永遠のアセリア
―The 『Human』 of Eternity
Sword―
永遠神剣になっちゃった
Chapter 2 スピリットの日常
第8節 『尽くせる理由』
――敵意を持った神剣が振り下ろされる――
「――ひぎぃ!?」
『――ガァ!?』
強烈な衝撃が襲い、アオの手から俺は弾き飛とんだ――
アオが体勢を崩している隙を逃さず、神剣の腹で胴体を強打されるアオ……
ゴミのように吹き飛ばされ、地面を5mぐらい滑って停止――
そして、トドメと言わんばかりにアオの喉元に神剣の刃が迫り――
「……ん、抵抗しても……無駄……」
――ピタリと、喉元スレスレで止まった。
「……痛ぃ……」
アオは、腹を神剣で思いっきり強打された痛み+地面を滑った摩擦による痛みに襲われている。
アオをそのまま成長させたような姉ちゃん――
――いや、『感情』という部分を抜いて成長させたような姉ちゃんは、アオの喉元から神剣を離して肩に担いだ。
つーか、この姉ちゃん……手加減って言葉知らねえのか?
まったく、ガキ相手に大人気ないぞ……
「アセリア……」
「……ん?」
ナナルゥの姉ちゃんが、少し怒った顔で鎧の姉ちゃんに話し掛ける。
――もしかして、俺達の身を心配してくれるのか?
――さすがナナルゥの姉さんだ……女神のように見えるよ――
「ずっと前に貸した、神剣を手入れする道具を……返してくれませんか?」
「……あ?……」
「……忘れてましたね」
『――って、おいぃ!?』
「……ん、取ってくる……」
スタスタと訓練所を後にする鎧の姉ちゃん。
「私も行きます――」
後に続くナナルゥの姉ちゃん――
――つーか、テメェ等は血も涙も無いのな……
痛みに耐え、うずくまっているアオ……
体の至る所は擦り傷などで出血し、服は紅に染まっていた。
それも当然……今回の戦闘訓練が始まって既に3時間は経過する……
すなわち、あの鎧を着た姉ちゃんの容赦ない攻撃を3時間も受けていたのだ。
『アオ……生きてるか?』
「…………うん……雫は?」
『痛み感じてたら、きっと死んでる……』
俺も、容赦ない攻撃を弾くために3時間も振るわれていたが、痺れる感覚だけで……激痛とかそういうモノは無かった――
『それより……気持ち悪い――』
俺と鎧の姉ちゃんの神剣が衝突するたびに一瞬だけだが、揺さぶられる感覚があった――
――それを3時間も続けられれば酔うのも当たり前だ――
『そーいえば、ハリオンの姉ちゃんやメイドの姉ちゃんは、居ないんだっけ?』
「……うん……セリア……お姉ちゃんと、マリュウを……調べにいった、って……」
『そっか……回復役は居ないのか……』
もう喋ることもダルイのか……アオはグッタリしている。
つーか、マリュウって何さ?
……真流……麻粒…………魔龍――龍!?
龍といったら、思い出すのはあの蒼い龍――
何のために調べてるのかは謎だが……あの龍ではなく、きっと別の龍だろう……
あの龍は、『守り龍』であって……『魔龍』とは違うはずだ……
――でも、嫌な予感がする……
「……アオ!!」
「あ……ヒミカ、おねえちゃん……」
「いい、動かなくて良いから! そこでじっとしていなさい」
――ヒミカ姉ちゃんは、手当て道具が持ってこっちに近づいてきた……
「ヒミカお姉ちゃん……それ、なに?」
「これね……アオが怪我してるから手当てしてあげてって、ナナルゥに頼まれたの」
ナナルゥの姉ちゃんも結構いいところあるじゃんか……
「さ、服を脱ぎなさい……薬を塗るから――」
「うん……よいしょ……」
ボロボロになった血に染まった服を脱ぐ……
『――うわぁ……』
その身体は、至る所が傷だらけ……
肩や腹には青アザが出来ていて、切り傷や擦り傷が無数に存在し……
傷の酷い所は、皮が剥がれて肉も見えていた。
それほどまでに、痛々しいくらいの傷がアオに切り刻まれている――
『アオ、本当に大丈夫か?』
「――うん、動かすと……痛いけど……」
……なんで、こんな年端も行かないガキが傷を負う必要がある?
――何のために、こんな傷を刻んでいるのだろう――
「それにしても、ずいぶんと酷くやられたわね……まず、傷口を拭かないと……」
水筒と思われる筒を開き、布に染み込ませて傷口を拭いていく……
「――痛、痛い!!」
「コレくらい我慢しなさい」
「ひゃい……」
涙目になりながらも、必至に耐えてるアオ……
『なあ、アオ……ヒミカの姉ちゃんに伝えてくれないか?』
「――ん?」
『こんな子供まで……戦いの訓練をさせてまで、なんで人に尽くす必要がある?』
「ヒミカお姉ちゃん……」
「……どうしたの、アオ?」
『雫がね……なんで戦いの訓練をしてまで、人に尽くす必要があるの? って聞いてる……』
「それがあたりまえだからよ――」
――その言葉を聞いたとたん……頭が真っ白になった――
『――ふ、ふざけんな!!』
「――っ!?」
『何が当たり前なんだ!? なんで間違ってるって思わないんだよ!!』
――スピリットという存在を、道具と当たり前に思っている人々――
――人間に使役されるの現実を、当たり前のように受け入れてるスピリット――
――その事実は、ここに来た時……既に知っていた――
――その時は、何も感じなかった。いや、理解すらできていなかった……
――でも、この世界で過ごしていくうちに……嫌でも理解できた――
――この世界の歪な矛盾に――
――過去、どんな事件があってスピリットが冷遇されてるかは知らない――
――スピリットに課せられた償いが……
――人間に使役される存在として……道具として扱われるのが罰というなら……
――明らかに間違ってる――
――しかも、こんなガキまで戦わせるような罰……オカシすぎる――
「――雫、怒らないで……落ち着いて、ね?」
『…………』
アオは傷だらけだ……ガキとは思えないほど傷だらけの上半身……
初めてコイツに出合った時も裸だったが……これほど痛々しい傷は何処にもなかった――
――その事実が、さらに苛立ちを増大させた――
『お前でもいい……答えてくれ……
スピリットを道具のようにしか見てない奴等の為に、お前は傷ついても平気だって……そう思えるのか?』
「……うん、思えるよ♪」
――アオは、胸を張るように……自分を誇るように……アホな顔で頷いた――
『――――は?』
――正直、理解できない……もし俺がアオの立場だったら、逃げ出したいと思う……
「訓練は痛いことばっかりでイヤだけど……
ニムちゃんやヘリオンちゃん、ネリーちゃんやシアーちゃん……
お姉ちゃん達やヨアフルのお姉ちゃんや雫に出会えたから――」
――目をつぶって、此処までの出来事を思い出すように――
「私は平気、ここに来て良かったって、思えるよ♪」
――正直、話題が違うと突っ込みたかった……
なんで、人の為に尽くしているのか……そういう疑問なのに……
コイツは、親しい人が居るから頑張れると言張っている。
ぶっちゃけた話、答えになってない……
――でも、コイツがそれで良いと言うなら、それで良いかもしれない……
……こいつの頭には、人の為に尽くすとか関係ない……
……ただ、自分と親しい人が居る……その事実だけで満足なのだ――
いや、それは誰もが当てはまる事柄なのかもしれない……
――大切な人が居るから頑張れる――
その思いに、辛いも苦しいも無いだろう……
第一、今の現状をこいつ等が不満としていなければ……怒る必要も無いかもしれない……
――本当に、それでいいのか?――
全然良くない……でも、アオの言葉で頭が冷えた――
例え、ヒミカの姉ちゃんやアオが間違えてると思っていたところで……現状は変わらない。
ただ俺の自己満足で終わるだけだ――
『悪い、ちょっと浮かれてた……』
―― 己の力量を弁えろ ――
そうだ……ここで俺だけが怒ったって、変えられないものは変えられない……
22歳だっていうのに……そんな事も忘れて怒鳴るなんて、まるでガキみたいじゃねえか……
「そっか、良かった……」
しかも、自称0歳のガキに慰められるなんて……情けなすぎる……
「……ねえ、アオ……雫に伝えてくれる?」
『「?」』
自己完結して、落ち着きを取り戻した俺にヒミカの姉ちゃんが言葉を紡ぐ――
「たしかに、私は――いや、私達は人に尽くすことを当たり前に考えてる……そのことで怒ったんでしょう?」
「他のスピリットはどうか知らないけど……私が人に尽くす理由はそれだけじゃない――」
「――このラキオスが好きだから、守りたいと思うから……決して、人の都合だけで尽くしてる訳じゃないの」
――その顔は、凛々しく……自分は自分の意志で行動しているのだと……
『……………』
「理解できなくてもいい……でも、それだけは覚えて欲しい……」
『……いや、俺も深く考えないで……一人勝手に怒って……その、悪かった』
ヒミカの姉ちゃんの言葉で……胸のモヤモヤが取れた気がする――
「雫が……深く考えないで怒って、ごめんなさい……だって♪」
「そう……」
俺の言葉を代返するアオに……ヒミカの姉ちゃんは、優しく微笑んだ。
「――さてと、次はコレね……」
小さな壷を取り出し、軟膏のような薬をアオの背中に塗っていく――
「し、しみるぅ…………」
「我慢よ、我慢……」
「ぅぅ……」
薬を塗ってる最中……ヒミカの姉ちゃんは思い出したようにアオに話し掛ける。
「……そういえば、どうだったの?」
「?……なにが?」
「ヘリオンとエスペリアと一緒に会ったんでしょ? ニムントールとファーレーンに……」
「――うん、雫と仲良しだったよ♪」
「……はぁ?」
「あのね、あのね――」
――アオは、この前の出来事を喜々とした表情で話す……
「へぇ、あのニムントールと仲良くなったんだ」
「それでさあ、ヘリオンちゃんがさあ――」
――その言葉を薬を塗りながら聞いているヒミカの姉ちゃん。
「……え? ニムントールも雫と会話できるようになったの!?」
「うん♪」
「ネリーといいニムントールといい……なんで子供ばっかり会話できるのかしら?」
――疑問に思う視線を俺に向けるヒミカの姉ちゃん……
「きっと雫は……ネリーちゃんとか、ニムちゃんとかが大好きなんだよ♪」
――瞬間、ヒミカの姉ちゃんの視線が絶対零度まで下がった気がした――
『アオ、訂正しろ! ――今すぐに!!』
つーか、『――とか』ってなんだよ!? ガキ共全般大好きだって誤解されるだろうが!!
「雫……ネリーちゃんとニムちゃんが嫌いなの?」
『嫌いじゃねえが、そういう問題じゃねえ!!』
「じゃあ、大好きなんだね♪」
『むしろ狙ってるだろ、お前!?』
「?? なにを?」
『――あぁ、もうっ! ネリーのガキンチョを呼べ! お前が相手だと更に誤解されるわ!!』
「――? 呼んだ?」
タイミングが良すぎというか、なんというか――
幸運なことに……ネリーのガキも訓練が終わったらしく、コッチに来ていた。
――ありがとう、神よ……生まれて初めて、あなたに感謝します♪
『アオの代わりに言ってやってくれ、俺は『ロ』じゃ無いと!!』
「『ろ』って何?」
『……意味は後で教えてやる』
「――それより何の話なのさ?」
「雫はニムちゃんとかが好きかってお話♪」
『――テメェは少し黙ってろ!! つーか、また『――とか』って言った!?』
「え〜〜、雫ってニムントールが好きなのぉ!?」
信じらんない――って顔をするガキ……
『あんなクソガキ好きじゃねえよ!! お前と同じように話せるだけだ!!』
「おー……ニムントールを堕としたんだ、さすが雫だね♪」
――ヒミカの姉ちゃんの冷たい視線が凄く痛い……つーか、状況は更に悪化してるぅ?
『この……ガキ、何処でそんな表現法を覚えきたんだ!?』
「ふっふ〜ん、ネリーは『く〜る』な女だから♪」
――理由になってねえ……
『どこがじゃ……胸の無い生意気なガキだろうに――』
「うるさいなあ!! 『く〜る』だから良いじゃん!!」
『馬鹿たれ! 『く〜る』ってのはな、セリアの姉ちゃんみたいに胸のデカイ奴のことを言うんだよ!!』
「……じゃあハリオンも『く〜る』なの?」
『……………………いや、会話ずれてるし――』
――そもそも、俺はロじゃないって……いち早く証明させなければ――
『……と、とにかくだ……俺はガキに興味が無いってヒミカの姉ちゃんに伝えてください!!』
泣きそうな声でお願いする俺を見て、ネリーのガキは……ニヤリっと、意地悪そうな笑みを浮かべる――
「ヒミカ〜♪ 雫が『自分は、オルファやニムントールみたいな幼女が大好きなんだ!』って伝えてくれだって♪」
『――この世に神は居ねぇ!!』
……深い溜息をついて、沈んだ視線で俺を見るヒミカの姉ちゃん。
「……そう、やっぱり……」
『――やっぱりってなんだよ!? つーかテメェ、後で覚えてやがれ!!』
「アオ♪ シアーも待ってるから、早く遊びに行こー」
「うん♪」
『無視るな!! あ、待って下さい……逝かないで、ねぇ……せめて訂正してから逝けーー!!』
ネリーのクソガキは口笛吹きながら、アオの手を引いて訓練所を後にする――
「…………また置き去りにされてるのね、アナタ……」
『とりあえず、その哀れみと軽蔑の視線で見るのは止めれ……』
――俺が泣きそうになるから――
「――ま、私には関係ないことだけど……」
スタスタと俺を置いて、訓練所の外に行くヒミカの姉ちゃん――
『はぁ……』
……また、取り残されましたよ……
ニムガキ達は、まだ手続きとか色々あって、ミネアで数ヶ月は足止めらしい……
――すなわち、俺を救ってくれる援軍の到着は絶望的だ――
俺って……不幸だよなあ……
こういう時に、雫世界に迷い込めたら良いんだが……生憎、行こうと思って行けた試しは無い。
俺一人残されて、数分後……
「アオ……待たせた――――ん??」
無人の訓練所に鎧の姉ちゃんが一人戻ってきた。
きょろきょろっと周りを見渡し、誰も居ないことで訓練が終了したことを知ると……来た道を引き返し、外へ出て行った。
つーか、何しに来た……あの姉ちゃんは?
『――って、お〜〜〜〜い!!』
再び取り残される俺――
――その後、就寝時間近くまで放置されたのは言うまでも無いだろう……