永遠のアセリア
―The 『Human』 of Eternity
Sword―
永遠神剣になっちゃった
Chapter 2 スピリットの日常
第5節 『ヘリオン = アズナブル?』
ラキオス城前の正門……そこで、アオとヘリオンのガキは突っ立っていた。
『アオ……言っとくけど、ピクニックじゃないからな』
「ほえ?」
アオが背負っているカバン……その中にはヨワフルが何個か入っているのを俺は知っている。
あまつさえ、ハリオンにミネアにある有名なお菓子を買ってきてとお駄賃さえ貰っている事を俺は知っている。
『それに、隣で震えている奴を何とかしてやれ……』
ただの護衛任務なのに、めっちゃ緊張しているヘリオンのガキ……
まるで、これから大勢の前でスピーチをするかのように震えている。
「寒いの、ヘリオンちゃん?」
「い、いえ。そ、そういうわけでは〜」
「わ、私、その〜、実は初めての実戦でして……き、緊張しちゃって」
『そりゃ見て解る』
つーか、解らないほうがおかしい……
だから、おかしいんだよ……この天然は……
頭のネジが全部飛んでる、というか……狙ってやってるんじゃないだろうな、とか……
――まあ、そんな事は『ヨフアル娘の怪』で証明済みだが……
「昨日、バーンライトのスピリット共が最重要機密の情報を盗むためにラキオスに忍び込んだことは知っているな?」
永遠神剣になってから1ヶ月ぐらい過ぎたある日の朝、詰め所にアウルがやってきて突然そんなことを言った。
第2のガキ共が「知ってる?」「さあ?」とのやり取りを無視しながらアウル=サウディスは話を続ける。
「そこで、長期に渡って訓練している我軍のスピリットの育成を早めるために
俺が同盟国イースペリア領のミネアまで伝令を届けることになった」
「その護衛役としてアオ・ブルースピリット、ヘリオン・ブラックスピリット、エスペリア・グリーンスピリットを回すことに決定した」
「……質問があります」
セリアの姉ちゃんは礼儀正しく声を上げる。
「いいだろう、答えてみろ」
「最近のバーンライトの干渉は日々数を増しています、故に、ラキオス−ラセリオ間で交戦する確立が高いと思われます」
「――スピリットは人を襲えない……なのに、なぜスピリットを連れて行くのかが解りません」
確かに、講座でそんな事を言っていた記憶がある……
スピリットを連れて行くより、人だけで行ったほうが安全のはずだ。
「今回は実戦を兼ねている。少しでも経験をつませるために、この面子を選んだ……と言えば解るか?」
「なるほど、そのためのエスペリアという訳ですか……」
「そのとおりだ、他に質問は無いな?」
沈黙が訪れる……すなわち、肯定という事だ。
「出発は正午、それまでにアオ・ブルースピリット及びヘリオン・ブラックスピリットは
遠征の準備をし、ラキオス城正門に集合……以上!」
「「はい!」」
『――お、来たぞ……』
アウルと共に、一人のスピリットがこちらに来る。
「お待たせいたしました」
メイド服を着たグリーンスピリットがやって来た。
御しとやかで落ち着いた感じがある……ハリオンとは別タイプの……
……まさにメイド……
ハリオンの姉ちゃんには失礼な言い方だが、初めてメイドさんと出会った気がする。
――メイド……それは男のロマン♪――
――メイド……それは男の理想郷♪――
いいなぁ、メイドさんって……
目の保養になるよ……
メイド服……一点満点。
性格……一点満点。
胸…………八点満点!
10点満点、合格!!
うん、今まで生きててよかった……
ちなみに、ハリオンの姉ちゃんも10点満点……
――胸だけで点数を決めている自分を突っ込みたい気分になるが、あえて却下する――
この姉ちゃんとどっちがいい? と聞かれても、きっと甲乙付けられない……どっちも『胸デカイ』しな。
「貴方がアオ・ブルースピリットですね」
メイドの姉ちゃんがしゃがみ込んでアオに目線を合わせる。
「エスペリア・グリーンスピリットです。あのセリアを一撃で戦闘不能にしたと聞いています」
「お互い頑張りましょうね」
ニッコリと、笑いながらアオに微笑みかける。
そして、アオもニッコリと笑ってこう答えた。
「うん♪ 頑張ろうね、エスペリアお姉ちゃん♪」
「ヘリオン・ブラックスピリット、力が入りすぎだ……その調子では欠番にもなりうるぞ……」
「ひぃ……そ、そ、その声は……アウル様……なんでここに?」
ヘリオンは、明らかに怯えている。
「……貴様、俺の話を聞いてなかったのか? 今回の伝令役は俺だ」
「そ、そそ、そうなんですか〜」
ガタガタブルブルと『緊張 x 怯え』の計算式より、2倍増しで震えているヘリオンのガキ……
その様子を見ていたアウルが、ため息を吐きながらこう斬り捨てた。
「……ヘリオン・ブラックスピリット、役に立たなくてもいいが……足手まといなりに、盾の役割は果たせよ」
「は、はいぃ!……が、がんばります!!」
……あっちはあっちでボロクソに言われていた。
ヘリオンのガキに恨みでもあるのだろうか?
まあ、そんなこんなで、俺たちはラキオスを南に向かって出発した。
道のりは順調だ。
メイドさんが先頭、その後ろにアウル、そして後方にアオとヘリオンのガキの編成で道を進んでいる。
まあ、明らかにおかしい所と言えば――
アオはヨワフルを食べながらのほほんと、ヘリオンのガキは右手右足を同時に出しながらガチガチに歩いている。
――まあ、見てて飽きないからいいんだけどな。
「……皆さん、敵です」
『…………え!?』
メイドの姉ちゃんの警告を聞いて、索敵範囲を広げる……すると、20m先にブルースピリットが2体の反応が有った。
「では、さっさと殲滅させろ……エスペリア・グリーンスピリットは手を出すな、サポートに回れ」
「――アウル様!? それは危険です」
「命令だ、何のためにヘリオン・ブラックスピリットとアオ・ブルースピリットを連れてきたと思っている?」
「……了解しました」
「だが、あいつらの命が危険と判断したら、命令は解除……そのタイミングはお前に任せる」
「はい、ありがとうございます」
『……戦闘か』
正直、ご遠慮願いたい。
人の身体に埋まる感触は、すごく気持ち悪いから……つーか、元々グロテスク系は苦手なんだよ……
「あわわ、い、行きましょう! アオさん!」
そう言って、ヘリオンのガキの背中から白い翼が現れる。
「うん、行くよ……雫」
俺を両手持ちで構えるアオ……だが、翼は無い……
『アオ、ヘリオンのガキみたいに翼を展開しないのか?』
「どうやって??」
『俺が知るはず無えだろ!』
……つーか、あの翼……ハイロゥはどうやって出してるんだ??
「い、行きます!!」
ヘリオンのガキの反応が消えた……と思ったら、20m先にいる敵の正面に移動していた。
『――速っ!?』
「――居合の太刀!!」
だが、移動速度とは裏腹に……抜刀速度は滅茶苦茶遅かった……
つーか、断言できる……あれは居合なんてものじゃない……
居合ってのは、鞘を利用して刀速を加速させ、破壊力を増す抜刀術のことだ。
身近な例えで言うと、『デコピン』の原理に近い……親指が鞘で中指が刀と考えれば非常に解り易いだろう。
でも、あいつの場合は鞘の力を利用しないで、抜きながら斬りつけてるもんだから、居合ではなくただの斬撃だ。
――しかも鞘の所為で威力が殺されてる。
そんな攻撃は簡単に防がれ、敵の反撃がヘリオンを襲う。
「ひゃあ!?」
まさに一撃離脱、再びアオの隣に洒落にならない移動速度で戻ってきた。
「……ま、負けませんから……」
震えている手で刀を鞘に収める。
――よく見れば、足も『かなり』震えていた。
つまり、脚がガクガクに震えててあの速度……と、いうことは……
『……このガキ、化け物か!?』
もしヘリオンがレッドスピリットなら、アズナブルと命名しているだろう……
「雫……ヘリオンちゃんの悪口言った」
『誉め言葉だ! それより来るぞ――つーか、来てるぅ!?』
20mあった距離はあっという間に詰められ、敵さんの一人は上空からアオに向かって剣を振り下ろす。
――直前にアオは俺の声に反応したのか、前に体重を倒しながら俺を突き出す。
それが功を成したのか、敵の神剣はアオの髪を数本飛ばし、俺の刀身は敵の腹の中にズブズブと食い込んでいった――
……そして、あの時と同じように満たされる……
『!――っ、ぅ……』
……そして、いいかげんに認める――いや、もう誤魔化し続けることは無理だ……
気づいたから……他に目をそらせる事実が何も無いから……
あの時……
――初めてスピリットを殺した時、泣いていると思ったあれは――
元々、俺は見ず知らずの他人の為に泣ける人間じゃないし……そんな綺麗な人間でもない。
過去一回、交通事故で友達が死んだ事があったが……泣いた覚えは無い……
――友達が死んでも泣かない奴が、見ず知らずの他人の為に泣けるはずが無い――――
なら、あの時……泣いていたと思う理由は――――
あいつらの死に対して泣いていたわけでも怒っていたわけでもなく……
――相手を殺すことによって、この空腹感が薄れるという事実に――
――空腹を満たす手段が、スピリットや人を食べるしかない事実に泣いていただけで……――
――そんな状態になってしまった理不尽に対して憤怒していたのだ――
……つまりは、そういうことだったのだ。
『ぅ、ぅぅ……』
敵の一人が黄金の霧に変化して消えていく……
だが、消えていったものに対して……なんの感情も感じない
「……雫??」
感じるのは自分だけのことで精一杯だ……
――人が、動物を食べて生きていくように――
――俺は……人を、スピリットを食べなければ生きられないのだ――
『うああ……ぅあぁぁ……』
……気持ち悪い……
……人を食ってると思うと吐き気がする……
「雫、大丈夫??……ねえ、しっかりしてよ!」
身体があれば間違いなく嘔吐していた思う……
でも、この身体は……それを許さない……もとよりそんな機能は存在しない。
……ただの刀だから……
『ぐ、ぅぅ……うぅ……』
そもそも変なんだ……何もかもが……
なんで俺がこんな目に会わなくちゃいけない?
……理不尽だ……
「――雫! しずく!!」
なんで俺は認めたんだ……
――気づかないフリをしていたら、こんな思いはしなくてすんだのに――
並大抵のことは流せるって……そう思っていたのに……
「――――アオさん!!」
「っ!?」
『――え?』
ヘリオンのガキの叫びとともに、一瞬で状況を把握する。
無防備なアオの身体を横に切断しようと迫る神剣――
突き飛ばされたアオ――
そして、突き飛ばした張本人……メイドの姉ちゃんは障壁を張り、その一撃を無効化して敵の心臓を確実に貫いた。
……それは、一瞬より短い出来事だった。
「ふぅ……」
チャキ……っと槍を下ろし、メイドの姉ちゃんの足元に展開していたハイロゥ消える。
「アオさん、大丈夫ですか!?」
ヘリオンのガキがアオに近寄る。
「うん、大丈夫……それより雫が、雫が……」
『わりぃ、アオ……大丈夫……心配ない』
「辛そうだよ……雫、無理しなくてもいいんだよ?」
そんな、心配そうな顔でみられるのが……
――何も解らないくせに心配するその顔が……
――苛立たしかった――
『いや、大丈夫だって……』
「本当に大丈夫? 本当に?」
『ただちょっと驚いただけだから、あんま心配すんなって♪』
だから、一刻でも早くいつものペースに持っていく……
そんな顔されると、理不尽に八つ当たりしてしまいそうだから……
「そうなんだ……よかったぁ♪」
なにも知らないで、安堵の笑みを浮かべるアオ……
……まるで、悩みなんて一切無いと主張するような顔だ。
――そんな顔を見てたら、変えられない事実に悩んでいる俺がアホみたいに思えた――
「何が良かったのかは知らんが――」
アウルが突然、ガシッっとアオの胸倉を掴んでアオを持ち上げる。
「っ……」
「アオ・ブルースピリット……貴様、死ぬつもりだったのか!?」
アオの表情が恐怖に染まる。
「エスペリア・グリーンスピリットが間に合ったから良いものを、下手していたら貴様は死んでいたんだぞ!!」
メイドの姉ちゃんやヘリオンのガキは無言のまま成り行きを見守っている。
それは、きっとアウルの言っていることが正しいと思えるからだろう。
だからこそ、自分が情けなくなる。
今回の責任は間違いなく俺にある……だというのに、俺の声はアオにしか届かない。
俺が謝罪しても、アウルには届かないのだ。
「以後気をつけろ……今後もこの調子だと、上に報告する必要がある」
アオを投げ飛ばすように、手を離す。
「ご、ごめん、なさい……」
「解ればいい、では行くぞ……」
アウルはさっさと歩き出す。
「………………………」
『……………………………』
暗い……暗い顔で………さっきの安堵の顔とは正反対の顔で俯いているアオ……
なんて声をかければ良いのか迷っていると……ヘリオンのガキが近づいてきた。
「あ、あのぅ〜、大丈夫ですか?」
ヘリオンのガキが気まずそうにアオに手を伸ばす。
「うん……ごめんね」
アオがヘリオンのガキの手を握る。
「わ、私こそ〜……あのスピリットに苦戦して逃がしたのは私ですから……」
しんみりとした空気がアオとヘリオンのガキを包む。
「そ、それより……雫さんは、大丈夫なんですか?」
「……え?」
「いえ、アオさんがあんなに取り乱す所を初めて見たから……気になって……」
『ああ、心配掛けてスマンと思うが……とりあえず、年下相手に敬語はどうかと思うぞ?』
「雫が『心配掛けてご免なさい』って言ってるよ」
「いえ、大丈夫ならいいんです!」
「それと、『とりあえず、年下相手にケイゴはどうかと思うぞ?』――だって」
痛いところを突かれたのか、急に押し黙って……沈んだように表情は暗くなった……
「く、癖なので……」
「そっかぁ、それじゃあ仕方が無いよぉ♪」
お前も――仕方が無いよぉ♪……じゃねぇよ!! ――つーか、そんな癖は直せよ!!
「そ、そうですよね……簡単に直せませんし……」
「そうそう♪ ヨワフルでも食べよ♪」
そう言って、持ってきたヨワフルをヘリオンに手渡すアオ……
なんか……お前達の将来がものすごく心配になってきたぞ、俺は……
「何をしている!? 貴様等、さっさと来い!!」
「「は、はいいぃ!!」」
二人の声がハモる。
それを聞いて、静寂……
そして……なにが面白いのか、二人は同時に声を上げて笑い出していた。
「じゃ、行きましょう。アオさん」
「――うん、行こう。ヘリオンちゃん」
二人はヨワフルを片手にアウルの元へ走り出す……
――まあ、誰か殺さないと生きてはいけない状態になってしまったけど……
ただウジウジと、当ても無く悩んでも、全然事態が好転しないことは……この世界に来てから嫌というほど解った――
――だから、俺も『このアホ』みたいに……
どうしようもない事や嫌な事は、できるだけ考えないで生きてみよう――
そう考えただけで、心が軽くなっているのが解った……
――ミネアとかいう街の道のりは、まだまだ長そうだ♪