永遠のアセリア
―The 『Human』 of Eternity
Sword―
永遠神剣になっちゃった
Chapter 2 スピリットの日常
第3節 『ヨフアル娘の怪、ナイチチ風味?』
「アオ、どうしたの?」
「あのね、その……セリアお姉ちゃん、アオに料理教えて!!」
「…………は?」
何でいきなり料理を作りたがるのか、セリアの姉ちゃんは理解できないという声を出した。
――まあ、なんでこんな経緯になったのかというと、昨日の夜……
『はぁ……』
「雫、どうしたの? 最近元気ないよ?」
アオが心配そうに俺を見つめている。
『ちょっとした自己嫌悪だ……』
この前、シアーが家出したとき、俺は何も出来なかった。
いや、そういう問題じゃない。見捨てようとしたんだ。
ちがう、現に見捨てていた。
洞窟から出たあの後、シアーが詰所に戻って、ネリーの怪我に皆驚いていた。
そして、ネリーの手当てをした後、シアーもぶっ倒れた。
当然だろう。何時間も雨に打たれていたんだ。
みんなの必至の看病のおかげで、今は回復しているが本調子ではない。
ネリーとシアーとアオは、3人で遊ぶことは多くなったが、ますますギクシャクしている。
「じこけんお??」
『お前……言葉を覚えような。自分を嫌うってことだよ』
それに、無意識の内に知らない事が解る現象の事もある。
相談できる相手はアオとネリーしか居ない……
だが、今は相談する気にもなれない。
自己嫌悪と恐怖……その二つが俺を蝕んでいた。
「雫は、雫が嫌いなの?」
『……嫌いだ』
初めて知った、諦めやすい自分という嫌な部分……
仕方が無かったと納得している反面、もっと考えれば何か案が出たと思う。
――けど、事件の後もどうすれば良かったかを考えても、結局案が出なくて……それが無性に腹が立った。
『そういえば……腹減ったな……』
欲望とは現金なもので、俺の気持ちを考えもせずに空腹感が警告を鳴らしている。
すでに絶食で2週間は過ぎただろう……
初日と比べるとかなり空腹感が強まってきている。
なんとか耐えられるレベルだが、いずれ限界が来る。
このまま空腹感が進むと、非常にヤヴァイので対策を講じる必要がある。
――だが、この状態で食事を摂取する方法も今だ思いつかない。
初めの頃、何かを切れば解消されるのではないかと思い、
ネネの実と呼ばれる果実をアオに斬らせた事があったが、あんまり変わらなかった。
次に、アオに果実の汁を垂らしてもらったが、全然効果なし。むしろネバネバして気持ち悪かった。
『うー……』
だめだ、これからを意識すると、マジに死にそう……
「そうだ!」
アオが何かをひらめいたようだ。
「アオがお料理覚えてあっちの世界で作ってあげる!」
『あっち? ……ああ、雫世界か』
『雫世界』とは、あの不可思議な摩訶不思議世界の名称だ。
自分で名を付けといてなんだが、ネーミングセンス悪いよな……
「うん、そこでアオが作ってあげる!」
名案と言わんばかりのアオの眩しい笑みに、俺は苦笑いをしてこう答える。
『ま、がんばれ……』
――回想はここまでにして現在、セリアの姉ちゃんと一緒に買い物の真っ最中。
俺は、アオの背中に背負われている。
別に部屋に置いて行ってもいいと言ったのだが、
「お日様に当たれば元気になるよ♪」
っと、アオに強制的に連れてこられたのだ。
まあ、気分転換にはなると思うが……
幾つかの店を訪れて、肉やパンを購入していく。
セリアの姉ちゃんが荷物を持ち、アオがその後ろをトコトコ歩く。
その姿は、端から見ればまるで親子……
「後はリクェムでお終いね」
「……リクェム嫌い」
「だめよ、好き嫌いしちゃ」
「……はーい」
――訂正、絶対親子だ……
そんなことを思っていると、八百屋もどきの前にやってきた。
「すみません、リクェムを10つお願いします」
「!?――スピリットか、他を当たれ」
「……解りました」
――またこれだ。
嫌々対応する店もあれば門前払いの店もある。
そのおかげで、数分で終わるはずの買い物もすでに一時間が経とうとしている。
「なんで、みんな冷たいの?」
「私達がスピリットだからよ」
アオの問いを流すように答えるセリアの姉ちゃん。
『なあ、スピリットって過去に重大な罪でも犯したのか?』
「アオ、聞いたことないよ……」
『スピリットは戦闘の駒ってのは聞いたけどさ、それだけじゃ嫌われないだろう?』
「アオにも解らないよ……」
……なんなんだろう……この世界は……
正直、理解できない点が多すぎる。
「また雫と話してるの?」
「うん、そうだよ」
「……そういえば、ネリーも話せるのよね?」
「雫と一緒にお昼寝したら、喋れるようになったんだって」
「ふーん、私も試してみようかしら……」
「だって、良かったね雫♪」
『…………』
――マジッすか!? ……っと、前なら喜んでいただろう。
でも、なんか心が冷めていて、喜ぶ気にはなれない。
自分の嫌な部分を見せ付けられて、こんなに落ち込むことは思わなかった。
「……雫?」
罪悪感と後悔……それが俺を苦しめている正体だ。
「雫!!」
『……あ、どうした??』
気づいたら、別の八百屋もどきの店にたどり着いていた。
「………やっぱり、変だよ……」
『? 何が??』
「だって、ネリーちゃんとシアーちゃんと一緒に帰ってきたときから元気ないもん……」
『……そう、だな』
「……雫……」
セリアの姉ちゃんは、交渉している……どうやら成功したようで、品物を選んでいる。
――って、また悪い癖が出た。都合の悪い事になるとすぐ視線を外して周りの様子を見てしまう。
「アオで良かったら……相談に乗るよ?」
『お前には関係ないことだろう、放っておいてくれ……』
「――っ!」
……気づいたときには、アオの目から涙が流れていた。
「しずくの・・・雫のバカーーー!!」
そして、突然アオは走り出した。
方向は謎、ただ走っている事がわかる。
「――! あ、アオ!?」
アオが走り出した直後にセリアの姉ちゃんの声が聞こえたが、既に反応を感じなくなっている。
つまり、それほど素晴らしい速度で疾走している事になる。
『落ち着け!! 何で泣いているのか知らんが戻れ!! 迷子になるぅ!!』
「うわああああん!!」
『泣きたいのはこっちだああぁぁ!!』
――もうなにがなんだか……訳が判らなかった。
「ぅ、うう……」
『…………』
――認めよう。確かに、俺はウジウジしていた。
俺らしくない。そう思っていた。
周りから見れば、さぞ軟弱な奴だろう……
だが、なんでアオが泣く必要がある?
『なあ、なんで泣いているだ?』
「知らない……知らないよぅ……」
嘘つけ……
多分……つーか、絶対『お前には関係ないことだろう、放っておいてくれ……』という言葉が原因だろうが。
だが、原因を知ってても解らないんだ……
お前には関係ない……その言葉で普通泣くか? 泣かねえだろ!?
解んねえ……いつもに増してコイツの思考が理解できない……
――そう思いながら、周りの情報を収集する。
レンガで舗装されている場所と湖……
どうやら公園らしいけど、そんな場所は知らない。
知っていたとしても、方向感覚が無いから結局の所は不明……完璧な迷子だ。
――迷子の迷子の子猫さん〜、あなたのお家は何処ですか〜♪――
そんな小学生の歌が、ハリオンの姉ちゃんっぽい声で再生される。
懐かしいなあ……と思う反面、本当にどうでもいい歌だった。
「ぐす……っ、うう……」
――いや、現実逃避の歌か。
まあ、ぶっちゃけた話……俺はガキを慰めた経験が無いに等しい。
――というか、泣かせたら放置という行動しか取った記憶しかないのです。
だから仕方が無いんだ……現実逃避に入るのも……
でも、アオを慰めて動かさない限り……永遠にこの場に留まる事になる。
しかし、どうやって慰めれば良いのか……
今まで見たドラマや教育テレビでガキが泣いているとき、どうやって対処していたっけ……
――っと思い返していると一人の人間がアオに近づいてきた。
「こらこら、何泣いてるんだい?」
「ぐす……ふぇ??」
「こんなにいい場所で泣いてるなんて損だよ。ヨフアルでも食べて元気を出しなさい!」
ビシ! っと、笑顔でアオにヨフアルを突きつける謎の女性。
アオは涙を流しながらそれを受け取った。
女性はアオの隣に座って、色々話している……というか一方的に喋っている。
言葉のキャッチボールではなく、ピッチングマシーンとキャッチボールというのが正しい例えだろう。
言葉の一方通行……アオが答える隙は無い……
――だが、アオはヨフアルを食べながら、それを聞いている。
時には呆れ、時には笑っている。
泣いていたのが嘘のようだった。
その光景に俺は安心し、アオを慰める係りはその女性に任せ、情報を探ることに専念する。
――誰の情報って?? この場で該当者は一人しか居ないだろうに。
ガキでは無いが、大人でもない……中学か高校生並の歳だろう。
胸のサイズは……平均以下というか、なんと言えばいいのか……
若干厚いブラジャーらしきもので、膨らみを多少強調しているのが哀れみを誘うというか……
可哀想なことに……実際のサイズはアオよりも小さかった。
オルファのガキより少し大きいようだが……
――どちらにしろ、アオとオルファの差は……あんまり変わらん――
まあ、オルファのガキはまだまだ成長の見込みがあるとして……この娘の将来は絶望的だ。
きっと、それをトラウマとして生きていくに違いない。
――だが、心配は要らない。この世は愛に満ちているから大丈夫♪――
俺と違って、君を愛してくれる人達も世界中に沢山居る……その事実を知るんだ。
だから、自分の小ささに絶望することなんて無いぞ♪
――っと、ツルペタ娘が俺のほうを嫌そうに見つめているのを感じた。
「なんか、その剣から嫌な思念を感じるんだけど……」
『き、気のせいだろう……』
聞こえてる? まさかエスパー?
それともニュータイプ!? ララァか貴様!?
「……まあ、いいか。それよりアオちゃんは何で泣いていたの?」
「…………」
その問いを聞いた途端、アオの笑みが消え失せた。
「へっへー、アオちゃん……いい事を教えてあ・げ・る♪」
「うん?」
ツルペタ娘がしゃがんでアオと目線を合わせる。
「苦しい事、哀しい事を全部一人で背負い込んだら駄目♪」
――優しく、穏やかで、全てを包み込むような純粋な瞳……そして、聖女のような雰囲気でアオを見つめていた。
そして、その言葉は――
アオではなく、俺に向けられいるような……そんな錯覚に陥った。
「……うん」
そして、アオは小さな声で言葉を紡ぐ。
「みんな……ネリーちゃんもシアーちゃんも……雫も……最近元気ないんだ」
「……シズク?」
「うん、特にね……雫、ものすごい落ち込んでて……元気付けようとしても失敗しちゃうの」
「……そのシズクって人が落ち込んでいる理由って、アオちゃん知ってるの?」
「自分が嫌いになったって……そう言ってた」
「自分が嫌い、か……」
……少女の表情が曇る。
――それは一瞬で、彼女は再び微笑みを取り戻す。
「大丈夫だよ♪ そのシズクって人もアオちゃんが頑張っている姿見たら、きっと元気になってるから♪」
「本当?」
「そうそう、それにこの私、頼れるお姉ちゃんが秘密のアイテムをアオちゃんに授けようではないか」
先ほどの、聖女のような雰囲気は粉々に砕け散り、ガキと同じ胸囲を持つレアチチ娘に戻っていた。
「これを使えば、どんなに落ち込んでいても絶対元気になるから♪」
そう言って、アオの上半身を覆い尽くすような巨大な袋をアオに手渡した。
「あ、ありがとう……お姉ちゃん♪」
『いや、ちょっと待てって……』
袋の中身は……ヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアルヨフアル―――
中身全てがヨフアルと呼ばれるワッフルもどきだった……
袋の体積から計算しなくても、感じ取れる数は20を超えている――否、最低20以上が詰まっている。
『これだけのヨフアル――あんた一体何者だ!?』
「……お姉ちゃん、名前は?」
アオと俺は同時に声を発する。
そいつは立ち上がり、人差し指を3回振りながらながら答えるのだ。
「ちっちっちっ、無粋だよアオちゃん。いい女には謎が多いんだぞ♪」
――胸の薄い女の間違いでは無いのか??――
「次にあったら名乗ってあ・げ・る♪ じゃあね〜〜〜!!」
びゅーんっと、ヘリオンのガキにも劣らぬ速度で索敵範囲から消えていく……
『……なんだ、あのナイチチ娘は……』
「ないちち??」
『知らんほうが吉だ。忘れとけ……』
嵐のような女だった。
七不思議として、ヨフアル娘の怪と命名しておこう。
――っと、そこでアオの顔が蒼白になっていく。
「雫……どうしよう」
『――ん?』
「セリアお姉ちゃんとはぐれちゃった……」
……沈黙が訪れる……
――いや、訪れてるのは俺だけだが……
『……アオ、それは狙ってるのか?』
「ふぇ? ……何を?」
『……ぷ、くく……』
なぜだろう……俺の問いに疑問の声を上げるアオを感じて……笑いがこみ上げてきた。
『あは、あはははは……良い、お前最高だよ……』
理解した。こいつは頭のネジが全部飛んでいるんだ。
良い意味でも、悪い意味でも……こいつはアホなのだ。
「雫……笑ってる」
『こんなアホな会話で笑わんほうがおかしいって……』
「私、アホじゃないもん!!」
『――いや、お前の事じゃないから……』
――気がつけば、俺の覆っていた罪悪感と後悔の念は、いつの間にか吹っ飛んでいた。
「嘘だ! 雫、絶対アオのこと馬鹿にしてる!!」
『さあ、どうだろうな? あはははは……』
「もう、雫なんて大嫌い!!」
大嫌い……そうアオが言っているが……
――アオの顔は、今まで以上に笑顔だった。
……とりあえず、照れくさいから心の中で言っておく。
――ありがとう、アオ。お前のお陰でだいぶ楽になった――
その後、セリアの姉ちゃんが来て、大量のヨフアルにビックリしていたが、安心した顔でアオと共に歩いていく。
今度は離れないように……しっかりと手を繋ぎながら……