げている。
間に合わない――
今から走った所でどうにも成らない……間違いなくオルファのガキは殺される。
「っ、ぅ……がっ!?」
だが、悠人は求めを振り上げた状態でブルブルと震えている。
「パパ……」
その状態で、オルファは高嶺の兄ちゃんに抱きつく……
「パパ……もう大丈夫だから……敵さん、みんな居なくなったから……大丈夫だから――」
「ぁ……ぁ……」
高嶺の兄ちゃんの手から、求めが落ち……地面に突き刺さる――
「俺……おれ……おれは――っ、」
顔を蒼白にさせながら……取り返しのつかないような……そんな顔をしながら、その場に崩れ落ちる。
「ゴメン……オルファ……おれ……おれ――」
「オルファは大丈夫だから、ね?」
オルファリルに慰められながら、高嶺の兄ちゃんは泣いていた。
高嶺の兄ちゃんの姿は他人事じゃない……
俺も『求め』のように、アオを乗っ取って、無差別にスピリットを襲うようになるかもしれないから……
「……っは」
その偽善的な考えを鼻で笑ってしまう。
既にアオの身体を乗っ取ってる自分が言う台詞じゃない事は解ってるから……
でも……この気持ちを忘れないように、胸に刻みながら……アオに身体を返すために、神経を切り離す――
――瞬間、視覚にノイズが走り……アオの部屋に居た。
「相変わらず、寒いな……」
俺の世界……いや、正確には……冷酷の世界だ――
アオは、この部屋の中心に居た……
――氷漬けという状態で――
随分と凝った演出だと思う。
疑うことを知らないと……こうも簡単に意識を完璧に封じれる。
コイツはもう少し、セリアの姉ちゃんを見習うべきだと思いながら氷に手を伸ばす。
氷に触れた途端……アオを覆っている氷は砕け散って、アオは開放される。
「ぅ……あ、あれ??」
「よう、目覚めたか……」
アオは、むくりと起き上がって……キョロキョロと周りを見ている。
「ここ……私の部屋? なんで雫が私の部屋に居るの??」
「ここはお前の部屋じゃない……雫世界――じゃなく、冷酷の世界だ」
「れい……こく??」
「そう、お前が本来契約してる神剣の名前だよ」
「?? ……私が契約したのは雫だよ?」
「俺は便乗しただけだ……」
「――びん、じょう?」
「意味は俺以外の奴に聞け……あと、もう此処に来ないほうがいい……」
「――え?」
「……じゃあな」
「ちょ、雫……まっ――」
――言い終える前に、アオが消える。
大分……この世界での力の使い方が解ってきた。
無意識の内に、色々な事を理解してる事にも驚かなくなってきた。
慣れって怖いね……
「そう思うだろ、冷酷さんよ――」
「……………………」
後ろを振り向くと、部屋の隅に……ソイツは居た。
「………………」
気づいていたのか……っと、そんな表情が現れている。
俺達は既に『繋がっている』
俺が知らない知識が頭に入ってるのがその証拠だ。
そして、俺達はもう……同じ存在になりかけてる。
だから、冷酷に敵意は無い……
ただ……俺に訴えているだけ……
――足りない……まだ、足りない……っと、切実に訴えている。
何が足りないのか……そんな事は聞くまでも無い。
そして、俺も……マナを集める事を義務感として感じ始めている。
「集めるのは良いんだけどさ……なんでアンタ、そんなに焦ってる?」
深く繋がったからこそ……こいつの心理状態も理解できる。
時間が無いように焦っている事が理解できるのだ。
「………………………………」
冷酷は何も語らない――
語らないまま、地面がぬかるんで……沼のように俺を飲み込んでいく――
「っ、時間切れか……おい、答えろ!!」
ズブズブと、顔まで呑み込まれそうになった時……冷酷がその理由を伝えてくれた――
なるべく多くのマナを集めて、秩序に貢献するのだと――
そして、一刻も早く……元の姿に戻るのだと――
――そんな、解りたくない切実な想いが感じ取れた瞬間――
意識が暗転した――――――――――――